蛇狩り
『伯爵が毒を盛られた証拠を持ってこい』
アッシュからそんな命令を受けてゼルティウスはリィナと共に再び領都イクシオンを訪れていた。
ゼルティウス自身はアッシュから命令されることなど、いつものことなので特に何も思わないのだが、それに付き合わされるリィナの方はそうではない。
「どうして、お師匠様があんな奴の命令を聞かなければならないんです!?」
リィナからすれば辞めたとはいえゼルティウスは勇者でアッシュはどこの馬の骨とも知れないチンピラだ。
只者ではない雰囲気を感じるもののゼルティウスと比べればアッシュは取るに足らない存在。
そんな輩に自身が敬愛するゼルティウスが従っているというのはリィナにとって我慢できない状況だった。
「すまないな。まだ師匠らしいことをしていないというのに、弟子としてこんなことに付き合わせて」
ゼルティウスはリィナが怒っている理由をイマイチ理解しておらず、師匠である自分に修行を付けてもらえないことから、その怒りをアッシュに向けているのだと思っていた。
「嫌ならついてこなくてもいいんだぞ?」
言葉だけなら突き放しているようにも聞こえるが、ゼルティウスの言葉はリィナの心情を慮ってのものである。
師匠として、まだ何も教えられていないというのに、リィナに付き人のような真似をさせるのは忍びないとゼルティウスは思うのだったが、それもまたリィナが修行をつけてもらいたがっているというゼルティウスの勘違いに根差したものであった。
「大丈夫です! お師匠様と一緒なら私はどこへだって行きます!」
リィナの方はゼルティウスの言葉に突き放されたような印象しか抱かなかったので、捨てられないように必死だ。ゼルティウスが勇者を名乗っていた頃から、くっついて回っていたリィナは今もゼルティウスから離れてなるものかと必死に食らいつく。
「そうか? それなら良いんだが」
ゼルティウスに同行を許されたと思ってリィナは安心して一息つく。
同行することはアッシュにも命令されたことで、その命令を果たさなければ厄介なことになるとリィナはアッシュに脅されていたからだ。
『お前の素性はなんとなく分かるよ。おそらくゼティも気づいているだろうが、俺が何も言わないからアイツは許している。お前がゼティに同行して俺の頼みを引き受けてくれないなら、ゼティに色々とお願いするしかないな』
そう脅されてリィナはとりあえずアッシュに従っている。
アッシュは勘を手掛かりにリィナが役に立つだろうと判断してゼティに同行させた。実際にその通りでリィナは領主に毒を盛れそうな連中とそのアジトに心当たりがあった。
そういうことを知っている時点でリィナも真っ当な経歴の人間では無いことは明らかなのだが、ゼルティウスは自分の弟子の出自は問わないことにしているのでリィナが何者であろうと気にしないことにしていた。
「私は分からないんですけど、アイツってお師匠様が言うことを聞かないといけないくらい強かったり偉かったりするんですか?」
リィナはアッシュのことをゼルティウスに尋ねる。アッシュに興味があるわけではなく、どの程度の実力か分かれば裏をかくこともできるのではないかと考えての質問だった。
「アイツは強いよ。単純に剣で勝負すれば俺が勝つが、何でもありの殺し合いになったら俺は絶対に勝てない」
「それって、どうしてですか?」
リィナはアッシュが戦ったところを、まだ見たことが無いため、ゼルティウスの言葉を信じることができなかった。そしてゼルティウスが何でもありならと言ったことから、何か特殊な能力があって、それでアッシュは強いのだろうとリィナは思い込み、その特殊な能力を聞き出そうとゼルティウスに質問したのだったが──
「その話はまた後でしよう」
気付けばイクシオンの城壁はもう目の前だ。
