アッシュの思惑
「待て、そんな奴が伯爵の子だと?」
頼まれた人物を連れてきてやったのに、ドレガンは納得できない様子だ。まぁ、仕方ないとも思うけどね。
ジョンは体格こそ良いけれども、見た目も雰囲気もそこら辺にいる農民だからな。村の力自慢って程度で、それ以上の何かを持っているわけでもないし、特別な教育を受けたことも無いだろう。
「そんな農民が本当に伯爵の血を引いていると?」
ドレガンがそう言いながら指差したジョンは相手が代官だと知って平伏している。
状況は分からないようだけど、相手が代官だと聞くなり、速攻で土下座したくらいだから、性根が完全に農民になっているんだろう。
「なぜだ? 根拠を言え!」
そりゃそうも言いたくなるだろうね。ドレガンの立場からすればさ。
悪政を敷くシウスに対抗するために領主の隠し子を旗印にしようとしていたのに出てきたのが、何処の馬の骨とも知れない農民だったら、信じたくないのも当然だ。
なので、俺はもっとも分かりやすい形で証明してやろうと思う。俺がどうしてジョンを領主の隠し子だと思ったのかをさ。
「インクか炭をくれよ、そうしたら説明してやるからさ」
俺の言葉にドレガンは疑わし気な視線を向けてくるが、ドレガンは手元にあったインク壺を俺に差し出す。
俺はそれを受け取り、平伏した姿勢のジョンに近づくと、その顔を上げさせ、何か言いたそうなジョンの顔、その口周りにインクを塗り付けた。
「これで分かるだろ?」
口周りをインクで染めたジョンの顔をドレガンの方に向けると、ドレガンは驚きで目を丸くする。
「まさか……」
口周りを黒く塗ると髭に見えるし印象も変わるよな?
ジョンに髭がついたら、さぁどうだろうか? 俺が領主の城で見かけた肖像画の人物にそっくりなんだが、どう思う?
「……いや、だが……若い頃の伯爵様に似ているのは確かだが……」
やっぱり、領主の城で見かけた肖像画は伯爵のものだったな。勘ではあったけど合ってて何よりだぜ。つっても、本当にジョンが領主の隠し子かどうかは分からないんだけどね。
肖像画と似ているだけで領主の子で間違いないなんて言えるわけねぇじゃん。DNA鑑定でもできれば別だけど、この世界にそんな技術ないだろ? じゃあ、勘で決めるしかねぇよ。
「しかし、この者の生まれは……」
「ベーメン村です、代官様! 俺はベーメン村の生まれです!」
ジョンが代官に質問されたのだと勘違いして勢いよく答える。
ドレガンの方はジョンを伯爵の子と認め難い様子で、独り言を呟いていただけなんだけどね。
「両親はいません! 村の外れで拾われました!」
それじゃあ、どこの生まれか分かんねぇじゃん、ジョン君。
どこかの領主の家で生まれたけど、認知すると面倒なことになるから、捨てられた可能性だってあるよね。
可能性がある以上はドレガンも完全に否定することは出来ないわけだから、ジョンをどう取り扱うかは判断に困るよな。
「俺、なにかマズいこと言ったか?」
「言ってない言ってない。問題ねぇよ」
混乱した様子を見せるドレガンを見たジョンが困った顔で俺を見るが、ジョンは素直に自分の身の上を話しただけなので、責める所は何一つない。むしろ、俺の思った通りに動いてくれたんだから褒めたいくらいだぜ。
「すまんが、少し外してくれ。一人で考えたい」
ドレガンはちょっと限界になったようで、天幕から俺達を追い出す。
そりゃあ、ただの農民が領主の隠し子だったなんてのは受け入れ難いだろうけれど、もしかしたらってこともあるから、今後のことは良く考えたいんだろう。
「なんだったんだ?」
天幕を追い出されたジョンが首を傾げながらボンヤリと疑問を口にしている。
その様子を見た感じではちょっと頭が足りない普通の農民だもんな。これを旗印にするのはキツイと思うぜ? ドレガンもそこんところを悩んでいるんだろうな。これがカイルみたいな感じだったら、まだやりようはあったんだろうけどね?
「何を考えている」
ジョンの事を見ているとゼティが俺に話しかけてきた。
背負っていたカイルはそこら辺の地面に下ろされているが、さて何だろうか?
