性能上限
活身功──ラ゠ギィが俺の知らない仙理術を使う。だが、だからといって俺が業術の発動を止めるということはしない。むしろ、知らない術であるからこそ、全力を出せる状態に自分をする必要があるので、俺は詠唱を続ける。
「見上げた星の輝きに、地上の人は夢を見た。果てなき旅路がいま始まる──」
一応、最初の文だけでも発動は可能だが、その場合だと発動しても、業術は本来の性能の10%程度しか発揮できず、時間経過で段々と性能が100%に近づいていく形になる。もっとも『最強の業術使い』である俺の使徒のルクセリオなら一文だけの詠唱でも100%の業術が使えるんだけどね。俺はあいつほど業術が上手いわけじゃねぇから、全力を出すには完全に詠唱する必要がある。
ラ゠ギィの能力が未だ未知数であることを考えれば最初から全力を出す必要もあるし、どうしたって完全詠唱しかない。だが──
「恐れを振り切り一歩を踏み出せ。勇気を掲げて走りだせ。共に無限へ駆け出そう。世界はお前を待っている──」
──詠唱をする俺の視界の中にいたラ゠ギィの姿が掻き消える。
そして、次の瞬間、ラ゠ギィの拳が俺の胸をブチ抜き、俺の体に拳を突き立てたラ゠ギィの姿が俺の目に映る。
「天に輝く綺羅星が我らの道をその身で照らす。魂さえも燃料に、全てを燃やし、光となって輝く道を駆け抜けろ──」
俺は血の溢れ出る口から詠唱の言葉を吐きつつ、ラ゠ギィに拳を繰り出す。
だが、俺の拳は空を切り、ラ゠ギィは俺の胸から拳を引き抜きながら躱すと、俺に見えるように構えを取る。そして、それを目にした瞬間、俺は腕を上げてガードをするが──
「我らは流星。地を駆け、やがては天へと至り、燃え尽きる──」
──ガードをした瞬間、両腕が千切れ飛んだ。
それでも俺は詠唱を止めてはおらず、足を振り上げてラ゠ギィに蹴りを叩き込もうとする。
だが、俺の足が届くより先にラ゠ギィの拳が俺の腹をブチ抜き、その衝撃で俺の体が吹き飛ぶ。だが──
「駆動──星よ耀け、魂に火を点けてっ!」
吹っ飛ばされた、俺はその勢いのまま地面に叩きつけられる。
だが、既に俺の業術は完成している。俺は感情の昂ぶりに合わせて無限に増える内力を用いて腕と胴体の傷を即座に治す。
そして、俺は立ちあがると同時に俺へ向かって距離を詰めてくるラ゠ギィを見据えて、拳を振りかぶると、俺と同様にラ゠ギィも大きく拳を振りかぶっていた。
「──上等だぜ。どっちのパンチが効くか比べっこでもしようじゃねぇか!」
俺は衝動のままに拳を突き出すと同時にラ゠ギィも拳を突き出す。
その結果、俺達の拳は激突し、その衝撃は破壊力を持つ衝撃波となって周囲に拡散される。
だが、拳をぶつけ合った俺達は互いに威力が相殺され無傷。つまり、引き分け──
「──んなわけねぇだろ!」
俺は続けてもう片方の拳を放つ。だが、ラ゠ギィのそれを許さず、超高速の拳で俺の体を打つ。
俺の拳が届くより早く叩き込まれた拳は数発、その一発一発が内力で身体能力を強化しているはずの俺の体を抉る。今のラ゠ギィの拳の威力は弾丸と言っても過言が無く、その威力のせいで打撃が当たった箇所が弾け飛んでいた。けれど、致命傷じゃない。
俺はラ゠ギィの拳によって体を蜂の巣にされながらも、それを無視して拳を繰り出す。その拳はラ゠ギィの顔面に直撃し、その頭を粉砕して吹き飛ばす。
頭部を失った衝撃でよたよたと後ずさるラ゠ギィの肉体。
俺はそのまま全身を粉砕してやろうと距離を詰めるが、そうして前に出た瞬間にはラ゠ギィの頭部は元に戻り、ラ゠ギィは近づいた俺にカウンターの拳を繰り出す。
──回避は不可能。よって、俺は直撃を覚悟する。
次の瞬間、ラ゠ギィの拳が俺の頭蓋を砕き、脳を殴り潰す。
