ゼルティウス 結
──ゼルティウスは夢を見ていた。
それは人間だった頃の記憶、その最も幸福だった時の光景。
歓喜に湧く人々が大通りを埋め尽くし、その中を凱旋するゼルティウスを──ゼルティウス達を讃え、歓声は絶えることが無い。その表情は喜びに満ち溢れ、心からの感謝をゼルティウス達に送っている。
『──遂に、遂にやり遂げたんだ、僕達は!』
隣を歩く勇者──クリスティアンがゼルティウスの肩を叩き、朗らかな笑みを向ける。
屈託のない表情を見てバツの悪そうに顔を背けるゼルティウスだが、クリスティアンの隣が居心地が悪いわけではない。それにゼルティウス自身も表情にこそ出してはいなかったが、内心ではクリスティアンと同様に喜びに打ち震えていた。
『僕達は魔王を倒したんだ!』
クリスティアンは自分達の置かれた状況を見て、自分達が成し遂げた功績を口にする。
その言葉に偽りはなく、勇者クリスティアンはゼルティウス他、数名の仲間達と共に魔族と呼ばれる種族の王──魔王を討ち取った。
それは魔族との戦争状態にあった人間種族にとってはこれ以上ない戦果であり、人間の勝利を決定づける英雄的な功績だ。
そして、その功績を携えて王都へと凱旋を果たしたクリスティアン達は人々から惜しみない賛辞を与えられていたのだった。
『これで世界は救われて平和が訪れる。そうなれば、みんな幸せに暮らせるようになる。ゼル、すべて君のおかげだよ』
勇者クリスティアンは共に戦う日々の中で親友となった剣士ゼルティウスに感謝と信頼のこもった眼差しを向ける。実際、それだけの想いを向けられるに足るだけの働きをゼルティウスはしていた。
剣士として常に最前線に立ち、クリスティアンの前に立ちはだかる敵を斬り捨て、時にはクリスティアンに背中を預け数百の魔族を相手に一歩も引かぬ戦いを繰り広げた。そんな日々の中で、クリスティアンはゼルティウスを友と認め、絶対の信頼を置くようになっていった。
人族を救った勇者と、その友である剣士は肩を組みながら人々からの賞賛の声を浴びながら大通りを進む。だが、その二人をこころよく思わない者たちもいた。
その筆頭は、勇者クリスティアンの仲間達であった。彼らは勇者をサポートするという目的のために人族の中から選抜された者たちである。
剣聖と謳われる戦士、賢者と讃えられる魔導師、聖女と崇められる僧侶。彼らはクリスティアンが勇者と認められた時から、その仲間として行動してきた者たちである。その者たちからすれば、どこの馬の骨かも分からぬ新参者であるゼルティウスが勇者から絶対の信頼を置かれている状況は面白くなかった。
気付けば名声も賞賛も勇者クリスティアンと剣士ゼルティウスの二人で独占している状況。もっとも、勇者であるクリスティアンがそれを受けるのは構わない。なぜなら勇者だからだ。だが、ゼルティウスは許せない。
ゼルティウスなど所詮は人殺しの罪で故郷を逃げ、用心棒や殺し屋にまで身を墜としただけのならず者である。そんな輩が、自分達をさしておいて栄誉を受けるなど、勇者の仲間達は許せなかった。
そんな仲間達の想いに勇者とゼルティウスが気付いていれば、その後の悲劇は起きなかったかもしれない。
──勇者クリスティアンの凱旋の後、ゼルティウスはその功績からクリスティアンが仕える王国の騎士に任じられ、剣術指南役の地位を得ることとなった。
異例の大出世を友であるクリスティアンは喜んだが、ゼルティウスは素直に喜べなかった。
ゼルティウスは自分が多くの人々に妬まれているということを感じ取っており、自分の栄達が自分に不幸をもたらすという予感があったからだ。そして、その予感は現実の物となった。
ある日のことである。
クリスティアンから、ゼルティウスの出世を祝うために祝宴を開くと伝えられた。
