囚われの旅立ち
──俺は静まり返った真夜中のイグナシスの街を隠れるように歩いていた。
アウルム王国という国の王女であるラスティーナと一緒に行動しているにも関わらず、俺達は犯罪者のように街の人間の視線を警戒しながら、イグナシスの外へと向かって進んでいた。
「王女様が出発するのに見送りもないのは悲しいね」
俺はラスティーナに話しかけたが、声は返ってこない。
まぁ、ラスティーナは馬車の中で俺は外を歩いているから聞こえなくても仕方ないね。
それに加えて、俺は頭にズタ袋を被せられ、顔が隠れてるから声が聞こえにくくなってるのもあるかな。
「こんな風に顔を隠してちゃ、俺が街を出るってのもわからないじゃない。俺の顔を見たいって奴はイグナシスにごまんといると思うんだけど、こういうのって、俺のツラを拝みたい奴に悪い気がしないかい?」
俺は深夜の通りのど真ん中で馬車の中にいるラスティーナに聞こえるように話しかけた。
すると、馬車の窓が開きラスティーナがピシャリと一言──
「人に見せられる顔だと思っているのか?」
それだけ言うとすぐさま窓を閉じた。
生憎と俺は自分のツラに自信があるもんでね。
人に自分の顔を見せるのを恥ずかしいなんて思ったことは一度もねぇぜ。
まぁ、ラスティーナが俺の顔を人に見せたくないのは別の理由があるんだけどね。
「黙って歩け」
俺がラスティーナと心温まる会話をしていたら、それを羨んだのか護衛の騎士が馬上から俺に文句を言ってきた。
俺は徒歩で馬車を追いかけて歩いているのに、俺を四方から取り囲む騎士たちは騎乗しているんだよね。こういう差別は良くないと思わないかい?
「黙るのも歩くのもキミらに決められる筋合いは無いんだよなぁ」
黙りたくなったら黙るし、俺は歩きたくなったら歩くよ。
まぁ、今は黙りたくなったから黙るし、歩きたいから歩くけどね。
俺は夜の闇に溶け込むように静かに歩く。
ただまぁ、静かに歩いたところで、俺の手元から聞こえるジャラジャラとした音は消えないんだけどね。
なんで、そんな音がするかと言うと、俺は手枷を嵌められていて、そこから伸びる鎖がラスティーナの馬車に繋がっているからだ。
「覆面を被せられて、鎖で引きずられるとか犯罪者みたいだなぁ」
みたいじゃなく、傍から見たら俺の姿は護送される囚人そのものだけどね。
そして、ラスティーナ達はというと──
「囚人護送の集団みたいなふりをして、こっそりと街を出るとかお姫様としてどうなんだろうね」
いったい誰のせいでこんなことになっていると言いたげな空気が俺の周囲に満ちる。
さて、誰のせいなんでしょう? まぁ、当然俺のせいなんだけどね。
イグナシスで悪名を売り過ぎちまったせいで、俺は簡単に街を出られなくなったから、こうして変装して出て行かざるをえなくなってしまったんだよね。
いろんな奴に喧嘩を売り、最終的には赤神を殺したり、闘技場をぶっ壊したのも俺のせいになったおかげで、俺はイグナシスの連中からは見つけ次第殺せって扱いになってる。
赤神を殺したのはゼティだし、闘技場が崩落したのも赤神が死んだのが原因なんだから、俺は悪くないはずなんだけど、日頃の行いが悪いせいで、悪い出来事は全部俺のせいになってるんだよね。
「ラスティーナとしては俺にイグナシスに残って欲しくないとはいえ、連れ出すためにこんな仮装行列をさせてしまったとは申し訳なくなるぜ」
俺は思ってもいないことを口にする。
ラスティーナが俺を連れ出したいのだってラスティーナの都合だからね。
イグナシスの連中に俺とラスティーナの友好的な関係だって知られているのが、ラスティーナにとっては非常に都合が悪い。
俺がイグナシスで生活している間、生活費とか遊興費とか全部、請求先は八割くらいラスティーナにしてたってのが原因で俺とラスティーナと関係はみんなに知られている。ちなみに残りの二割はマー君に請求してって街の連中には頼んでいる。
なんで俺の仲が良いって思われるとラスティーナがマズいことになるかと言うと、答えは単純で俺がイグナシスで色々とやらかしてるから。
イグナシスに混乱を引き起こすのためにラスティーナが俺を送り込んだとか誤解されると色々とマズいことになるので、ラスティーナは俺があることないこと余計なことを話す前にさっさとイグナシスから連れ出したくて仕方ない。なので、仮装行列をしてでも俺を連れてイグナシスから脱出しようとしてるわけ。
俺はラスティーナに境遇に涙が止まらなくなる。
俺みたいな奴のせいで、こんな厄介なことになってしまったなんてさ。
だから、俺の事なんて気にしなくて良いんだよと思い、ラスティーナの身を慮り──
「お姫様が、こんな真夜中にコソコソと逃げ出すなんてカッコ悪いぜ? もっと堂々と正面から出ようぜ、王族として恥ずかしくないのかよ?」
おっと、これじゃ煽ってるみたいだね。まぁ、煽ってるんだけどさ。
だって、コソコソとしないといけないのは自分の立場とか国を守らなきゃいけないラスティーナの都合だし、俺には関係ないからね。そんなのに付き合わされて逃げるように街から出るなんて、ちょっと嫌だなぁって思ったわけ。
まぁ、人間だった時も警察や政府の手から逃げるために街から街へ逃げ回ってたんで、別に逃げるのに抵抗は無いんだけどね。でも、誰かに都合に合わせてそれをするのは嫌だなぁって思うんだよね。
俺としてはイグナシスの住人全員と喧嘩をして、全員ぶっ倒して正面から堂々と街を出るのも良いと思うんだが、さてラスティーナ達はどうでしょうか?
