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本気の姿

 

「っあぁぁぁ──」


 シャルマーが情けない声をあげながら、俺に背中を見せて逃げる。

 その体は肩口から腰まで大きく斬り裂かれ、更にその傷を負わせた俺の刀の熱によって体が焼かれてもいる。

 襲い掛かってきたシャルマーに刀を振り下ろしてやったら、あのザマだ。


「逃げんなよ。そっちから喧嘩を売って来たんだぜ?」


 俺は視線を向ける方向を変え、地面に落ちていたシャルマーのナイフに見る。。

 俺の刀を防ごうとした結果、半ばから溶断されたナイフだ。俺はそれを刀の切っ先ですくい上げて、シャルマーの方へと放り投げる。

 すると、ナイフは俺の刀の熱で完全に溶け、赤く液状化した金属の飛礫つぶてが、シャルマーに頭上から降り注いだ。


「っ──!」


 シャルマーは声もあげられない。

 溶けた鉄を頭からぶっかけられたようなもんからね。叫んでる余裕もないかな? 

 そして、シャルマーはその場に倒れ込むと、洞窟の奥へと向かう坂道を転げ落ちていった。


「キミにはあんまり優しくしてやろうって気持ちにならねぇんだよなぁ」


 この前の戦闘で俺の中ではキミの格付けは済んでるからね。

 短い期間での再戦じゃ、そんなに強くなってるわけもないし、同じ強さの相手とまた戦うのも楽しくないんだよね。


「それにちょっと忙しいしさ。キミの相手をするのに時間をかけたくないんだよね──っと」


 俺はシャルマーが転げ落ちていった洞窟の奥へと続く坂道を進む。

 すると、ほどなく物陰からシャルマーが奇襲をかけてきたので、その攻撃を躱す。

 正面から戦うのにビビって奇襲をかけてくるのは予想できていたんで、簡単に対処できる。


 襲い掛かってきたシャルマーは傷も回復している。どうやら、残機はまだあるようだ。

 シャルマーは奇襲が失敗したのにも関わらず、逃げずに攻め込んでくる。

 俺が刀でシャルマーがナイフだから、得物のリーチ差を考え、刀を振ることのできない間合いに入り込もうとしているんだろう。


「考えが甘すぎて話にもならねぇよ」


 俺はナイフを構えて距離を詰めるシャルマーに対して、自分から距離を詰めた。

 そしてナイフの間合いよりも更に深く飛び込み、その勢いのまま俺はシャルマーに体当たりする。

 まともに俺と衝突をくらったシャルマーはたたらを踏んで後ずさるが、そのさなかにナイフを振るう。

 刀を振って防ぐには近すぎる間合いだ。だが、俺は刀を持っていない左手で、ナイフを持つシャルマーの右手を弾いて、攻撃を防ぐ。

 そして、即座に左手を戻して、シャルマーの胸元を左の拳で殴りつけ、突き飛ばした。


「っが──」


 後退したシャルマーが態勢を立て直そうとする。

 そこに俺は右手で持った刀を突き込んだ。シャルマーの喉を俺の刀が貫き、更に刀が帯びた熱でシャルマーの首から上が燃え上がる。


「この程度じゃ、まだ死なねぇだろ?」


 俺は刀を引き抜くと、シャルマーの体を蹴飛ばして、洞窟の地面に転がす。

 すると、すぐに燃え上がった頭が元通りになり、普段のシャルマーが姿を現す。


「──ひっ」


 シャルマーは怯えた顔になり、再び俺に背を向けて逃げ出す。


「逃げるってのは追いかけて来いって意味だよなぁ」


 そんでもって、罠に嵌めるつもりなんだろうね。

 嫌だねぇ、もっと正々堂々と戦って欲しいぜ。

 ま、その時点でシャルマーは俺に勝てないのが確定するんで、シャルマーに向ける俺の優しさは完全になくなるけどな。戦って楽しくないんだったら、シャルマーみてぇな奴は生かしておいても仕方ねぇだろ?


「さぁて、どんな罠で俺をもてなしてくれるんだい?」


 それとも、一人じゃ勝てないから先行してる可能性のあるラ゠ギィと合流して二人がかりで俺を倒すかい? 俺は一対一でも一対二でも構わねぇよ? 