そして、その会場を訪れてみると、そこに待っていたのは──
『やぁ、ゼル。早くつきすぎだよ。まだ、何も後始末が済んでいないんだ』
血に濡れた剣を持つクリスティアンと勇者の仲間だった者たちの姿だった。
ゼルティウスは想像もしなかった惨状に声が出ずにいた。しかし、クリスティアンは普段と変わらない親し気な態度のままだった。
『彼らは君を陥れるつもりだったんだ。だから、僕は彼らを殺した。それだけの話だよ。君が来る前に全て始末をつけておきたかったんだけどね』
そう言ってクリスティアンは魔術の炎で仲間達の屍を焼き尽くした。
何も殺す必要はないだろう。ゼルティウスはそう言おうと思った。ゼルティウス自身、クリスティアンの仲間達から妬み、憎まれていることは感じていた。そして、自分を追い落とそうとしていることも。それに対してゼルティウス自身は勇者の仲間達に対して憎しみなどは殆ど抱いていない。
むしろ、彼らが受けるべきだった名誉を奪ってしまったことに後ろめたい気持ちもあった。だから、彼らが自分を陥れようとしていたとしても、ゼルティウスはそれを許しただろう。
だが、クリスティアンは許さなかった。
『僕達は仲間同士だったはずだ。仲間でお互いを憎み合うなんておかしいじゃないか。せっかく魔王を倒して平和になったと思ったのに、人間同士で争うなんて、そんなのは間違っている。だから──』
クリスティアンは仲間の命を奪った剣を鞘に収める。
しかし、ゼルティウスは武器を持たないクリスティアンの姿を見ても恐怖しか感じられなかった。
仲間の命を奪っておいて、クリスティアンの様子は普段と全く変わらなかった。
『僕は彼らを罰することにした。仲間を妬み、憎むような心を持つような人々は、きっとこの先も誰かを苦しめ、不幸に陥れるだろう。そんな奴は生かしておく必要はないと思わないかい?』
何を言っている──混乱の極みにあったゼルティウスはしかし、そんな問いも出せずにクリスティアンを見送ることしかできない。だが、それはゼルティウスの人生における最大の過ちとなり、それはゼルティウス自身もほどなくして理解することになる。
クリスティアンが仲間を殺害してから数か月後、クリスティアンが国王を殺害するという事件を引き起こしたことで──
その日は特別な何かがある日ではなかった。
何の変哲もない日常の中のただの一日であるはずだった。
その日もゼルティウスは剣術指南役として登城し、騎士たちに稽古をつける予定だった。
クリスティアンが起こした事件は隠蔽され、ゼルティウス自身も忘れるように、無かったことにしようと努めた結果、平穏な日常は戻ったはずだった。しかし──
──今日もまた平穏な日々のの繰り返しと思いながら、ゼルティウスが訪れた王城はしかし、戦時のような喧噪に包まれ、あちこちで悲鳴と怒号が飛び交っていた。そんな中で一人の男の名だけがハッキリとゼルティウスの耳に届いた。
『勇者クリスティアンが乱心! 陛下に刃を向けた!』
その名が聞こえた瞬間、ゼルティウスは場内に向かって駆け出した。
そして真っ先に向かったのは国王がいるはずの玉座の間。城内は混沌とした様相であり、武装した騎士たちが今まさに玉座の間に駆け込もうとしていた。ゼルティウスはその後を追って、玉座の間に辿り着く。
そうして辿り着いたゼルティウスを待っていたのは──
『今度は遅かったね、ゼル。もう済ませてしまったよ』
国王以下、国の重鎮たちの血に濡れた剣を持つクリスティアン。玉座の間に倒れ伏す無数の屍がゼルティウスを待っていた。
その惨状を目の当たりにした騎士団たちが問い詰めるよりも先にクリスティアンに殺到する。だが、クリスティアンは勇者に与えられた聖剣を一振りし、聖剣から放たれる閃光で騎士たちを消し飛ばした。
