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イザリアの左腕

 

「ふざけるな、僕が、こんなことで──!」


 展開された業術の中で、俺とシャルマーは消耗戦を繰り広げている。

 自分の意思とは関係なく上昇し続ける内力と過剰な回復力が、シャルマーの残機分の内力まで食いつぶす。

 しかし、それでもシャルマーは俺との戦いを止めることはできない。


「もっと、楽しめよ。普段のキミなら絶対に出せない力だぜ?」


 俺の業術は範囲内にいる俺以外の奴の潜在能力を解き放ち、精神的な抑制や肉体的な制限も無視して、範囲内にいる奴を限界を超えて強くする。ただし、限界を超えた強さに肉体が耐えられるかは別だ。


「ほら、さっさと俺を殺さねぇと、身体が崩れるぞ?」


 俺が言っているそばから、シャルマーの体の一部が砂のように崩れる。だが、シャルマーは即座に残機を消費して体を戻すと俺へ攻撃してくる。

 蜘蛛の下半身に人間の上半身が生える蜘蛛人間と化したシャルマーは自分の腕から伸ばした骨の刃を俺へと振り下ろしてきた。

 俺の業術によって強化されたシャルマーの攻撃は俺の反応速度を遥かに超え、俺は回避できずに刀でその一撃を受けることになる。だが、そうして受け止めた瞬間、その威力によって防御した刀ごと俺の腕が千切れ飛んだ。


「ははっ」


 千切れ飛び、宙を舞う腕から刀がこぼれ落ちる。

 俺は落ちてきた刀を口で受け止め、その柄を口に咥えた。

 だが、俺がそうしている間にも、シャルマーは次の攻撃を繰り出し、骨の刃を再び振るっていた。


 俺はその攻撃を口に咥えた刀で受け止める。

 首を振り、刃の軌道に口に咥えた刀をぶつけての防御。

 当然、そんな防ぎ方をすれば刀を咥えた歯が折れる。けれども、俺は防げた。


「ははははっ」


 歯が折れたことによる激痛。その痛みが楽しく笑いが漏れる。

 俺は折れた歯を口に含むと、口内で歯に内力を纏わせて、シャルマーの顔面に向けて吹き出した。

 砕けた歯は内力を纏うことによって、散弾銃のような威力となって、シャルマーの顔面に叩き込まれる。


「こんな程度で!」


 折れた歯の散弾でシャルマーの顔面にいくつもの穴が空くが、シャルマーはそのダメージを無視して蜘蛛の足を振り上げて、俺を踏みつぶそうとしてくる。

 その攻撃に対して、俺は歯が折れた時に、地面に落ちた刀の柄を足で踏む。すると、俺の足の裏に刀の柄が内力によって張り付く。

 俺は脚を振り上げ、足の裏に張り付いた刀で、シャルマーの蜘蛛の足を斬り落とした。

 しかし、直後に俺が斬った蜘蛛の足が解けて無数の触手となって俺への攻撃を続けて行ってくる。


 俺は回避も防御も不可能と判断し、即座に無事な左腕で自分の頭を殴り砕いて自殺する。

 すると、死んだ俺の体が光の粒子となって散り、肉体がシャルマーの攻撃範囲の外で再生する。

 緊急回避として自分で自分を殺すってのは有効な手段だ。

 まぁ、万人にお勧めできないけどね。だって、痛いしさ。


「さぁ、もっと楽しく戦ろうぜ?」


「ふざけるな」


 シャルマーが巨体を躍らせて飛び掛かってくる。

 俺はその下に滑り込むと、真下から蜘蛛の下半身を刀で斬り裂いた。浅い当たりで致命傷ではない。

 本来なら放っておいても問題はない傷だが、俺の業術で強化された回復力はシャルマーの意思に反してシャルマーの体を癒し、蘇生する時と同じ量の内力を使って瞬時に傷を治す。


