vsゼティ
──ゼルティウスはアッシュが勝利するその姿を観客席から眺めていた。
その顔には何の表情も浮かんでおらず、それでもなんとか読み取ろうとするならば、見受けられるのはアッシュに対する呆れくらいだった。
「勝つべくして勝ったというところだな」
ゼルティウスの目から見てもラ゠ギィは相当な強者だ。しかし、それでもアッシュには及ばない。
それは刀を手に入れたからというわけではない。
アッシュの実力を知っているゼルティウスからすれば、ハナからラ゠ギィに勝ち目はなかった。
刀が無かろうと何も問題はない。無いならないで別の手段を使い、最終的にはラ゠ギィを圧倒したとゼルティウスは確信している。
切れる手札の多さがアッシュの強さだ。剣術だけならば、ゼルティウスはアッシュに負けることはないと確信を持っているが、実際の戦闘になれば剣術以外の手段も用いてアッシュは自分に勝利するだろうという確信もゼルティウスは持っている。
ゼルティウスからすればラ゠ギィとの試合も茶番にしか思えない。
その気になれば、簡単に決着をつけられるのにも関わらず、手段を選んでいたずらに戦闘を長引かせた。アッシュにも言い分はあるのだろうが、ゼルティウスはそれも含めてアッシュに対しては呆れた以外の感情を持てなかった。
「──なんだよ、普通に勝ってんじゃねぇか、あのクソ野郎」
「マーク」
ゼルティウスが背後から聞こえてきた声の方を向くと、そこには同じ使徒であるマーク・ヴェインがいた。使徒になってからも付き合いが長いせいか、二人は気心が知れた仲だった。
「まぁ、刀を持ったら、あのクソが勝つのは当然だわな」
マークはアリーナから去っていくアスラカーズに目を向けながら、ゼルティウスの隣に座る。
その姿は直前まで、襲い掛かる天使たちの相手をしていたのにも関わらず何の疲労も見られなかった。
「武器の有無が勝敗を分けたわけではない」
「そうかもしれねぇけどよ、あのクソがクソ刀を持ったら、その時点で大抵の奴は勝てねぇってのは間違いじゃないだろ?」
そう言うとマークは腕を組み、椅子に尊大な態度で身を預けると、ゼルティウスの方を見ずに訊ねる。
「──で、どうする? 戦るのか?」
「何の話だ?」
「システラとかから聞いてんだよ。この流れだと、あのクソとお前が戦うんだろ?」
ゼルティウスは何も答えず、アリーナの方に目を向けている。
運営のスタッフが何かを相談している姿が目に入ったが、ゼルティウスはそちらではなく、マークの言葉の方に意識を傾ける。
「俺達の目的は結局の所、赤神との謁見だ」
「それは知ってるよ。そのためにこの大会に出てんのも、ラ゠ギィとか白神教会の連中も出場して、潰し合いになってるのもな」
「宣教師が敗退した以上、優勝は俺達以外にありえない」
大会には、まだガレウスというイグナシス最強と噂される剣士がいるが、そのガレウスにしてもアッシュやゼルティウスと試合をして勝つことは不可能だ。
「じゃあ、赤神には確実に会えるんだろ?」
その結果、交渉で済むのか、戦闘になるのかは分からない。
だが、マークは戦闘になったところで何も問題はないと思っている。
アッシュが問題無いのは当然だが、ゼルティウスもそんじょそこらの神に負けるような強さではない。使徒として、数えきれないほどの数の神を斬り捨てているゼルティウスは始末した神の格はともかくとして、数だけならばアッシュを上回ってもいる。
それを知っているからマークはどちらが赤神に会おうと何も問題はないと確信しているのだった。
「どちらかが出りゃあ済むなら、戦る必要もねぇが」
マークはゼルティウスの横顔を見るが、その顔には何の表情も浮かんでいなかった。
それを見てマークは嫌な流れだと思った。
普通の考え方なら、アッシュとゼルティウスが試合をする必要はないので、どちらかが棄権をすれば済むだけの話のだが、アッシュは性格からいってゼルティウスとの戦闘を望むだろうし、仕える神から命令されればゼルティウスは従うしかない。もっとも、命令が無くてもゼルティウスはアッシュとの戦闘を避けないだろうというマークは思う。
ゼルティウスもアッシュに対して色々と思う所はあるだろうし、アッシュを斬ることでその不満を晴らそうと考えていてもおかしくはないとマークは推測する。ゼルティウスは好戦的な性質ではないが、戦いを避けなければならないとは思っていない。場合によっては人を斬ることが最良の解決法であると考えている。
「──すべて奴次第だな」
そう言うとゼルティウスは立ち上がる。
見上げながら、マークはお前も大概だとゼルティウスに対して思うが、それを口に出すことはせずに別の事を訪ねる。
「どうかしたか?」
「次は俺の試合がある」
ゼルティウスはそう言うと観客席からアリーナへと飛び降りた。
その振る舞いを見てマークはゼルティウスも相当、頭に血が上ってることを理解した。
アッシュへの不満もあるだろうが、久しぶりにアッシュの剣を見て手合わせしたい欲求でも出てきたのか、マークは推測するが、正解は分からない。結局の所、心の内を見透かすことはできないからだ。
