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先客

 

 国境の街に入るなり起きたひと悶着。

 その結果、俺はイストヴァン辺境伯っていう貴族のお屋敷にお邪魔することになった。

 まぁ、客扱いされているのはラスティーナだけで、俺はそのお付きって感じで、客って感じではなさそうだし、そもそも勝手についてきたんだけどね。


「お連れの方はこちらの部屋に」


 でっかい屋敷に連れてこられた俺達は屋敷のメイドの案内で客間の一つに案内された。

 その際にラスティーナとラスティーナの妹のミルフィーレだけはイストヴァン辺境伯と一緒に別の部屋に。

 一応、メイドのナターシャもついていく許可は貰ったが、護衛の騎士連中は部屋に押し込められ、俺もそいつらと一緒だ。


「なんか舐められすぎじゃない?」


 ラスティーナは王族だよね?

 ミルフィーレもお姫様だろうに、丁重なもてなしって感じがしないのはどういうことだろうか?

 俺はラスティーナの護衛の騎士達に訊ねたが、騎士達は俺と話したくないようで、黙っている。

 では、勝手に推理させてもらおうか。


「アウルム王家ってあんまり力ないのかな?」


 俺が思ったことを素直に口にすると騎士たちは俺を睨みつけてきた。

 まぁまぁ、そんなにカッカッするなよ。キミらが答えてくれねぇから、俺が勝手に予想するしかないんだぜ?

 こういうことを言われたくないなら、俺に教えてくれてもいいんじゃない?


「辺境伯ってのがどんだけ偉くて強いのか、俺は知らねぇけどさ。一貴族が王族を軽んじて良いのかね? まぁ、王族だからって偉そうにできないってのは、よく見る光景だけどさぁ」


 名目上はトップだけど実権は他の奴にってのは良くある話だから、分からなくはないよ。

 王様より大貴族の方が力があって、王様は貴族の顔色を伺っているのだって、地球の歴史でも珍しくなかったしね。


「あ、ごめん。嫌な気持ちにさせること言っちゃった? 自分達が仕えている相手を低く見積もられると嫌だよね。仕えている相手が弱いと、キミらの弱いと思われちゃうしね。でも、実際、イストヴァン辺境伯だっけ? あの人の所の騎士は精鋭って感じがしたよなぁ」


 辺境伯が引き連れてきた騎士を思い出して言う。

 うーんラスティーナの護衛の騎士達より、明らかに腕が立ちそうなんだよなぁ。

 でもまぁ、俺にいわせりゃ、どんぐりの背比べだし、わざわざ語るほどの差でもないと思う。

 けど、こう言うとこいつらは嫌がるだろうし、敢えて言うことにしたんだわ。


「頭を使ったら、なんだか小腹が空いてきたぜ。何かお菓子でも貰ってこようかな」


 俺はカン詰めにされている部屋の入り口の扉を開ける。

 すると、扉を開けた先には辺境伯の手下と思しき兵士が何人かいて、ドアから顔を出した俺を睨みつけてきた。

 まぁ、睨みつけられたから何だって感じだけどね。文句があるなら、首を落とすくらいしなきゃ、俺に話は通じないぜ?


「腹減ったから、何か食い物でもくれないかい? 客扱いする気があるなら、それくらいのもてなしはしてくれても良いんじゃないかな?」


「申し訳ありませんが、食事は決まった時間にしかお出しできません」


「あらまぁ、食事の時間が決まってるとか、ここは監獄か何かかい? いやぁ、道理でぼろい部屋だと思ったよ。貴族のお屋敷かと思ったら、牢屋だったとは、驚きだぜ?」


 俺の言葉を聞いて辺境伯の兵士の目が据わる。

 いやまぁ、本音ではぼろい部屋とは思ってないよ?

 それなりに豪華なんじゃない? 犬小屋としてはね。

 え? 人間が滞在する部屋だったの? 

 えーと、それなら慎み深くて素敵だね。わびさびが感じられるかな?


「──貴様」


 兵士の一人がたまらず俺に近づく。

 いいね、熱くなる奴は好きだよ。冷めてる奴よりよっぽどいい。


「おい、やめておけ」


 もう一人いた兵士が、俺に近づこうとした兵士の肩を掴んで止める。

 ま、そうなるよね。


「マトモに相手をするなと言われているだろう?」


 揉め事は勘弁って感じ?

