無傷の勝利
ヴィルダリオの身体から這い出てきたシャルマーは、平然とした顔でヴィルダリオの隣に立っている。その格好は服も武器も持った姿の臨戦態勢。
どうやって、ヴィルダリオの身体に入っていた? ヴィルダリオは大柄でシャルマーは小柄だが、だからといって、その中にすっぽりと収まるのは不可能だ。
「仙理術はあんなこともできるのか」
俺の後ろに座るセレシアが能天気な調子で言う。
いや、そりゃあ無理なはずだ。確かに仙理術士は人間を取り込むことはできるが、生きたまま出すってのは不可能だ。でも、シャルマーに関してはそうじゃなきゃ説明がつかねぇんだよなぁ。
ヴィルダリオの身体の中に溶け込んでいたようだし、そうでもなきゃシャルマーがヴィルダリオの身体に収まることは不可能だからな。
別のパターンを考えるならヴィルダリオの身体に転移するための術を仕込んでいたとか?
でも、そういう術式を使うタイプには見えねぇんだよなぁ、シャルマーもヴィルダリオも。
「何か俺の知らない術でも使ってんのかな?」
そう考えておく方が良いかもね。
何でもそうだけど自分の知ってる事柄だけで判断するのは良くない。
分からないものは分からないものとしておくほうが良い時もあるしさ。
さて、そういうわけでシャルマーがどうやって現れたのかはおいておこう。
問題となるのは2体1の状況でシャルマーとヴィルダリオを倒さなきゃいけないってことのほうだ。
2対1となれば流石にゼティも不利かもしれないし、俺が乱入にして2対2にしてやった方が良いよな? いや、そうに決まってるね。だから、俺は客席から立ち上がろうとしたが──
そんな俺の行動の機先を制するようにアリーナのゼティが俺を見ていた。
ゼティの眼差しは「座っていろ」と言っているようであり、俺に釘を刺すよう気配があった。
……まぁ、実際の所、シャルマーとヴィルダリオ程度じゃ、二人がかりでもゼティには勝てねぇだろうとは分かってるんだけどね。単に俺が暇だったから乱入したかっただけさ。
「まさか、このまま試合を続けるのか?」
俺の後ろに座っているセレシアが疑問を口にする。
闘技場の観客も同じような気持ちで突然、現れたシャルマーの存在に困惑している。
そりゃあそうだよね。ルールのある試合で2対1ってのは認められないしな。だから、試合を続けてしまっていいのか、みんな疑問を抱いている。そんでもって、疑問を抱いている奴らの大半は試合を中止すべきだとも思っている。
そして、剣神祭のルール的にもあり得ないんだろう。突然の出来事で判断に戸惑っていた審判も冷静さを取り戻したのか、アリーナの中に入っていくが──
「やめさせた方が良いな」
試合の話だと思うかい? 違うね。
俺が言っているのはアリーナの中に入ることのほうだ。
特定の人間だけが自由に通り抜け出来るんだろう、張られた結界を抜けて審判がアリーナの中に入る。
そして、シャルマーに向けて何事かを言おうとした瞬間だった──
「邪魔するなよ」
アリーナに踏み入った審判へシャルマーの投げたナイフが突き刺さり、それを目にした観客が悲鳴をあげる。
審判は失格を言い渡そうとしたんだろう。それを遮るように放たれたナイフは審判の胸元に突き刺さり、審判はその場に倒れ伏す。その瞬間、ゼティは動き出し倒れた審判を拾い上げると、客席の方に向かって放り投げた。
「勘弁してよ。まだ殺してないのに」
シャルマーは結界の外へと放り投げられた末、客席の群衆の中に落下した審判を目で追うが、すぐに諦め、ゼティの方へと向き直る。
シャルマーの凶行に闘技場の中は静寂に包まれていたが、それも束の間すぐに闘技場の中はシャルマーへの非難と罵声に満ちる。しかし、それが聞こえていてもシャルマーは平然としている。
「おい、これはどうなるんだ?」
セレシアも飛び出しかねない気配を出しながら俺に訊ねてくる。
俺が知るわけねぇだろ? ただ言えるのは──
「あそこにいる三人は全員、戦る気満々だぜ」
それに外部からの試合を止めるのも難しい。結界が張ってあるせいで試合が終わるまでは誰も中に入れないしな。
ただ、分からねぇのはシャルマーがどういうつもりで姿を現したのかだ。俺に恨みがあって、俺を試合のついでにぶち殺したいなら、ここで姿を現すのは下策だと思うんだけどね。
審判に怪我まで負わせて、この後シャルマーとヴィルダリオはどうするつもりだろうか?
