届けもの
アスラカーズの使徒──ヴィルダリオはその名乗りを聞いた瞬間にマークへの警戒レベルを最大にする。
使徒の脅威についての情報は白神教会の宣教師の間で共有されている。もっとも、ヴィルダリオ自身は使徒など恐れるほどの相手ではないという侮りも持っていたが、その侮りとは裏腹に戦士としての直感と習性が慎重な行動をヴィルダリオに取らせた。
ヴィルダリオがまず行ったのは増援の召喚である。
再び光の柱が降り注ぎ、その中から天使たちが姿を現す。
ヴィルダリオは数の力を過信はしていない。だが、時間稼ぎなら充分だと考えている。
召喚された天使たちはヴィルダリオの意思に従って、背中の翼をはためかせてマークへと襲い掛かった。
「……分かるぜ。何がしたいのかがな」
マークは見透かすような眼差しでヴィルダリオを一瞥すると、その視線を自分を取り囲む天使たちの方へと向ける。しかし、突進してくる天使たちの動きに対しては何の警戒も見せる様子は無く、普段と変わらぬ様子で、咥えた煙草を吐き捨てた。
その瞬間である、マークの周囲が爆炎に包まれ、襲い掛かろうとした天使たちが炎に包まれたのは──
「……後詠唱──詠唱破棄──生贄消費──イグナ・メーレ」
マークは魔術で襲い掛かった天使たちを一掃した。
発動していた魔術は周囲を可燃性のある魔力の粒子で満たすという魔術。その粒子を煙草の火で燃やし、一気に燃焼した粒子が天使たちを焼き尽くした。
「魔術士か──」
ヴィルダリオはマークの攻撃を見ただけで戦闘スタイルを見極め、そして自身の有利を確信する。
「ならば、俺の敵ではない」
ヴィルダリオの体から鋼色の触手が伸びる。それらは鉄の墓場に打ち捨てられた無数の武具に絡みつくと、それをヴィルダリオの元へと運び、体へと取り込ませる。そして、取り込まれた武具は再構成され鎧となってヴィルダリオの体を覆う。
「仙理術士かよ」
マークは全身鎧の騎士姿になったヴィルダリオを見て、溜息を吐くと新しい煙草に火を点けた。
ゆっくりと煙を吸い、吐く姿には余裕が見て取れる。
「クソだと思ってたら、クソ以下のカスだったってことか」
マークは煙草を指に挟んで持つと、吐き捨てるように言う。
すると、その言葉に反応し、ヴィルダリオが弾かれたように飛び出す。
「ほざけ」
全身を鎧に覆われながらも、ヴィルダリオの動きの俊敏さは些かも衰えていない。ヴィルダリオは取り込んだ金属を用いて筋線維を金属化、合金ワイヤーで構成された筋肉は本来の筋肉には不可能なパワーを生み出していたからだ。
更に、ヴィルダリオの手に握られた剣が、ヴィルダリオの体から溢れた液状化した金属に覆われて大剣となる。ヴィルダリオはそれを軽々と振り上げて、マークに飛び掛かる。
「方位術式──アダマントの槍」
その瞬間、マークの魔術が発動。
黄金に輝く槍が作り出されると同時に飛翔し、ヴィルダリオに直撃する。
「俺と相手の位置関係に魔術的な意味を見出し、魔術を構築もしくは構築の補助をし、魔術を詠唱無しで魔術を発動する。それが俺の魔術の基本だ」
槍の直撃を受けたヴィルダリオは衝撃で後ずさる。だが、それだけだ。
ヴィルダリオの鎧には傷一つついていない。その結果がヴィルダリオの心に余裕をもたらす。
「種明かしをしてなんのつもりだ?」
「テメェが思った以上にクソ弱かったんでハンデとして教えてやったんだよ」
「俺に傷一つつけられない分際で随分と大口を叩くものだ」
心に余裕が生まれたヴィルダリオは焦って攻めることはしない。
ゆっくりとマークに近づきながら、その上で──
「おっと、動くな」
ヴィルダリオの全身を覆う鎧の表面から触手が伸び、この場から逃走しようとしたカイル達の足元の地面を強く打つ。ヴィルダリオは周囲の状況も把握し、カイル達の逃走の気配も敏感に察知する精神的な余裕があった。
