別ルート
「──追って沙汰が下るまで、そこでおとなしくしていろ!」
ゼティとの試合で反則負けになった俺は剣神祭の運営スタッフに連行され、薄暗い牢屋に閉じ込められた。
まぁ、正確にはゼティとの試合で反則負けになったわけでもなければ、牢屋に閉じ込められているわけでもねぇんだけどさ。って、考えてみたら、これじゃ何一つ正しくないね。
実際の所、反則負けになったのはラ゠ギィとの試合だ。
なにが反則かと言うと、客席から投げ入れられた武器を使ったのが良くなかったみたいだね。
まぁ、これも実際は後付けなんだろうけどさ。
審議の結果って反則と判断したらしいけど、それなら俺とゼティの試合を始めるのを長引かせればよかったじゃない。それなのに試合の途中で急に前の試合で俺は負けていたって言いだすのはおかしいだろ?
結局の所、剣神祭の運営をしている赤神の神官達は俺を負けさせたかったんだろうね。とはいえ、簡単に失格ってすると、俺に迷惑をかけられた鬱憤を晴らせないし、俺がボコボコにされて負けるのを見たいって欲を出してしまったんじゃないかな?
だから、ゼティとの試合をすることは認めた。で、ゼティが俺を痛めつけて勝ってくれることを期待してたけど、思ったより俺も粘ったし、うっかり俺に勝たれると困るから、慌てて俺を負けにしたんじゃないかな?
ゼティに関しても、イグナシスの街の有名な剣術流派の連中と仲良しこよしをやってるから、赤神の神官連中の目から見ても身内の認識だろうし、俺に勝たれるよりはゼティに勝ってもらった方がマシって考えたんだと思うね。
俺がゼティに勝って、そのうえ決勝でガレウスにも勝てば、俺は大手を振って赤神に会えるわけだし、神官たちとしてはそれを阻止したかったってのも考えられるね。
もっとも俺が赤神を狙っていることを神官たちは知らないはずなんだけどさ。でもまぁ、単純に俺みたいな奴を自分達が信仰している神には合わせたくはないよね。
だからまぁ、俺を勝たせたくないって神官たちの気持ちは分かるぜ。ついでに、俺を反則負けにするしかなかったってのも理解できなくはないさ。なので、俺は自分が反則負けになったことについて文句を言うつもりは無い。
それと牢屋の代わりに死体置き場に閉じ込められていることに関しても文句を言うつもりは無い。っていうか、むしろ、こっちに関しては感謝したいくらいだぜ。
俺が今いる場所は、剣神祭の試合で命を落とした奴の遺体安置所。
具体的にはヴィルダリオとシャルマーの死体が運び込まれた場所だ。
立派に戦い、死んだ奴は死後に赤神のもとに召されるってことで、その死体を剣神祭の会場の地下に安置される。そして、放っておけば赤神が回収してくれるらしい。
──でもって、正直な話、俺としてはこっちに来ることの方が目的だったんだよね。
前に見た時は扉の前でヴィルダリオとシャルマーの死体が置かれていて中には入れなかった。ガレウスと話しをした時の話だ。で、その時は結界が張られていて、どうにもならなかったんだよね。
だけど、その時から俺は扉の向こう側に行くことを狙っていた。
イグナシス周囲の位置関係を整理すると、剣神祭の会場はイグナシスの街のある山のちょうど中央にあり、さらにその地下を進んでいけば、山の中心に辿り着くことが出来るはずだ。
それに加えて、死体を赤神が直接回収するなら、遺体安置所と赤神のねぐらが繋がっている可能性は高い。
「真面目に剣神祭を優勝するより、こっちのルートから赤神の居所に殴り込みをかける方が俺の性に合ってるんだよね」
神官達は死体と一緒に閉じ込めておけば俺がビビッて大人しくなると安易に考えて、ここに入れたのかもしれないけど、俺としては願ったりかなったりの展開だぜ。
もしも、こっちのルートが俺の考えていた場所に繋がっていなくても、その時はゼティが赤神と会うだろうし、ゼティに赤神を始末してもらえばいいしな。
「どっちに転んでも俺が勝つための道筋は出来上がってるんだよね──っと」
俺は遺体安置所の出口から歩き出す。
