新たな姫
──俺は夜空を見上げ、星を眺める。
星を見ると心が安らぐ。人間だった頃からそうだった。
星を見ようとすれば上だけを見ていられる。それが良い。
下を見れば、ゴミや敗けて這いつくばっている俺が踏みつけられる奴しかない。横を見ても、俺と並び立ち俺の手が届くものしか見えない。けれど、星を見上げれば、そこには俺の手の届かない物がある。手の届かないものに手を伸ばし続ける。
それこそが生きていく上では大事なんだ。少なくとも俺はそう思う。だから、俺は星を見上げ、手の届かないものに夢を見続ける。
──ま、俺が生きていく上での拠り所はそれしかないんだけどね。見上げた夜空の無数の星のどこかにきっと、俺を絶望させてくれるくらいスゲー奴がいる。そう思わなきゃ生きていけねぇんだよ。
「──少し良いだろうか?」
俺が星を眺めているとラスティーナが話しかけてきた。
お付きのメイドのナターシャもいなければ、護衛の騎士もいない。
どうやら、俺と二人きりで話をしたいようだ。
「別に構わねぇよ」
本音を言えば、面倒臭いんだけどね。
俺だって誰とも関わりたくねぇなぁって気分の時はあるんだぜ。
まぁ、それだって我慢できない程じゃねぇけどさ。
「それで? なんか用かい?」
愛の告白とかだったら勘弁して欲しいね。俺はキミに興味が無いからさ。
ま、そんな訳は無いだろうけどね。ラスティーナが俺に何を言いたいか、だいたい予想はつくよ。
「いい加減、挑発するのはやめてくれないか」
ラスティーナが俺を非難してきた。
挑発ねぇ……俺がやってたことって、そんな上品な言葉で表せるものだったかしら?
難癖つける、因縁つける、喧嘩を売る。もっと品の無い言葉で俺が100%悪いみたいな感じで言ってくれても良いんだぜ?
「そんなことをして何の意味がある」
挑発する意味?
意味はあるよ。
「喧嘩を売れば、喧嘩を買ってくれるじゃないか。俺はそれだけで充分なんだよね」
ものの売り買いは人類の発展には欠かせない事柄だぜ。
もっとも喧嘩の売り買いに生産性があるとは思えねぇけど。
「良好な関係を築く気は無いのか?」
良好な関係ねぇ。
そういうのが重要なのは分かるけどさ。
「俺は人と争わないと生きていけないんだよね。正確には敵がいないと駄目なんだけどさ。そんでもって、味方が多いことは俺が生きていく上で何の意味もないどころか、俺の願いから俺を遠ざけるだけなんでね、俺はなるべく、常に敵を作っておかないと俺は心が安らがないんだよ」
ラスティーナが何を言っているんだコイツって顔になる。
別に理解してもらわなくてもいいんだけどね。
「貴様の願いとはなんだ」
おや、興味があるのかい?
隠してるわけでもないし、聞かれれば俺は素直に答えるぜ。
そういう機会がなかったから、言わなかっただけだしね。
「俺は自分の限界を知りたいだけだよ」
分かるかな?
