vsイザリア(1)
──どうやら、ゼティは赤神と戦り始めたらしい。
俺はゼティの内力の気配からそれを察知する。ゼティには悪いが援軍に行くのは無理だ。
なにせ、俺も絶賛、戦闘中だからね。
「ゼルティウスの心配をしている場合か?」
俺の相手はラ゠ギィの肉体を乗っ取っている白神教会の教皇イザリア。
教皇とかいう肩書きの割にゴリゴリの肉体派のイザリアはラ゠ギィの体を使いこなしている。
打撃の届かない間合いから潜り込むような動きでイザリアは俺にタックルし、組み付いてきた。
とにかくタックルが──というか、テイクダウンを取る技術つまり相手を転がす技が化け物染みている。
組み付かれたと思った瞬間、俺は地面に押し倒されていた。そして、倒れた俺をイザリアは踏みつけてくる。
その足を咄嗟に腕を上げてガードすると、イザリアはそれ以上の追撃をせず、俺から大きく距離を取る。
その間に俺は悠々と立ち上がるが、イザリアは何もせずにそれを見ているだけだ。
「まったく久々に相手するとキツイぜ」
グレカン・アロンディオ──イザリアの使う格闘技は今は滅んだ世界のアロンデイルという国に伝わる武術だ。それを使う奴と戦るのは俺も久しぶり──というか、アロンデイルが滅んでから一度も戦ってない。
「まぁ、大昔に攻略済みの武術だけどさ」
一応、アロンデイルが存在していた頃に達人と言われる連中と戦りあい、勝ってるんで、倒し方は分かる。とはいえ、それでも勝った時の勘を取り戻さなきゃどうにもならないけどさ。
「私の技量は貴様が勝利した奴らとは別格だ」
「へぇ、そうかい。ま、口では何とでも言えるんで、キミの実力を見せてくださいよ」
俺が挑発するような口調で言うと、イザリアは弾かれたように飛び込んできた。
グレカン・アロンディオに打撃の技は無い。あるのは組み技と投げ技だけだ。
俺は馬鹿正直に飛び込んできたイザリアの顔面に向かって拳を突き出す。しかし、イザリアは俺の拳を首を振って躱すと、パンチを放って伸びきった腕の手首を掴む。すると、次の瞬間には俺の視界の天地が逆転し、俺は脳天から真っ逆さまに地面に投げ落とされた。
頭蓋が砕け、脳味噌がこぼれ落ちている感覚があるが即死じゃない。
俺は起き上がり、イザリアに殴りかかろうと、その姿を探すが既にイザリアは俺の攻撃が届かない距離に退避しており、イザリアを追いきれずに俺は息絶える。
──だが、即座に復活。
一回や二回死んだ程度で俺は死に切らない。なんだったら十や二十でも問題ない。まぁ、百や二百は流石に無理だけどさ。
まぁ、とにかく残機に余裕はあるんだ。それを使い尽くす前にイザリアを殺し切る。
しかし、相手は手強く、言うほど簡単じゃない。けれど、それが良いんだよ。楽に勝てる相手じゃないからこそ素晴らしいのさ。
「いいね、楽しくなって来たぜ」
「……腹の立つ顔だ。初めて見た時から、その顔が気に食わなかった。そして今でも、何をしてても、その顔がちらつき、私を苛立たせる」
そいつは失礼しやした。
俺の顔が気に食わないって言われても生まれつきの物なんでね。
治せと言われても難しいのさ。あぁ、でも対処法ならあるぜ。
どうすりゃ良いか教えてやるよ。
「キミが死ねば、俺の顔に苛立つことも無くなるぜ」
「……逆もある。貴様を殺せば、私の苛立ちは消えるはずだ」
そりゃあ、無理だと思うぜ?
その理由は二つ。
一つ目、そもそもキミに俺を殺せるとは思えない。
二つ目、寝ても覚めても俺の事が忘れられないんなら、俺を殺しても忘れられないじゃないかな?
キミは「はずだ」って言ったけど、俺は確信を持ってそう言えるね。
「ま、俺を殺したいって言うなら、好きにすりゃいいさ。マジで俺を殺せるなら、俺にとっては願っても無いことなんでね」
「だったら、すぐに死ね」
そう言ってイザリアは身を低くして、獣のように駆け出す。
「悪いけど、俺は死ぬときは絶望して死にたいんだよ」
何をしても駄目、どうにもできなくなって諦めて、何の勝機も見いだせず、どんなに繰り返したって無駄だって気持ち。俺はそんな絶望を味あわなきゃ、死に切れねぇのさ。
そう思うと、果たしてキミはどうなんだろうね?
