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七星宮 剣霊殿

色々と大変でした

 

 ──視界が光に包まれたのは一瞬だった。

 その一瞬の後、赤神イグニルフスは自らの目に映った光景で、自身がゼルティウスの創り出した領域の中に引きずり込まれたことに気付く。


「なんだここは」


 イグニルフスは自らの有する感知能力を最大にし、周囲の様子を探ろうとするが、神としての権能を持つイグニルフスであっても、ゼルティウスに引きずり込まれた空間については、目に映る以上の事は何も分からない。


 イグニルフスの目に映っているのは、イグニルフスの世界とは全く違う建築様式の宮殿。

 城のように戦に備えた作りではない。宮殿を覆う厚く高い城壁などはなく、木造らしき平屋が立ち並ぶ、貴人の日々の暮らしの場だ。見れば、池を中心とし、小山を築き、草木を配した庭園もある。

 その光景を見れば、アッシュなどは「平安貴族の屋敷」などと言うだろう。

 だが、戦に備えているとはいえないような作りの場所、簡素ながらも雅が感じられる屋敷に囲まれながらもイグニルフスは警戒を決して緩めない。


 なぜなら、この場は本来の建物の雰囲気とは似つかわしくないもので埋め尽くされていたからだった。

 実の所、イグニルフスの目に真っ先に飛び込んできたのは、建物ではない。イグニルフスの視界を埋めつくすのは夥しい数の剣。優雅な建物、庭、その他、全てに所狭しと剣が突き立てられていた。


 視界の中のありとあらゆる場所に突き刺さった剣。

 イグニルフスは当然、それを警戒しながらも、自身の内に芽生えた好奇心に抗えずにいた。

 火と争いを司る赤神イグニルフス。その関心は争いで用いられる武具にも及ぶ。イグニルフスの目の前に並ぶ剣は一目見ただけで名剣と分かるものばかり。イグニルフスは火と争いを司る神としての性質からか、思わず目の前にあった剣に手を伸ばし、その柄を握る。そして、その瞬間──


 イグニルフスが手に取った剣が光を放ち、続けて受けた衝撃でイグニルフスは大きく吹き飛ばされた。

 何が起きたのか、イグニルフスの視線は自分が手に取ったはずの剣に向かう。だが、そうして目を向けた先、イグニルフスの目に飛び込んできたのは剣ではない。自分が手に取ったはずの剣を持ち、悠然と佇む剣士の姿だった。


「何者だ!」


 イグニルフスは自分が手に取ったはずの武骨な長剣を手にした剣士に、その名を問う。

 歳は40代そこらだろう。手にした剣と同じく武骨な気配の男。その男はイグニルフスの問いに応じ、その名を口にする。


「──ギデアス・ダーラント」


 その名を伝えると、言うべきことは全て言い終えたように剣士が動きだす。

 イグニルフスは当然、男の動きを警戒しており、どんな動きをしてこようと対応する準備があった。

 しかし、間に合わない。男の踏み込みは特徴こそ無いものの単純に速すぎた。

 イグニルフスは自身の神としての権能によって生み出した炎の大剣で防御こそできたが、男の放つ素早い踏み込みからの重い一撃を完璧に防ぐことはできず、衝撃に負けて後ずさる。


「未熟者め」


 突然、現れた剣士は吐き捨てるように言うと、イグニルフスへの追撃を行おうとする。

 イグニルフスは自分に迫ろうとする。剣士に向けて、掌を向けた。


「人間の分際で我を愚弄するか!」


 目の前に現れた剣士が何者かなどは分からない。だが、そんなことはイグニルフスにはどうでもいい。

 重要なのは、たかが人間が神である自分を未熟と見下したということだけだ。

 人間が神を侮辱するなど許されない。イグニルフスは速やかに目の前の剣士を葬るために、掌から炎を放つ。


 火を司る神が放った炎は指向性を持ち、奔流となって剣士へと向かう。

 剣士は当然防御をすると思い、イグニルフスは次の動きを予想し、炎を纏った大剣での追撃の構えを取る。

 しかし、その予想に反し、剣士は嘲笑うような表情を浮かべると、イグニルフスの放った炎に呑み込まれた。

 何の抵抗も無く赤神の炎を受けた剣士は、瞬時に焼き尽くされ、後には灰も残らない。

 その直後だった──


『──剣霊ギデアス・ダーラントの消滅を確認。壮剣ダーラントを一時封印』


 どこからともなく聞こえ、辺りに響く声。

 この空間の全てに届く声はゼルティウスのものではなく、機械的な響きだ。


「戯れにつきあうつもりはない。姿を見せよ」


 威圧する気配を周囲に放つイグニルフス。

 先程、現れた剣士は中々の強者だったが、あの程度で神である自分を葬れると思っているならば、侮るにもほどがあるとイグニルフスは自分を甘く見たゼルティウスへ怒りを抱く。