いや、そもそもこの二人は先の事なんか何も考えてねぇのか。そうじゃなきゃ、街中で快楽目的の殺しなんかしねぇもんな。
シャルマーもヴィルダリオも目先の自分が気持ちいいか、そうでないかしか考えてねぇんだろう。だから、今後のプランを放り捨てゼティを殺すことにしたんじゃないだろうか?
まぁ、それも俺の想像だけどね。ただ、戦る気があるのは間違いない。
そして、それは対峙するゼティも同じだ。
ゼティに関して言えば、シャルマーとヴィルダリオのような無法者は絶対に許せない。
だから、間違いなくゼティは二人を殺す気になっているだろう。
──合図も無いのに示し合わせたように三人が同時に動く。
試合開始の合図はなくても、そんなのは関係ない。
「まずはお前から殺してやるよ!」
シャルマーが叫びながら跳躍し、ゼティに向かって飛び掛かる。
その動きに合わせてヴィルダリオが身を低くしてゼティに突進する。
上下から同時に襲い掛かる二人のコンビネーション。
それに対してゼティは──
「一刃創成、壮剣ダーラント」
斧剣を消し、新たに生み出した武骨な長剣を手にし、向かってくる二人に対してゼティは駆け出した。
そして即座に跳躍し、ゼティは頭上から襲い掛かろうとしていたシャルマーを切り捨てると、そのまま空中で身を翻し、足元から迫っていたヴィルダリオの頭を長剣で叩き割った。
「何が起きた?」
速すぎてセレシアには見えなかったようだね。
セレシアや観客の眼ではゼティが突っ込んできたヴィルダリオの頭上を飛び越え、シャルマーの真下を潜り抜けたと思ったら、その二人が血を噴き出して倒れたようにしか見えないだろう。
「──おっ……まえっ!」
脇腹から内臓をこぼしながら、シャルマーはゼティに向かってナイフを投げるが、苦し紛れに投げたナイフは簡単に叩き落とされる。だが、その隙を突いてシャルマーは後退し、回復を図ろうとする。
「けど、甘いんだよな」
ゼティを並の剣士だと思ってるから、距離を取れば大丈夫だとシャルマーは思ったんだろう。
でも、それは甘い考えとしか言いようがないね。まぁ、考えが甘いのかゼティを甘く見てるのか、どっちかは分からねぇけどさ。
「魔鏖剣、三の型──」
距離を取ったって意味は無いぜ。
ゼティの使う魔鏖剣は全領域対応型の剣技。
俺とゼティが協力して生み出した、ありとあらゆる距離と相手に対応できる技。ちょっと距離を取られた所で何も問題は無い。
「周掃三界」
ゼティの長剣が内力の刃を纏い、長剣を芯にして更に内力の刃が伸びていく。
その長さはアリーナの端から端まで届く長さ。そして、ゼティはその刃を振り抜く。
その瞬間、ゼティから距離を取っていたシャルマーの首が刎ね飛び、内力の刃の範囲内にいたヴィルダリオもそれに巻き込まれて倒される。
「っぬぉああああ!」
倒れたヴィルダリオが傷を治し立ち上がる。
再び、全身に鎧を纏って装甲化したヴィルダリオはゼティに向かって剣を振りかぶりながら突進する。
そして、そちらにゼティの視線が向いたと見るや、シャルマーも復活し、ゼティへと視界の外から襲い掛かろうとする。
「危ない!」
システラが思わず声をあげる。
客席からだとシャルマーの動きは丸見えだが、ヴィルダリオと正面から対峙しているゼティにはシャルマーの動きは見えないだろう。だけど、問題はないんだよなぁ。
「──五の型、瞬過五光」
魔鏖剣の最速の剣技が、ゼティの間合いに自ら飛び込んだシャルマーとヴィルダリオに叩き込まれる。
剣を振るう腕を内力によって限界まで強化したうえで放たれるその技は、銀の光が閃きだけを残してシャルマーの肉体を三枚に下ろす。だが、速い分、軽い斬撃はヴィルダリオに対しては足止めにしかならない。
「死ねぇ!」
ヴィルダリオは長剣を振りかぶり、必殺の一撃を放とうとするが、その体勢で一瞬だが動きが止まり、その横をゼティは素早く駆け抜け、攻撃を回避する。
