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動き出す

 

 なるほど、青蛇ってのは顔に蛇みたいな顔の青い痣があるから、そう呼ばれてるんだなと、俺はゼティの連れてきた男の顔を見て納得した。

 青蛇はゼティに相当痛めつけられたようで手足が一本ずつ無いし、全身に火傷の痕が見られる。まぁ、生かして連れてきただけでも良しとしておこう。


「話せ」


 ゼティが天幕の中の地面に転がる青蛇をつま先で小突く。

 ドレガンも青蛇の顔は知っているようで取り立てて騒ぐ様子は見られない。一般人を連れてきて目の前に転がされていたら騒いだのかもしれないが、悪党が半死半生で転がっていることに関しては特に何も思わないようだ。


「お、俺達はシウスに頼まれ毒を用意し、シウスの手引きで伯爵が口にする食事や酒に毒を混ぜた」


 ようやくといった感じで青蛇は喋る。

 その結果、伯爵はやっぱり病気じゃなくて毒を盛られたってことと、伯爵に毒を飲ませることを命令したのはシウスだったということが分かったわけだが、さてドレガンはどうするかな?


「……証拠がない」


「そこの男の証言だけじゃ不満かい? まぁ、納得しがたいのは分かるぜ。俺達がこいつに嘘を喋らせてるって可能性もあるからな」


「おい、余計なことを言うな」


 余計なことじゃあないぜ、ゼティ君。こういう時は自分たちに都合の悪いことも話さなきゃな。千年近く生きてても脳味噌使わずに剣術頼りのキミには、そういうことは分からないかもしれねぇけどさ。


 ドレガンは俺達がシウスとの和解を邪魔しようとしていて、そのために青蛇に嘘を言わせている。でもって、ドレガンとシウスの間で戦いになり、それにドレガンが勝った後はジョンが領主になる。

 俺達はジョンを連れてきた奴らなわけだし、ジョンと関係はそれなりあるから、そういう関係を使って甘い汁を吸おうと考えていて、そのために色々と仕組んでいるとか、そんなことをドレガンは考えているかもしれないよな。


「俺達が色々と企んでいると思うのは勝手だけどよ。一応、シウスが領主に毒を盛ったって話もあるんだし、安易にシウスと和解せずにまずは調査をするべきだと俺は思うがね」


 相手は代官だし、それなりに有能な人間のようだから、俺が言ったようなことは俺が言わなくても分かっている筈だ。しかし、どうにも及び腰に見えるのは何故だろうか? まぁ、答えは分かってるんだけどな。


「犯罪者の言葉を真に受けるわけにはいかない」


 それはそうだね。じゃあ、どうするんだい?

 俺はドレガンの目を見つめようとするが、ドレガンは俺から目を逸らす。


「シウス殿の言葉に嘘は感じられなかった。あの方が、やり直したいというのなら俺は力を貸すだけだ」


「本気でそう思ってんのか?」


 本気で騙しに来てんだから、嘘を感じさせるわけねぇだろ。それくらい分かるだろ?

 分かってて分からねぇ振りをしてるんだよな。本当にどうしようもねぇ奴だ。


「俺はシウス殿と和解し、彼を補佐して立派な領主にしてみせる」


「そんなこと出来るわけねぇだろ。あの野郎は、テメェに攻められている状況を打開するために芝居をしているだけだ。ここで、テメェと和解したら、そのことを都合よく使うだけだって分かってるんだろ?」


 ドレガンを補佐役にしたってシウスが行動を改めるとは思えない。それどころかシウスは自分の行いはドレガンの助言によるものだとか言うと思うぜ?

 そうなったら、もう二度とシウスを倒すために挙兵するってことは出来なくなる。シウスの補佐役になったら、その瞬間からドレガンはシウスっていう暴君の身内になっちまうからな。暴君の身内だった奴の言葉なんて大半の奴はマトモに受け取らなくなるぜ? それでもいいのかよ。


「アッシュ」


 ゼティが俺に声をかけ、剣の柄に手をかける。

 どうやらゼティの勘はドレガンを殺すべきだと判断したようだが、俺はゼティを睨みつけ、動くなと視線で命令する。


「今はシウス殿も未熟なだけだ。時間が経てば必ず領主としての自覚が芽生えるはず。それまで俺は彼を支え続けるつもりだ」


 そんなことあるわけねぇだろ。

 俺の勘だが、あの野郎(シウス)は性根がねじ曲がってるから残虐な行為をしているわけじゃなく、必要だから残虐な行為をしている。そんな奴に領主としての自覚なんか芽生えるわけねぇだろ、あの野郎が見ているのはもっと先だ。