「一発マトモに食らってノーダメージだったから、余裕ぶってやがるな」
「当然だ。貴様の攻撃力では俺の防御を突破できないことが分かったのだから──」
会話の途中でマークが指先から魔力の弾丸──魔弾を放つ。
しかし、魔弾はヴィルダリオの鎧に直撃しても弾かれて、傷を負わせることもできない。
「無駄だ。俺達のレベルになれば魔術のような攻撃は攻撃手段としては下の下だ」
ヴィルダリオが大剣を肩に担ぎながらマークに近づく。
対してマークは煙草を口に咥えたまま、その場に棒立ちで、ヴィルダリオが近づいてくるのを待っていた。
魔術の威力不足──それはマークも分かっている。
強さにおいて、ある一定の段階を超えると、魔術のような術式による攻撃は威力に見劣りし始める。どんなに工夫して魔術の威力を高めても、内力を込めた拳で殴った方が威力が高くなると言ったようにだ。
特にアスラカーズの使徒において、その傾向は顕著であり、使徒の序列一桁台にはマークのように純粋な魔術タイプは一人もいない。それは単純に攻撃力で劣るからだ。
「まぁ、確かに魔術は効きづらいな。でも、それは限界まで強くなったうえで、相手と実力が拮抗してるレベルの話だって知ってるか?」
確かにアスラカーズの使徒に魔術は効かない。
魔術というのは例えば、内力を金属とした場合、それを加工して剣や槍にして攻撃するようなものだ。そう聞くと強いように聞こえるかもしれないが、ある段階を超えるとそんなことをする必要が無くなる。内力の量──金属の量が増えれば、その金属の塊をそのままぶつけたほうが簡単だし、威力も上。
例えば、数トンの鉄塊をそのまま投げてぶつけるのと、それをわざわざ加工して剣や槍にするのでは手軽さと威力で、そのままの方が威力が上なのは明らかだろう。
アスラカーズの使徒同士ではそういった事態になるから、魔術は不遇となる。だが、今のマークの相手は使徒たちではなく、ヴィルダリオだ。
「テメェみてぇなクソが俺に勝てるなんて、クソな妄言を吐くんじゃねぇよ」
悪態を吐くとマークはゆっくりと距離を詰めるヴィルダリオを見据える。
今のヴィルダリオは全身を鎧で覆われた姿。ただの鎧ならば何も問題は無かったが、それは仙理術で作り出した鎧であり、超高密度の内力を身に纏っているのと変わらない。内力で守られた物体は魔力や闘気への耐性を持つため、生半可な魔術ではヴィルダリオの守りを突破できないことは明らかだった。
しかし、それでもマークは魔術を使う。
「……詠唱術式──重奏──詠唱破棄──生贄消費──消費20──」
対して自分に魔術が効かないと確信しているヴィルダリオは余裕を持って行動する。
焦らずに距離を詰め、慎重に間合いを定め、一挙手一投足で懐に飛び込む。余計な動きはせず最小限の行動でマークを仕留めようとヴィルダリオは考えていた。そして、自身の動きに加えて手駒を使うのも忘れない。
生き残っていた天使たちが一斉に動き出し、マークへと襲い掛かる。
最初から自分の力だけで仕留めるつもりなど無い。ヴィルダリオは捨て駒を使い、隙を作り出そうとする。だが、マークは動じずに詠唱を完了する。
「──赤雷塵敵」
詠唱の終了と同時にマークが懐から人の形に切った紙を放り投げる。
そうして宙を舞った紙の数は20枚。生贄の代わりとして消費された、それらは舞い散りながら燃え尽き、その瞬間に、マークの魔術が発動する。
放たれたのは赤い雷。
ヴィルダリオと天使たちに襲い掛かり、その体を雷が貫いた。
雷といっても、実際に雷を生み出しているわけではない。見た目と性質を雷に似せているだけで、その本質は魔力の弾丸と変わらない。だが、だからこそ本物の雷に耐えられる相手にも効く。とはいえ、効いたのは天使たちだけだったが──