 俺は期待をしながら、シャルマーの後を追い、広い空間へと足を踏み入れる。

 通路が続く洞窟の中にぽっかりとあいた広間のような空間は神殿のような場所であり、その中心にシャルマーは立っていた──というより、待ち構えていたって感じか?


 シャルマーはここに俺を誘導したかったのかもな。

 だとすれば、ここがシャルマーにとって有利に戦える場所なんだろうね。

 言ってくれれば、最初からここで戦ってやったのにね。

 誘い込まなくても、キミの得意な場所で戦ってやるくらいの心の広さを俺は持ってるぜ?


「簡単に誘いに乗ってくれて助かるよ」


「俺は誘いを断らないことをモットーにしてるもんでね。無様を晒すよりも、『ボクちゃん弱いんで、ボクちゃんの有利な所で戦ってくれませんか』ってお誘いしてくれた方が手っ取り早かったぜ?」


 挑発的に言いながら、俺は微かにこの空間に残る臭いに意識を向ける。

 血の臭いと肉の腐ったような臭いだ。もしかしたら、昔は闘技場で死んだ奴をここに運び込んでたのかもね。今は入り口近くに放っておくだけで、回収されているようだけどさ。


「僕を舐めるんじゃねぇよ。ここがどういう場所か分かってるか? ここでなら僕も本気を出せる」


 時と場合で本気が出せるかどうか変わるってのは、あんまりカッコ良くねぇよな。

 ま、俺自身もそういうタイプなんで偉そうなことは言えねぇけど、時と場合を言い訳にせず、その時に出せる全力を自分の本気って言い切って言い訳しないのが一番良いよな。俺もそうありたいもんだぜ。

 まぁ、それはともかく──


「この間、俺に敗けたのは本気じゃなかったからなのかい? そいつはスゲェや、本気を出されたら、俺は負けちゃいそうだぜ、キャー怖ーい」


 思わず悲鳴をあげてブルブルしちまうぜ。

 それでなくても、あんだけ痛めつけられても本気を出さずに俺に敗けた我慢強さにビビっちまってるのに、衝撃の事実にビビッて、おしっこ漏らしちまいそうだよ。

 いやぁ、怖い怖い。そんなに出し惜しみする本気がどんなものなのか、怖くて夜中に眠れなくなりそう。

 まぁ、俺は睡眠は必要ないけどね。


「──っ僕を笑っていられるのも今の内だけだ!」


 あら、嗤ってるの気付かれてました?

 そいつは失礼、俺も自分の顔が笑ってるのには気づいてたんだけどね。

 でも、本心だったのと、友好的なコミュニケーションには笑顔が必要だから、そのままにしてたんだ。

 そのせいで傷つけてしまって、ゴメンね。


「これが僕の本当の力──」


 そう叫ぶとシャルマーの体から夥しい量の塊が噴き出る。

 それらはシャルマーがこれまでに取り込んできた人間の体だろう。シャルマーの体の内から解き放たれたその肉がシャルマーの体にまとわりつき、段々と新たな形を造りだし──


「──これが僕の本当の姿だ!」


 ──そして、シャルマーの姿を異形へと変える。

 ヴィルダリオが全身を鎧で覆った人馬騎士ケンタウロスに変わったのと同じ技術だ。

 仙理術士は全力を出す際、自身が取り込んだ物を用いて自分自身を異形の姿に変える。

 そうして変化したシャルマーの姿はというと──


 それは簡単に言えば蜘蛛のバケモノだ。

 蜘蛛の頭のある場所から人間の上半身が生えている。

 分かりやすい怪物モンスターで例えると下半身が蜘蛛で上半身が人間の姿であるアラクネという怪物の男版といった感じだろうか。

 もっとも、蜘蛛に見えるだけで、その下半身は近くで見れば大量の人間の四肢を組み合わせて蜘蛛のようなシルエットを造っているだけと分かるようなおぞましいものだけどな。でもって、虫の蜘蛛の尻に当たる部分は人間の胴体を繋ぎ合わせて、蜘蛛の体に見せているだけという気持ちの悪い姿。


 今のシャルマーはバラバラにした人体をパズルのように組み合わせて蜘蛛のシルエットを作った下半身に人間の上半身を生やした怪物モンスターだ。見た目も気持ちが悪いが、それより何より──