 いい加減、イラついてきたぜ、この野郎。

 俺は思わずドレガンの胸倉を掴んでしまうが、どうでも良いや。このまま勢いでいっちまえ。


「テメェ、最初からる気ねぇだろ?」


 分かってはいたんだけどねぇ。

 でも、心変わりだってあるかもしれないから黙っていたんだよ。


「テメェは忠臣だもんなぁ。敬愛する伯爵の息子に逆らうつもりなんて最初からなかったんだろ?」


「そんなことはない! 俺は伯爵の治めるこの地を守りたかっただけだ!」


 そういう心を持ってるからラザロスの町を発展させることが出来たんだろうね。そこら辺は立派だと思うぜ? 為政者としての能力は文句はねぇよ。だけど人間性は俺の好みじゃねぇな。


「伯爵を思うあまり、伯爵の一族にまで気を遣ってるのは正しいことなのかねぇ?」


 俺はドレガン(こいつ)の過去は知らねぇけど、よっぽどイクサス伯爵に世話になったんだろうね。それと貴族に仕える代官の矜持って奴か。とにもかくにもドレガンにとって本当に大事なのはイクサス伯爵家なんだろう。


「おまえ、ビビったんだろ?」


 分かるぜ。すげぇ分かる。

 俺は人の気持ちを心では理解できないけど、理屈では理解できるぜ。


「このまま争いになっても、本当の所は良かったんだろ? 伯爵のちゃんとした隠し子が見つかっていればさ。敬愛する伯爵が後顧の憂いなくあの世に旅立てるようにマトモな跡継ぎを用意することだけが、お前にとっては本当の望みだったんだろ?」


 シウスは嫌だよなぁ。残虐行為を平気でやる奴を伯爵の跡継ぎにはしたくないよな。もっとマトモな奴がいれば、そっちにしたかったんだろ? でも──


「計画が狂ったのは伯爵の隠し子がそこら辺の農民だったってとこからか? ジョンを見て、コイツを伯爵の跡継ぎにはさせられない。図体だけデカい能無しのボンクラにイクサス伯爵領は任せられないとか思ったんじゃねぇの? まぁ、それは俺にも分かるし、そう思うのは仕方ないと思うぜ?」


 だけどよぉ──


「だからって、シウスは無いだろ。本当に伯爵の血を引いているか怪しい農民よりかは、確実に伯爵の血を引いてるクソ野郎の方がマシだって言うのがテメェの結論かよ。テメェが本当に大事だった伯爵様を殺そうとしている奴と仲直りしたとしてテメェは本当に良いのかよ?」


 胸倉を掴み、俺はドレガンの目を見つめると、今度はドレガンは俺の目を見つめ返してきた。


「俺は構わない。伯爵様の血を残し、イクサス伯爵領を残していくためなら、どんなことでも我慢できる」


 そうかよ。そいつは困るね、そんなに信念を見せられたらテメェのことを好きになっちまうじゃねぇか。

 俺はイクサス伯爵って奴がどんな奴なのか知らねぇが、こんだけ愛されるとか立派な人なんだろうね。でもまぁ、そういうことは今は関係ないんだよなぁ。


「テメェのそういう考え方は嫌いだけど、そういう考え方を貫こうとする不器用なテメェは嫌いじゃねぇよ。だけどよ、テメェは色々と忘れてることがあるなぁ」


 天幕の入り口に人の気配がする。

 そろそろ潮時だわな。ここまで何も無かった方が不思議だぜ。


「そういうテメェの信念に付き合わされて、この地に生きる奴らは苦しむってことをさ」


 シウスを放っておいたら、苦しむ奴がいっぱいいるってことをドレガンが分からないわけがない。

 ドレガンは俺の指摘に口ごもり、それを見て俺はガッカリする。

 ここで、そんなことは知ったことじゃないとか言っていれば、俺はドレガンを寛大な気分で許してやったかもしれないけどね。でも、それじゃあ駄目だ。


「ちょっとの言葉で揺るがされるような生き様を語ってんじゃねぇよ」


 全部わかっていてシウスに付こうとしたんだろ。それで苦しむ人間がいる可能性も知っていたんだろ? 知っていてシウスについたってことはそれはお前にとって、本当に大事なもんじゃなかったんだろ? なのに、それも何とかしようとか今更考えるんじゃねぇよ。


 俺は後付けで何とかしますってのが大っ嫌いなんだ。

 最初から、自分の信念を貫くためにシウスの味方になるけど、領内の民衆も救って見せるとか言えよ! 