その凶行を目にしたことで逆に冷静となり、ゼルティウスはようやく問うことができた。「どうしてこんなことを?」とクリスティアンに──
『この国の権力者たちは隣国と戦争をしようとしていたんだ。魔族との争いで疲弊したこの国を豊かにするために武力で領土を拡大し、他の国から富を奪おうとしていたんだ』
国の方針について噂程度はゼルティウスも聞いていた。
だが、ゼルティウスはそれが事実であったも驚きは無い。魔族との争いが片付けば次は人間同士で争うことになるは当然の成り行きだろう。実際、魔族との長い争いで大陸の各国は国力が衰えており、自力での回復は困難。手っ取り早く国を豊かにするには他国から奪うしかないというのがゼルティウスのいた世界の実情であった。
『せっかく僕達が魔王を倒したというのに何故、今度は人間同士で争うんだろうか。これではいつまでも世界は救われない。人々に幸福は訪れない』
悲壮感に満ちた表情で呟くクリスティアン。その声には自分の思想への絶対の自信が感じられた。
それを察した瞬間にゼルティウスは剣を抜く。クリスティアンは正気を失っている──いや、そもそも正気ではなかったのかもしれない。
仲間も王も殺したクリスティアンの言動はゼルティウスを仲間に誘った時と何一つ変わりがない。それはつまり、元からクリスティアンという人間はこういう人間であり、以前はクリスティアンが嫌悪が魔族のみに向かっていただけの話であり、そして魔族が滅んだことで他の対象も目に入るようになっただけの話
だ。
世界を平穏から遠ざけ、人々を脅かし、不幸をまき散らす悪は魔族だけと思っていたが、その魔族が滅んでみると実際には人間も魔族と大して変わらない悪であることにクリスティアンは気付いたのだろう。
ゼルティウスはこのままクリスティアンを生かしておけば更なる惨事が引き起こされると確信し、クリスティアンに剣を向ける。しかし、クリスティアンはゼルティウスを敵と認識しなかった。クリスティアンにとってゼルティウスは友のままであり、どこまで行っても殺すべき対象とはなりえなかった。
『いったい、何が悪いんだろう? ゼルは何が悪いと思う? 何が争いを産み、人々を幸福から遠ざけるんだと思う? ……僕はもしかしたら国というものがあるのが悪いんじゃないかと思う。それと、国を治める人たちかな。そういう人たちが欲にまみれているから、世界に争いは絶えないんだと思う』
子供のようなことを自信に満ち溢れた顔で語るクリスティアン。
ゼルティウスはその顔を見た瞬間、クリスティアンを生かしておくべきではないと確信する。
悪を滅ぼすという絶対の信念のもと、不可能と言われた魔王を討伐を果たしたクリスティアン。その信念が人間を滅ぼすという方向に向かう可能性は低くないとゼルティウスは気付いた。
『やめよう、ゼル。君は友達だ。僕は君とは争いたくない。僕が争う相手は世界の平和を脅かす悪だけだ』
既にこの国では貴様が悪だ──ゼルティウスはそう言ったがクリスティアンの耳には届かない。
ゼルティウスはクリスティアンと話し合うことは不可能と理解し、剣を振るった。しかし、その剣は届かない。ゼルティウスに匹敵する剣の使い手でありながら、魔術においても不世出の才覚を持つクリスティアンはゼルティウスの剣であっても仕留めることが困難な存在であった。
『僕はこれから世界を見て回るよ。きっと世界にはこの国みたいな国があり、今も世界の平和を脅かそうとしているはずだ。僕は世界を救い、人々を幸福に導くために、悪に染まった国を滅ぼしていこうと思う。……ゼル、君もいつか僕に力を貸してくれると嬉しいな』
ゼルティウスの剣を躱して逃げるクリスティアンはゼルティウスに友として語り掛ける。