夜の闇に紛れて城壁に辿り着いたゼルティウス達であるが、ゼルティウスはイクシオンでは領主の城で破壊行為を行ったお尋ね者であるため、正面からイクシオンに入ることは出来ない。
「ここは巡回の兵も少ないので、壁を登っても気づかれないと思います──」
リィナはそうやってイクシオンに忍び込む計画を立てて、ここまでゼルティウスを誘導してきたのだが、そのゼルティウスはというと──
「行くぞ」
リィナが壁を登る準備をするより早く、剣で城壁を断ち斬り、人が楽に通れる抜け道を作ってしまっていた。どれだけ分厚い石の壁であろうが関係なしのゼルティウスのせいで、リィナのしてきた準備は全て無駄になったのだった。しかし、リィナはそれに文句を言うことも無く、満面の笑みでゼルティウスに擦り寄っていく。
「すごいです、お師匠様! 一体、どうやったんですか?」
「普通に斬っただけだ。後でお前にもやり方を教えてやる」
普通に石が斬れるわけねぇだろとリィナは思ったりもするが、それを口に出すのを何とか押しとどめ、
「本当ですか!? 絶対に教えてくださいね!」
リィナは熱心な弟子を演じてみせる。そうした方が受けが良いのかは分からないが、喧嘩腰よりはマシだろうとリィナは考えて、ゼルティウスに媚びを売る。
無事にイクシオンの街中へと忍び込むことに成功したゼルティウスは、リィナの案内でイクシオンの貧民街へと向かう。
「イクサスで怪しげな毒物を取り扱い、領主に毒を盛るような行為に手を貸す犯罪組織は青蛇の一味しかいません」
そう言ってリィナが案内した先は貧民街の一画にある酒場だった。
酒場の店先には見張りらしいゴロツキがたむろしており、気づかれないようにリィナはゼルティウスの手を引っ張って物陰に隠れて酒場の様子を外から窺う。
「そんな連中に対して、この地の警吏は何をしているんだ?」
ゼルティウスは促されるまま物陰に身を隠しつつ、ゼルティウスの分も酒場の様子を窺っているリィナに訊ねる。
「私の知る限りでは、青蛇の一味は伯爵とも深いつながりがあったようなんで、見逃して貰っていたんだと思いますよ? 権力者は自分の代わりに手を汚してくれる人達を欲していますし、犯罪者は後ろ盾を欲しているんで、協力関係を築くメリットは双方にありますからね」
ただ、それが上手くいかなくて伯爵は秘密裏に青蛇の一味と手を組んだ息子に毒を盛られたのだろうとリィナは推理する。
「どこの世界も悪党どものすることは同じだな」
自分の取り巻きをしていた少女が思った以上に裏の社会の事情に詳しいことに疑問を抱くこともなく、ゼルティウスはウンザリしたように呟くと、様子を窺っているリィナを軽く触るくらいの力で押しのけると酒場の方へと歩き出す。
「ちょっと……」
リィナが声を出すが、ゼルティウスの行動を止めるのには間に合わない。
「なんだ?」
酒場の前にたむろしていた、青蛇の一味らしきゴロツキが近づくゼルティウスの姿に気付く。
ゴロツキ達の仕事は自分たちのアジトに用の無い者が近づかないようにすることだったが、ゼルティウスの姿を見つけても、彼らはその仕事を果たせなかった。
ゼルティウスがゴロツキ達に気付かれると同時に駆け出し、ゴロツキ達が声を上げる間も無く、最初の一人の首を斬りおとしたからだ。
「て──」
ゴロツキ達の数は三人。一人が殺され、残りが叫ぼうとするが、それよりも速くゼルティウスは一人目の首を斬りおとした剣を翻し、続けざまにもう一人を縦に真っ二つに斬り捨てる。
「あ──」
最後の一人が声を出そうとするよりも早く、ゼルティウスの手が伸びてゴロツキの口を塞ぐ。そして声を上げることの出来ない相手の胸元を剣で貫き、命を奪う。
問答無用で音もなく三人を始末してもゼルティウスの動きは止まらない。
酒場の中にいる者たちが外の異変に気付くよりも早く酒場の中へと駆け込み、ゼルティウスは酒場に入るなり碌に相手を確認もせず一番近くにいた男を斬り捨てる。
