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輝く剣

 

 真の姿を見せたゼルティウスが赤神イグニルフスへゆっくりと近づいていく。

 長剣を持った右腕をだらりとおろし、自然な動作で歩くゼルティウス。対してイグニルフスの体は強張り、身動き一つできず、まるで初めて剣を持ったかのようだった。


「待て! 待て! これはおかしい!」


 神である自分がゼルティウスに恐怖を感じている。

 その事実をイグニルフスは認められず、声をあげた。しかし、その声を無視してゼルティウスは着実に距離を詰める。


「貴様、我に何をした!」


 イグニルフスはゼルティウスの卑怯な手段によって体の自由を奪われているのだと考えた。

 しかし、実際にはゼルティウスは何もしていない。イグニルフスの体の自由を奪っているのはイグニルフス自身だ。

 イグニルフス自身の精神はともかく、イグニルフスが奪ってきた剣士たちの記憶と技術がゼルティウスが剣を構えた瞬間に自身の敗北を悟り、己の死を確信したのだ。

 剣を構えるという何気ない所作。それだけでも力の差を理解させるには充分すぎた。そして絶対的な力量差から生じる本能的な恐怖がイグニルフスの体を縛る。


「どうやら貴様が記憶と技を奪った剣士たちは俺との力の差が分かる程度には腕が立ったようだな。もっとも、力の差があるからと諦めるような輩は感心できんがな」


 力の差──ゼルティウスの口から聞こえてきた言葉でイグニルフスは己の体が動かない理由を理解する自分が力を奪った剣士たちが、目の前の敵に怯えているのだと。


 それを理解したイグニルフスは逆に安堵する。

 自分の中にある自分が取り込んだものが怯えている。それならば、自分が怯えたわけではない。

 神である自分は怯えてはおらず、怯えたのは自分が剣士たちの記憶だ。

 イグニルフスは自分がゼルティウスに恐怖したわけではないことに安堵し、そしてすぐさま怒りを覚える。その対象は神である自分と一つになるという栄誉を与えられたのにもかかわらず、目の前の敵に恐怖を抱き、自分に恥をかかせた剣士たちの記憶と技だ。


 イグニルフスは自分の体を縛っているのが自分が取り込んだ剣士たちの記憶や技であると理解すると、即座にそれを自分の中から消去した。

 惜しむ気持ちなどは欠片もない。失われるのが惜しいと我が物にしたものではあるが、自分に恥をかかせるようなものはいらないとイグニルフスは躊躇なく自分の中にある剣士たちの記憶と技を消し去った。


「ふははは! 縛るものがなければ、貴様なぞ!」


 直後、イグニルフスの体が炎を吹き上げ巨大化していく。

 奪い取ってきた剣士の記憶と技を捨て去ったイグニルフスは、純粋な炎の化身としての姿に変わる。

 火を司る神としてのイグニルフスの姿は炎を纏った巨人。その大きさは十数メートルにも及び、体から噴き上がる炎が空気を焦がす。

 しかし、変化を遂げたイグニルフスを見てもゼルティウスは僅かな動揺も見せない。それどころか、巨人をなったイグニルフスに侮蔑するような眼差しを向けると──


「馬鹿が」


 そう吐き捨て、ゼルティウスは巨人となったイグニルフスの胸元へと跳躍する。

 そして、宙を駆けながらゼルティウスは剣を振りかぶった。


 その瞬間、ゼルティウスと相対するイグニルフスの視界の中にある全ての動きが緩慢になる。

 スローモーションになった世界、ゼルティウスの動きさえもコマ送りに見えたことでイグニルフスは自分がゼルティウスの剣を見切ったのだと確信した──だが、それは勘違いである。


 ゼルティウスの今の状況と状態は、命の危機に陥った瞬間に周囲が遅く見えるという人間でいうタキサイキア現象と呼ばれるものと同じであった。つまるところ、イグニルフスの自意識とは別に本能が命の危機を訴えているというサインであった。しかし、それに気づかないイグニルフスはゼルティウスの動きを見切ったのだと勘違いする。


