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拝謁

 

 ゼルティウスは足を止めない。

 向かう先はアリーナを見下ろすバルコニーのような貴賓席とその奥にある扉。

 闘技場の勝者はその扉を開き、赤神と対面することが許される。

 ゼルティウスはそのしきたりに則って、その扉の先を目指すが──


「お待ちください、ゼルティウス殿!」


 赤神に仕える神官たちがゼルティウスの前に立ちはだかる。


「どういうつもりだ」


 ゼルティウスが睨みつけると、その眼差しを受けて神官たちは後ずさる。

 しかし、逃げることはせずに──


「ここを通すわけにはまいりません!」


「何故だ? 俺は剣神祭に優勝した。優勝した者の権利として赤神に会うだけだ」


「我らの主は貴方があの扉の先に向かうことを許してはおりません!」


「ならば、押し通るだけだ」


 ゼルティウスは剣を抜き、その瞬間、神官たちの足元の地面が切り裂かれる。


「邪魔をするならば斬る。死にたくなければ、退け。それも嫌だとなら、せめて動くな」


 逃げるのが忍びないならば、動くなとゼルティウスは逃げ道を用意する。

 すると、神官たちはゼルティウスに恐れをなし、その場から一歩も動けず、ゼルティウスが自分達の横を悠々と歩き去るのを見過ごすことしかできなかった。


「それでいい。俺は赤神に会いたいだけで、無益な殺生はするつもりはない」


 ゼルティウスは剣を手に歩みを進める。

 殺したくないという言葉に反して、その体からは殺気が漏れ出ており、闘技場にいた人々はゼルティウスの殺気を受けて、誰一人として動くことはできず、誰もゼルティウスを止めることはできない。

 そして、とうとうゼルティウスは赤神の許へと続くという扉の前に立った。


「結界か」


 扉の前に立ったゼルティウスはそう呟き、結界ごと扉を斬ろうと剣を構える。

 だが、その直後──


『……よかろう、我が前に立つことを許す』


 ゼルティウスが、剣を振るうよりも早く赤神は扉を開けて、ゼルティウスを自分の許へと招く。

 そうして開かれた扉を見て、ゼルティウスは口元に嘲笑を浮かべる。


「臆したな、赤神」


 開かれて扉の先へと足を進めながらゼルティウスは言う。

 ゼルティウスに力尽くで突破されれば、赤神は結界を作り出している自分の力が疑われることになる。

 それを避けるために、赤神は先に自ら扉を開いたのだろうと、ゼルティウスは推測し、その弱気を嗤ったのだった。


 ゼルティウスは赤神の開いた扉の先へと進む。

 そこから先にあったのは、荘厳な神殿を思わせる石造りの廊下だった。

 アッシュが潜入した洞窟のような道とはまるで違う。こちらが赤神に拝謁するための正規の道筋であることは誰が見たとしても明らかだった。


 そんな道を無言で進むゼルティウス。

 その歩みを遮るものは現れず、ゼルティウスは通路から階段を経て地下深くへと進んでいき、そうして、しばらく歩いていると、ゼルティウスは広大な地下空間へと出た。

 そこは昼間のような明るさであり、その明るさのせいで薄暗い通路を歩いていた目が眩み、ほんの一瞬だけ、ゼルティウスは眩しさに目を逸らす。


 そして目が慣れたゼルティウスが改めて自身の前にある光景に目を向けると、そこにあったのは地上と同じ闘技場。だが、歓声は聞こえず、代わりに聞こえてくるのは、ひたすらな戦いの音だけだった。