──ここで『抜き』とは恐れ入るぜ。ゼティは咄嗟にヴィルダリオに長剣の構えを『魅せ』、その構えによってゼティの行動を予測させられた。そして、その思い込みが一瞬の隙を生み出した。
「真陽流、天位剣──」
ゼティはヴィルダリオの横に立ちながら、切っ先で天を衝くような大上段に長剣を構える。
そこから放たれるのは必殺の一撃。だが、更にゼティは──
「──八の型、剛衝八波」
──魔鏖剣を重ね、長剣を振り下ろした。
別におかしなことはない。魔鏖剣に関して言えば、どの型にも決まった太刀筋は無いから、他の流派の技と組み合わせることだって出来るんでね。
今回の場合は天位剣の速度に剛衝八波を放つ際の力の込め方を組み合わせ、威力を増したって感じだろう。ヴィルダリオの装甲に、斧剣ほどの威力を出しにくい剣で対抗するためのゼティの策だ。
そして、その結果は──
「ヴィル!」
再生したシャルマーが目にしたのはゼティの剣を食らって文字通り消し飛んだヴィルダリオの姿。これで合計したら何回死んだんだろうね、あのコンビ。
俺が回数を数えようとした矢先、シャルマーがゼティにナイフを投げつける。
ゼティはシャルマーの方を向き直り、剣でナイフを叩き落とす。だが、その背後を突いて、復活したヴィルダリオがゼティに掴みかかる。
「──ちょっと異常だな」
いくらなんでも、簡単に復活しすぎだ。
シャルマーはともかくヴィルダリオの方は肉体が消し飛ぶようなダメージを何回も受けているのに復活の速度に極端な低下は見られない。残機が減れば、再生速度は落ちるはずなのにも関わらずだ。
これにも何かタネがあるんだろうか? 俺はヴィルダリオに背後から襲い掛かられたゼティを見ながら考える。
ゼティの心配? するわけねぇよ、だって余裕だし。
「──究竟、剣霊召喚、十士剣勢」
ウンザリしたような溜息が聞こえてくる表情でゼティの呟きが、聴力を強化した俺の耳に届いた。
どうやら、かなり本気で殺しにかかるつもりようだ──ぶっちゃけ、過剰戦力としか思えない。
「──銃剣カーラ・ネイ」
ゼティの左手に瑜伽法によって創り出された新たな剣が握られる。
だが、それは剣というよりは──
「銃?」
システラが驚きと共に呟いたようにゼティの手にあるのは銃にしか見えない。
見た目は古臭いライフル。だが、それは間違いなく剣だった。その証拠に、銃身の下部に刃が取りつけられ、それは引き金のそばから銃口の先まで伸びている。
本来の銃剣が銃口の下にナイフが取りつける物なのに対し、ゼティの持つ『銃剣』は片刃の剣をそのまま銃を付けている感じだ。
剣の柄ではなく銃のグリップを握ったゼティは、『銃剣』の銃口を振り向くことなくヴィルダリオに向けると引き金を引いた。
その瞬間、銃声と同時に放たれるのは内力によって形成された弾丸。
それがヴィルダリオの身体に直撃し、貫通はしないもののヴィルダリオの足を止める。
そして、続けざまにゼティは引き金を引くが、それは誰もいない方向。しかし、発砲によって生み出された反動はゼティを吹き飛ばすほどで、ゼティはそれを利用し、その場から移動する。
「飛び道具も使うのかよ!」
シャルマーが苛立ちの感じられる声で叫ぶ。
ゼティの武器を見りゃそう思うよな。でも、残念、ゼティのそれは飛び道具じゃないんだよなぁ。
シャルマー距離を取ったゼティを見て、その手に握られた銃剣から放たれる弾丸を警戒するが──
「警戒することが違うんだよな」
ゼティは左手に持った銃剣の銃口を自分の背後に向ける。
そして直後に引き金を引くと、銃声と同時にゼティが弾かれたような勢いでシャルマーとの距離を詰める。
銃撃を攻撃じゃなく移動に使う戦術だ。普通の銃と違って内力を放出するという性質上、銃口から強力な内力を放てばジェット噴射の要領で自身を加速し、自分自身を銃弾のようにして高速移動ができる。
「遅い」
ゼティはシャルマーとの距離を詰めると右手に持った長剣を一閃させる。