俺は俺という存在の限界を知りたいんだよ。
そのためには敵が必要で、誰かと争い続けないといけない。
「俺が人間だった頃、小学校の先生にこんなことを言われたんだよ。『自分の限界を自分で決めてはいけない』ってね。でも、自分で限界を決められないなら、誰に限界を決めて貰えば良いんだろうね。自分で決められないなら他人に決めて貰うか教えてもらうしかないと思わないかい?」
小学校って言っても通じないかな。まぁ、それは別にどうでも良いや。
大事なのは自分の限界をどう知るかって話だ。俺は兎にも角にも自分の限界を知りたいんだよ。
限界を知るってことは自分という存在を定義する行為だ。
限界を知らなければ、真の意味で俺は俺という存在を把握できず、俺という存在を定義できず、自己を確立できない。俺はそれが嫌なんだよね。
俺は俺という存在を見定めたい。そのために自分の限界を知りたいんだ。
「この世界のどこかにきっといる俺より強いどこかの誰かに『テメェはこの程度なんだよ』って徹底的にぶちのめされて、自分の限界を叩きつけられたい。それが俺の願いさ」
「そんなことのために挑発を繰り返すのか? それで人と争い続けると?」
本格的に俺の事を頭おかしい奴のようにラスティーナが見るようになってきた。
自分でも、ヤベェなぁとは思うぜ? でも、だからといって、やめることはできないんだよね。
だって、俺が生きていく上での拠り所はそれしかないんだからさ。
「ま、キミらと戦ったって願いが叶うわけはないだろうなぁとは思うんだけどね。でも、もしかしたら、俺と戦っている内に奇跡が起きたり、秘められた力に目覚める可能性だってゼロじゃないだろ? そんなことはありえないにしても、喧嘩したら俺を恨んでくれるだろうし、復讐するために俺に挑戦してくれるかもしれない。復讐する以上、俺を倒すために創意工夫をしてくれるだろ? その工夫がもしかしたら俺を倒してくれるかもしれない」
まぁ、ただ倒されても俺は満足しないけどね。
俺が望んでいるのは俺の限界を知るってことなんだしさ。
俺がどんなに努力しても敵わず、徹底的に完膚なきまでに俺を倒してくれなきゃ困るんだ。
俺に勝つのは当然として、その後に俺が修行したり努力したり、色んな創意工夫をしたとしても、それを叩き潰してくれなきゃ駄目なんだ。
俺がどんなに頑張っても勝つことが出来ないってのを思い知らされて、心がへし折られ、反吐をぶちまけて、小便漏らして泣きながら土下座して「参りました、貴方には絶対に勝てません。もう許してください」って、そんなセリフを吐きたいんだよ。
一回や二回負けたくらいじゃ俺は諦められないし、自分の限界だって思えないだろ? 何千、何億、下手したら何兆回かかるかは分かんないけど、俺が自分の限界はこの程度だと諦められるくらい、俺の事を倒して欲しいんだ。
自分の限界を叩きつけられるにはそれくらいのことがなきゃ駄目だと思わないかい?
「正気とは思えない」
「キミらからするとそうかもしれないけど、俺は正気だぜ? 自分の行動を冷静に分析できてるしさ」
「正気な人間が誰彼構わず喧嘩を売るわけないだろう」
おいおい、そりゃあ誤解だぜ?
俺は喧嘩を売る相手は選んでるんだけどね。
「俺は強い奴か、自分が強いと思っている奴にしか喧嘩は売ってないんだけどね」
ラスティーナの護衛の騎士連中は自分が強いと思っていたし、そういう奴はぶちのめしても心が痛まないんだよね。
「それなら私に挑発するのはおかしいと思うんだが?」
「キミは権力があるじゃない。権力も強さだからね。キミ自身は弱くてもキミの持つ権力とは喧嘩をしたくなっちゃうんだよね」
人間だった時分から権力に喧嘩を売るのは大好きだったもんでね。
最終的には全世界で指名手配されてしまうくらいには権力や権威に喧嘩を売ってたぜ。
「まぁ、安心してよ。俺は強い奴とか自分の強さに自信を持ってる奴に喧嘩を売るのは好きだけど、弱い奴に喧嘩を売る趣味は無いからね。俺は弱い奴は大切にしてあげないといけないと思ってるしさ」
それと戦っても楽しくない奴にも喧嘩は売らないかな。
おや、なんだか意外そうな顔をしてるね、お姫様。
「俺の事を弱者をゴミ扱いする奴だと思ってる? そんなわけないじゃない。俺は強さや弱さは本人の努力だけじゃどうにもならないと分かってるつもりだぜ。環境とか遺伝とか生まれつきの資質も色々あるし、どうやっても強くなれない奴はいるんだよ。それは仕方ないものだし、そういう色んな事情を無視して、弱いのを悪いと決めつけるのはお行儀がよろしくないと思うんだよね」
だからまぁ、俺は弱い奴に対して、その弱さを責めるってのはあまりしたくないね。
「ついていけない」
「そりゃあそうだ。だって、これは俺が正しいと考える答えであって、普遍的な答えじゃないしね。むしろ、「分かる」とか言われる方が楽しくないぜ」
まぁ、俺としては、もっと世間の人間も他人の弱さを許せるようになった方が良いとは思うけどね。
「もう、話は充分だろ? 俺はキミらにこれからも喧嘩を売るし、この生き方は変えられないんで、そこら辺はご了承くださいってね。まぁ、キミらの底も見えたし、しばらくはちょっかいはかけないようにはしようと思うけどね」
俺はさっさと寝るように姫様は手でシッシッと追い払った。
色々と複雑そうな表情をしながらもラスティーナは大人しく引き下がって行った。
ここでヒステリックに俺を罵倒しないのは美点でもあるけれど、ちょっと物足りない所でもあるんだよなぁ。
「そこら辺、どう思う?」
俺はラスティーナが去ってからほどなくして、夜の闇に話しかけた。
すると、木の陰からラスティーナのお付きのメイドのナターシャが姿を現す。
気配を隠して隠れていたつもりのようだが、俺にはバレバレだ。
「……」
ナターシャは何も言わず、どこから取り出したのか短剣を構える。
「俺が無礼だから、ぶっ殺そうって感じ?」
ナターシャはメイドながら隙の無い構えだ。
むしろ、こっちの方が本職かな?