「悪趣味だな」


 闘技場のアリーナでは戦士たちが真剣での戦いを繰り広げている。

 地上の闘技場では観客席だった場所には、控えの戦士たちが座っている。

 そして、アリーナでの戦いがどちらかの死で決着がつくと、次の戦士が観客席だった場所からアリーナへと飛び降り、休む間もなく戦い続ける。

 死んだ戦士はアリーナから観客席へと放り捨てられるが、その戦士もほどなくして復活し、次の自分の戦いの順番を待つために観客席に座る。

 ゼルティウスはその光景に眉をひそめながらも、闘技場へと足を踏み入れる。

 そこに赤神がいると推測し、そしてそれは即座に確信へと変わる。


「──ここが我が聖域」


 ゼルティウスは脳内ではなく耳に届いた声の主を探す。

 その声は脳内に響いていた赤神の声と同じであり、赤神自身であることは明らかだった。

 そうして探すと──いや、探すまでも無く赤神は悠然とゼルティウスを待ち構えていた。


「──そして戦士たちにとっての楽園だ」


 貴賓席から闘技場へと足を踏み入れたゼルティウスを見下ろすのは神の気配を纏った男。

 炎のように揺らめく赤い髪と赤銅色の肌、溶鉱炉を思わせる光を放つ瞳をもった偉丈夫だ。

 一目見ただけでゼルティウスはその男が赤神であることを理解する。


「人に我が口から、我が名を告げるのは初めてだが、敢えて名乗ろう。我が名はイグニルフス──赤神せきしんイグニルフスだ」


「──ゼルティウスだ。貴様を殺しに来た」


 溶鉄のような瞳でイグニルフスはゼルティウスを見る。

 その眼差しには、物の道理を理解できない愚か者を哀れむような色があった。


「何故、我の命を望む?」


 イグニルフスは玉座に腰をおろしたまま、指先を軽く上げる。

 すると、闘技場にいた全ての戦士たちがイグニルフスに忠誠を誓うように跪いた。


「我が何をした? この者たちを生を弄んでいると糾弾でもするつもりか?」


 イグニルフスは全く理解できないと呆れたような声を出す。

 対してゼルティウスは何も言わない。


「我は優れた戦士であれば、その者の願いは叶えてやった。その代価に、こうして我が戦士として永遠に仕えることになるが、それとて戦士にとっては褒美のようなものだ」


 イグニルフスがおもむろに指を鳴らすと、戦士たちは立ちあがりそれぞれが武器を手にする。


「この者たちには永遠の生と永遠の戦場を与えてやった。死を恐れることも、衰えを嘆くことも無く、ひたすらに戦い、己の技を磨き続けることができる。戦士にとってこれほどの幸福は無いのではないか?」


「自分の意思が無いように見えるが?」


「そんなものが必要か? この者たちは余計なことを考えず戦いにだけ没頭していればいい」


 イグニルフスは悪びれることも無く言ってのける。もっとも、神に善悪の概念が無いことは承知しているのでゼルティウスはそれについて何も言うつもりは無い。


「それに我はイグナシスの民にも加護を与えているのだぞ。我が加護に値しない不甲斐ない民に試練を与えることすれども、害しようなどというつもりは無い。誰が好き好んで己の所有物を壊そうとするものか」


 イグニルフスはイグナシスを自分の庭と言う。

 自分の庭である以上、手入れをするのが当然であり、壊すのなどもってのほか。

 そして、庭の手入れというのは育むだけではなく、間引くことも重要になる。イグニルフスは自分が人々に試練を与えるのは、その間引きであると考えていた。


「我は人々に恩恵を与えている。貴様が知らずともそれはまぎれも無い事実。その上で、もう一度、問おう。何故、貴様は我の命を狙う?」


 民を害していない神を殺すことに正当性はあるのか?

 イグニルフスはゼルティウスに問う。だが、ゼルティウスはその問いを──


「問答をしたいなら、アスラカーズとでもするんだな」


 にべもなく切って捨てる。

 アスラカーズならば、イグニルフスと話し合うこともするのかもしれないが、ゼルティウスはそんなことはしない。ゼルティウスはただ斬り捨てるだけ。

 ゼルティウスは長剣の切っ先を玉座に座るイグニルフスに向ける。


「貴様がどれだけ御託を並べた所で、そんなものは俺の知った事ではない。道理が有ろうとなかろうと、俺は貴様のしていることが気に食わないだけだ」


 突きつけられた切っ先と眼差しを受けて、イグニルフスはゼルティウスに失望を向ける。

 そして一言──


「愚か者め」


 その一言が発せられたと同時に、イグニルフスの戦士たちが一斉に動き出し、ゼルティウスに襲い掛かる。

 この場にいる戦士たちは全てイグニルフスが選んだ強者たちであり、生前から技量は常人を遥かに超え、そして更に永遠の続く戦いの中でその技は更なる進歩を遂げた尋常ならざる強者たち。それが数百人にも達するほどの数いて、連携を取りながら襲い掛かっていた。

 だが、尋常ではないのはゼルティウスも同じ──


魔鏖剣まおうけん奥義──五十三式」


 内力の刃を纏わせてリーチを伸ばした長剣を神速で振り抜くゼルティウス。

 次の瞬間、ゼルティウスに襲い掛かったイグニルフスの戦士たち数百人は微塵に斬られ、その肉片が辺りに飛び散り、血の雨を降らせる。


「貴様の自慢の戦士たちはこのざまだが、どうする?」


 ゼルティウスの技の余波を受け、闘技場が崩れ始めた。

 そんな中、ゼルティウスは玉座に座ったままのイグニルフスを見据える。


「ならば我みずから、神に刃向かう愚か者を罰するだけのこと」


 溶けた鉄のような瞳に怒りの色を浮かべながら、イグニルフスは立ち上がる。

 すると、その手にイグニルフスの身の丈ほどの大きさの大剣が握られる。


「我を他の神と同じと思うな」


 その言葉と同時に膨れ上がるイグニルフスの内力。

 その量はゼルティウスを遥かに上回り、質においてもゼルティウスに匹敵する。

 大剣を構えるイグニルフス。ゼルティウスは危険を直感し、防御の態勢を取る。

 だが、そうして警戒したゼルティウスだが──


「神の力は信仰されることによって高まる。正しく信仰された神の力を知るがいい」


 ゼルティウスの視界からイグニルフスの姿がかき消える。

 そして次の瞬間、イグニルフスの大剣がゼルティウスに叩き込まれた。

 かろうじて剣で防御したゼルティウスだが、イグニルフスの膂力でその体が大きく吹き飛ばされる。


「……確かに一筋縄ではいかなそうだな」


 吹き飛ばされたゼルティウスだが空中で身を翻し、軽やかに着地すると、口元から流れ出る血を拭いながら呟く。イグニルフスの剣を受けた衝撃で口の中を切っただけで傷と言うほどのものではない。だが、血を流したことに違いは無い。


 ゼルティウスはイグニルフスの強さを想定していた以上のものと認め、剣を構える。

 そんな相手を見据え、イグニルフスは攻撃の手を緩めるつもりもなくゼルティウスに向かって距離を詰める。対して、ゼルティウスも駆け出す。

 こうしてアスラカーズの使徒と赤神の戦いは始まったのだった──








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