「そんな魔術で俺を倒せるわけがないだろう!」
ヴィルダリオは僅かに足が止まっただけで、既に復帰しマークに向かって前進を再開しようとしていた。
当然、その鎧姿には何のダメージも見られない。だが──
「──アダマントの槍」
ヴィルダリオが一歩足を踏み出した瞬間、その体に黄金の槍が激突する。
しかし、一発程度では怯まない。ヴィルダリオは無視して足を前へと出すが、そこへ更に黄金の槍が──
「──復唱──回数17」
──17本、ヴィルダリオに向けて殺到する。
一本では怯まなかったヴィルダリオだが、同時に飛来し着弾した17本の槍の衝撃までは防げず、大きくその体をよろめかせる。そして、そこへマークは更に──
「──プラシナスの鎚」
魔術で産み出した巨大な白金色の金属塊を撃ち出し、ヴィルダリオに激突させる。
その衝撃で大きくヴィルダリオは吹き飛んでいった。すると、マークは遠ざかったヴィルダリオではなく、カイル達の方を見て──
「さっさと逃げるぞ!」
鋭い声で指示を出すと、マーク自身も走り出し、カイル達のそばに近寄る。
状況が全く理解できないカイル達は狼狽えるばかりで、反応が出来ないが、その様子を見てマークは言う。
「俺もアッシュの知り合いだ。お前らの味方だよ」
敵ではないことを伝えて、カイル達の背中を押そうとするマーク。
そんな状況でアッシュの刀をカイル達から預かっていたヘイズだけは、マークではなく吹き飛ばされたヴィルダリオの方を見ていた。
「逃がすわけが無いだろうが!」
ヴィルダリオは無傷で立ち上がり、全身に怒りの気配を纏わせる。
「やっぱり相性が悪いな」
マークは煙草の煙を口から吐くと他人事のように言う。
どうしたものかと思いながら、マークはヘイズの顔を見ながら考える。
気配だけでマークはヘイズが使徒だということを既に見抜いている。
「逃げた方が良いんじゃないですか?」
美貌に不安さを浮かべるヘイズ。
その意見にマークは賛成だが──
「俺は逃がさないと言っている!」
辺りの金属を取り込み、ヴィルダリオの大剣が更に巨大になる。
10mは軽く超える大きさの大剣をヴィルダリオはマーク達目掛けて一息で振り抜いた。
これで終わりにするという殺意を込めた一撃が高速でマーク達に襲い掛かる。
絶体絶命の状況。だが、そこに唐突に一つの影が飛び込み、マーク達とヴィルダリオの間に立ちはだかる。
「やらせん!」
気合いの叫びと共に飛び込んだ人影は盾を構え、ヴィルダリオの大剣を受け止めた。
渾身の一撃を受け止められて驚愕するヴィルダリオ。そこに再びマークの放った魔弾が叩き込まれヴィルダリオは無傷ではあるものの体勢を崩す。
「こちらへ!」
直後に別方向からマーク達を呼ぶ声がして、そちらに視線を向けると、そこにはシステラが立っていた。
その背後にはアッシュの持ち物であるキャンピングカーが停めてあった。
「何度もは耐えられん。早く逃げるぞ」
そう言ってマーク達の横を駆け抜けて車に向かうのは、先程ヴィルダリオの剣を防いだ人影。明らかになったその顔はセレシアだった。
「なんでアナタたちが?」
二人の顔を知っているカイルは疑問を口にするが、その背中をマークが蹴る。
「そんな話をしている場合かよ。さっさと逃げるって言ってんだろ!」
蹴られたカイルがよろめきながらも前に足を踏み出し、その勢いのままシステラのいる場所まで駆け出し、同時にカイルの仲間達もシステラの元へと駆け出した。
マークもその後を追いながら、振り返りヴィルダリオの様子を伺う。
「俺の言葉を聞いてなかったか! 逃がさんと言っただろうが!」
怒りと共にヴィルダリオの内力が膨れ上がる。
それに加えてヴィルダリオは再度の増援として天使を召喚を行う。