マークが出来ることと言えば、どちらも興奮しすぎないで欲しいと願うことだけだった。
──それから数分後、ゼルティウスの試合はゼルティウスの秒殺で終わった。
続けて、三回戦も行われたが、アッシュとゼルティウスのいるグループの反対のグループの試合はガレウスの圧勝で終わり、ガレウスは一足早く決勝戦への出場を決めることとなった。
そして今、ガレウスが待つ決勝戦への出場者を決めるためにアッシュとゼルティウスが対峙する──
「随分とアッサリ始まっちまうもんだよなぁ」
腰に刀を差したアッシュはつまらなそうに言うと、観客席を見回す。
アリーナから見える観客たちの顔にはアッシュとゼルティウスに対する恐れの色が浮かんでいた。
それも当然で、この大会において二人は尋常ではない試合を繰り広げている。
互いに命を容易く奪い、そして奪うよりも容易く蘇り、殺し合いを続ける。その様は観客の知る戦いとは全く異なるものであり、自分達の常識の範囲の外にあるものを見た時に彼らの内に恐れが芽生えるのは仕方なかった。
「お前が引けば始まらずに済むと思うがな」
ゼルティウスは腰に帯びた剣の柄頭に左手を乗せてアッシュを見据える。
油断は欠片も無い臨戦態勢だ。もっとも、それはアッシュも同じで腰の武器にこそ手を伸ばしてはいないが、全身に戦意がみなぎっている。
「俺が引く? 冗談だろ? こういう時はキミの方が負けを認めて棄権するべきなんじゃないかい?」
「ふざけたことを抜かすな。棄権するべきなのは貴様だろう」
ゼルティウスは鋭い眼差しでアッシュを睨みつけ、その視線を受けたアッシュは肩を竦める。
そんな芝居がかった振る舞いがゼルティウスの神経を逆なでする。
「まぁ、キミに任せた方が楽なのは確かなんだけどね。でも、俺って楽をするの好きじゃないからね」
「──痛くなければ楽しくない。苦しくなければ面白くないだったか」
「痛くなければ面白くない。苦しくなければ楽しくないだったかもね?」
なんにせよ、アッシュは最も困難な道を選ぶ。
そして、それによって自分が傷つくこともまた良しとしている。
狂人の類だ。
つき合いきれない。だが、だからといってゼルティウスは自分が引く気にもならなかった。
ここで棄権するのはアッシュの思い通りになるような気もして癪であったからだ。だが、戦うのもまたアッシュの思い通りであることはゼルティウスは理解している。
どちらに転んでも全てはアッシュの思い通りの結果になる。
それを考えると、アッシュの良いように自分がコントロールされているような感覚になり、ゼルティウスは面白くないという思いを強くする。
「俺は構わねぇぜ? キミが俺にビビッて、棄権してもさ」
「安い挑発だな」
「久しぶりにキミと戦りたくなってきたからね。それが叶うなら、いくらでも煽るさ」
まるで恋してるみたいだぜ──とアッシュはヘラヘラとした笑みを浮かべる。
「──貴様は真剣に状況を捉えているのか?」
不真面目な態度にゼルティウスは憤りを覚える。
この世界を脱出するために旅をしているはずなのにアッシュは寄り道し、ゼルティウスの基準ではどうでもいいことに首を突っ込んでいる。ゼルティウスとしては視界に入る全てを無視して神だけを殺して回れば、もっと早く解決していただろうに、アッシュはその機会を常に棒に振っている。
今の状況にしても、この男ならばもっと簡単に解決できただろうとゼルティウスはアッシュを見て思う。その際の方法というのがゼルティウスには見当もつかないが、ゼルティウスは人間性はともかくとして、アッシュの能力に関しては全幅の信頼を寄せている。どんなに性格が気に入らないものであったとして、能力は別だアッシュならば、どんな状況であろうとも何とかできるだろうという確信がゼルティウスにはあった。
「俺はいつだって本気なんだけどね」
わざとらしく眉毛をハの字に傾け、困ったような表情をつくりながらアッシュは言う。
「俺のやってることに文句を言いたいなら、自分でやってくれないかい? キミはいつだって俺に行動のお伺いを立てて、その通りに動いているじゃない。自分で考えることはせずに俺任せのくせに、いざとなったら不満を口にするのって、お行儀が悪いと俺は思うけどね──」
それを言われるとゼルティウスにもバツが悪い。
考えることをアッシュに任せていることはゼルティウスにも自覚はあるからだ。
アッシュに対する不満は拭えていないものの自分にも非はある。そう考えられる程度にはゼルティウスにも理性は残っていた。ただ、それもアッシュが次に口を開くまでだったが──
「──そんなことだから、キミは友達に裏切られて、自分の世界を滅ぼされちまうって無様を晒しちまうんだよ。キミが人間だった頃と何一つ変わってねぇじゃん」
スッとゼルティウスは自分の心が冷えるのを感じた。
その話はゼルティウスにとっては禁句であることはゼルティウスと付き合いのある使徒であれば誰でも知っていることであり、アッシュも知らないわけはない。では、何故、知っているのにも関わらず言ったのか?