『もしかしたら、僕と同じ考えを持ってくれる国もあるかもしれない。そんな国があったなら、その国が世界を治めるべきだろう。だから、僕は僕の考えを認めてくれる国を見つけようとも思ってるんだ。見つかったら、君も招待してあげるよ、ゼル──』
クリスティアンは最後にそう言い残すと、王城の一画を破壊し、城の崩壊に紛れてゼルティウスから逃げおおせた。そして、ここからゼルティウスの使徒になってまで続く追跡が始まることになる。
──その後、クリスティアンの逃亡は許したゼルティウスはその責任をとらされ、生き残った王族からクリスティアンの追手に任じられて王国を旅立つことになる。
もっとも、ゼルティウスを追手に任じた王国はほどなくして滅びた。国王を筆頭に大臣の殆どをクリスティアンに殺害された王国はゼルティウスが旅立ってすぐ、国家としての体裁を保てなくなり、内乱が勃発最後は、侵略しようと画策していた隣国に滅ぼされた。しかし、その隣国もクリスティアンに滅ぼされる。
──戦争を起こす国、民を虐げる国、不正と腐敗が蔓延る国。
クリスティアンはそんな国を渡り歩き、自分の正義に基づいた悪を滅ぼし続けた。
そのうちにクリスティアンは己の正義に同調する者たちを同志とし、軍を組織し、世界を自分の考える正義で塗りつぶすために多くの国に戦いを挑み、攻め滅ぼした。
そうして世界は戦火に包まれ、多くの国が失われた結果、大陸に暮らす多くの人々が命を落とした。
そんな混沌とした世界でゼルティウスはクリスティアンを追って旅をした。
数年の旅の末、ゼルティウスがクリスティアンと再会したのはクリスティアンが大陸の殆どの国を滅ぼした後だった。そうして、久しぶりの再会を果たした時、クリスティアンは──
『少し遅かったね、ゼル。来てもらって悪いんだけど、もう、君に手を借りる必要も無くなったんだ』
クリスティアンは同志として戦ってきた者たちを、自分を崇拝する者たちに手にかけ、その命を奪っていた。
『一応、仲間として戦ってはいたんだが、この人たちは駄目だ。この人達も欲に目が眩んでしまっている。僕を王にして、自分達で理想の国を作ろうと言いだしたんだ。僕は国という枠組みを壊そうとしているし、権力者というものを無くそうとしていたのに、彼らはそんな僕の理想も忘れて、自分達が権力者になろうとしてしまったんだ。僕は彼らがこれ以上、堕落し罪を重ねないように救ってあげたんだよ?』
クリスティアンは悪びれた様子も無く言い訳を口にした。
既にゼルティウスはクリスティアンを容赦しようなどとは思っていない。
むしろ、決して生かしておけないと明確な殺意を抱いていた。
『僕がどれだけ力を尽くそうとも、この世界はちっとも良くならない。思ったんだけど、これはもしかして人間自体に欠陥があるんじゃないだろうか? もしくは世界そのものに欠陥があるのか? そもそも人というものがデザインの時点で間違っていたのなら、僕のやるべきことは違うのかもしれない』
ゼルティウスが殺そうと思って攻め立ててもクリスティアンはゼルティウスを敵とすら認識せず、全ての攻撃を躱し、そして言う。
『僕はこの世界を創った神に会って、話を聞いてみようと思うんだ。この世界を間違って作ってはいないかってね──』
そう言ってクリスティアンはゼルティウスの前から消えた。
クリスティアンが行方をくらました結果、クリスティアンが興した軍は崩壊。しかし、致命的な打撃を受けた大陸の各国は既に自力で国力を回復させるだけの余力は残っておらず、それに伴って大陸の文明は衰退の一歩を辿ることになる。
それから数年、ゼルティウスはクリスティアンを追って孤独な旅を続けた。
対してクリスティアンも神に出会うために行動を続ける。