「この術を解けぇ!」


「おいおい、強くなってんのに文句を言うなよ」


 背後に回り込んだ俺を追ってシャルマーが振り返りながら、骨の刃を伸ばして斬りかかる。

 その刃を俺は刀を振り、半ば斬り落とした。もっとも、斬り落としたところで瞬時に元通りになるんだけどね。ただ、その際シャルマーは内力を使うけどさ。


「ま、そっちが強くなれば俺も強くなるけどね」


 正確には強くなるというより、能力の制限が無くなるって感じだけど。


「プロミネンス・アロゥ」


 俺は指先に灯した真紅の内力を矢のようにして撃ち出す。

 シャルマーは真紅の矢を再生した骨の刃で弾くが、弾いた箇所が俺の内力の熱でドロドロに溶ける。

 けれど、それも一瞬で治る。まぁ、治ってもシャルマーは嬉しそうじゃないけどね。


「キミの残機は、どれくらいだい?」


 俺は表情に怯えが浮かんだシャルマーに向かって飛び掛かる。

 蜘蛛の足を解き、下半身から触手をムカデのように生やしたシャルマーは俺から逃げるために後ろに跳ぶ。俺はそんなシャルマーに向かって刀を投げつけた。

 俺の投げた刀はシャルマーの人間の上半身を貫いた。そのダメージでシャルマーの足が一瞬止まる。俺はその隙に懐へと距離を詰め、シャルマーの人間の上半身に向かって飛び掛かると、跳躍しながらシャルマーの顔面を殴りつけた。


 ただのパンチ一発だ。だが、シャルマーの体はその程度のダメージに死んだ体を再生するのと同じ量の内力を使った。俺はそこで、もう一発シャルマーにパンチを叩き込む。すると、再び大量の内力を使って傷を治すシャルマー。


 俺はシャルマーの胴体に刺さった刀を逆手に持って引き抜くと、そのまま刀を振ってシャルマーを斬る。

 文字通りのかすり傷、うっすらとシャルマーの上半身に赤い線が浮かぶ程度の傷だが、それを治すのにシャルマーの体は莫大な内力を使う。


「ま、待──」


 シャルマーが身をよじって逃れようとする。

 俺は飛び退きながら、刀を軽く振るい、シャルマーの肌に幾つものかすり傷をつける。

 傷の数は5箇所か6箇所。傷だけ見れば致命傷など一つも無く、放っておいても痕さえ残らないような傷だ。けれど、その傷を治すのにシャルマーは5回以上、蘇生できるだけの内力と残機を使う。


「もうそろそろかい?」


 シャルマーの体の一部が砂のように崩れていくのが見えた。

 俺はトドメを刺すために、刀を持たない左手に内力を込め──


「プロミネンス・ランページ」


 手をかぎ爪の形にして、引き裂くように腕を振り抜く。

 そして、その軌道をなぞるように真紅の内力の奔流が放たれ、内力の奔流がシャルマーを呑み込み、消し飛ばす。


「ま、それなりに楽しかったよ」


 俺の放った内力が消えた跡には何も無かった。

 シャルマーは俺の一撃を受けて消し飛んだようだ。

 もっとも、完全に殺し切ったかは分かんねぇけどさ。

 一回目だって、完全に始末したはずだったのに生きてたわけだし、あの野郎のしぶとさを甘く見るのは良くないよな。


 でもまぁ、今はシャルマーのことは忘れて先を急ぐとしよう。

 ラ゠ギィが先に行っているようだし、ラ゠ギィに赤神の首を先に奪われるのも面白くねぇからな──




 ──その頃、アッシュとの試合の後、死んだふりをしてアッシュより一足早く赤神の寝所へ向かうルートを進んでいたラ゠ギィは、後ろから感じられる気配に意識を向けることなく、ひたすら地下の奥深くへと続く道を走っていた。だが──