「早く逃げた方が良い」
ヴィルダリオの方を振り向いたマークの肩を叩いてヘイズが言う。
その手にはアッシュの刀が握られており、マークの視線はヴィルダリオからヘイズの持つ刀へと移る。
その視線にはヘイズも気づいていたが、気にせずマークと共に車へと向かおうとする。
──だが、その時だった。急にマークの手が伸びて、ヘイズの持っていた刀を奪ったのは──
「え?」
突然のことで反応が遅れ、マークに刀を奪われたヘイズは目を丸くする。
対してマークは平然とした表情で──
「お前は使徒みたいだが、知らん顔なんでな。信用できねぇんだわ」
マークは威力を抑えた魔弾をヘイズに撃つ。
直撃を受けてもダメージは無いが、味方と思っていた相手からの突然の攻撃を受けてヘイズの足が止まる。
「ボクは味方だ!」
「そうかもしれねぇな。だけど、そうなら一緒に逃げずに殿を務めてくれてもいいだろ? 俺達の姿が見えなくなったら逃げてくれていいから頼むぜ?」
マークはヘイズを見捨てるような台詞を吐くと同時に駆け出す。
マーク自身もヘイズは使徒の気配がするので味方だろうとは思っているが、初対面の相手をすぐに信用できるほどは甘い性格はしていない。
「使徒の大半はクソなわけだが、クソでも許せるクソとそうじゃないクソがいる。テメェがどういうタイプのクソか分かってない以上、最悪のクソと想定して動くのが当然だろ?」
マークはヘイズを置き去りにして車の屋根に飛び乗る。
他のメンバーは既に車内に乗り込んでいた。
「出せ、システラ! ヘイズが足止めをしている内に!」
マークは声を上げて発進を促す。
誰も後ろを見ていなかったので、マークとヘイズのやり取りは把握できていない。
自発的にヘイズが残ったと思ったシステラは躊躇わずアクセルを踏み、車を加速させる。
「逃がすな! 追え!」
ヴィルダリオの召喚した天使たちが命令に従い、走り出した車を追って飛翔する。
その結果、この場に残されたのはヴィルダリオとヘイズ。
残されたヘイズを見てヴィルダリオは嗤う。
鎧に隠されているせいで表情は見えないが、聴こえてくる声には嘲笑の響きがあった。
「仲間に見捨てられたか。哀れだな」
ヘイズはヴィルダリオの声が聞こえていない様子で額を手で押さえていた。
それは状況に絶望しているような様子にも見え、その姿がヴィルダリオに嗜虐心を生じさせる。
武人としての性質も持っているが、ヴィルダリオの本質は快楽殺人者。そうでなければシャルマーと共に殺人に興じるようなことはしていない。
そしてヴィルダリオは本来の目的よりも目先の快楽に弱かった。目の前の美男子を嬲り殺せれば一体どれほどの満足が得られるだろう。そんな快楽への欲求がヴィルダリオの判断を誤らせる。
「……はぁ、まったく上手く行かないことばかりだ」
肩を落とし溜息を吐くヘイズ。しかし、捨て駒のようにその場に捨て置かれたのにも関わらず、その身が纏う雰囲気に絶望は感じられない。
「どうやら、ボクは神に愛されていないようだ。まぁ、神々に愛されたいとボク自身も思っていないんだけどね」
ヘイズはヴィルダリオを見る。その眼差しには何の色も浮かんでいない。
その瞳を見た瞬間、ヴィルダリオの警戒レベルはマークに対してと同じく最大限まで上昇する。
「そんなに怯えてどうしたんだい?」
何を言っている──とヴィルダリオは言おうとして気付く。
無意識に自分がヘイズから距離を取ろうと後退していたことに。
「別に君が悪いわけじゃない……いや、よく考えてみれば君も関係ないわけじゃないな」
ヘイズの眼差しがヴィルダリオを捉える。
その眼で射抜かれた瞬間、ヴィルダリオは咄嗟に大剣を構える。
その様を見てヘイズの美貌に柔らかな笑みが浮かぶ。