死亡によって俺の意識が一瞬だけ途切れる寸前、ラ゠ギィは既に拳を引いて構えを取っているのが見えた。それを見て、俺は自分の次の行動を決め、そこで俺の意識は途切れる。
──0.01秒よりも遥かに短い一瞬を経て、俺の意識が蘇る。
即座に──というより、死ぬ前に行動を決めていた、即座よりも速く行動を決定する。
「プロミネンス・ブロゥ!」
真紅の内力を纏った拳を突き出す俺。
対してラ゠ギィは──
「流撃!」
仙理術士の得意技がラ゠ギィの高速の拳に乗せて放たれる。
互いに放った必殺の一撃。結果、俺達は互いに死ぬ。
俺の拳はラ゠ギィの上半身を消し飛ばし、ラ゠ギィの拳は俺の頭を粉砕する。
──死亡による一瞬の意識の消失から目を覚ますと、俺達はお互いの技の威力で吹っ飛ばされていた。
開いた間合いで俺達は互いを見据える。ラ゠ギィの口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。きっと俺も同じだろう。実際、笑っちまうくらい楽しいぜ、相手が強くてさ。
「面白い術だ。身体能力を上げる術か? こんなに殴り合いが強い仙理術士は珍しいぜ」
大抵の仙理術士の術は特殊性に偏ってるからね。
ラ゠ギィが使った活身功はシンプルに身体能力を上げる術みたいなんで、その時点で珍しいタイプだが、それに加えてラ゠ギィは格闘技術を徹底して鍛えてもいて、それだって珍しい。
術の特殊性を生かす奴が多いせいで、近接戦闘タイプでも純粋な接近戦の技量はそこまで高くない奴が多いのが仙理術士だが、ラ゠ギィはそういう奴らとは違って卓越した技量を持っているのは明らかだ。
もっとも、珍しいって表現の通り、いないわけじゃないけどさ。
「私が修めたラ゠派の技はヌ゠アザンの直系の技。そして、アスラカーズとその使徒たちを倒すために磨かれた技です」
そうかい。そりゃ怖いね。だったら、俺のためにもっと怖い所を見せてくれ。
俺は指先に真紅の内力を集め、腕を振ってそれを投げつける。
「プロミネンス・アロゥ」
指先から放たれた内力は真紅の矢になってラ゠ギィへと飛翔する。
だが、ラ゠ギィは顔色を変えることも無く、地面を踏みつけ──
「流撃」
地面を踏みつけたことで生じた力の流れが拡散され、俺の放った矢を掻き消す。だが、俺の本命はそっちじゃない。
俺は矢を放ったと同時に踏み切り、ラ゠ギィに向かって飛び掛かっていた。そして、宙を駆けながら身を翻し、空中で回し蹴りを放つ。だが、その蹴りを放った脚にラ゠ギィの拳が叩き込まれ、俺の蹴りは届かない。
俺は着地すると、すかさずラ゠ギィに向かって殴りかかるが、俺の拳が届くより先にラ゠ギィの拳が俺の体を捉え、その衝撃によって俺の体は後退してしまい、拳は届かなくなる。
「過去にあったという仙理術士と貴方がたの大戦において、近接戦闘の技量で劣る仙理術士のことごとくが、間合いを詰められて命を奪われたと聞いています。その結果を踏まえ、ラ゠派の仙理術士はひたすらに貴方の言う殴り合いの技術というものを高めてきた。全ては貴方がたと戦い、勝利するために──」
「そいつはご苦労なこった」
口を動かしているラ゠ギィの頭に俺は回し蹴りを放つ。だが、当然、俺の蹴りはラ゠ギィの拳によって叩き落とされる。
ラ゠ギィの拳は対空砲みたいなもんだ。射程内に入った俺の手足を問答無用で叩き落とし、防御する。そんでもって、俺が再度の攻撃を仕掛けるよりも先に最速の拳を叩き込んでくる。
「私は今の貴方より強い」
ラ゠ギィの拳が俺の胸を撃つ。
それを見越して俺は胸に内力を集めて防御力を高めていたが──
「──流撃・重打」
拳が俺の胸を撃つ衝撃と重なって流撃が俺の胸を貫く。
一発目の打撃に更に衝撃を重ねることで防御を無効化したんだろう。
ダメージを食らった俺は後ずさる。だが、後ずさっただけだ。
