圧倒的な差
ゼティとヴィルダリオの戦いはゼティの圧倒的優勢で進んでいた。
つーか、ヴィルダリオは手も足も出ていない。ヴィルダリオだって別に極端に弱いわけではないと思うんだけどね。それでも、ゼティには遥かに及ばない。
「……強すぎないか?」
セレシアがゼティを見ながら言葉を漏らす。
「あれでも本気じゃないけどね」
ゼティは殺る気満々だけど、それじゃマジには程遠い。
ゼティ自身が気付いているかは知らねぇけど、ゼティの強さは殺意に根差してないからね。
どんだけ殺す気があったとしても、それが戦闘力に結び付くわけじゃない以上、今もゼティは本領を発揮していない。
「お互い本気になるのはここからかな」
俺は剣を構え対峙するゼティとヴィルダリオの姿を眺める。
誰がどう見てもゼティの方が優勢。さてヴィルダリオはどうするんだろうか?
それを期待しながら眺めていると、ヴィルダリオは気合いを入れなおすかのように雄叫びをあげる。
「ォオオオオオッ!」
それと同時にヴィルダリオの内力量が跳ね上がり、そしてその全身が仙理術によって作られた鎧で覆われる。俺と戦った時と同じように見えるけど、使える素材が少ないせいで、大きさは人間サイズだし、半人半馬の姿じゃない、マトモな鎧を着た騎士の姿だ。
俺は内力を使って聴力を強化し、対峙しているゼティとヴィルダリオの会話に耳を傾ける。
「バ゠派の仙理術士の常套手段だな」
全身を鎧に覆われたヴィルダリオを見てもゼティに動揺は見られない。
まぁ、それも当然で、昔のゼティはバ゠派の仙理術士を専門に狩ってたからな。
今までに何百と相手した流派の手の内なんてのは完璧に把握してるし、対処法も体に染みついてるんだから、動揺しようが無いって感じだ。
「俺を凡百の術士と同じと思うな!」
意気込みは御立派だね。
そんでもって、その直後の動き出しも完璧。
全身を鎧に覆われているから鈍重そうに見えるけど、鎧の中の肉体も変質してるんだろう。
ヴィルダリオは素早くゼティとの距離を詰め、剣を振るう。
「っ速い──」
セレシアがヴィルダリオの速さに驚いている。
……うーん、そうでもないと思うけどな。これで驚かれると、ちょっと厳しいね。
この感じだと、この世界だけでセレシアを使徒として完成させるのは無理かも。
あと二回か三回くらいは、別の世界に送り込まないと駄目そうだな。
「──遅い」
その声はゼティの物。
腕をだらりと下ろしたまま接近するヴィルダリオを待ち構えるゼティ。傍から見りゃ隙だらけで、ヴィルダリオにとっては絶好のチャンス。
ヴィルダリオはその勢いに乗って長剣を閃かせる。
その一撃は大上段からの振り下ろし──からの高速の変化による左側面からの横薙ぎ──かと思いきや、更に変化し、右の袈裟斬り。
一瞬にして三度の太刀筋の変化を見せたヴィルダリオの剣技は一流と言って良いだろう。並の奴なら簡単に真っ二つになるだろう。だけど、残念ながら相手はゼティだ。
ヴィルダリオの剣がゼティに迫る。その段に至ってもゼティは剣を振るわない。
そして、ゼティの肌に剣が触れようとする。だが、その瞬間は訪れない。ゼティは触れる寸前で自身の剣で迫る刃を弾く。
速いってのはこういうのを言うんだよなぁ。俺でも見えなかったもん。
触れる寸前の剣よりも、その段階でようやく動かした剣の方が速いってどういうこっちゃって感じだけど、単に剣速が違い過ぎるだけだ。
100m走でヴィルダリオはゴール10cm前だったけど、その状況でようやくスタートしたゼティに追い抜かれるって感じか? まぁ、例える必要もねぇけど。