答えは単純──単に喧嘩を売っているだけだ。
「──は?」
首を傾げ、何を言ったのか理解できないふりをするゼルティウス。
しかし、実際は何を言われたかしっかりと把握しているゼルティウスは殺気を周囲に向かってぶちまける。
「殺されたいようだな」
「殺れるもんなら、殺ってみてほしいね」
ぶつけられた殺気に応えるようにアッシュも殺気を放つ。
戦う相手を積極的に殺すつもりのないアッシュは殺気を発することは珍しい。
だが、アッシュはゼルティウスに対してはハッキリと殺気を放つ。
それは、殺す気で戦ったとしても簡単に殺せる相手ではないという信頼が根底にあるからだ。
──もっとも、そんな信頼があったとしても、ゼルティウスのアッシュに対する心証は最悪であるが。
「俺の過去を知っているからといって、偉そうな台詞を言って良いと思っているのか?」
ゼルティウスは腰に帯びた剣を抜き放つ。
その動きに呼応し、アッシュも腰に差した刀の鞘に手をかける。
ゼルティウスはアッシュを睨みつけると、剣の切っ先をアッシュの方に向けて言う。
「そもそも、貴様も俺に偉そうなことを言える立場か? 自分の女も救えなかったくせに──」
それは決定的な発言だった。
「──あ?」
その瞬間、アッシュの表情から自信に満ちた不敵な笑みが消える。
アッシュの顔から表情が消え、次の瞬間、ゼルティウスを上回る殺気が発せられる。
その殺気は並の人間であれば、意識を失うほど強烈あり、会場にいた多くの観客が失神する。
「──それを言ったら、どうなるか分からないわけじゃないよな?」
「分かっているに決まっているだろう」
「OK、マジでぶっ殺されたいってことか」
アッシュは髪をかき上げ、表情を戻すが、眼にはハッキリとした怒りが浮かんでいた。
「喧嘩を売ってんだな?」
「それは貴様も同じだろう」
「上等だぜ」
アッシュとゼルティウスはお互いへの殺意を隠そうともしない。
その様子を観客席で眺めていたマークは──
「アイツら馬鹿だろ」
周りの観客が失神する中で、座って独り言を呟いた。
アッシュとゼルティウスは付き合いが長い。それ故、相手の触れられたくない所を幾つも知っている。
何を言ったら相手がキレるのか承知している癖に、我慢が出来ず互いの禁句を言い合った二人にマークは馬鹿だという感想しか抱けない。
「どっちもどっちだよ、クソ馬鹿ども」
そもそも片方が穏便に済ませようと少しでも思えていたら揉めずに済む話だ。
マークからすればアッシュは最悪だが、ゼルティウスも頑なな所があり不器用な性質であるから、揉めることは少なくない。これが使徒同士なら、ゼルティウスも多少は穏便に済ませようとするが、ゼルティウスはアッシュ相手だと遠慮が無くなる。
「全力を出したとしても殺す心配がないからエスカレートしてくんだよなぁ」
それが分かっている程度には何度もあったことだ。
だからか、マークは二人が本気で殺し合うことになりそうなのに関わらず、何の心配もしてなかった。
お互いに殺し合っていれば、そのうち命と一緒に鬱憤も消え去るのが常で、放っておけば解決するのがいつものパターン。
「気を揉むだけ損だわ」
マークは懐から煙草を取り出すと、それを口に咥え成り行きを見守ることにし、そして、その視線の先では今まさに二人の試合が始まろとしていた。
アッシュとゼルティウスの殺気に辛うじて耐えた審判が試合開始の宣言をする。
「──始めっ!」
その声を合図に邪神とその使徒は同時に相手へ向かって襲い掛かった──