 そして勘違いしたまま、スローで見える世界でイグニルフスはゼルティウスの剣を見る。

 その剣は光り輝いており、イグニルフスはその剣を見て何らかの特別な力が込められているのだと判断する。だが、それも勘違いだった。


 ゼルティウスはただ剣を振るっただけで、特別な何かをしているわけではなく、実際に光っているわけでもない。輝いて見えるのはイグニルフスの視界の中だけだ。

 では、なぜ輝いて見えるのか。その理由は単純で、その一太刀が見事であり、自分の命を絶対に奪うと本能的に理解し、注意を喚起するように無意識に注目しているからだ。


 特別な人間が輝いて見えるのと同じで、特別な一撃は輝いて見える。

 ゼルティウスの振るう剣もまた、イグニルフスの命を確実に奪う一撃であるのだから輝いて見える。

 しかし、今のイグニルフスはゼルティウスの動きが遅く見え、警戒すべき一撃も見えている。ならば、回避は可能──などということはない。


 絶対に命を奪うから必殺であり、その一撃は特別であり、光り輝いて見える。

 アスラカーズの使徒たちが『クリティカル』などと呼ぶこの現象は、見えたら確実に死ぬ攻撃だと認識されている。

 だが、そんなことは知らないイグニルフスはスローモーションに見える世界で、ゼルティウスの放った一撃を躱す算段を立て、そして──


 ──次の瞬間、赤神イグニルフスはゼルティウスの剣で魂ごと真っ二つに断ち斬られた。

 渾身の一撃でもなく、軽く放っただけのゼルティウスの剣。しかし、そんな剣ですらイグニルフスにとって致命の一撃となり、自分が斬られたことに気づかず、イグニルフスは呆気なく消滅する。


「ハンデをつけた所で勝負にはならなかったな」


 ゼルティウスは二つ断ち斬られ、崩れていくイグニルフスを一瞥すると何の感情も無く呟いた。

 イグニルフスは自分が斬られたことも死んだことも理解する間もなく、意識を失い、その肉体は粒子となって散っていく。再生するために必要となる魂もゼルティウスの剣で肉体と一緒に斬られたイグニルフスは復活することは無い。


「お前如きでは俺には勝てんよ」


 神と言ってもイグニルフスの力は大したものではない。

 同じくらい強い人間など他の世界を探せば掃いて捨てるほどいる。

 ゼルティウスはイグニルフスへの関心を失うと、闘獄陣が解除される。

 そして、闘獄陣に入る前までにいた場所に戻された。


「──っ、流石にきついか」


 ゼルティウスの姿は元の人間に戻っていた。

 髪の長さも銀色だった左腕も元通り。しかし、その表情には余裕がなく、ゼルティウスは立っているのもやっとという有様で膝を突く。


「どうやら弱い者いじめをしすぎたようだな」


 アスラカーズの呪いは弱者に対して過剰な力の行使を嫌う。

 それにも関わらずゼルティウスは本当の姿を見せて剣を振るった。

 その反動でゼルティウスの体は呪いに苛まれ、大きなダメージを受けていた。


「こうなることは分かっていたつもりだが……」


 それでも、こうしなければイグニルフスを殺し切れなかった。

 アスラカーズの使徒は相手の強さで自分の強さが制限される。

 今回の場合、イグニルフスが弱かったせいでゼルティウスは逆にイグニルフスを殺し切れない状況だった。ゼルティウスの場合、イグニルフスを殺し切るために必要な能力が解除されるためにはイグニルフスがもう少し強くなければならなかった。

 そのため、ゼルティウスは闘獄陣の自分の領域に引きずり込むことで、自分にかけられた戦闘能力の制限を解除することを目論み、その目論見は見事に成功したわけだが、その反動は大きかった。