俺が痛みに顔をしかめながらラ゠ギィの顔を見てみると、その表情には困惑が見えた。
「効かねぇよ」
実際には効いてるけどね。
でも、それはパンチとしては効いてるってだけの話で、命の危険を感じるほどの威力ではない。
ラ゠ギィとしては仕留めたつもりなのかもしれないけどね。
「効かねぇ、効かねぇ、効かねぇな!」
俺は躊躇なく歩いて距離を詰める。
ラ゠ギィの方はそんな俺に対して、その場に立ち近づいてくるのを待ち構えている。
ここまで戦って分かったけどラ゠ギィのスタイルは自分から攻めていくものじゃない。接近した相手、自分の間合いに入った相手を高速の拳で滅多打ちにするのがラ゠ギィのスタイルだ。
それを読ませないために、わざわざ自分から接近したりしてたが、本気になったせいか、今のラ゠ギィはそういうお遊びができなくなってる。
「私が誘いに乗るとでも?」
ラ゠ギィが近づく俺に手を向け、そしてその手を捻る。
その瞬間、俺は横に跳んだ。直後、俺が寸前までいた空間がラ゠ギィの手の動きに合わせて捻じれる。
「そっちの技は俺も分かってるんだぜ」
ラ゠ギィが使ったのは捻るタイプの流撃。そして、次に来るのは──
俺は更に横に跳ぶ。すると、俺が一瞬前までいた空間を力の流れが貫く。
今度は衝くタイプの流撃だ。
流撃にも幾つかのタイプがあるが、ラ゠ギィがメインで使う流撃は躱しやすいものが多い。
捻る方は威力があるが、位置を指定しての点の攻撃で、衝く方はラ゠ギィから放射される直線の攻撃だ。
単発で流撃が飛んでくるなら足を止めなければ回避はできる。
「プロミネンス・ペネトレイト」
俺は回避からの反撃に移る。
真紅の内力を纏った拳を突き出し、真紅の奔流を撃ちだす。
その攻撃を見たラ゠ギィは同じように拳を突き出し──
「流撃」
衝く流撃が放たれ、俺の放った内力と衝突して相殺されるが、既に俺は距離を詰めている。
接近した俺はラ゠ギィの拳の射程内に入るが、それももう構わない。
「チッ」
明らかな舌打ちが聞こえる。
それも当然、ラ゠ギィの拳は俺に直撃するが、先程と異なり、その拳は俺の体に打撃以上のダメージを与えられないからだ。
「どんなに強化しようが、軽いパンチで俺を止められると思うんじゃねぇ!」
こっちは殴り殴られ、殺し殺されでテンションが上がりまくってんだぜ?
業術の効果によって内力の量はテンションの上昇に合わせて増えている。それはつまり、攻撃や防御の強化に使える内力の量が増えるってことで、ほんの少し前とは比べ物にならないくらい俺の性能は上がっている。
「ッ──流撃・重打ッ」
高速の拳に流撃を重ね、一発の打撃に二重の衝撃を重ねてくるが、それでも今の俺に致命傷は与えられない。俺はラ゠ギィの拳を耐えながら、大きく拳を振りかぶり、その腹に全力の拳を叩き込んだ。
「俺を舐めてんじゃねぇ!」
俺の一撃を受けたラ゠ギィはボールのように吹っ飛んでいく。
だが、殺せるほどの一撃じゃなかったため、ラ゠ギィは軽やかに受け身を取って立つ。
やっぱり舐めてやがるね、この野郎。そんなスカした態度が取れるくらいの余裕はあるってか?
「セレシア程度に武器を使ったくせに俺には使わねぇとか、舐めてるにもほどがあるだろうが」
セレシアから聞いたぜ? ダンジョンでアイツと戦った時にキミは武器を使ったんだろ?
なのに俺には使わねぇとはどういう了見だい?
最初はウォーミングアップだから良いとしても、そろそろ本気を出して、武器を使ってくれなきゃつまらねぇぜ。
「……確かにそこまで強化されれば私の拳では貴方を殺すのは不可能ですね」
ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ。
口を開く前に俺をぶん殴れ、口を開く前に俺を殺して見せろ。でなきゃ、俺がお前を殺し切るぜ?