「くっせぇなぁ」


 蜘蛛の体を造っている人体のパーツからは絶えず血が滴り落ち、血の臭いが辺りに充満する。加えて、それらのパーツは腐敗しているようで、腐臭まで撒き散らしている。


「見ただけでバケモノと分かる素敵な姿だね」


 蜘蛛人間アラクネのシャルマーは変化する前と同じ女性と見間違うような可愛らしい顔にウットリとした色を浮かべて、俺を見下ろしている。人肉で作った蜘蛛の下半身のせいで、シャルマーの大きさは俺を見下ろせる程度にはデカくなっていた。


「減らず口を叩けるのも今だけだ」


 シャルマーはニヤリと笑みを浮かべると、右腕を俺に向ける。

 すると、シャルマーの右腕の肉が膨れ上がり、その腕も異形へと変わり、腕が肉の鎧で覆われ硬質化した骨の刃が伸び出る。


「お前も僕の体の一部にしてやる」


「さっきは殺して犯して産んでくれるって言ってなかったっけ?」


 方針を変えるなら、事前に通知してくれませんかね。

 俺の方にも都合があるんでね。でもまぁ、そもそもキミの要望には応えられることはないけどさ。だって、俺はキミに負けないしね。


 シャルマーが腕から生えた骨の刃を俺に向かって伸ばす。

 矢のような速度で放たれた刃を俺は手に持った刀で弾くと、蜘蛛人間アラクネになったシャルマーの上半身に向かって飛び掛かる。そして、攻撃を弾かれた反動で体勢が崩れたシャルマーの首を刀で刎ね飛ばすが──


「ま、この程度で殺せるとは思ってないけどね」


 首を飛ばした瞬間に、その断面からシャルマーの新たな頭が生えてくる。

 尋常ではない再生速度。そして──


「遅いぞ!」


 シャルマーの上半身から新たな腕が生え、その腕が振るわれて俺を叩き落とす。

 そうして吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた俺にシャルマーが追撃を仕掛けてきた。


 蜘蛛の下半身を跳躍させ、俺を踏み潰そうとしてくるシャルマー。

 俺は地面を転がって、それを回避するが、躱したと同時に、蜘蛛の足の内の一本が俺に向けられる。

 すると、次の瞬間、蜘蛛の足を造るために絡み合っていた人間の四肢が解け、触手のように伸びて俺に迫る。

 数十本の手足が一斉に俺を狙ってくるのは壮観だ。だが、対処は簡単、俺は刀を振り抜くと、刀が帯びていた熱で襲ってきた無数の手足を焼き払う。しかし──


「そんな炎で僕を焼き尽くせるものかよ」


 焼き払ったと思った手足は一瞬で再生し、数十本の手足は止まらずに俺へと襲い掛かる。

 防いだと確信していた俺は反応が遅れ、数十本の手足に殴られ蹴られ、あげくに吹っ飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられる。


「ちょっと痛いね」


 あぁ、でもシャルマーの攻撃が痛かったわけじゃない。

 壁にぶつかったのが痛かったんであって、シャルマーの攻撃なんかは全く効いてないよ。

 強がりじゃなくて、本当だよ。嘘じゃない。


「じゃあ、もっと痛くしてやるよ!」


「そりゃ怖いね、泣いちまいそうだぜ」


 俺が軽口を叩くと、シャルマーの蜘蛛の下半身が更なる異形へと変わる。

 蜘蛛の八本の脚を形作る人間の四肢が解かれ、蜘蛛の下半身は数百を超える人間の手足で支えられた百足ムカデに変わる。そして、蜘蛛の体から生えた人間の手足がウゾウゾと動き出し、蜘蛛人間アラクネとなったシャルマーを走らせる。