遺体安置所と言っても、周囲は神殿を思わせるようなつくり、奥へと続く道もきちんとした石畳と石段が地下に向かって敷かれている。もっとも、壁とか天井は洞窟の岩肌とかなんだけどさ。
俺は足元だけしっかりと舗装されている洞窟の中を奥深くへと進んでいこうとしたが、そこであることに気付く。
「シャルマーとヴィルダリオの死体が無いな」
ゼティとシャルマー、ヴィルダリオの二人組が戦ったのは昨日のことだし、そんなすぐに赤神は死体を回収するんだろうか? だとしたら、仕事が早くて素晴らしいね。まぁ、がっつきすぎてカッコ悪いとも言えるけど、二人の死体が無いのは別におかしい話でもない。
「……ただ、ラ゠ギィの死体が無いのはおかしいけどね」
ラ゠ギィの死体はついさっき運ばれたはずだ。
俺との試合が終わってもラ゠ギィは再生できずに死体のまま安置所へと運ばれた。俺は試合後にそれを覗き見てるから間違いない。
シャルマーとヴィルダリオに関しては間違いなく死んでいたと思うが、ラ゠ギィに関しては生きている可能性もあった。そんでもって、アイツも俺と同じ考えで、自分が死体になることで、この場所に入り込もうとしたってことも考えられなくもない。
「だとすれば、先を越されたってことだよなぁ」
ラ゠ギィが試合に負けることで、俺を出し抜いたとか考えてんだったら面白くないね。
それやられると、アイツがわざと負けたみたいになるじゃない。そんでもって、本気で戦ってなかった相手に刀まで抜いた俺の痛々しさが──まぁ、戦ったから分かるけど、ラ゠ギィは手抜きせずに俺に負けたんだけどさ。俺に負けた後でプランを変え、こっちのルートで赤神を仕留めにいったのが実際の所だろう。
ま、なんにしてもラ゠ギィが先に動いてるなら、俺も急がねぇと。
そう考えて、俺は足を早め、更に奥へと進んでいく。だが、その足もほどなくして止まることになる。
それは不意を突いて、襲い掛かってきた刃のせいで──
「おっと」
もっとも、当たらんけどね。
俺は物陰から飛び出してきた二つの人影と、そいつらが持っていた刃を躱し、敵の姿を見据える。
で、驚いたのはそこだ。不意打ちの刃よりも襲ってきた相手に俺は驚いた。なぜなら、俺を襲ったのは──
「やはり、そう簡単には仕留められないか」
「あぁ、流石は俺達を同時に相手取った男だ」
薄暗い洞窟の中、徐々に明らかになっていく人影の人物は死んでいたはずのヴィルダリオだった。だが、問題はそれよりも──
「なんで二人いるんだい?」
俺の前には全く同じ姿をした二人のヴィルダリオが立っていた。
死んでいた状態から蘇ったのは理解できるが、普通に二人いるって状況は全く理解できないんけどね。
けれども、ヴィルダリオ達は逆に俺の言っていることが理解できないようで──
「何を言っている? 俺達が双子だということは以前の戦いで知っているはずだ」
「あの時の借りを返させてもらう」
二人のヴィルダリオはそう言うと長剣を構え、問答無用という気配を発する。
なんだか、こいつらの言っていることと俺の記憶が一致しねぇんだけど。
俺が戦ったのはシャルマーとヴィルダリオの二人組だった筈なのに、目の前の双子のヴィルダリオの中では戦ったのこいつら二人ってことになってるらしい。
俺は戦意を漲らせる二人に対して訊ねることにした。
「シャルマーはどうしたんだよ」
アイツはヴィルダリオとセットで行動していたはずなのに、今は姿が見えない。
どこかで隠れてみているんだろうか?
「何を言っている?」
「誰だそいつは?」
どうやら、俺の目の前にいる双子のヴィルダリオはシャルマーのことを知らないようだ。
記憶でも操作されてんのかね? というかそもそも何で急に双子って設定になっているんだろうかって疑問が先かな?
まぁ、目の前の二人は何も分かんねぇんだろうけどさ。俺の見た限りでは、もともとの記憶の操作とかで生じるような違和感も無いし、二人の内どちらかが偽物って気配もない。
二人のヴィルダリオは自分達が双子であると当然のことのように思っている、生まれた時からそうだったかのように自然な様子だった。
「この場にシャルマーがいないってことはシャルマーが何かやってそうなんだよなぁ」
だって、そうだろ?