そして、ヴィルダリオの剣を弾いて防いだと思った次の瞬間、ヴィルダリオの片腕が斬り飛ばされる。
鎧の関節の隙間を狙った一太刀だ。それが決まったと思った瞬間には、ゼティの剣が閃き、膝関節を払い、ヴィルダリオの態勢が崩れる。
そうして態勢が崩れたヴィルダリオの首筋に向かって振るわれるゼティの剣。回避は不可能なタイミング。となれば、次の瞬間にはヴィルダリオの首は刎ね飛んで宙を舞う筈。だが──
「俺を凡百の術士と同じと思うな!」
ゼティの剣はヴィルダリオの首に触れた所で止まっていた。
寸止めしたというわけではない。実際、ゼティの剣はヴィルダリオの首に食い込んでいたのだが──
「ま、それくらいはできるか」
よく見ると、ゼティの剣はヴィルダリオの首筋に食い込んでいるのではなく、取り込まれていた。
まぁ、別に不思議じゃない。バ゠派の仙理術士は金属を操るのに長けていて、それらを取り込む能力にも優れている。
自分の身体に触れた金属を取り込むことも不可能ではないだろうし、自分の首を斬り飛ばそうとする剣だってタイミングさえあえば、触れた瞬間に取り込むことだって出来るはず。
そして、実際にゼティはヴィルダリオによって剣を取り込まれ、失ってしまった。だけど──
「俺を侮っ──」
ヴィルダリオが何か言おうとした矢先にゼティは取り込まれかけている剣を手放し、瞬時に隠し持っていた短剣を引き抜くとヴィルダリオの脇の下に突き立て、続けざまにヴィルダリオの脇腹を短剣で貫く。
どちらも稼働を優先するなら装甲を薄くしなきゃいけない部分。ゼティはそこを狙った。そして、鎧という装甲で覆われていない部分なら他にもあり──
「遅いと言ったはずだ」
ゼティは短剣でヴィルダリオの両目を瞬時に貫く。
両目を抉られ、身をよじるヴィルダリオをゼティは蹴飛ばすが、その手には短剣は握られていない。
どうやら、右眼、左眼と貫かれた時にヴィルダリオは辛うじて取り込んだようだ。
「これで丸腰だな」
ヴィルダリオが潰れた目を再生させながら勝ち誇った表情を浮かべる。
いやぁ、それは悪手だと思うなぁ。手持ちの得物を奪ったってことは──
「究竟──」
ゼティに瑜伽法を使う大義名分ができたってことだ。
対してヴィルダリオは鎧に覆われた全身に更に金属を纏わせ、その姿は金属塊のような有様となる。こうなると普通の剣では傷をつけるのも厳しそうに見えるが、そういう相手への対処法はゼティも心得ている。
「剣霊具現、一刃創成」
ゼティの手元に光る粒子が集まり、武器の形が出来上がると同時に、それは実体を持って現れる。
ゼティの瑜伽法で創り出された武器。そのシルエットは手斧のようにも見える。だが、一目見れば、斧ではなく剣であることが分かる。鍔のない柄は剣のもので、そこから反りの浅い曲刀の刃が伸びているが、切っ先は無く、その代わりに刀の先端は斧のような刃となっていた。
斧のような剣と言えば、それが一番簡単な表現だろう。長さは長剣の半分ほどで、それこそ手斧と言って良いくらいの大きさだ。
「斧剣、人蓋割」
ゼティは創り出した武器の名を口にしながら、斧剣を構える。
構え自体は小剣を構えるのと変わりはないが、重心が先端にあるせいか、随分と重そうに見える。
ゼティと対峙しているヴィルダリオは、ゼティの手に握られて斧剣を見て、自分の重装甲に対抗するために重量のある武器を出したのだと考えただろう。
まぁ、実際そうなんだけどさ。ただ、きっとヴィルダリオは重い武器だから攻撃も遅くなると思っているんじゃないだろうか?