その刃は防御しようと短剣を構えたシャルマーの腕を斬り飛ばす。そして、左手に持った銃剣をシャルマーの胸に突き刺したうえで銃口を押し付け、引き金を引く。
銃口が押さえつけられているせいで、くぐもった銃声になるが、その威力は確かで、シャルマーの胸に風穴が開けられる。
同時に銃撃の反動はゼティを背後に吹き飛ばし、背後からゼティに襲い掛かろうとしていたヴィルダリオの方へとゼティを向かわせる。
自分に向かってきたゼティに対して剣を構えるヴィルダリオだが、ゼティは空中で銃の引き金を引くと、銃撃の勢いを使って空中で身を翻すと、振り下ろされたヴィルダリオの剣を掻い潜り、その体に右手の剣を叩きつけて、ヴィルダリオの身体を吹っ飛ばす。
「──流撃っ!」
これで何度殺され、何度復活したか分からないシャルマーはなおも戦意を衰えさせずゼティの背中にナイフを投げつける。同時に吹き飛ばされたヴィルダリオも、辛うじて無事に着地し、シャルマーの攻撃に合わせるように剣を振り抜き──
「流撃っ──!」
仙理術士の必殺と言って良い技をゼティに向けて放つ。
その攻撃に対してゼティは左手に持った銃剣を放り捨てる。そして、背後のナイフは無視して、正面からの流撃には──
「二の型、幻刃双破」
長剣の振り下ろしたことで生じた内力の刃がヴィルダリオの流撃を掻き消す。
だが、その背中にはシャルマーの投げたナイフが迫っていた。しかし、それも銃声と同時に撃ち落とされてゼティには届かない。
何故、捨てた筈の銃剣から銃声が聞こえ、銃弾がナイフを撃ち落としたのか。
闘技場の中では俺以外、誰もすぐには理解できないだろう。俺が理解できたのだってゼティの究竟を知っているからだ。もっとも、何が起きたかは誰の目にもすぐに明らかになるんで自慢はできないんだけどね。
ゼティの隣に目をやると、ゼティが捨てた筈の銃剣が宙に浮かんでいるが、よく見ると誰かが持っているようであり、そしてほどなくして銃剣を持つ何者かの姿が輪郭となって明らかになってくる。
その姿は軍服を纏った凛々しい顔立ちの女だった。その女は幽霊のように半透明な姿でゼティの隣に立つと、ゼティの背後を守るようにシャルマーに銃口を向けていた。
「なんだあれは?」
セレシアは理解を超えたようで俺に答えを求めている。
俺の方も意地悪するつもりにならなかったので、すぐに答えを教えてやることにした。
「あれが剣霊だ。ゼティは自分が倒した剣士の姿を記憶に留め、剣霊として遺している。そしてゼティの瑜伽法は、その剣霊を召喚する」
カーラ・ネイってのは銃剣の名前じゃなく、その銃剣を使っていた奴の名前ってこと。
俺も知ってるが、結構強い女だったぜ。まぁ、ゼティには敵わなかったんで、ああして剣霊になってるんだけどさ。
「クソっ!」
シャルマーが悪態を吐くが、直後に膝を突き、血を吐いた。
見ると、シャルマーの胸元には血の染みが浮かんでいた。おそらく、ナイフを撃ち落としたと同時にカーラ・ネイはシャルマーも撃っていたんだろう。
これはゼティにはできない芸当だ。ゼティも銃剣を使えていたが、カーラ・ネイはその銃剣の本来の持ち主であり、使いこなすことができる。その差って奴だろう。
「これで2対1ってアドバンテージも無いと分かった。さて、どうする?」
俺はシャルマーとヴィルダリオを見る。
まだ戦る気は無くなっていない様子だ。2対1でまったく相手にならない奴に2対2でどう勝つつもりだろうね。
「……これは少し差がありすぎないか?」
セレシアはゼティの強さに対してドン引きしている。
客席に目をやると、観客もセレシアと同じ感じだった。
最初こそシャルマーとヴィルダリオに対する怒りに満ちていた客席だが、今はゼティに対する恐れの気配の方が強く感じる。
どうやら、やり過ぎのようだぜ、ゼティ。まぁ、俺は止める気は起きないし、もっとやれって思うけどね。きっと、キミもそう思ってるんじゃないかい?