「姿を見せるつもりが無いというのならば、それでも構わん。この世界ごと貴様を焼き払うだけだ」


 その言葉が偽りでないと証明するように、イグニルフスの発する力が増す。

 そして、イグニルフスの体から炎が噴き上がる。その時だった──


「それは無理だ」


 イグニルフスの耳にゼルティウスの声が届く。

 当然、イグニルフスは声の方へと体を向けるはず。そして、自分をこの空間に閉じ込めた相手の姿を見据えようとするはず。だが、そんなことはできなかった。

 イグニルフスの体は完全に硬直しており、身じろぎ一つできない。


「この修羅闘獄陣は邪神アスラカーズの創り出したもの。貴様ごとき凡百の神が何をしようが、この世界そのものには髪の毛一つの傷もつけることはできない」


 修羅闘獄陣は本来はゼルティウス自身の能力ではない。

 しかし、使徒の序列一桁番台の特権として、ゼルティウスは闘獄陣の階層の内一つをアスラカーズから貸し与えられ、それを自身の意思で発動することができる。

 そうしてゼルティウスは七星宮しちせいぐう 剣霊殿けんれいでんへとイグニルフスを引きずり込んだ。

 もっとも、今のイグニルフスはそんな経緯に関心を払う余裕もなかっただろうが。


「──ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! なんだ、その──『力』はっ!?」


 ようやく口を開いたイグニルフスは取り乱して叫ぶ。

 その原因はゼルティウスの放つ圧倒的な内力量。神であるはずの自分が気圧され、身動きもできなくなるほどのゼルティウスの『力』の総量にイグニルフスは恐慌状態に陥る。


「──その力の量はまるで神ではないか!」


 ゼルティウスの放つ内力量はイグニルフスを遥かに上回る。というか、比較に値しないほどの差がある。

 イグニルフスの内力量が道端の水たまり程度だとしたら、ゼルティウスの内力量は大海の如き大きさ。

 つい先程までは、イグニルフスの方が内力量は上だった。それなのにも関わらず、この空間のゼルティウスは先程とは比べ物にならない。


「これが俺の本来の力だ。そして──」


 淡々と言葉を発すると、ゼルティウスはイグニルフスの視界に収まるように歩き出す。

 一歩踏み出すたびに莫大な量の内力がゼルティウスと共に移動し、その内力の圧力でイグニルフスは消耗を強いられる。直接、戦っていないにも関わらず内力量だけでイグニルフスはゼルティウスに敗北しそうになる。


「これが使徒としての俺の本当の姿だ」


 イグニルフスの前に姿を現すゼルティウス。

 本当の姿と言っても、見た目は人間である。ただ、その風体は奇抜と言わざるを得ない。

 長い鋼色の髪が腰まで伸び、袴のような裾の広いズボンをはきながらも足は裸足であり、上半身も布をまとわず、肌を見せている。そして、なにより目を引くのは──


「なんだ、その腕は」


 イグニルフスはゼルティウスの左腕を見て眼を見開く。

 ゼルティウスの肩から下の左腕は波打つ銀色の金属で覆われていた。というより、左腕全体が液体金属で形作られていた。ゼルティウスは他の使徒から『銀腕』と呼ばれる、その左腕をイグニルフスに見せつける。


「気にするな。ただの腕だ」


『銀腕』は生身の手と同じように滑らかに動く。


「この空間でなければ、俺達はこうして本当の姿になるのが難しく、全力を出すこともできない。だから、招かせてもらった。貴様を全力で殺すと決めたのでな」


 イグニルフスにとっては、ありがたくない招待だ。

 もっとも、そんな軽口を叩く余裕もない。

 ゼルティウスの内力に気圧された震えて言葉も思うように言えなくなっている。

 その様を見てゼルティウスは呆れたように首を振る。


「とはいえ、これでは戦いにもならないな。流石にそれは、この空間の使用権を預かっているアスラカーズが許さない。アイツは虐殺を好まないからな。だから、多少は手加減をしてやらなければならないか」


 修羅闘獄陣 第103階層 七星宮 剣霊殿

 アスラカーズの修羅闘獄陣を正規のルートで攻略した場合、終盤に訪れる可能性がある階層。

 そこはゼルティウスが招いた場合と自ら訪れた場合で極端に難易度が異なる。

 ゼルティウス自身が招く場合は、招いた相手を殺すため。対して挑戦者が自ら訪れた場合は試練の場となる。そして、試練の場となった際、剣霊殿は闘獄陣の100階以上の階層の中で攻略するだけなら最も簡単な階層となる。逆にゼルティウスに招かれた場合は、闘獄陣の中でも屈指の難易度に変化する。