俺が疑問に思っていると、ゼティはボンヤリと首を傾げているジョンを指差した。
「アイツが本当に領主の隠し子だと?」
その質問に対し、俺はジョンに聞こえないように小声で答える。
「そんなわけないじゃん」
確証は無いよ? もしかしたら本当に領主の子かもしれないけどさ。でも、それだったら俺は運が良すぎるし出来過ぎだって。流石にそこまで都合よくは進まないだろうけど、でもまぁ領主に似ていたのは間違いないようで、ドレガンを誤魔化すことは出来ていたから問題ないだろ。
「いったい何を考えている」
「世の中が良くなる方法」
嘘つくなって目でゼティが俺を見てくる。
まぁ、言ったことは嘘だよ。世の中なんてだいそれた範囲のことなんて考えてはいないのはゼティの読み通り。でも、この辺りの圧政に苦しめられている奴らは助けてやりたいとは思ってるぜ?
弱い奴らは強くなってくれるまで守ってやらないとね。みんながみんな最初から強い訳じゃないし、いま虐げられている弱い人々の中には、もしかしたら俺より強くなる可能性を持っている人がいるかもしれないんだから、そういう人達を守るためにも世の中は良くしたいよな。
悪い環境じゃないと人が育たないとは限らなくて平和な世界でこそ生まれる強さってのもあるから、俺はそういうのも大事にしていきたい。
「……気分で言ってるだろ」
「そりゃあそうよ」
今はなんかそんな気分ってだけ。
弱い奴らも強くなる可能性があって、俺と戦える存在になるかもしれないから生かしておきたいとは常日頃から思ってるけど、世の中には人間なんていくらでもいるんだし、別にここにいる奴等の中から強いやつが出てくるとも限らないから、こいつらを絶対に守ってやらなきゃいけないわけでも無いんだよな。
なので、この辺りにいる連中を助けてやろうかなってのは気まぐれなのは正しい。
まぁ気まぐれでも何とかしてやろうって思ったからにはベストを尽くさないとな。
けれども状況はちょっと微妙だな。ドレガンをやる気にさせて、この地の支配者にさせるのが良いかと思ったんだけど、あの野郎はそこまでやる気がないようだ。
身分とかそういうのを考えているのかね? 悪政は諫めたいけど、自分が取って代わる気は無しみたいだから、領主の隠し子を見つけて、そいつに跡を継がせたいんだろう。そうした後で奴がどうしたいのかまでは分からないけど、そこまで権力を求めてるようにも見えないんだよなぁ。
「何か悪だくみか?」
「まだ、そこまで考えてねぇよ」
ゼティ君は人聞きの悪いことを言うなぁ。
まぁ、今は考えていないだけで、悪だくみはするんだけどな。
「あの、ギド達はどうなるんですか?」
おっとカイル君のことを忘れていたぜ。
俺は不安そうなカイル君の肩をやさしく叩く。
「大丈夫、助けに行ってやるさ」
「気休めは良いですから、どうにかならないんですか? 貴方が巻き込んだんですよ」
慰めようと思ったら、責められてしまったぜ。
まぁ、気になんないけどね。後で取り返してやるから怒るなって。
「お師匠様! 私、役に立ちましたか? 私が代官に報告して、軍を動かすきっかけを作ったんですよ!」
リィナちゃんが俺達を無視してゼティに話しかけている。
リィナちゃんがドレガンに軍を動かすきっかけを与えたのは凄いことだと思うけど、俺達がイクシオンを脱出するための直接的な手助けになったかと言うと疑問だよね。だからか、ゼティもどう返事をしていいか迷っている。
「とにかく、お前はこれからどう動くつもりなんだ?」
ゼティは褒めてもらおうと擦り寄ってくるリィナちゃんを押しのけて、俺に尋ねる。そういうことをすると俺が後で恨まれるってことを知っていて、こいつはやってるのかな?
まぁ、そのことは置いといて、今後の事? 俺としてはドレガンを上手い具合に戦いに引っ張り出したいところだね。奴にこの地を治めてもらった方が上手くいく気がするしさ。となれば、奴を軍を動かすための理由を作ってやらなきゃならない。
それは真偽不明の認めがたい領主の隠し子じゃあ、力不足だったし、もっと決定的な何かだな。
「ここの伯爵は病気だったよな?」
俺が他の連中に尋ねるとリィナちゃんだけが俺に対してゴミを見るような視線を向けながら頷く。
ゼティ、カイル、ジョンの三人はなんだか良く分かっていない様子だけど、まぁいいや。
「本当に病気か確かめたいところだな」
もしかして毒でも盛られてんじゃないかと俺は思うけど、さてどうだろうか?
それをちょっと調べてみるのも良いんじゃないかって俺は思うんだが、誰か調べてきてくれないだろうか?