まぁ、王女のお付きの侍女が武芸の心得がないってのも考えにくいしね。
「分かりやすくて助かるよ」
じゃあ、喧嘩をしようかな。
やっぱり権力者に喧嘩を売ると、戦う相手に事欠かなくなるから最高だぜ──
──そして、翌朝。
「どうかしたのか、ナターシャ?」
絶好調の俺に対してナターシャは足取りがおぼつかない。
昨日の夜に俺と喧嘩して完敗してるからね。ダメージもあって体が思うように動かないんじゃないかな。
特に話すようなこともなく俺が普通に勝利したわけで、俺はそのことを誰かに言いふらすようなこともしていないんで、ラスティーナは何も知らない。
「なぁ、今日はアウルム王国に入れるんだろ? さっさと行こうぜ?」
俺はラスティーナを急かす。
ナターシャと護衛の騎士連中は歩くのも億劫そうだったが、俺は気遣いができないんでね。
ちょっとペースを速めるように促す。
そして、出発から数時間。
太陽が頂点を迎えた頃、俺達は国境の街へ到着した。
けれど、そこで俺達が見たものはというと──
「聞きたいんだけどさぁ、キミらって一応お忍びの旅で来たんだよね?」
だから、国境の街に入ったところで大騒ぎにならないはずだよね?
じゃあ、俺の見ているものはなんなんでしょうか?
具体的に言うと、街へ入るや否や、俺の眼に飛び込んできたのは、完全武装の騎士数百人とそれを率いるように前に立つ女の子一人。
まるで、お出迎えをしてくれてるみたいで嬉しくなっちまうね。
「あちらの御嬢さんはどなた?」
騎士と女の子を見て苦虫を嚙み潰したような表情のラスティーナに俺は訊ねる。
すると、ラスティーナは吐き捨てるように──
「私の妹だ」
ってことは、あの子もお姫様かな?
歳は……14歳から15歳くらい? 身長はラスティーナより低くて、髪型も赤髪のツインテールで幼い感じがする。
顔は内面の気の強さが隠せてない感じできつめだけど、作り自体は良いし可愛い感じだね。
クソ雑な表現だと一昔、二昔くらい前のツンデレヒロインみたいな感じ?
「おかえりなさいませ、お姉さま」
ラスティーナの妹ちゃんがラスティーナに挨拶をしてきた。
さて、どうしたもんだろうか?
これはラスティーナに話しかけている感じで俺の事なんか眼中になさそうだぞ。
俺は他人から無視されても別になんとも思わないけど、俺はいつでも物事の中心にいたい男なんだよね。
だからまぁ、もう反射的にやってしまったわけよ。
「出迎えご苦労さん」
俺はラスティーナが妹ちゃんに挨拶するより先に妹ちゃんに向けて言うと、周囲の人間の虚を突いて距離を詰め、その肩をポンポンと叩いて、「お疲れさん」と労った。
超絶不敬、絶対無礼。
周囲の気配がラスティーナとその護衛の騎士達も含めて不穏なものになる。
やっぱ権力者とか地位や身分が高い奴に喧嘩を売るのは最高だぜ。
一瞬にして全員が俺の敵がなりやがった。
さて、この状況をどう収めようか。
まぁ、収まるわけはないし、そもそも望み通りの展開なんだけどね。