あまりにも唐突に起きた突然の凶行に店の中にいた人々の動きが一瞬止まり、その一瞬の隙にゼルティウスは店内の様子を確認する。
店の中にいるのは三十人ほど。全員がカタギには見えない外見で武器を携帯している。
店の構造は一階のフロアと吹き抜けの二階建て、入り口から二階の奥に通じる扉が見えるので、ボスがいるらばそこだろうとゼルティウスは当たりをつける。
そうして店内の様子を時間にして一秒も無い間に確認しゼルティウスは自分の行動方針を決めて動き出す。
店の中の誰よりも早く動き出したゼルティウスは最初に斬り捨てた男の近くにいた、呆然と立ち尽くしている男の首を刎ね、その男が腰に帯びていた短剣を奪い取りながら、近くにあったテーブルを蹴り倒す。
テーブルの上には照明として火のついたランプが置いてあったが、それが落ちて木の床に火が燃え燃え移る。続けて、店の天井に釣ってあったランプにナイフを投げて床に落として、更に火が燃え移る。
そこまでされてようやく店の中にいたゴロツキ達は状況を呑みこみ、動き出した。
「殴り込みだ!」
誰かがそう叫ぶと、店の中のゴロツキ達が弾かれたような勢いで武器を手にして戦闘態勢に移ろうとするが、その隙にゼルティウスに何人かが斬られる。
「テメェ、何もんだ!」
味方がやられたゴロツキの一人がゼルティウスに対して叫びながら襲い掛かろうとするが、武器を振り上げた瞬間に、ガラ空きの胴体を薙ぎ払われ、腹から内臓をこぼして床に崩れ落ちる。ゼルティウスはそのゴロツキを燃える床の方に蹴り飛ばし、死体に火を燃え移らせる。
「火を先に消せ! 店が燃える!」
ゴロツキの一人が声を上げて、火を消そうと動き出すがゼルティウスは一人で先走って動いたゴロツキに駆け寄り、斬り捨てる。
「先にこいつを殺せ!」
燃える店内を無視してゴロツキ達はゼルティウスを取り囲むように動き出す。
まずは、ゼルティウスを倒してからで、それから消火すればいいと考えたのだろう。だが、その間にも火は店の中に燃え広がっており、ゼルティウスだけに集中するのは難しい状況となっていた。
対してゼルティウスは目の前の敵を斬ることしか考えていない。
ゼルティウスの行動方針はとりあえず皆殺しだったので、余計なことを考える必要が無かった。
この場にいるゴロツキ達に対して恨みがあるわけではないが、生かしておきたいわけでもない。
アスラカーズならば生かしておいても良いと考えるのだろうが、ゼルティウスはそうは思わない。悪党は生かしておいても仕方がないというのがゼルティウスの考えだった。もっとも、ゼルティウスは青蛇の一味がどんな悪事をしているのか詳しいことは知らないのだが──
しかし、リィナが犯罪組織と言っていた以上は悪事を働いているのだろうと深く考えずに判断し、斬り捨てた。
悪党にも色々と事情があるだろうし、根っからの悪人ではないものもいるだろうとゼルティウスは考えないわけでもないが、いちいち考えては何もできないと思考を放棄することをゼルティウスは使徒として長く生きるうちに身に付けている。
だから、どういう人物なのか詳しくは知らない相手でも人々の生活を脅かす悪党として躊躇なく斬ることができた。
「いくぞ」
ただ一言ゼルティウスは宣言し、そして自分を取り囲む者たちに向かって一歩を踏み出す。
その動きに釣られてゼルティウスの背後を取っていた一人が武器を構えてゼルティウスに襲い掛かるが、ゼルティウスは振り向くこともせずに剣を背中側に突き出して襲い掛かって来たゴロツキの喉を貫き抉り、それを切っ掛けにゴロツキ達が一斉にゼルティウスに襲い掛かる。
「そうだ、かかってこい」
まだ二十人以上いるゴロツキを前にゼルティウスは不敵に笑みを浮かべ、剣を構える。
燃え盛る酒場の中で、ゼルティウスの青蛇狩りが始まる──




