シウスの目論見
領主に毒を盛った奴を探してこいとゼティに頼んだ俺はドレガンたちと一緒に野営地で時間を潰していた。俺の方は俺の方で、誰かがジョンに変なことをしないように見張ってなきゃならないからな。領主の隠し子って話をドレガンが周囲に漏らしているとは思わねぇけど、秘密ってのは何処から洩れるか分からないしさ。
領主の隠し子ってことでジョンに何か良からぬことを企む奴がいないとも限らないから護衛は必要だろうってことで俺は残り、ゼティをイクシオンに向かわせたってわけ。
まぁ、イクシオンのことはゼティに任せておけば問題ないだろ。
あいつは俺よりも殴り込みとか慣れてるしな。つっても俺が行った方が血生臭いことにはならずに済んだと思うけどさ。
ゼティは人を斬るのがそんなに好きじゃないくせに必要と思ったら平気で斬るからなぁ。まぁ、昔に色々とあったから仕方ないんだけどな。
あいつが只の人間だった頃、とある男について斬るか斬らないかでゼティが悩んだ結果、殺す決断が遅れたせいでゼティの生きていた元々の世界は滅んじまったし、俺の使徒にならなきゃならなくなった。
そういう経験があるからゼティは悪党を斬ることに躊躇しないんだよ。まぁ、その場で誰かが止めたら多少は考慮はしてくれるんだけどな。俺が止めろと言えば止めてくれるとは思うぜ?
「あの、ボーっとしてどうしたんですか?」
おっと、余計なことを考えていたかな?
カイルが心配して俺の顔を覗き込んでいるよ。こういうのって女の子にしてもらうべきなんだろうけど、残念ながら俺の近くには女の子がいないから仕方ない。
「それで何時になったらギド達を助けに動いてくれるんですか?」
あぁ、そんな話もしていたなぁ。そのことについて相談しに来たのか?
それなら、もう少し待ってもらわないとな。まぁ、待っている内に処刑されてる可能性もあるけどよ。っていうか、もう死んでるかもなぁ。
「なんか不穏なことを考えてません」
考えてませんよ。
俺の勘だとシウスなんかはギド達を殺していてもおかしくはないだろうけど、ギースレイン……長いからギースでいいかな? とにかくギースは生かしておくと思うね、保身のためにさ。
人質を傷つけていたりしたら言い逃れできないし、逆に人質を無傷で生かしておけば、それを材料に俺達と交渉も出来るからな。
「まぁ、もう少し待て。動き出すとしてもゼティが帰って来てからだ」
そう言ってカイルをなだめていると、不意に野営地の入り口の方から騒ぎ声が聞こえてきた。
ゼティが帰って来たかなと思い、カイルを連れて野営地の入り口に向かうと、そこには人だかりができていた。俺達は騒ぎの中心を確認しようと人を掻き分けて、人だかりの中心へと進んでいく。
そして辿り着いた先にいたのは──
「久しぶりだな、ドレガン」
「シウス殿……」
中心にいたのはシウスとドレガンの二人だった。
二人は護衛の兵士を後ろに従えて向かい合い、その周りをドレガンが率いる兵士たちが取り囲んでいる。
ドレガンの兵の中にはシウスに強い殺意を向けている者もチラホラといるようだった。
まぁ、領内で圧政を敷き、残虐行為をしているようだし、恨みを持っている奴らがいてもおかしくはないな。ドレガンの兵は圧政を敷くシウスを打倒するっていうお題目で立ち上がったわけだしさ。
「此度はどのような用件で?」
ドレガンはシウスに対して臣下の礼を取り、丁重な態度を示す。
熊みたいな見た目の割には常識人だよな。ドレガンは代官で、領主代行のシウスの方が身分が上だから、礼儀にも気を遣うんだろうね。
「用件か……わざわざ言う必要があるのか?」
必要はねぇよな。戦争だろ戦争、戦争しようぜって話をしに来たんじゃないのかって俺が思った矢先、シウスはその場にいた誰もが思いもがけない行動を取る。
「私の用件はこれだ」
そう言うと、シウスはおもむろに地面に膝をつき、頭を地面にこすりつけた。
それはまさに土下座の姿勢であり、シウスはドレガンに、そして多くの兵が見ている前で土下座をしてみせたのだった。
「私が間違っていた!」
頭を地面にこすりつけながらシウスは叫ぶ。
「私の振る舞いを正そうと挙兵した貴公の行動を見て、私は自分の間違いに気づいた!」
シウスの言葉にドレガンを含め、その場にいた全員が困惑する。
そりゃそうだよな。まさか、こんなことなるなんて誰も思わなかったろう。
「私がこれまでにしたことを思えば、許して貰えるはずが無いことは分かっている。だが……だが、頼む! 私に償う機会をくれないか! 私は今までの振る舞いを改め、よき領主になれるように努力していくことをここに誓う!」
やべぇな、独壇場じゃねぇか。
俺も口を挟んだ方が良いんだろうけど、さてどうしたものか。
ドレガンがどうするかを見届けるべきな気もするけどな。
「ドレガン、反逆者の汚名を着せられる可能性も恐れず、私を正そうとした貴公を見込んで頼みがある。どうか私を導いてくれないだろうか? 父の腹心としてイクサス領の発展に尽くしてきた貴公にしか頼めないことなのだ」
シウスの言葉を聞くドレガンは状況を呑み込みつつあるようだが、逆にそれがよろしくなかった。
どうやらドレガンは感激しているようで目を潤ませている。まぁ、その理由も分かるって言えば分かる。どうしようもねぇクズだと思っていた奴が自分の行動によって自分の行いを反省してくれたんだもん。そりゃ色々と思うよな。今更遅いって思うかもしれないし、よくぞ目を覚ましてくれたって思うかもしれないし色々とさ。
まぁ、ドレガンの様子を見る限り、悪い感情は抱いていない様子だけどさ。
「これから私は心を入れ替えイクサス領の発展に力を尽くしていくつもりだ。ドレガン……貴公には私の補佐役となって力を貸して欲しいのだ。それは私を甘い言葉で惑わしてきた奸臣どもには出来ないこと、貴公のように主に疎まれようと、それを恐れず正しきことをしてきた真の忠臣にしかできないことなのだ。どうか私が父のような立派な領主になる手助けをしてくれ」
他の誰にも口を挟ませないシウスの独演会。
ドレガンを含め、この場にいる連中は自らの過ちに気付き、土下座までして反省の態度を見せた領主の息子ってシウスを見てるようだが、俺はそうは思えないね。
シウスの心が分かるわけじゃないが、人間なんてそんなに簡単に心変わりするわけないと俺は思う。
「立ってくれ、シウス殿」
ドレガンは土下座するシウスに近づくと跪き、その体を抱き起こす。
こいつは良くねぇな。もしかして騙されてねぇか、ドレガン君さぁ。
貴族的な価値観だと平民も含めた人前で土下座するとか相当な屈辱だし、覚悟や反省、謝罪の気持ちの表れのように見えるかもしれないけど、価値観が違えば土下座なんて跪いて頭を下げるだけの動作に過ぎないんだぜ?