『──何をしている?』


 ラ゠ギィは不意に聞こえてきた声に足を止める、

 その声は自身が仕える主──教皇イザリア・ローランのものだった。

 ラ゠ギィは自分の頬に手を当てると、そこには口があり、そこから声が発せられる。


『何をしていると聞いている』


 ラ゠ギィは表情を変えず、その声に応えようとしたが、自分の意思に反して左腕が動き出したことで、咄嗟に表情を変え、申し訳なさを顔に出すようにした。


『私は全てを見ている』


 ラ゠ギィの意思から離れて左腕が勝手に動く。

 その掌には目があり、それがラ゠ギィを見つめていた。

 イザリアの眼と口がラ゠ギィを監視している。それはラ゠ギィも承知の上だ。


「猊下の命に従い、これから赤神を始末しに参ります」


 ラ゠ギィは自分の行動をイザリアに説明する。

 だが、イザリアの眼と口はその答えに納得することは無い。

 そもそも、イザリアが聞きたいのはラ゠ギィの今の行動ではなく、これまでの行動についてだ。


『何故、アスラカーズとの接触を続ける?』


「猊下の執心される相手がどれほどのものか、私自身の眼で確かめたかったのです」


『……私は貴様にそれを命じたか? 確かめるだけであれば戦う必要も無いだろう?』


「いえ、拳を交えねば分からぬこともあります。それに、私があの邪神を討ち果たすことができれば、猊下の心配事も減るかと思いまして──」


 ラ゠ギィは自分の行動は忠誠に基づいたものだと訴えようとする。

 だが、イザリアはラ゠ギィの言葉を信用しない。


『──調子に乗るな。貴様に与えた任務は奴を始末することではない。奴の始末は私の手でつけると貴様には言っていたはずだ』


 耳元から聞こえる声に底冷えするような響きが宿る。


『貴様如きがアスラカーズを殺す? 笑わせるな。奴を殺せるのは私をおいて他にはいない』


 続いて聞こえてくるのは怒りの声。

 頬の口から漏れ出る言葉には殺意の色も浮かび、ラ゠ギィは自分自身の左腕を警戒する。

 だが、その警戒も意味をなさず──


『私が気付いていないと思うなよ?』


 ラ゠ギィの左腕がラ゠ギィ自身の首を絞めつける。


『貴様は私とアスラカーズを天秤にかけているな?』


 左腕に込められる力が段々と増し、ラ゠ギィの首が絞め上がっていく。

 その圧力によって、ラ゠ギィは声を出すこともできない。


『貴様は私との約束を……そして私への恩を忘れたのか? 貴様と貴様の一族を救ってやると約束したのは誰だった?』


 訊ねられたラ゠ギィは右手で首にかかった自分の左手を引き剥がし、答える。


「無論、覚えていますとも。貴方が私をお救い下さり、そして迫害される仙理術士達が安らかに暮らすことのできる世界を用意すると約束してくださったのも貴方です──」


 その代わり、自分に従えとイザリアはラ゠ギィに交換条件を出している。

 イザリアはその目的を果たした暁にはラ゠ギィのために新たな世界を一つ作り上げ、与えると約束していたのだった。


『ならば何故、私を裏切るような真似をする。貴様の望みを叶えることのできるのは私だけだぞ?』


 頬から聞こえてくる声からは怒りの響きが消えてはいない。

 ラ゠ギィは自身の左腕に警戒し、言葉を選ぼうとするが──やめた。


「そもそも、それが間違いなのではないかと思ったのですよ」


 イザリアはもう自分を許すことは無いだろうとラ゠ギィは判断する。

 そう判断した以上、もはや取り繕っても仕方ない。ラ゠ギィは本音で話すことにした。


「私は一族の命運を預かる身です。そのような責任のある立場の者が、一時の恩や義理で物事を判断するべきではないでしょう? 誰かに従わなければ生きていけないのなら、より利益を与えてくれる相手を見極めて、そちらの側に付くだけです」