 ムカデやゲジゲジのようにシャルマーの怪物となった巨体が素早く動き回り、洞窟の壁を這いまわる。


「完全に怪物モンスターだね」


 ここまで気持ちの悪い姿になる仙理術士は見たことがないよ。

 まぁ、強さ的にはそこまででもないけどさ。


「プロミネンス・アロゥ」


 俺は指先に真紅の内力を灯し、それを洞窟の天井を這うシャルマーに投げつけた。

 指先から放たれた真紅の内力は矢となってシャルマーに直撃し、その体を燃やすが、シャルマーの体は瞬時に再生する。


 やはり、尋常じゃない再生速度。

 おそらく仙理術士としてのシャルマーは人体の操作が得意分野なんだろう。

 体の再生の速さもそれに由来してるんじゃないかな? あと変化した姿も蜘蛛のシルエットにはなってるが基本は人間の体を組み替えて使ってるだけだしな。

 これでシャルマーの仙理術士としての得意分野は分かったわけだが、他に能力があるとすれば──


 考えつつシャルマーから目を離さずにいると、壁や天井を這いまわるシャルマーの下半身に変化が生じるのが目に入った。

 蜘蛛の下半身の、蜘蛛であれば糸を吐くはずの尻のあたりが不自然に膨らみだし、そしてそこからは卵が撃ちだされる。


究竟アルス・マグナ──独尊大母ママー


 なるほどね、瑜伽法を使うのにも適した体ってわけね。

 人間の体よりかは子供を産みやすいんだろうか? 俺には良く分からんね。


「何を余裕ぶっているんだよ! 見ろ、僕の子供たちを!」


 壁や床に張り付いた卵が割れ、そこからシャルマーの瑜伽法で創り出されたシャルマーにとってのみ都合の良い生物が生まれ出る。そして現れたのは──


 内力を喰う特性を持つ蛭。

 爆発し毒を撒き散らすだけの生しかない子蜘蛛。

 砲弾を吐くだけで何も食べられない痩せ犬。

 ゴムのような質感の純白の肌を持つ頭に目しかない人型。


「素敵なお子さんたちですね」


 犬が俺に向かって口を開く。すると次の瞬間、犬はその口から砲弾を撃ち出してきた。

 それが数十頭、俺に向かって時間差で砲撃を仕掛けてくる。

 俺はその攻撃に対し、ズボンのポケットから、真紅のハンカチを取り出し広げ──


「──天之縒絹紅衣あめのよりぎぬべにごろも


 名を呼んだ瞬間、真紅のハンカチがマントのサイズまで巨大化し、俺は真紅のマントの端を持って振り抜き、マントで砲弾の雨を防ぐ。だが、そちらに意識を向けていると、十数匹の純白の人型が俺に向かって突進してきた。速さはそれほどでもないが、タイミングが悪い。

 俺はバックステップで人型から距離を取ろうとするが、そうして下がった場所に蜘蛛人間となったシャルマーが落下し、俺を押しつぶそうとしてくる。


「頭上からの攻撃なら──」


 そんなもんで、俺が殺れるかよ。

 俺は落下してきたシャルマーに向けて刀を振り上げ、落ちてきたシャルマーの巨体を真っ二つに斬り裂いた。


「魔鏖剣三の型、焼掃三界しょうそうさんかい


 刀の長さよりデカい敵を斬り捨てるために使う刀身に内力の刃を纏わせてリーチを伸ばす技だ。

 俺はシャルマーを斬り捨てると同時に周囲にいるシャルマーの子も、内力の刃を纏わせた刀で一掃する。


 もっとも、これで終わりじゃない。

 シャルマーは戦って分かったがシャルマーは人体操作それも生命を操る方向に特化した仙理術士だ。

 殺し切るのは簡単じゃない──


「この程度かよ。やっぱり、本気を出した僕には敵わないねぇ!」


 真っ二つに斬り裂いたシャルマーが復活するが、蘇ったはずなのに残機の減少している様子がほとんど見られない。

 俺の推測だが、おそらくシャルマーは仙理術士としての技量で、蘇る際の残機の消費量をコントロールしてるんだろう。

 どれくらい残機の消費を減らせるのかは分からねぇけど、半分程度じゃない気がするね。

 俺が残機一つで1回蘇るなら、シャルマーは同じ残機で10回蘇るくらいの効率かもしれない。


 ──でもまぁ、問題となるのはその程度なんだけどね。

 ちょっとガッカリ気分だぜ。だって、本気を出したのに一度も俺を殺せてないんだぜ?


「本気でこれならキミは期待外れだぜ」


 俺の言葉が届いたのかシャルマーの可愛らしい顔に怒りの表情が浮かぶ。


「ほざけよ! お前はこのまま僕を殺し切れず、僕と子ども達に嬲られるんだ!」


 それが本当なら、それはそれで素晴らしいんだけどね。

 でも、その未来をもたらすにはキミらはそもそも力不足だし、それ以前に俺にはこの状況を簡単に打開できるんだよね。

 それじゃあ、ちょっと俺も本気になって──


展開せよエヴォルト、我がカルマ。果てなきそらに至るため──」


 順当に俺の勝利を決めるとしようかね。





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