「いい加減に黙れ!」
俺を取り囲みながら馬を進ませていた騎士の一人が馬上から槍の石突を俺に突き下ろしてきた。
どうやら、ラスティーナへの無礼な発言が許せなかったようだ。気持ちは分かるけど、でも俺も殴られたくはないわけで──
俺は手枷を壊すと突き下ろされた石突を掴んだ。
金属製の枷だけど、そんなもんで俺を拘束できるとか甘く見過ぎじゃなかろうか?
「危ないじゃん」
問答無用で殴るとか酷い奴だよね。一般人だったら大怪我してたかもしれないぜ?
まぁ、俺は一般人じゃないんで、余裕で受け止められるんですけどね。
馬上の騎士は俺に掴まれた槍を必死に自分の方に引き寄せようとするがビクともせずに四苦八苦している。
「別に戦ってもいいけどさぁ」
俺を四方から取り囲んで護送していた騎士たちが、武器を構えて俺を囲む。
戦る気があるのは良いね。でもねぇ……
「俺はちょっとグルメな気分だから、キミらみたいな雑魚と戦っても楽しくなれなさそうなんだよね」
ラ゠ギィの体を乗っ取ったイザリア・ローランとかいう最上級の相手と戦ったせいで、一時的に舌が肥えてしまってるんだね。きっと弱い奴とやっても楽しくなれないと思う。
まぁ、それはそれとして、ここでラスティーナの護衛の騎士たちと揉めるとどうなるか。ちょっとよく考えてみる。
まず、戦えば騒ぎになるからイグナシスの住人に気づかれる。
そして表ざたになったらラスティーナは俺を庇えないから、ラスティーナも俺の敵に回る。
更に、ラスティーナが敵になるってことはアウルム王国も敵になる。
ついでに、イグナシスの街を持つレイランド王国もイグナシスで散々暴れまわった俺を敵認定しているからアウルム王国の庇護が無くなったら、速攻で殺しにかかるだろう。
ここで揉めるとヤバいね。
何がヤバいって俺にとって最高の状況になるってことだ。
他の奴らはどうか知らねぇが、四方八方敵しかいねぇ状況は俺にとっては天国としか思えないね。
こりゃあもう揉めるしかないか?
いやもう、揉めるに決まってるだろ。
よっしゃ、ちょっと楽しくなって来たぜ。
「俺が喧嘩を売ったことにしてやるよ。さぁ、戦ろうぜ?」
こいつらじゃ満足はできねぇだろうけど、先のことを考えれば前菜みたいなもんだ。
メインを美味しくいただくためには、こいつらいただいてしまって良いだろう。
さぁ、行くぜ──
「もういい、そいつには構うな」
馬車の中からラスティーナの厳しい声が飛んでくる。
すると、騎士たちはその命令に従い、戦闘態勢を解くと進みだしたラスティーナの馬車の後に続いて馬を歩かせる。
「嫌だねぇ、これだから宮仕えが染みついている連中は嫌なんだよ」
自分の感情より命令を優先しやがるから、俺はいつも肩透かしを食らわせられるんだよなぁ。
俺はシラケた気分になったので、掴んでいた槍を手放した。
俺の手から槍が離れたことで自由になった騎士は俺を見ることも無く、すぐさま馬車の後を追って進む騎士の一団の中に紛れ込んだ。
「はぁ……」
俺は完全に萎えてしまった。
枷は外れて俺は自由になった。とはいえ、イグナシスに残っている気にもなれない。
結局、行くあてのない俺はラスティーナの馬車の後を追って歩き出した。
放っておいた方がかえって扱いやすい。
どうやらラスティーナは俺の扱いを覚えたつもりになっているようだ。
だが、まだまだ甘い。
果たして俺との旅にラスティーナは耐えられるか見ものだぜ。