クリスティアンは仲間をつくり、クリスティアンに心酔する者達は追手であるゼルティウスの行方を阻むために、その行く手を阻んだ。
数えきれないほどの敵を斬り、それ以上に傷を負いながらもゼルティウスは神の住む神界で遂にクリスティアンを見つける。だが──
『ちょうどいい時に来たね、ゼル。これから神を殺すところだ』
時は既に遅く、ゼルティウスがクリスティアンを見つけたその時、クリスティアンの剣が神の首を刎ねた。
『神と会って、話してみて分かったんだけど。どうやら、この世界は失敗作みたいだ。それで思ったんだけど、そもそも神自身が間違いを犯すんだから、そんな神から創られた世界が出来損ないになってしまうのは仕方ないし、人間が愚かなのもどうしようもないことなんだろう』
クリスティアンは失望を隠さなかった。しかし、失望したままではいないのが勇者の称号を与えられたクリスティアンという男だった。
クリスティアンは常に自分に希望を見つける。しかし、それが他者の希望になるかは分からない。
『……残念だけど、この世界を救うには一度滅ぼすしかないと僕は思うんだ。失敗作は壊してまたゼロから創り直すしかない』
ゼルティウスはもはやクリスティアンと問答する気は無く、一言も言葉を交わすことなく斬りかかった。
しかし、クリスティアンは自分が殺した神から力を奪ったのか圧倒的な強さでゼルティウスを叩き潰した。
『本当に残念だ、ゼル。君とも、お別れをしなければならないんだ』
今までどれだけゼルティウスが攻撃してもクリスティアンは避けるばかりで反撃はしなかった。だが、遂にクリスティアンはゼルティウスを攻撃し、それは明確な決別を意味した。
『僕はこの世界を創り直す。だから、今の君はいらない。僕は新しい世界を創り、そこで新しい君に出会うことにしたんだ。あぁ大丈夫、君だけじゃない。全ての人を創り直すからね。ゼロから世界を創り直すけど、僕は駄目な所だけ直すことにして、基本的には今の世界と人も物も変わらないようにするからね──』
ふざけるな──ゼルティウスは叫び出したかったが、満身創痍の身では何もできず、薄れていく意識の中、クリスティアンの言葉を聞くしか出来なかった。
『──すまない。本当に悪いと思っているんだ』
クリスティアンは涙を流していた。
それは謝罪の念が溢れて零れ落ちたもの。
しかし──
『でも、大丈夫。心配しなくていい。僕は今より素晴らしい世界を創り出して見せるからね。新しい世界で君も幸せに暮らして欲しい』
今の自分はどうなる──今の世界に生きる人々の想いはどうなる──ゼルティウスは声を出す力も無く、クリスティアンの言葉に疑問を抱く。
しかし、クリスティアンは自分の善性を欠片も疑っておらず、自身に絶対の正義があると確信している。だから、誰かが自分の言動に疑問を抱いているなど全く考えもつかない。そして、そんな人間だからこそ、自分のやることに疑問も抱かない。
『……だけど、残念ながら、まだ僕は世界を創る方法が良く分からない。それに、何が本当に良い世界かも良く分かっていないんだ。だから、とりあえず色々な世界を見て回ろうと思う。どうやら、世界はここだけじゃなく、次元を超えた先に沢山あるみたいだから、他の世界も回って、参考になるような素晴らしい世界を探してみようと思うんだ。あぁでも、この失敗作の世界を残しておくわけにはいかないな』
ふざけるな──再び叫び出したかったが、ゼルティウスは既に虫の息。
言葉を口にする力も無く、ただクリスティアンの言葉を聞くしかできず、クリスティアンの手に膨大な力が集まり、光球を作り出すのも見ていることしかできなかった。