 それは残念だ。俺は生まれてこの方、揉め事とトラブルに飢えてるもんで、それが期待できないのはガッカリだぜ。


「何か軽く食べられる物を用意して参ります」


 そう言うと冷静な兵士は、熱くなっていた兵士をどこかに追いやる。


「軽いものじゃなく重いものが良いって言ったら?」


「それならば、申し訳ありませんが晩餐までお待ちください」


 えぇ、それは困るなぁ。

 それだったら、やっぱりいらないし、食い物を取りに行った兵士に戻ってくるように言わないと。

 つーか、他人に食い物を選んでもらうのは良くないよね。俺が自分で取りに行くよ。

 だから、部屋を出るね。


「部屋にお戻りください」


「え? 嫌なんだけど」


 俺は冷静な兵士の顎を拳で打ち、意識を刈り取る。

 態度が良かったんで可能な限り、優しい打撃を意識したけど、兵士は膝から崩れ落ちて床に倒れこむ。


「俺って大人しくしてるのが苦手なんだよね」


 ついでに言っておくと、不法侵入と空き巣と家探しは得意だぜ? 他人の家に忍び込んで、大事そうな物を見つけるのが得意なのよ。まぁ、簡単に空き巣が得意って思ってもらっていいね。人間時代は強姦と人身売買以外の悪い事は大抵やってるんで、こういうのも得意分野のうちさ。


 だからまぁ、どこが大事なのかは勘で分かる。

 俺は広い屋敷の中を、使用人や辺境伯の兵士に気づかれないように歩き回りながら、さして迷うこともなく、一番重っぽい場所に辿り着く。

 そこが何処かと言うと、辺境伯の私室だ。まぁ、今はまだ部屋の前にいるんで、中に入るまで辺境伯の部屋だと確実には言えないんだけどさ。でも、十中八九当たりだろう。

 屋敷の奥の方にある部屋だし、ドアを見ると鍵がついてるしね。


「それじゃ、お邪魔しようかな」


 部屋の中に入ってどうすんだって思われるかもしれないが。実は俺も何も考えていない。

 まぁ、理由がなくても偉い人の部屋には侵入したくなるだろ? そこに理由は必要なのかい?

 人間だった頃、ホワイトハウスに忍び込んだ時も理由はなかったしなぁ。でもまぁ、なんか金目のものがあれば貰っておこうか。


「生意気に鍵がついているけど──」


 けど、ピンタンブラーじょうみたいだし楽勝だね。

 実は「気」とか「魔力」が使えれば、ピッキングってすごく楽なんだよね。

 ピンタンブラー錠ってのは、簡単に言えば鍵穴の中に幾つもピンがあって、そのピンが全部上に上がれば鍵が回るって仕組みだから、鍵穴に気や魔力を流し込んでそれを操作してピンを全部押し上げればいい。

 気とか魔力をぶつけて人間を吹っ飛ばすことだって出来るんだから、精密に操作すれば、鍵穴の中のピンを押し上げることくらい楽勝だろ。


「余裕で御開帳ー」


 さて、何か面白いモノでもないだろうか?

 権力者のお部屋ってのはたまにトンデモナイものが出るし、楽しみだぜ。

 だが、そんなことを考えながら部屋に入ると──


「え、何者?」


 どうやら、部屋には先客がいたようだ。

 俺はそいつの顔を見るよりも先に──


「お掃除にきました~」


 誤魔化すつもりもない誤魔化し。

 まぁ、それに対しては当然──


「いや、嘘やろ。武器持ってるし」


 失礼な。持ってはいないぜ。刀を腰に差してるだけだ。

 俺は発言の訂正を促そうと思い、声の主の方を見る。だが、そうして相手を見てしまった俺は──


「どこに売ってんの、その服?」


 声の主の男を見た瞬間、俺は思わずそう訊ねた。男は辺境伯が使ってると思しき、執務机に座っていたが、それは気にならなかった。

 それよりも何よりも服について、訊ねずにはいられなかった。だって、恐ろしくセンスが悪いファッションだったんだもん。


 溶かした黄金を塗りたくったような、染めたのが一発で分かる金髪。

 ヒョウ柄のジャケットの下に紫のペイズリー柄のシャツを着た上半身。

 下半身は白い革パンにロングブーツ。

 ベルトは仮〇ライダーの変身ベルトですかってくらいゴツイバックル。

 極めつけはゴールドのウォレットチェーンと、ジャラジャラした金のネックレス。


「大阪の下町とか? あぁ、でもあっちは虎柄か?」


「はぁ? 何ってんだ、アンタ?」


 日本の地名言ったからって、しらばっくれんなよ。

 キミの手首から腕時計が見えてんだけど。

 まぁ、それ以前に顔が完全に日本人顔だから、そこで一発なんだけどね。

 髪は染めていても、顔の作りで同郷人だってのが分かるよ。


「わざわざ、時計見せてんのに、この世界の人間のふりをするのは無理があると思うけどね」


 辺境伯の私室に入ったら、日本出身っぽい奴が居座っていたってのは訳の分かんねぇ状況だぜ。

 でもまぁ、そういうこともあるのかな?