 左腕がラ゠ギィの意思に反して震えだす。その震えはイザリアの怒りの表れだった。

 アスラカーズのこととなれば、イザリアは自身の怒りを抑えられない。特に自分とアスラカーズが比較されている状況なら、尚更だ。


「貴方は一つの世界を私に下さる言ったが、それはアスラカーズもできることでしょう? であるならば、あの男の側についたとしても何も問題はない」


『奴と仙理術士は仇敵の関係だ。貴様と一族を受け入れる筈がない』


「果たしてそうでしょうか? あの男がそんなつまらないことを気にしますか? 過去に敵であったとしても、私の一族は私以外は仙理術士としては取るに足らない者たちです。あのアスラカーズが戦う相手として価値のない者たちを憎み、虐げますか? むしろ敵であっても、彼は弱者であれば見逃すでしょうし、庇護もしてくれるのではありませんか?」


 ラ゠ギィはここまでのアスラカーズを見て、その人間性の全般はともかく、敵への情けという一面においては信頼している。アスラカーズはよほどのことがなければ自分の敵は殺さない。それが弱者であれば猶更だ。


「貴方とは約束あるが、それも貴方がアスラカーズに勝たなければ果たされない。もっともアスラカーズも私の望みを叶えてくれるとは限りません。ですが、どちらも絶対ではない以上、少しでも信用できる要素のある側に付くのは当然でしょう──」


 ラ゠ギィがそう訊ねた瞬間、ラ゠ギィの左腕がラ゠ギィ自身の胸を貫いた。


『言い残すことはそれだけか?』


 ラ゠ギィは口から血をこぼしながら、その問いに答える。


「……私は貴方に恩がありますが、貴方のこういう所が信用できないのですよ。貴方は、こうして裏切者を簡単に粛清しますが、あの方は・・・・裏切ったところで、笑って許してくれるでしょう。私としては、そんな寛容な主に仕えたい」


『私とアスラカーズを比べるのか?』


「……今に至るまでどちらに付くべきか考えてはいましたよ。結論は出ましたが」


 そう答えた瞬間、ラ゠ギィの左手がラ゠ギィの首に絡みつき、へし折る勢いで力を込め始めた。


『私は貴様に私の左腕を与えてやり、貴様と貴様の一族に安住の地を与えてやるとも約束した。その恩をあだで返されるとはな』


「……左腕は監視のため、そして約束はまだ履行されてはいません。恩着せがましいとは思いませんか──」


 ラ゠ギィの左手がラ゠ギィの言葉を遮るようにその首をへし折った。

 首が折れたラ゠ギィの体が、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。だが──


「──これまで私のために働いた功績に免じて、体を貰うという罰で許してやろう」


 倒れたラ゠ギィの体が起き上がる。

 しかし、その眼差しは倒れる前のラ゠ギィのものではない。

 身に纏う雰囲気からもハッキリと別人とわかり、そして何者になったかと言えば──


「ふむ、悪くない」


 その口調はイザリア・ローランのもの。

 イザリアは自らラ゠ギィに与えた左腕を介して、ラ゠ギィの肉体を乗っ取っていた。

 ラ゠ギィの肉体を操るイザリアはラ゠ギィの肉体の調子を確かめると、洞窟の更に奥へと続く道を見据える。


「赤神の首をアスラカーズへの手土産にしようとしたのだろうが無駄だったな。このまま私が赤神の首をいただくとしよう」


 裏切りの罰としてラ゠ギィの肉体を乗っ取ったイザリアは赤神の寝所を目指して、足を前へと踏み出す──ことを寸前で止め、後ろを振り返る。


 何者かの気配を感じ取って、背後を見たイザリア。

 そうして振り返った先には──


「ようやく追いついたが、ラ゠ギィじゃねぇな? 中身は何処のどいつだよ」


 そこにはラ゠ギィを追っていたアスラカーズがいた。





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