『──僕はこの世界を壊し、そしていつか必ず、誰もが幸福に暮らせる素晴らしい世界を新たに創り出して見せる。それまで少し待っていて欲しい──それでは、僕が創り直した新たな世界で、また会おうゼルティウス』
別れを告げたクリスティアン。直後、その手にあった光球が爆ぜる。
太陽が炸裂したかのような光が迸り、そしてゼルティウスの目の前で世界が砕け散った──
──世界が砕け散った後に残ったのは漆黒の闇。
そこにクリスティアンの姿は無く、あるのは闇の中を漂っている神界の残骸だけ──ではなかった。
滅び去った世界にただ一人の生存者。それは残骸にへばりつくようにして奇跡的に生き残ったゼルティウス。
世界が滅ぶ直前、クリスティアンのすぐそばにいたことでゼルティウスは逆にクリスティアンの放った世界を滅ぼす光に巻き込まれなかった。その結果、世界の崩壊にも巻き込まれることなく、その存在を世界に残していた。
もっとも、その命も風前の灯火。直撃こそ免れたものの、既にゼルティウスの住む世界は滅び、その世界があった空間はほどなくして何も存在できない場所に成り果てて終わりを迎える
さらに言えば、そんな終わりを迎えるまでもなくクリスティアンとの戦闘で致命傷を負ったゼルティウスの命は尽きる寸前であった。
刻々と死を迎えつつある中でゼルティウスの心を占めるのは後悔だけだった。
あの時、ああしておけば良かったと思うのはそればかり。
そんな中でも最も強い後悔はクリスティアンとの出会い。
自分がクリスティアンの仲間にならなければ、クリスティアンは魔王を倒すこともできなかった。
魔王を倒すこともなければ、クリスティアンが英雄として名声を得ることも無かった。
英雄にならなければ、王と顔を合わせることもなく国が滅びることも無かった。
結局の所、自分がゼルティウスの差し伸べた手を取らなければ、自分の世界は滅びることは無かったのだ。
死の間際のゼルティウスは後悔に苛まれる。しかし、後悔の念が強まると同時にゼルティウスの中で怒りが強まっていく。
確かに自分は選択を間違えた。だが、果たして自分だけが悪いのか。
クリスティアンの手を取ってしまったこと。
クリスティアンを英雄にしてしまったこと。
クリスティアンを殺せなかったこと。
確かにそれは自分が悪いとゼルティウスは理解している。だが、全ての元凶はクリスティアンだ。
自分勝手な正義で人を殺し、国を滅ぼし、世界を破壊したクリスティアンの存在の方が間違いだろう。
「──やる」
ゼルティウスの中で怒りが膨れ上がる。
例え失敗作の世界だろうと、そこに生きる人々を滅ぼして良いはずがない。ましてや世界そのものを壊して良いはずがない。
「──てやる」
クリスティアンは罪を犯した。
多くの人々の命を奪い、運命を狂わせ、遂には世界自体も壊した。
この罪は償わせなければならない。
「──殺してやる」
怒りがハッキリとした言葉となってゼルティウスの口から洩れる。
罪は償わせる。その命をもって必ず償わせる。
それがクリスティアンの手を取ってしまった自分の使命と責任であると、ゼルティウスは怒りともに決意した。
「絶対に殺してやる──」
死ぬわけにはいかない。
クリスティアンを殺すまでは死ぬわけにはいかない。
クリスティアンに犯した罪を償わせるためには絶対に死ねない。
ゼルティウスの死にかけの肉体に強烈な生への渇望が生じる。
そんな時だった、あの男に出会ったのは──
「──ひでぇなぁ。完全に滅んでるじゃねぇか」
男は世界が滅んだ闇の中を自分の庭のような気軽さで進み、ゼルティウスが這いつくばっていた残骸の上に降り立った。男はゼルティウスのすぐそばに立ちながらも、ゼルティウスの事など目に入らない様子で当たりの闇を見回していた。