「特別に試練に訪れた者達と同じ扱いにしてやろう。もっとも、貴様如きでは試練も攻略できないだろう。だから、更にハンデをつけなければならない」


 その言葉の直後、ゼルティウスの莫大な量の内力が霧散し、イグニルフスと同程度にまで落ちる。

 イグニルフスは自分を押さえつけていた圧力が消え失せたことで、ようやく余裕を取り戻す。


「なぜ、俺達が本当の姿で人間の世界を歩けないか分かっただろう? 俺達は強くなりすぎた。ただいるだけで生物の命を奪いかねないほどに」


「……後悔するぞ」


「生憎と手を抜かない方が俺の場合は後悔することになる」


 マトモに戦えば虐殺にすらならないほどの力の差がある。

 それをアスラカーズは良く思わないだろう。

 それを理解しているからゼルティウスはハンデをつけるし、少しでもイグニルフスの不利が無くなるように心を砕く。自分の手でイグニルフスを殺すために。


「俺の剣霊殿は剣霊を倒すたびに俺が弱くなるという仕様がある。剣霊とは先程、貴様が倒した剣士のような、俺が戦った剣士の記憶を具現化した存在だ」


 この階層のルールを教えることでゼルティウスはイグニルフスの不利を軽減する。


「剣霊を一体倒すごとに俺は弱体化し、七体倒すと俺は最大限に弱体化する。今回は特別に七体倒したことにしてやろう」


 その言葉の直後、周囲に突き立てられた夥しい数の剣、その傍らに剣士たちが立つ。


「一体倒すと、俺の内力量が試練に挑む奴と同じ程度まで落ちる。そして二体倒すと──」


 ゼルティウスの言葉の途中で剣士たちの姿が消え去る。


「剣霊たちが戦闘中に襲い掛かってくることがなくなる」


 続けて、ゼルティウスが生身の右手をイグニルフスへと向ける。すると、地面に突き立てられた大量の剣が独りでに地面から抜け、イグニルフスを取り囲むように宙に浮かびだした。


「三体倒すと、俺はこうして剣を操ることがなくなる」


 ゼルティウスが右手を軽く振ると、浮かんでいた大量の剣が再び、地面に突き立てられる。


「飛び回るだけの剣など──」


 イグニルフスがそう言った瞬間だった。


魔鏖剣まおうけん五の型、瞬過五光」


 ゼルティウスが呟いた瞬間、地面に刺さっていた剣が宙を舞い閃く。

 その太刀筋にイグニルフスは全く反応できず、刃の気配が自分のそばを通り抜けてようやく、ゼルティウスの攻撃に気づいたのだった。


「勘違いしているようなので言っておくが、俺はこの空間にある剣の全ては自由に操ることができる。自由に操るということは、剣として使いこなせるということだ。そして剣として使いこなせるということは、それで技も放てるということ。自在に宙を舞い、俺の剣技を放つ剣が数万本。それでも、貴様は飛び回るだけの剣と言うか?」


 ゼルティウスが技を放ったのにも関わらず、イグニルフスに傷は無い。

 警告のためだということは明らかだった。


「四体倒すと……俺は戦闘で『銀腕』の機能を使えなくなる。ただ、それだけだ。左腕としては動くので、油断はしないでもらいたい。その方が俺も貴様を殺しやすくなるんでな」


 ゼルティウスの左腕から危険な気配が消える。しかし、左腕の見た目と動きは変わった様子は無い。


「五体目以降は……まぁ、いいか。言ったところで貴様には理解できない領域の話だ」


 自分を侮るような物言いを繰り返すゼルティウスにイグニルフスは怒りを抑えきれなくなっていた。

 先程まではゼルティウスの内力量に気圧されていたが、今のゼルティウスから感じられる『力』は極めて弱い。倒せる相手という錯覚がイグニルフスに神としての自信を取り戻させていた。しかし、それも一瞬だけだった。


「──剣霊を七体倒したことにして、更にルールまで懇切丁寧に教えてやった。ハンデもこれで十分だろう。これで貴様は殺していいと判定されるはずだ」


 イグニルフスはの視線の先のゼルティウスはいつの間にか右手に剣を握り、佇んでいた。

 その姿を見た瞬間、イグニルフスは莫大な量の内力に押しつぶされていた時以上の恐怖を感じる。それは神であるイグニルフスは初めて自覚した恐怖という感情であった。


「この領域にいると俺はすぐにイキるとアスラは言うが確かにそのようだ。どうにも喋り過ぎてしまう」


 ゼルティウスはゆっくりとした動作で剣を構える。

 その姿を目にした瞬間、イグニルフスは神の身でありながら、自身の死を確信したのだった──






続きは今度の土日にでも

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