都合よく、この場にいないシャルマーのことだけ忘れてるヴィルダリオとかさ。
「何をブツブツと──」
「──言っているっ!」
二人のヴィルダリオが俺に斬りかかってくるが、俺は同時に閃く二振りの刃の軌道を見切って、余裕を持って躱す。ついさっきまで、こいつらより遥かに上に剣士であるゼティと斬り合ってたせいか、こいつらの剣は欠伸が出るほど遅く見えちまうんだよね。
実際、どのくらい余裕かというと、剣を避けながら話しかけられるくらいの余裕がある。
「キミらは信じないかもしれないけどさ。俺は既にキミらが2回、完全に死ぬのを見てんだよね。その時のことを覚えているかい?」
俺と戦った時とゼティと戦った時。
どっちもヴィルダリオは完全に死んだというか、殺し切っていた。
他でも死んでるかもしれないが、それに関しては俺は何とも言えないけど、とにかく2回は絶対に生き返れなくなるくらいに殺したはずだ。
「訳の分からんことを」
「俺達を煙に巻こうとしても無駄だ」
うーん、ブレないなぁ。
自分達が死んだって記憶も無い感じ?
そういえば、剣神祭に出ていたヴィルダリオの方も変な感じはあったし、もしかして、こいつらって俺やゼティが殺したヴィルダリオとは別人? いや、でも俺と戦った記憶はあるみたいだし──
「隙あり!」
一人のヴィルダリオが突きを放ち、俺はそれを首を傾けて躱す。
すると、もう一人のヴィルダリオが横合いから俺の胴を薙ぎ払おうと剣を振ってきたので、俺は拳を振り下ろし、剣を叩き落とす。そして、突きを放ってきたヴィルダリオに前蹴りを叩き込んで突き飛ばし、斬りかかってきたヴィルダリオの顔面には裏拳を叩き込んだ。
「……そういえば、シャルマーの瑜伽法は仙理術で体に取り込んだ人間を使って新しい生物を産む能力だったような」
俺と戦った時は蛭を産んで、蜘蛛も産んでいた。
能力がその程度で終わりってことも考え難いし、そう考えると──
「なるほどね」
俺は改めて双子のヴィルダリオを見る。
なんとなくだけど、予想ができてきたぜ。
「キミらも可哀想な奴らだね」
何も知らずに一生懸命戦って哀れなことこの上ないぜ。
でもまぁ──
「生かしておく必要がないってことが分かったのは良かったよ」
俺は腰に差した刀を抜き放つ。
こいつら程度の相手に得物を使うのはオーバーキルなんだけどね。だけど、殺すことに躊躇いを感じる必要のない相手だし、さっさと終わらせるのも良いかもと思うんだ。
まぁ、ぶっちゃけヴィルダリオに関しては生かしておくことに価値を感じないから、さっさと殺して終わらせようと思う。俺が敵を生かしておくのは、成長して俺に復讐しに来てくれることを期待してのものだし、それが無い相手を生かしておいてもね。
「素手を得手とする者が思いつきで武器を手にした所で──」
俺は距離を詰め、言葉の途中でヴィルダリオの体を刀で斬る。
刃に込められた内力は熱を帯びており、斬撃と同時にヴィルダリオの体を焼き尽くした。
「キミらには言ってなかったけど俺は素手より刀の方が得意なんだぜ?」
残ったもう一人のヴィルダリオが俺に向かって長剣を振るってくる。
俺はその刃を防ぐために刀を剣に叩きつけるように振るう。すると、俺の刀に触れたヴィルダリオの長剣が俺の刀が帯びる熱によって溶断される。そして、俺は即座に刃を翻し、ヴィルダリオの首を刀で刎ね飛ばした。
「……再生は無し。ということは残機も何も無しで送り出された捨て駒って感じか」
哀れだね。
シャルマーには結構大事にされていたようにも見えたけど、もういらなくなったってことかな?