「キミに俺を絶望させられるとは思えねぇんだよなぁ」
俺は身を低くして突っ込んでくるイザリアに合わせて、体を低くして迎え撃つ。
そして、そのまま俺とイザリアは組み合い、即座にイザリアが俺を地面に転がされた。
シャツを着ていたのが良くなかったね。襟を掴まれて、そのままゴロンだ。
仰向けに投げ倒された俺にイザリアが脚を振り下ろす。
投げのダメージが軽かった俺はその追い打ちを腕でガード。
すると、イザリアはその一発を入れると、追撃はそこまでで、大きく飛び退き、倒れた俺から距離を取る。
「教科書みてぇな、グレカン・アロンディオだな」
俺は立ちあがり、イザリアを見る。
イザリアが追撃を一発で止めたのは、俺の反撃を警戒してじゃない。
奴の使う武術において、二発目以降の打撃は無いからだ。
イザリアの使う『グレカン・アロンディオ』──アロンデイル式柔術は、世界で見ても珍しい最初から護身術として編み出された武術。
護身術という性質上、殴り合いの技術は重視されず、逃げるための技術を重視し、その結果が相手を投げ飛ばす技だ。
相手を投げて、尻餅をつかせたり、倒したりすれば、確実な隙ができる。その間に逃げるというのがグレカン・アロンディオという武術の最重要視される事柄であり、追撃は自分が襲撃者から確実に逃げるチャンスを得るために行うものであり、相手を倒すことを考えてはいない。
「良い感じに思い出してきたぜ」
俺はイザリアを見据えて、次の出方を伺う。
前傾姿勢でこちらに飛び込むような構えのイザリア。
その攻撃には打撃は無いから、脚を止めて打ち合いは無いし、打撃を効果的に当てるために細かな間合いの調整をしてくることはない。グレカン・アロンディオに中途半端な間合いの取り方はないからだ。
組むか、離れるかの間合いしかグレカン・アロンディオにはない。動き出したら、絶対に足を止めずに懐に飛び込んでくるだろう。
それと、投げ飛ばされた後だが、寝技を仕掛けてくることもありえない。
寝技の取っ組み合いの中では何が起きるか分からないことから、護身術として編み出されたグレカン・アロンディオは自分からリスクの高くなる戦い方を選ぶという戦術は無い。
とにかく警戒するのは組技だけだ。
そして、組技のためにイザリアは何が何でも距離を詰めてくる。
「来いよ、ぶっ飛ばしてやるぜ」
俺の挑発に応じてイザリアが動く。
やはり、身を低くしてのタックル。
俺はタックルに合わせて、膝を上げる。だが、それを読んでイザリアは軌道を変え、突進から上体を起こして、俺に腕を伸ばす。しかし、残念、そう来ることは分かっていたので、俺はイザリアの動きを読んで、その軌道に置くようにジャブを放つ。
スッと伸ばした拳はイザリアの拳を捉える軌道。
けれど、その拳はイザリアの顔面を捉えることは無く、逆に俺の放ったジャブがイザリアの手に掴まる。
そして掴まった瞬間、俺の腕は捻り上げられて、前のめりに地面に押し倒されそうになる。だが、ギリギリ耐え、俺は踏みとどまった。もっとも、それが良かったかは分かんねぇけどさ。
だって、踏みとどまったせいで、前のめりになった姿勢のまま俺は、イザリアの膝蹴りを顔面に食らったからね。
「っいっってぇな」
痛いが、それだけだ。響くような打撃じゃない。
耐えた俺は掴まれた腕を振りほどき、まだ俺の間合いから逃げていないイザリアに向けて、渾身の右ストレートを放つ。だが、その拳に合わせてイザリアは俺の額に向けて掌底を放った。
打撃? 違う。これも投げ技だ。俺の拳とイザリアの掌底が交差し、俺の拳がイザリアの顔の横を通り過ぎたのに対し、イザリアの掌底は俺の額を捉え、打つのではなく押し込む。
そして、そのままイザリアは俺の頭を押さえつけて、地面に叩きつけた。
──後頭部が砕けて、脳味噌がこぼれ落ちていく感覚。でも、即死じゃない。