「この世界の神様からピンチなんで助けてくれって連絡があったから、急いで来てみたんだけど、こりゃあ手遅れだな」
説明的な口調の独り言。
男はゼルティウスを無視しているようだったが、その言葉はゼルティウスに聞かせているようだった。
しかし、ゼルティウスは男のことなど気にも留めず残骸の上を這いずりながら、少しずつ進んでいく。
行く先などは考えていない。ゼルティウスを動かすのは、クリスティアンへの怒りだけ。その怒りがゼルティウスの体に動くことを強制する。
「おいおい、そこのキミ。俺を無視するなんて酷いじゃないか」
男が馴れ馴れしく話しかけてくる
しかし、ゼルティウスは無視して残骸の上を這う。
「なぁ、キミ。そのままじゃ死んじまうぜ? 悪い事は言わないから、ちょっと休んだ方がいいって。まぁ、休んだら、お陀仏だろうけどね。気合いと根性だけで生きているみたいだし、一瞬でも気合いと根性を休ませたら、もう二度と動けなくなるだろうね」
男は這って進むゼルティウスの横を立って歩きながら話しかけていた。
心配するような口振りであったが、男はゼルティウスを助ける様子を見せず、ただ話しかけるだけだった。
「俺も神様なんだけどさ、この世界を創った奴とはそれなりに仲が良かったのよ。なのに、ぶっ殺されちまったようで、俺的にはちょっと悲しい気分なんだよね。キミも似たようなもんじゃないかい? キミはこの世界の人間だろ? 世界が滅びたのに生き残って悲しい気分じゃない? いや、もしかしたら世界をぶっ壊した奴を知ってて、そいつに復讐したいって気持ちかな──」
ゼルティウスに話しかけていた男はそこで一旦言葉を区切ると──「どうだい?」──そう訊ねながら這い進むゼルティウスを蹴り飛ばした。
蹴られた衝撃で世界の残骸の上を転がるゼルティウス。男はそんなゼルティウスを見て、「ナイスシュート」と自画自賛のガッツポーズを取る。
「世界が滅びるのに一人だけ生き残っていても寂しいだろ? 俺が優しく殺してやるよ」
男は自信に満ち溢れた不敵な笑みを浮かべ、ゼルティウスに近づいていく。その体に強烈な殺気を纏いながら──
「俺は普段は殺しはしないんだけどね。でもまぁ、キミがあまりにも不憫だからさ」
「……死ぬわけにはいかない。俺にはやらなければならないことがある」
男の言葉にひるむことなくゼルティウスは立ち上がった。
死にかけの肉体に対して、その瞳に宿る強い意志が男を貫いた。
そして男はゼルティウスの眼差しを受けると、満足したように笑みを浮かべる。
「いいね、キミのことが好きになったぜ」
そう言うと男は気安い態度でゼルティウスに近づいていく。
「そんなザマなのに、拗ねるでもなく媚びを売るでもなく根性を見せたのが良い。そんでもって、俺を上手くやり込めようとかせず、真っ向から俺を倒してなんとかしようって気配を出していたのが良い」
小賢しいことををしたらぶっ殺していた。
男は暗にそう伝え、徹底抗戦の意志を見せたゼルティウスの判断を認める。
「俺はキミを気に入ったよ。それで、どうする? この世界から出て行きたいなら、連れ出してやってもいいぜ?」
ゼルティウスは男の申し出の意味が理解できず、黙って男を見つめていた。
男が自分を騙しているようには見えないが、ゼルティウスはそれでも警戒だけは怠らない。
「俺の言っていることが分かんねぇようだな。なら、こう言った方が良いかな? この世界を滅ぼした奴を追う手助けをしてやってもいいぜ? まぁ、詳しい事情は知らねぇっていうか分かんないんだけどね。だって、この世界に来たばかりだしさ。でもまぁ、キミが復讐したがってるってのは顔を見たら、分かるよ」
「──どういうことだ?」