「君がもう少し上手くやっていれば、ボクも上手く立ち回れたんだ。君に責任があるわけじゃないが、あまり面白くない気分なのも事実だ。少し八つ当たりさせてもらおうか」
最大の警戒をしているヴィルダリオに対しヘイズは戦闘の構えを取ることもせず、無造作に立っている。だが、その口から紡がれた言葉は──
「──朽動せよ、我が業。天き星を掴むため」
それは業術の詠唱。その声が聞こえた瞬間、ヴィルダリオは発動を止めるために動き出そうとするが、どういうわけか足が一歩も動かない。
ヘイズは詠唱を続けながら、穏やかな笑みをヴィルダリオに向けていた。
「──見上げた星の輝きに地を這う獣は憎悪を抱いた。終焉の物語が世界に響く」
「──天に輝く御身に問う。何故、我を見下ろすのか。獣の問いに答えは無く、傲慢の光がその身を照らす」
「──復讐の時は来た。憎悪の咆哮が、天上の星海を震わせる。星の玉座を引きずり落とし、尊き御身を踏みつけて、輝く天を地に堕とす」
「──我が誓いを世界が望む。天地の境は消え失せて、輝く星はこの手の中に」
「──我らは獣。地を這い、天を喰らい、いつかその手に栄華を掴む」
「……駆動──星界流離、天墜零下」
ヴィルダリオは何故か何もできず、ヘイズの業術の詠唱を見過ごす。
そうして気付けばヘイズは詠唱を完了し、業術を発動していた。
「安心して良いよ。これで楽に死ねる」
ヘイズは穏やかな笑みを浮かべてヴィルダリを見ている。
ヴィルダリオはヘイズの業術の能力を見極めようと警戒しようとするが──その瞬間に死んだ。
何が起きたのか? 即座に復活したヴィルダリオには何も理解できない。
「好きなだけ生き返ると良い。ボクはこのまま君が死に続けるのを見続けているよ」
何を──そう言おうとしてヴィルダリオは気配を感じ、頭上を見上げる。
その眼が捉えたのは自分に向かって飛来する人間の頭程度の大きさの隕石。偶然、落下した隕石が奇跡的にヴィルダリオの元に落ちてきていた。
隕石程度、躱せる。そう思って動き出そうとした瞬間、偶然ヴィルダリオは足を滑らせる。こうなっては回避は不可能。しかし、隕石の直撃程度、無傷で済むとヴィルダリオは判断して受け止める選択をする。だが、落下した隕石はヴィルダリオの頭に直撃すると、その頭を容易く吹き飛ばした。
落下した隕石は偶然にも一度だけ仙理術を無効化する特殊な鉱物の塊であり、鎧の防御を偶然にも(・・・・)に無効化して、ヴィルダリオの頭を吹き飛ばしたのだった。
「大丈夫かい?」
ヘイズは再び生き返ったヴィルダリオを見る。
「運が無いのか、それとも運があるのかな? 一日に二度も隕石の直撃を受けて死ぬなんてね」
「貴様──」
ヴィルダリオが口を開こうとした瞬間、偶然にも3度目の隕石の直撃がヴィルダリオの頭を吹き飛ばした。
「二度あることは三度あるとも言うけど、これは奇跡的だね。誇って良いんじゃないかな?」
ヴィルダリは生き返り、無言でヘイズに向かって飛び掛かる。
だが、その時、偶然にも、辺りに積み上げられている捨てられた武器の山が崩れ、その中の一本の剣がヴィルダリオの鎧の隙間をすり抜けて、ヴィルダリオの本体を貫いた。
その剣は偶然にも伝説の聖剣であり、ヴィルダリオの防御力を破る攻撃力を持っていた。
「こんな馬鹿なことがあるか……」
「現実に起きていることを否定する方が馬鹿だとボクは思うがね」
ヴィルダリオのそばに落ちていた剣に何処からともなく飛んで来た岩がぶつかり、跳ねる。
そうして跳ね飛んだ先はヴィルダリオの喉元。更になんたる偶然か、その剣はヴィルダリオの仙理術を無効化する特殊な力を持った魔剣で、それは仙理術で作られた鎧を無効化し、ヴィルダリオの首を貫いた。
「ふざけるな──!」
死んで復活したヴィルダリオは自身に起きている不可思議な現象に激昂する。