俺は俺の頭を押さえるイザリアの腕を掴み、引っ張る。そして、死ぬ寸前の体に鞭打ち、地面に倒れた状態から、イザリアの顔面に向かって拳を振り上げた。
「プロミネンス・ブロゥ」
真紅の内力を纏った拳がイザリアの頭を消し飛ばし、イザリアを殺したと同時に俺も死ぬ。
だが、即座に俺達は復活。互いに僅かに間合いを取った状態で蘇った俺達は、お互いの姿を捉えた瞬間、相手に向かって飛び掛かった。
「アスラカァァァァズ!」
先に俺に掴みかかったのはイザリア。
イザリアは俺のシャツの襟に触れたと思った瞬間、俺を頭から投げ飛ばした。
流石にこう何度も頭から落とされてれば、致命傷の避け方くらいは分かってくる。
俺は受け身とはいえない。辛うじて死なない投げ落とされかたで地面に叩きつけられた。
落ち方が良かったので、左肩の骨が砕けただけで済んだので俺は、飛び上がるように起き上がり、その勢いのままイザリアの顎にアッパーを放つ。
「興奮してるのか間合いの取り方が雑になってるぜ?」
俺の拳が顎先を掠め、イザリアの体が僅かにふらつく。脳が揺れたんだろう。
俺はそれを隙を判断して殴りかかるが、俺が殴るよりも先にイザリアは自分の頭を殴り砕き、再生することで脳の上体をリセットする。
そして、万全の状態で俺の拳を首を振って躱すと、拳を放ったことで前のめりになった俺の頭と肩を抑える自分の方へと引き込み、俺の勢いも利用して、俺を引き倒した。
相撲で見るような引き落としだ。
それによって俺はうつ伏せに倒れる。この体勢は非常にマズい。
相撲ではよく使われる引き落としだが、他の格闘技の試合なんかでは使われることは殆ど無い。
それはうつ伏せに倒しても得点にならなかったりすることもあれば、そもそもうつ伏せの相手を攻撃することが禁止されている場合も多く、その体勢に倒す意味が無いからだ。
では、何故うつ伏せの相手を攻撃をするのが禁止なのか。
その理由は簡単。うつ伏せに倒れた相手は反撃だったり、身を守ることが殆ど出来ないからだ。
まず、視線が地面に向いているせいで相手の姿は捉えられない。
腕も可動域が狭くなるから攻撃を防ぐことはできない。
仰向けより、起き上がるのに必要な動作が増える。
その他色々、うつ伏せに倒れるデメリットは多いが、極めつけは──
「死ね」
イザリアの足が俺の延髄を踏みつけ、へし折る。
その瞬間、俺の首から下が麻痺して俺は動けなくなる。
うつ伏せのデメリットは、仰向けの時より急所が多くなること。そして、その急所を守ることが出来なくなること。
「手足が使えなければ、何もできないだろう?」
イザリアは俺の頭を踏みつけ、見下ろしてくる。
確かに腕が使えないと自分の頭を自分で砕くって方法は使えないわな。でもな──
俺はイザリアが見下ろしてくる中で、自分の頭の中に内力を集めて炸裂。
自分の頭を自分で爆発させて死に、そして復活する。
「しぶとい奴め」
イザリアは俺が復活する場所を探して辺りを見回す。
そうだよね、キミとの戦闘の最中に俺はキミから距離を取って復活してたからね。
そう復活すると思うよね。だけど、違うんだわ。
俺はイザリアに頭を踏みつけられた状態のまま、自分の頭を再生して蘇る。
結果、イザリアにとっては予想外の場所に俺が現れたことになり、イザリアの反応が一瞬遅れる。
その隙を突いて、俺は俺の頭を踏みつけているイザリアの足を掴み、へし折る。
そして折れた足を掴んだまま立ち上がる。すると、足が跳ね上げられたせいで、大きくバランスを崩し、転倒。俺はすかさず倒れたイザリアの体に全力の蹴りを入れて、吹っ飛ばした。
「ッッアスラァァァッ!」
俺に蹴り飛ばされたイザリアは壁に激突する。
だが、俺の蹴りが逆鱗に触れたのか、そのダメージなど無視してイザリアは声をあげながら俺に向かって駆け出してくる。
「ぶっ殺してやるよ、イザリア」
距離は充分、俺は突進してくるイザリアを見据え、刀を抜き放つ。
刀を抜かなかったのは手を抜いていたわけじゃない。抜くタイミングが無かっただけ。