「なんや、俺の時計に気づいたんか?」


 なんかエセ関西弁が聞こえてくるんだけど、俺の空耳だったら嬉しいね。

 ついでに、ニヤニヤしながら、今度はわざと腕時計を見せてくるのが嫌らしい。

 俺が何者かよりも、時計を自慢したくて仕方ない感じだ。


「ロレックスのデイトナ」


 定価で160万くらいする腕時計。まぁ、定価で買えることなんて殆ど無いから、相場では400万とかいったりする高級時計というか、投機対象というか。

 俺の感覚では見せびらかすように普段使いする時計じゃねぇんだよなぁ。デザインは人それぞれ好みがあるから言及しづらいけど、俺の好みじゃない。ついでに普通に使ってると、なかなか気づいてもらえないんだよね。

 個人的におすすめの使い方は部屋のインテリア。他の安い時計と同じケースにさりげなく並べておくのが、俺としては粋だと思うんだよね。


「ちなみに服は銀座や」


 なんだろうね、コイツ。

 もう日本人であることを隠すつもりも無いんだけど。

 うーん、服の趣味が合わないせいか、あまり良い印象を抱けないね。


「うーん、こっちから聞いておいて申し訳ないんだけど、キミって何者?」


 俺は刀を抜き放ち、切っ先を突きつけながら服の趣味の悪い男に問う。

 男は手を挙げて、わざとらしく肩を竦める。


「名前はシルヴァリオ・ゴールド」


「嘘つくなよ。日本人顔じゃん、キミ」


 結構、素朴な顔だよね。年齢は二十代前半かな?

 おっと、サングラスをかけやがった。顔の薄さを気にしてんのかな?


「俺はシルヴァリオ・ゴールド。異世界人や」


「いや、日本人だろ?」


 ネットで流行ったエセ関西弁だし、銀座とか自分の口で言ってたじゃん。


「日本だって、こっちから見たら異世界やろ?」


「こっちからあっちに行ったら、こっちがあっちになるみたいな話はどうでも良いんだけど。それより、本名は?」


「偽名を名乗ってる時は察して、本名を聞かないみたいなエチケットはないんか?」


 そんに拒まれると俺も聞く気無くなるなぁ。


「本名は金田銀次かねだぎんじや。仕方ないから答えたるわ」


「あ、もう興味なくなったから、どうでも良いや」


 そもそも人間ってのは自分の名乗りたい名前を名乗った方が良いよね。

 シルヴァリオこと金田銀次クンも好きな名前を名乗れば? とはいえ、金田銀次って字面が凄いね。名前に金も銀もあるよ。銅があればオリンピックだったね。


「なんや、おまえ、自分で聞いたやろ? つーか、そっちも名を名乗れや」


 めんどくせぇなぁ。


「アッシュ・カラーズ。それで? キミは何をしてるんだい?」


 名前を教えてやったんだから、教えてくれても良いんじゃない?

 服のダサい人さん?


「アンタ、聞いてばっかりだなぁ。まぁ、ええわ」


 シルヴァリオは刀を突きつけられているのに、さして動じる様子も見せない。

 けれども、俺の問いには素直に答えてくれるようで──


「俺は辺境伯と取引があるから、ここにいるだけや。けど、なんやら立て込んでるようでな。こうして、辺境伯の用事が済むまで、こうしてここで酒をあおってるんや」


 言いながら、シルヴァリオは近くにあった酒瓶を手に取ると、グラスに並々と酒を注ぐ。

 そして、酒の入ったグラスを俺の方に向けてきた。


「一杯どうや?」


 グラスの中には琥珀色の液体。

 ウィスキーっぽいね。ちょっといただこうかな。

 俺は差し出されたグラスを躊躇いなく受け取ると、その中身を一息に飲み干した。


「あんまり美味しくないね」


「そうやな」


 シルヴァリオもあんまり好みでは無かったようだ。

 おもむろに酒瓶を掴むと、シルヴァリオは部屋の壁に酒瓶を投げつけて砕いた。

 床に酒がぶちまけられ、酒精の香りが部屋に充満する。


「この部屋の持ち主に用があるなら、今は客と話してるみたいやから、そっちに行ったらいいんやないんか?」


「あらま、取引相手を売るようなことを言っていいのかい?」


 随分とまぁ、薄情な奴だね。

 ビジネスパートナーを守る気持ちとかはないんだろうか?


「はっ、俺は取引をしに来ただけや。それなのに待たされ、不味い酒を飲まされ、ウンザリしとるんや。ここのボンクラに気を遣ってやる義理はないやろ」


 あ、そう。それなら良いや。

 俺はシルヴァリオに興味を無くし、刀を鞘に収める。

 コイツのことも気になるけど、今は辺境伯の方が気になるかな。まぁ、ちょっかいをかける相手としてだけどね。

 辺境伯の方がちょっかいをかけた後の結果が読みやすいし、俺の期待通りになりそうだしさ。


「情報どうもありがとね」


 俺は礼を言うとシルヴァリオに背を向け、部屋を出ようとする。

 そんな俺の背中にシルヴァリオは──


「どういたしまして。そんじゃ、またな──」


 俺としては、キミみたいに服の趣味が合わない奴とは二度と会いたくないけどね。

 ダサい奴と知り合いだと思われると恥ずかしいしさ。

 そんなことを思いながら、俺はその部屋を後にしたのだった。







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