しかし、その昂ぶりが災いしたのか、偶然にも心臓麻痺を起こしてヴィルダリオは死ぬ。
それを眺めていたヘイズの前でヴィルダリオは即座に復活するが、そうして復活しても激昂し、次の瞬間には怒りのあまり、偶然にも脳の血管が切れて死ぬ。
「さぁ、見ててあげるから、好きなだけ何度も死んでくれよ。君が死に切る頃にはボクの溜飲も下がるだろうからさ」
ヘイズは偶然にも起こった地割れに呑み込まれて死んだヴィルダリオを見ながら、穏やかな笑みを浮かべていた──
一方その頃、車に乗り込み、ヴィルダリオから逃げていたマーク達はというと──
「もっとスピードを出せ!」
「無理です! 初めて運転する車なんですよ!」
全速力で移動するキャンピングカーの屋根の上に立つマークが運転席にいるシステラに向かって叫び、システラもマークに向かって叫んでいた。
車を追って天使たちが飛翔している。それを睨みつけ、マークは指先から魔弾を放つが、狙いが定まらない。
「真っ直ぐ走れ!」
「だから、初めて乗った車なんですよ!」
システラは人造生命体であり、運転の技術は予め学習されているのだが、それで運転が出来るのは一般的な車に限る。
対して、アッシュが人間時代に購入した、この車は一般的な車の範疇から外れており、システラが運転できているだけでも褒めるべきなのだが、切羽詰まった状況からか、マークはそこまで考えが及ばない。
一方マークとシステラが追っ手に対し、必死に対応している中、車内にいたメンバーには余裕があった。
「えーと、どうしてセレシアさん達はここに?」
カイルとその仲間はアッシュの刀を大事に抱え、セレシアに訊ねる。
ヘイズに預けた刀はマークの手に渡り、それからカイル達に放り渡されて今に至る。
これをアッシュの元に届けるのがカイル達の依頼なのだが、そんなことは既にカイル達の頭には無かった。
「アッシュに言われてな。何かあった時のために、お前たちを迎えに行くように言われたんだ」
「……それって、こうなることを予見していたってことですか?」
「……そういうことなのか?」
質問に質問で返されても、カイルには答えようがない。
とにかく、アッシュがセレシアを寄越したということはカイル達に危険が生じるということをアッシュが予測していたということだ。
それに対して、カイルも色々と思う所はある。もっとも、なぜ危険があると自分に言わなかったのだろうかという不満に帰結するのだが。
「……アレの言動をいちいち気にしていたら疲れるだけだと思うぞ?」
「そうは言いますけど、ちょっと文句を言いたい気持ちです」
セレシアとカイルが肝心なことを言わないアッシュに対しての想いを同じにした時、カイル達が乗っている車が激しく揺れる。
「クソが!」
マークが立っているキャンピングカーの屋根はその上にテントを設営できるくらいのスペースはあるが、戦闘を行う場所としては劣悪だった。
「とにかくスピードを出せ! 追いつかれる!」
「道が良かったら、もっと出してます!」
システラと言い合いながら、マークは後方から追いかけてくる天使たちを見据える。
背中の翼を羽ばたかせながら縦横無尽にこちらを追い込んでくる天使たちは、追ってくる相手としては最悪の部類だ。
「……あのクソ野郎には文句を言われるかもしれねぇが、仕方ねぇな」
マークは咥えていた煙草を吐き捨てると、懐から白紙の紙を取り出し、魔術で紙に紋様を焼きつける。そして、その紙を車体に貼り付ける。すると、その直後から車が走ったタイヤの跡が光り出し、タイヤ跡は魔術的な文様を作り出す帯となる。
「これで、走り続ける限り魔術を構築し続ける車の完成だ」
マークが即興で作り上げた呪符によって車のタイヤ跡がマークの魔術を補助するものに変化する。