ここまでイザリアは俺に抜刀できる隙を与えなかったが、俺が蹴り飛ばしたことで大きく間合いが空いたから、俺は悠々と刀を抜くことが出来る。
「ようやく刀を使えるぜ」
俺が刀を手にしたのにも関わらず、そのまま突っ込んでくるイザリア。
俺はイザリアの突き出された腕めがけて右手に持った刀を振り抜き、イザリアの右腕を斬り飛ばす。
だが、それでもイザリアの勢いは衰えない。残った左腕を俺へと伸ばそうとしてきたので、俺は右手に持って振り抜いた刀を切り返し、再び刃を振るう。
しかし、そうした瞬間、イザリアは俺の刀に合わせるように防御の構えを取り、刀を掴み取ろうする。だが、そんなイザリアの顔面を俺の右拳が撃ち抜いた。
予想外の攻撃を受けたせいで、イザリアの体が大きくよろめく、俺はその隙を逃さず左手に握った刀を振り下ろし、イザリアの肩口から垂直にその体を斬り裂いた。
「ッ得意の小細工か!」
致命傷に近い傷なのにも関わらず、イザリアは死なずに飛び退き距離を取る。
小細工? 間違いじゃねぇけど、素直に技量を褒めて欲しいぜ。
最初の刀での攻撃の直後に、俺はその刀を真上に放り投げて、左手にパス。イザリアの位置からは俺の右手も投げた刀も見えなかっただろうから、右手に刀を持ってると思い込んで防御しようとした。けれど、その時には俺の右手は素手。刀と素手じゃ間合いも違うし、咄嗟にとった防御の構えじゃどっちも防ぐのは不可能。結果として素手での打撃に対処できずマトモに食らい。極めつけに、攻撃をくらった隙を突かれて、俺にぶった切られたって感じだね。
「このまま、その首を刎ねるぜ」
傷を負って後ろに下がるイザリアと万全の態勢で距離を詰める俺じゃ、俺の方が圧倒的に早い。
俺は刀を構え、イザリアに斬りかかるが──
「──チッ」
後退しながらイザリアは舌打ちを漏らすと、無事に残っている左腕を俺へと突きつける。
次の瞬間、俺は腹に強烈な衝撃を受けて、大きく吹っ飛ばされた。
そのまま地面に叩きつけられて転がった俺は、なんとか体勢を立て直し、起き上がろうとする。だが、結果は地面に座り込むことすらできなかった。
俺は辛うじて四つん這いになるが、その体勢になった瞬間、口から腹の中でシェイクされて液状化した自分の内臓を全て吐いて死んだ。
まぁ、死ぬ直前にイザリアが死ぬ姿も見えたので、1:1の取引だから問題ない。
俺とイザリアは即座に蘇り、互いを見据える。
「なんて情けない体だ。ラ゠ギィめ、鍛錬を怠っていたな」
イザリアが吐き捨てるような口調で自分が操っている体に文句を言う。
使ってる奴が悪いんじゃないですかねぇ?
「体術だけで殺してやろうと思ったが、気が変わった。少し本気で戦ってやろう」
「取っ組み合いじゃ無理そうだから諦めたってハッキリ言えよ。別にラ゠ギィの体を言い訳にしてもいいからさ」
イザリアがラ゠ギィの体で俺を睨みつけてくる。
その殺気が凄まじすぎて、俺の体がビリビリと震えてくる。
良いね、本気で怖くて嬉しくなるぜ。怖すぎて、小便が引っ込んじまうくらいだよ。
「じゃあ、ここからが第二ラウンドでいいかい?」
「いいや、ここがファイナルラウンドだ」
イザリアの手にラ゠ギィが使っていた連結棍が握られる。
しかし、イザリアは連結棍の両端に仙理術で作り出した石を纏わせると、石の形を整えて連結棍を槍へと変える。
「仙理術を解禁かい? いいね、楽しくなって来たぜ」
「自分が死ぬことになっても、そんな台詞を吐いてられるかな?」
吐けるさ。だって、俺にとってはそれこそが望む所なんだしね。
ま、話すのはここまででいいや。あとは──
「さて、それじゃあ戦ろうか」
第2ラウンドになろうがファイナルラウンドになろうが、そんなことは構いやしねぇ。
戦おうぜ、イザリア。
キミは俺をぶっ殺す、俺はキミをぶっ殺す。
そんなシンプルな決着をつけようじゃないか。