シャルマーが動く──だが、動きを封じるようにカーラ・ネイが銃撃を仕掛け足止めをし、そうしたと思った次の瞬間には、その姿は掻き消え、銃剣となってゼティの手に握られていた。そして、ゼティは銃剣をシャルマーに向かって投げつける。
『魔鏖剣一の型、剣星一迅』
投げつけられた銃剣はシャルマーの胸に突き刺さり、その上半身を吹き飛ばすと同時にその反動で銃剣が跳ね上げられ宙を舞う。だが、次の瞬間には宙を舞っていた銃剣をカーラ・ネイが握り、落下の勢いを乗せて再生途中のシャルマーの身体を銃剣で串刺しにする。
その背後、ゼティに対してヴィルダリオが果敢に突進する。
すでに力の差はハッキリしているのにも関わらず、それを理解しようとせずに長剣を振り回し、ゼティに攻撃を仕掛ける。そのヴィルダリオに対しゼティは──
「練刀、桐生正景──」
ゼティに手から長剣が掻き消え、代わりに鞘に収まった刀が握られる。
それはゼティがこの試合で使っていた桐生真陽流の当主の刀だ。
ゼティは鞘から刀を抜き放つと無造作にヴィルダリオの装甲化された肉体に振るい、直後、ヴィルダリオの腕が容易く斬り落とされる。
装甲と装甲の隙間を狙った斬撃だ。これならどんなに硬くても意味はない。
「っ──っっっシャルっ!」
斬り落とされた腕の断面を見たヴィルダリオが声を上げる。
それはシャルマーの名を呼ぶ声。俺にはそれだけしか分からなかったが、シャルマーにはその意味が通じたんだろう。
自分の身体を串刺しにしている銃剣を引き抜くとシャルマーはカーラ・ネイに背を向けて走り出し、同時にヴィルダリオがゼティに背を向けて走り出す。
──この期に及んで逃げ出すかよ。
まぁ、それも当然だし、賢い選択ではあるんだろう。敵わない相手から逃げるってのは間違っちゃいない。だけど、それは──
「逃げることのできる相手にするもんだぜ?」
そして、ゼティはキミらを逃がしはしない。
ゼティは背を向けたシャルマーをヴィルダリオを追わず、その場で刀を構える。同時に銃剣とカーラ・ネイの姿が掻き消える。
どうして消したかって? 巻き込むからだ。
「見れるぜ、奥義が」
ゼティは奥義にカーラ・ネイを巻き込むから消した。
わざわざ、そんなことをする必要がある技ってことだ。
ゼティは刀を構え、そして昂ることも無く、自然な呼吸で必殺を放つ──
「魔鏖剣奥義──五十三式」
魔鏖剣の奥義に名前は無く、基本となる一から九まで型を二つ組み合わせて放つのが魔鏖剣の奥義。
そして、いま放たれた五十三式の技は、五の型と三の型の組み合わせによるもの。
五の型は超高速の斬撃、三の型は刃を伸ばしての斬撃。その二つが組み合わされば──
「刃が届く範囲内を粉々に斬り刻む」
ゼティの刀が閃いた瞬間、アリーナの外に逃げようとしていたシャルマーとヴィルダリオがバラバラに斬り分けられる。剣の間合いの遥か外であることなんて関係なく、シャルマーとヴィルダリオはゼティによって斬り捨てられた。
「俺の言った通りだろ? ゼティに勝てるわけねぇってさ」
バラバラになったシャルマーとヴィルダリオは再生せずにそのままだ。
二人を完全に殺し切った以上、ゼティの勝利で間違いない。けれど、そのことを宣言する審判もいなければ勝利を祝福する観客もおらず、闘技場は静寂に包まれていた。
「強すぎてドン引きって感じかな」
結果だけ見りゃ、ゼティはかすり傷一つ負っていない。
今の俺では無傷は厳しい相手にゼティは無傷での圧倒的な勝利。
もっとも、そういう情報が無くても、ゼティはちょっと強さを見せすぎたわな。
静寂に包まれた闘技場をゼティは後にする。
その後ろ姿を呆然と見送っていた観客たちだが、ようやく状況に気付いたのか、負傷した審判の代わりの審判が宣言する。
「──勝者、ゼルティウス!」
試合はゼティの勝利で決着がついた。
色々と考えるべきことはあるけれど、とりあえずはそれで良いってことにしておこうじゃないか。