頭を下げるだけで敵対関係だった奴との関係を改善できるっていうなら、反省の気持ちなしに喜んで頭を下げる奴なんて、いくらでもいるってことをドレガンは分かってるか? 俺の見たところ、シウスには貴族のプライドとか欠片も無いんだし、そいつの謝罪には打算しか感じられないんだけどな。
「貴方の気持ちは良く分かった。私は──「ちょっと待て」
ドレガンが余計なことを言う前に俺は人だかりの中心──シウスとドレガンのそばへと声を出しながら躍り出る。
人々の視線が俺に向けられる。「誰だ、あいつ?」ってのが大半で「邪魔するな」って言いたげな視線もそれなりに感じるがどんな目で見られようが、今の状況は良くねぇから口を挟ませてもらうぜ。
本当はドレガン一人に頑張ってもらいたかったんだけど駄目そうだしな。そう思わせた時点で俺のドレガンへの評価は少し下がっちゃったぜ。
「仲直りするなら、ちゃんとそういう席を用意しろよ」
この場で色々と決めるのは良くねぇと俺は思うね。
人前でやるのが良くねぇよ。周りで見ている連中なんか状況が読めてないから、心を入れ替えるなら許しても良いんじゃないかって雰囲気なってるぜ?
この状況でドレガンがシウスに否定的な態度を取ると、せっかく謝りに来て土下座までしたシウスに対してする仕打ちじゃないだろって感じでドレガンに悪い印象が生じるし、シウスの振る舞いを見て、この場にいる兵士の大半が「シウスってもしかして良い奴?」とか思い始めているしな。
周りの良く分かってない連中を味方にするためだけに、わざわざ人前で土下座してるんだろ? 謝罪なんかじゃなくてパフォーマンスだよ。
そのパフォーマンスのせいで、この場の雰囲気はシウスの味方になりつつあるし、そんな場所で話し合いなんかすることはねぇよ。
「それもそうだな」
シウスは俺の言葉を否定することも無く、シレっとした顔で立ち上がるとドレガンに頭を下げて、未練をみせることもなくアッサリとその場から立ち去る。
それを見届けるとドレガンは俺を睨みつける。そりゃそうだ、だって俺はいますぐ和解できたかもしれないドレガンとシウスの関係を停滞させたんだもんな。イラつかれるのは当然だけど、だからって俺が何も言わないってわけにもいかない。
「ちょっと来い」
俺は相手が代官だとか関係なしにドレガンの襟首を引っ掴み、抵抗するのも無視して引きずっていく。当然、代官にそんなことをすれば周りの兵士が黙っていない。兵士たちは俺の行く手を塞ぐが──
「退け」
ちょっと本気な感じで俺がそう言うと慌てて飛び退き、道を譲ってくれた。実は、ゼティを送り出してから暇だったんで、ちょっと腕試しに兵士を何人かぶっ飛ばしてるから、俺に勝つのは無理って諦めてるんだろう。
命を賭ける気概がねぇとは情けない奴らだぜ。好きにはなれないが、ヘタレっぷりは愛おしいね。
俺は兵士たちの間をドレガンを引きずりながら進み、ドレガンの天幕に辿り着くと、その中にドレガンを放り入れて俺も中に入る。
「貴様、どういうつもりだ!」
さぁ、どういうつもりだろうね。
「貴様の仕事は伯爵の子を連れてくることだけだろうが!」
「仕事でやってるわけじゃねぇよ」
ちょっと首を突っ込みたいから関わってるだけさ。
それと、世のため人のためって感じかな? 今の感じだとそれについて良くねぇことになりそうなんだよね。
「テメェ、さっきシウスに靡きそうになったろ」
「それは……いや、それの何が悪い! 伯爵様の御子息であられるシウス殿が心を入れ替え真っ当な道へ進むというなら、臣下である我らはそれを手助けするだけだ!」
「考え方自体は悪くねぇ、全然悪くねぇよ。ただそれはシウスのやらかしたことを全部知ってからだと思うね。例えば奴から話を聞くとかしてさ」
最高のタイミングだせ、ゼティ君よ。もしかして狙ってたかい?
俺が降り向くと、そこには怪我した男を引きずるゼルティウスの姿があった。
さぁ、ドレガン君、決断の時が近づいてきたぜ。
おまえがシウスをどうしたいのか、その結論を俺に聞かせてくれよ。