 言わなかった時点でテメェは妥協してるんだ! 自分の目指すことの中にそれも入っているのに、優先順位をつけて一瞬でも諦めやがったな。


「何をしている!」


 ドレガンの護衛の兵士が天幕の中に入ってくる。

 そうなると当然、ドレガンの胸倉を掴む俺の姿が目に入る。


「どうする?」


 天幕の隅っこに座っていたゼティが俺に訊ねてくる。

 ゼティの足元に青蛇の死体が転がっているので始末したんだろう。

 ちょっと待てという意味を込めた視線を俺はゼティに送る。待つにしても一瞬だから我慢しろよ。


「俺はお前がもうちょっと根性を見せてくれると期待したんだけどな」


 俺は胸倉を掴んだままドレガンに言う。

 嘘じゃない。俺はドレガンがこの土地を支配するんじゃないかって思ってたからな。

 俺としてはドレガンがテメェの理想を追求するなら、自分でイクサスの地を治めるしかないと思うんだよな。シウスは糞で、ジョンは馬鹿だしな。

 ドレガンが理想とする伯爵の本当の意味での後継者はドレガン自身だと俺は思うんだが、本人は気付かなかった。まぁ、仕方ないよな。自分こそが相応しいって宣言するのは忠臣には難しいんだろう。だけど、その難しさに挑戦してもらいたかったね。


「お前の考えも間違ってはいないんだろうが、俺の好みじゃないんでな。ここからは好きにさせて貰うぜ」


 そう言って、俺はドレガンの顔面を殴りつける。

 なんで殴られたか、明日まで考えとけ。そしたら何かが見えてくると思うからさ。まぁ、何も見えてこないと思うけどね。だって、なんか気に入らないから殴っただけだしさ。


「貴様!?」


 ドレガンの護衛の兵士が声をあげるが、その瞬間ゼティに殴り倒される。

 俺が殴ったドレガンもゼティが殴った兵士も失神したので誰も騒ぎ立てる奴はいない。

 俺とゼティは何事もなかったかのようにドレガンの天幕を出る。


「これからどうするんだ?」


 ゼティの質問に適当に答えていると、不意に野営地の中で人に囲まれているジョンの姿が目に入ったのでそちらの方に向かってみる。


「あ、どうもアッシュさん!」


 何をやっているのかと思って見てみると、ジョンが兵士に文字を教わっている最中のようだった。


「いやぁ、兵士の人達は親切でさ。俺が文字が読めないって言ったら教えてくれたんだよ。それ以外にも色々と面白い話が聞けて──」


「っていうか、ジョンの馬鹿話がほとんどだったじゃねぇか」


 兵士の一人が茶々を入れると場が湧く。

 いつのまにかジョンは兵士たちに馴染んでいるようだった。

 こういうのも才能って奴なんだろうね。


「なんすか?」


 無言で隣に立つ俺をジョンが見上げてくる。

 それに対して俺はジョンの頭をクシャクシャと乱暴に撫でることで応える。

 こういう所を見ていればドレガンの考え方も変わったんだろう。まぁ、ドレガンにはそんな余裕が無かったとも言えるんだけどさ。


「──で、これから、どうするんだ?」


「どうするも何もねぇよ、いつだって俺は最後は好きにやるだけさ」


 多少なりとも、この世界に生きている奴らの気を遣って動いてやったんだ。その結果がどうであれ、とりあえずの義理は果たしたとか思わねぇ?

 ドレガンはパッとしない選択をした結果、俺にキレられて殴られ気絶中だけど、それだってアイツの選択が原因なんだから、奴に気を遣う必要はもう無いとか思わない? 俺は無いと思うだけどね。


 だからまぁ、こっからは好きに動くだけさ。

 シウスをこのまま生かしておくと、可哀想なことになる人間が多そうだからシウスをぶち殺すのもアリかなって思うし、それにシウスは俺達のことを知っているようだから色々と聞きだしておきたいよな。


 戦う理由が二つもあるんだから充分だ。

 俺達はこれから問答無用でシウスをぶちのめしに行こうと思うんだが、文句ある奴はいるか?




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