俺は灰になったヴィルダリオ達を見て、そんなことを思う。すると、その時だった物陰から声が聞こえてきたのは──
「まったく、これでヴィルダリオのストックも完全にゼロだ」
ウンザリしたような声とは裏腹に拍手をしながら物陰から人が現れる。
そいつは女性のような顔をした少年であり──
「僕の手駒を尽く潰してくれたことには、文句を言うよりも讃えたくなるよ」
そう言って俺に姿を見せたのは白神教会宣教師のシャルマーだった。
讃えたくなると言っている癖に、俺を見る目には怒りがこもっているのもご愛敬か。
「なんか用かい?」
「それを聞くのか?」
そりゃあ聞くさ。なんで俺の前に立ってるか意味が分からねぇからな。
俺の足止めをしに来た? 無理だろ。
「俺とキミに関しては既に俺の中で格付けが済んでるんだよね。再戦を申し込みたいなら、100年くらい修行してから会いに来てよ」
復讐は歓迎だけど、何の工夫もせずに復讐に来る奴はお断り。
キミは素手の俺にヴィルダリオと二人がかりで負けたんだぜ? そこんところ分かってる?
今の俺は刀も持ってるし、素手の時よりも遥かに強いんだぜ? 今のキミが勝つのは無理だと思うね。
「ま、俺と戦りたいなら止めないけどね。俺としてはキミはぶっ殺しておいても良い相手だと思ってるからさ──」
俺は言いながら、俺は刀の切っ先を灰になったヴィルダリオへと向けて訊ねる。
「──こいつらってキミが自分の究竟で産んだ生物だろ?」
シャルマーの究竟は生物を産む。
俺の人間だって産めるだろうと予想している。でもって、その時に色々と生物の設定を弄ったりとかしてそうだね。記憶とか能力も含めてね。
「あぁ、そうだよ」
そう答えた瞬間、シャルマーの纏う気配が変わる。
それまでは顔と同じ少年のような気配だったのに、今の雰囲気は淫らで退廃的な娼婦のような気配だ。
「前に僕の能力は説明したろ? 性交した相手の肉を取り込むと、その肉をベースに僕は自分の子供を産むことができる」
俺が予想していた通り人間も作れるってわけね。
ヴィルダリオもそうやって作ったんだろう。
何人もヴィルダリオがいるのは、単純に何回も作ったからで、それぞれのヴィルダリオの記憶が異なっているのは、シャルマーが異なる記憶を埋め込んでいるから。
そんでもって、顔とか雰囲気に差異があるのはベースとなる人間の肉に、他の取り込んだ人間の肉を混ぜているからとかかな?
「子供っていう割には、子に対する愛を感じないけどな」
蛭だったり、自爆する蜘蛛だったり、記憶も何もかも好き勝手にいじられた人間だとかな。
愛があるなら、もっとちゃんとした形で産んでやれよ。
「知らないのかい? 親は子供に何をしても良くて、逆に子供は親に絶対服従。愛するのも愛さないのも自由なんだよ。なぜなら、僕が産んであげなければ、この世に存在できなかったんだからね。産んでもらった恩を返すために僕に従うのは当然だろ?」
なに言ってんだコイツ?
ちょっと、つき合いきれないことを言いだしてきたんだが。
もしかして、親子の愛情の話に何か思う所があるのかな?
親に愛されない悲惨な幼少期を送ってきたとか? だとしたら、ありきたりでつまらん奴だね。
まぁ、いいや、さっさとコイツを始末してラ゠ギィを追うとしよう。
「話を終わりにしても良いかい? 俺はさっさとキミを倒したいんだけど」
「いいや、それは駄目だよ。もう少し僕の恨み言を聞けよ」
シャルマーが懐からナイフを取り出して構える。
「ヴィルダリオも僕の子で駒の一つだったんだけど、アレには手間がかかってたんだよ。そこそこな強さの仙理術士を犯して殺して食って取り込み、それと他に取り込んだ人間を混ぜ合わせて、僕の腹で育てたんだよ。勿体ないから仙理術士の肉も一度には使わず、小分けにして何度もヴィルダリオを作ろうとしたのに、その肉のストックもお前らのせいでゼロだ」
シャルマーの眼には俺への憎しみが見える。
ただ、その憎しみにはヴィルダリオが死んだことは含まれていないようで、感じられるのは自分の資産を浪費させられたことに対する怒りによるものだけだ。
「うーん、俺はキミとは趣味が合わなそうだぜ」
「奇遇だね。僕もそうだよ!」
シャルマーがナイフを手に駆け出す。
濃密な殺気を発しながら、距離を詰めてくるシャルマーが叫ぶ。
「お前も殺して、僕が産んでやるよ!」
「そいつはお断りしたいところだね」
俺は接近してくるシャルマーに向けて刀を振り下ろした──