俺は内力で強化した身体能力を最大限に生かし、ラ゠ギィとの距離を一瞬で詰め、そして拳を叩き込もうとするが──
「認めましょう。私は貴方を舐めていました──」
唐突に俺を襲う激痛。それはラ゠ギィへ突き出した腕から。
俺は自分の腕を見ると、その腕は完全に折れて曲がっていた。
「……いや、違いますね。私は貴方と張り合っていました。貴方が素手で戦うなら、私も素手で戦うべきだと。ですが、そんな考えこそが思い上がりであったと今となっては認めるしかありません──」
俺がラ゠ギィを見ると、その両手には30cmから40cmほどの長さの真っ直ぐな棍棒が握られていた。
「こうして武器を握る必要に迫られればね」
ラ゠ギィの右手の短棍が閃き、俺の頭蓋を打ち据えた。
その一撃の速さは拳と同等に速く、しかし威力はそれを遥かに上回り、莫大な内力で強化しているはずの俺の肉体の防御力を軽々と突破する。
「良いね」
頭蓋が砕けて脳味噌がこぼれてる感じがするが、俺の口元には笑みが浮かんでいるだろう。
やっぱ、痛い方が楽しいぜ、殴り合いはさ。俺はダメージを無視して、武器を手にしたラ゠ギィに殴りかかるが──
「一つ教えましょう」
左の短棍が俺の喉を突いた。息が出来なくなった俺の頭にラ゠ギィはもう一度、右手の棍を叩き込む。
「私の技は本来、武器の使用を前提としています。拳打は本来の技の流用に過ぎません」
高速で傷を治した俺はラ゠ギィから離れるように後ろに跳ぶ──と、見せかけ着地と同時に前に出る。
後退は前身に勢いをつけるための助走距離の確保のため。俺は勢いをつけてラ゠ギィに殴りかかる。
ラ゠ギィの武器はリーチが無い。間合いは拳と大差が無い。俺はそう判断し、懐に飛び込もうとしたが──
「無駄です」
ラ゠ギィの持っていた棍の間合いの外へと打撃が届き、俺の顔面にラ゠ギィの一撃が叩き込まれる。
その衝撃でよろめいた俺の視界に映ったラ゠ギィの手にある武器は短棍ではなかった。
それは二本の短根を連結させた真っ直ぐな棒。長さは60cmほどだろうか? ラ゠ギィはそれを振るって俺に一撃を叩き込んだんだろう。
これに関しては予想外。だが、一本になったってことは手数は減ったはず。
そう思った矢先、ラ゠ギィの袖からもう一本の棍が滑り落ち、その手に握られる。
短根ではなく短杖と言った方が良いだろうか、ラ゠ギィの両手にある60cmほどの長さの棒が乱れ舞い、俺を滅多打ちにする。
──武器が長くなっても、速度は全く衰えない。むしろ、速くなっているくらいだ。
手首のスナップも活用することで速度を上げているんだろうってことは分かるが、分かるのはそれくらい。俺は全く見切ることもできず、ラ゠ギィの攻撃を受けて、遂に膝を突く。
莫大な内力で強化している肉体の防御能力が全く役に立たない。というか、そもそも──
「どれだけ多くの内力を用いようと肉体の強化には限界があります」
ラ゠ギィが短杖を両肩に担ぎ、俺を見下ろしながら言う。
「それは肉体自体の性能の限界によるもの。今の貴方の肉体はこの世界の生物の法則に則っていますからね。この世界の生物の上限までしか肉体性能は強化できない」
そんなことは分かってんだよなぁ。
俺の今の体──っていうか世界ごとに生き物はゲームに例えるとステータスの上限が決まってんだよ。
上限が999って決まってたら、どんなに内力で強化しても、それ以上にはならない。
その上限ってのは世界ごとに別で、所謂ヒューマンでもステータス上限が999に設定されている世界もあれば9999に設定されている世界もある。
「貴方の業術の効果は生物の能力の上限が無い世界であれば脅威であるが、この世界のように能力の上限が低い世界であれば恐るるに足らない。上限が低いということは、どんなに強化した所で数値上の差は低くなりますからね」
武器の有無で差が埋められる程度の性能差しか生じないもんな。
これが別の世界だったら、俺は業術によって生じた無限の内力でラ゠ギィの攻撃を完全に無効化できるくらいまで自分を強化できるし、上限があったとしても色んな術式を使って戦闘能力を底上げできるんだけどね。上限ってのは単純な肉体の性能の上限なわけで戦闘能力の条件じゃないわけだしさ。ただ、今の俺は戦闘能力を底上げする手段を持ってないわけで──
「この世界で貴方が出来る限界は私の全力の拳を無傷で耐えられる程度までの強化。それが分かれば何とでもなります」
俺を見下ろすラ゠ギィの顔にハッキリと笑みが浮かぶ。
「さぁ、覚悟を決める時間です」
ホントに良いね、キミ。
マジで好きになっちまいそうだぜ。
仕事が変わり、新しい環境になったので、しばらく更新ペースが落ちると思います。
現実の生活に慣れれば変わるかもしれませんが、落ちたまま変わらないかもしれません。