「言葉通じてる? 俺の提案に対して、その返答って文脈的に正しいかい? まぁ、いいけど。とりあえず、簡単に説明すると、この世界を滅ぼした奴は滅ぼした際にこの世界の人間の魂なんかを根こそぎ奪い、それを燃料にして、次元の壁をぶち破って違う世界に行ったと思うんだよね。だからまぁ、キミが復讐相手を追うためには次元の壁を越えて違う世界に行く方法を見つけなければいけないんだよ」
お分かり?──ゼルティウスは何となく理解した様子で頷く。
男はそれを見て苦笑を浮かべていたが、すぐに不敵な笑みに変えると堂々とした所作でゼルティウスに右手を差し出した。ゼルティウスはその手を何のためらいもなく取り、握り締める。
疑うべき点は数多くあったが、どういうわけかゼルティウスはこの手を取るべきだと直感で判断した。
「世話になる」
疑うべき点は数多くあるが、クリスティアンを追うためにはこの男の手を借りるしかない。
そもそも現状を打開する方法すらゼルティウスは持ち合わせていないのだから、この場から脱出する手段を持っているらしい男の手を借りるのは必然でもある。
「世話になるなら少しくらいは頭を下げようぜ」
ゼルティウスの偉そうな態度を愉快そうに男は笑う。
そして思い出したように、ゼルティウスの手を握りながら言うのだった。
「そう言えば名乗ってなかったね。俺の名は──」
ゼルティウスに手を差し伸べた男はただの男ではない。
男は人ではなく邪神。その名は──
「──アスラカーズ」
その手を取った瞬間にゼルティウスの人としての生は終わりを迎える。
これがゼルティウスという人間の結末だった──
──ゼルティウスの意識はそこで現実に引き戻された。
意識が飛んでいた理由は自分の胸を貫く炎の大剣のせい。
「神に挑むなど愚かな……」
大剣の持ち主、赤神イグニルフスが嘲るような、哀れむような、どちらか分からない眼差しでゼルティウスを見ていた。
意識を取り戻したゼルティウスは自分を貫く大剣を押し出すようにして、自分の体から引き抜く。
「まだ戦うつもりか!」
戦うつもりかだと? ゼルティウスは当然だと思う。
戦わない理由が無い。戦うことをやめれば、自分の旅はここで終わる。そんなことは許せないし、許されない。
「嫌な夢を見せてくれたものだ」
赤神が見せたのか、それともゼルティウスの無意識が見せたのか。
答えは分からないが、そんなことはゼルティウスにはどうでもいい。
重要なのは──
「だが、おかげで昔の想いを取り戻せた。そのことは感謝してもいい」
体の中を血と共に駆け巡る怒り。復讐の意志がゼルティウスに力を与える。
ここで止まるわけにはいかない。自分には殺さなければならない男がいる。
その男を殺すまで、この旅は終わらない。終わらせるわけにはいかない。ならば、旅路を阻むものは全て斬り捨てるほかない。例え、どんな手段を使ったとしても。
「──褒めてやる。堕ちた神と侮っていたが貴様は中々の使い手だ」
そう言った瞬間、ゼルティウスが身に纏う気配が変わる。
抜き身の刃のような殺気がゼルティウスから発せられる。
「その褒美に貴様を招待してやろう。俺の領域へと──」
その言葉の直後、イグニルフスは危険を直感する。
だが、危険を察しただけでは遅い。既にゼルティウスはその術を発動を開始していた。
それは己の敵を自身の持つ空間に引きずり込む術であり、己が仕える邪神から与えられたもの。
「究竟──修羅闘獄陣」
直後、イグニルフスは何の抵抗もできずゼルティウスが開いた空間へと引きずり込まれる。
イグニルフスの周囲の景色が一変し、戦場がゼルティウスの領域へと移り変わる。
「──第103階層、七星宮・剣霊殿」
そこはアスラカーズ七十二使徒、その序列七位ゼルティウスへと与えられた階層。
ゼルティウスが全力を出せる決戦領域であった──