マークは追ってくる天使たちを見据え、魔術を発動する。
「──イグナ・ヴァルカ」
マークが呟いた瞬間。走る車の後に刻まれたタイヤ跡が赤く光り、そこから炎が吹き上がる。
噴き上がった炎は、車を追う天使を呑み込み、焼き尽くす。
「もうスピードはいい! とにかく追いつかれんな!」
「だから、そう簡単に言わないでください!」
しかし、そう言いながらもシステラは初めて乗る車にも慣れてきたのか、運転が安定し始める。
そして、マークも追いかけてくる天使たちに──
「イグナ・ヴァルカ……イグナ・ヴァルカ……イグナ・ベルゼーブ」
──マークは魔術を発動し続ける。
連続して放たれる炎の魔術に焼かれ、天使たちの数は減り続けるが、それでも尽きる気配はない。
そんな中でシステラが声をあげる。
「街が見えてきました!」
その声を聞いた瞬間マークが車体に貼り付けていた紙を剥がす。
「ここらが潮時だな。……システラ、街に入ったら車を停めろ! 中にいる奴は降りる準備!」
叫びながらマークは懐から新たな紙を取り出すと、先程とは異なる紋様を紙に焼きつけ、その紙を車体に貼り付ける。
「消し飛べ、クソども──ゾーラ・レイ!」
貼り付ける紙を変えた瞬間、地面に刻まれたタイヤ跡の紋様が変化する。ここに来るまでに刻まれた物も全て変化し、そしてその直後に放たれるマークの魔術。地面から光の柱が噴き上がり、天使たちがそれに呑み込まれて消し飛ぶ。だが、回避した天使たちもいて、変わらず車を追ってくる。
しかし、それを見てマークの顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
「上方注意ってな」
マークがそう言った瞬間、上空から降り注いだ光の矢に貫かれて天使たちが消滅する。
不意の攻撃を真上からくらって、天使たちは自分達の頭上を見上げる。すると、そこには光球が佇んでいた。
それは元は地面から噴き上がった光の柱。噴き上がった後でも消えることなく、上空に集まり巨大な光球を形成すると、そこから光の矢を降り注がせていた。
「誰も一発で終わりとは言ってねぇよ。まぁ、クソの脳味噌じゃそこまで予想はつかねぇか」
光の矢が追ってくる天使たちに向かって降り注ぐ。
それを眺めているうちに車はイグナシスの市内に到着する。
マークはそこで降りると、セレシアとシステラにも車を停めて降りるように促し、カイル達だけを先に行かせる。
「俺達が足止めをしてやる。テメェらはあのクソにそれを届けに行け」
マークの言葉に従い、カイル達は刀を抱え、闘技場に向かって走り出す。
そうしてようやくカイル達は闘技場に到着したわけだが、そんなカイル達を待っていたのは絶体絶命のアッシュの姿だった。
いつも自信に満ち、不敵な態度を崩さないアッシュが膝を突いている。それを見たカイルは刀を抱えていた手に無意識に力を込める。その時だった、闘技場のアリーナにいるアッシュとカイルの視線が交錯し、そして──
「来い!」
闘技場に響くアッシュの声。
その声に応えるようにカイルの手に握られた刀が震え、カイルの手から飛び出そうとする。
カイルは自分が何をすべきか、咄嗟に判断し、アッシュのいる方へと、刀を思い切り投げつけた。
直後、放物線を描いて宙を舞う刀は、矢のような勢いで自分の意思があるかのようにようにアッシュの元へと向かい、その手に収まった。
「これでいいんだよな!」
カイルは自分が投げ入れた刀を手に取ったアッシュを見る。
そしてカイルが見つめる中で、アッシュは鞘から刀を抜き放ち、その刃を白日の下に晒す。
だが、その刃は──
「それが探していた刀で良いんだろ!?」
アッシュの手に握られた刀。
その刃は誰が見てもナマクラとしか言いようがないものだった──