 ゼルティウスはよろめきながらも何とか立ち上がる。

 回復には時間がかかりそうだ。こういう時は少し休んでから、行動するべきなのだが、生憎とそれが許される状況ではなかった。


 ゼルティウスが今いる場所はイグナシスの街の地下深く。

 赤神イグニルフスによって創られた広大な地下空間だ。

 この場所は赤神の力によって維持されていた場所。しかし、この空間の主である赤神はもういない。主がいないこの場所は、その形を維持できなくなっていた。


「早く脱出するべきだな」


 イグニルフスが創った地下闘技場が崩れる。

 もともとゼルティウスとイグニルフスと戦闘で限界に達していたのもあり、真っ先に崩れたようだ。

 ゼルティウスは時間の猶予が無いことを察し、歩き出そうとしたアスラカーズの呪いが自分の体を苛み、その足は前へと進まない。


「厄介なことはいつもアイツががらみだ」


 愚痴をこぼすゼルティウス。

 だが、その愚痴が届いたのか──


「あらら、死にそうじゃねぇか」


 ゼルティウスの前にアスラカーズ──アッシュ・カラーズが姿を現す。

 ラ゠ギィの体を乗っ取ったイザリアとの戦闘に勝利したアッシュは少しの休憩の後、ゼルティウスと合流するために行動していたのだった。


「赤神はぶっ殺したのかい? その様子を見ると、本気を出した感じかな?」


 ゼルティウスの様子から何があったのか推測したアスラカーズはゼルティウスが呪いで動けなくなっていることに気付き、そして問う。


「一緒に来るかい?」


「当然だ」


 返答を得た瞬間、アッシュはゼルティウスを背負って走り出した。

 厄介事はいつも、アスラカーズが原因。しかしながら、自分に手を差し伸べるのも、いつもアスラカーズ。


「いいかげんウンザリだ」


「俺に尻拭いしてもらってる自分の情けなさに?」


「おまえのそういう物言いにだ」


 アッシュはゼルティウスを背負い、地上を目指して走り出した。



 一方その頃、地上では──


「崩れるぞ! さっさと逃げろ!」


 アスラカーズの使徒のマーク・ヴェインが闘技場から観客を逃がしていた。こんな状況になったのはつい先程の事である。

 剣神祭が終わり赤神からの言葉があるだろうと観客は闘技場で待っていたのだが、いつまで経っても赤神の言葉は無く、いい加減待つのも限界となり、観客の中に変える者も出始めた頃だった。突然、闘技場が立っていた地盤が崩れ出し、闘技場が沈み始めたのだ。


 まさかの出来事に混乱する観客たち。

 その中でマークはアッシュかゼルティウスが何かやらかすことを予期していたため唯一冷静だった。

 そして、状況がただ一人理解できているマークは観客に避難を促したのだった。


「歩ける奴は自力で逃げろ。無理な奴は──」


 避難の際に怪我をしてしまい動けない観客がいる。

 マークは探知の魔術でそんな観客の存在を把握すると、そういった観客を転移魔術で闘技場の外へと送り出した。


「クソ面倒くせぇなぁ!」


 闘技場が地面に沈みながら崩れていく。

 マークはいっそ、闘技場を持ちあげてみるかと考えるが現実的ではないと即座に否定する。

 それがやれないわけではないが多少の準備は必要だ。そして準備をしている間に取り返しのつかないことになる。


「手伝います! 何かできることはありませんか!」


 マークに声をかけるのはアッシュの知り合いの冒険者のカイルとその仲間達。

 しかし、マークは──


「話しかけんな、クソども! 邪魔だから、テメェらも消えろ!


 カイル達を転移の魔術で闘技場の外へと追い出す。


「逃げ遅れた観客は1000はいないか? クソ疲れるが、このくらいの人数なら──」


 マークは探知の魔術で避難が間に合わず、まだ闘技場内にいる全ての人数を把握すると、自分を含め、一気に全員をその場から転移させ、闘技場の外へと脱出させた。そして、全員が無事に避難を終えた直後だった──


「なんということだ……」


 避難した観客の誰ともなく呟き、観客たちの視線の先ではイグナシスの象徴であった闘技場が崩れ落ち、大地に沈んでいった。そして、ほどなくしてイグナシスの住人は赤神の加護が失われたことに気づき、神の死を知ることになるのだった──




 

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