ヴィルダリオはゼティの動きが鈍くなると判断し、先手を取るために打って出る。
騎士から岩の塊のような姿になってもヴィルダリオの速度は変わらない。一瞬にして、ゼティとの距離を詰め、長剣を振りかぶる。だが、そうして近づいたヴィルダリオに対しゼティの斧剣が振るわれる。
全身を運動させ回転しながら放たれたその一撃は岩塊のようなヴィルダリオの身体を削り、その衝撃でヴィルダリオが後ずさる。
「──武器を見て相手の技を判断するのは甘いとしか言いようがないな」
ゼティは手に持った斧剣を振って見せる。腕を使うのではなく武器自体の重さに引きずられるような振りだが、それこそがゼティの持っている斧剣の正しい使い方。武器自体の重さを生かして、その重さに振り回される勢いを利用して剣速を増すのが、あの斧剣の使い方だ。
そんでもって、ただ振り回されるだけじゃなく、全身を使って重量が生み出す加速を制御し、強力な一撃を放つ。
ゼティは後退したヴィルダリオを追うように距離を詰める。
ただし、その動きは通常の物とは異なり、斧剣の重量に身を任せるような動きだった。
ゆらゆらと武器に振り回されるように揺れながら近づいたゼティは回転し、その勢いを乗せた一撃を再びヴィルダリオに叩き込んだ。不規則な動きから繰り出されたその一撃を咄嗟に腕でガードするヴィルダリオだが、その瞬間、腕が衝撃に耐えきれずにへし折れる。
切断まではいかなかったが鉄骨のような腕がなすすべも無く折れ曲がり、ヴィルダリオは態勢を立て直そうと再び後退するが、ゼティは追う。
その動きは回転を伴い、踊るような軽やかな動き。だが、放たれるのは斧のような剣の強烈な一撃。
追撃を胴体に受けたヴィルダリオの身体が吹っ飛ぶ。
岩塊のような身体など、ゼティはものともしない。
武器の重さが生み出す勢いを全身を使って受け流し、コントロールするゼティの動きは踊るようだが、確実に距離を詰め、そしてゼティは吹き飛んだヴィルダリオに接近すると──
「──魔鏖剣」
通常の技では傷はつけられても仕留めることはできない。
そう判断したゼティが必殺を放つ。
回転の勢いを利用して放たれたのは──
「八の型、剛衝八波」
斬撃を叩き込む瞬間に全身の関節を固定させることで力のロスを無くし、自身が生み出した運動エネルギーを剣に乗せる技。その一発は城門すら問答無用で粉砕する。
そんな一撃をマトモに受けたヴィルダリオの身体は一瞬にして粉砕され、その肉体は血しぶきとなって舞い散る。そして、消し飛んだ上半身の勢いで下半身が吹っ飛び、アリーナを転がる。
それを見れば、勝負は着いたと判断するのが当然で、審判がゼティの勝利を宣言しようとするが──
「まだだ──」
転がっていた下半身からヴィルダリオの上半身が生える。
流石にここまでくると観客も異常と感じたのか、客席にざわめきが生じる。
「まだ、勝負はついていない!」
ヴィルダリオが再び全身に鎧を纏おうとする。だが──
「一の型、剣星一迅」
ゼティが内力を纏った斧剣をヴィルダリオに投げつける。
それは空気中に漂う魔力や気と反発を起こし、弾丸以上の速さへと加速する。
そして、加速した斧剣は起き上がったヴィルダリオの胴体に直撃。武器に宿った内力が炸裂し、その胴体を再び粉砕する。
「これで何度殺した? あと何度殺せば死ぬ?」
投げつけた斧剣がゼティの手元に戻る。
それと同時にヴィルダリオの身体も元に戻る。
だが、流石に消耗しているのか、再生したヴィルダリオは膝を突く。
ゼティに戦闘を楽しむ趣味は無い。
弱った相手の復活を待つことはしないだろう。
実際、俺の予想通りでゼティはヴィルダリオに近づき、そして斧剣を振り上げる。
そのまま振り下ろして首を刎ねるつもりなの想像がつく。
「まぁ、いくら復活しようと、貴様が死に切るまで殺すだけだがな」
そう言いながらゼティが斧剣を振り下ろす。
これで更に一回。ヴィルダリオの死亡回数が積み上がる──ことにはならなかった。
俺も含めて会場にいる全員がヴィルダリオが死んだと思ったその時だ。
ゼティは突然、剣を引き、飛び退いた。
何が起こった?
ヴィルダリオにゼティの攻撃を防ぐのは不可能だった筈。
そう思い、俺がヴィルダリオを見ると、その体からヴィルダリオの物とは別の腕が生えていた。
その腕は一瞬前まで、そのそばにいたゼティの方へと伸びており、そしてその手には短剣が握られている。
「腕を生やす術?」
そんなもんバ゠派の仙理術士に使えたか?
俺はヴィルダリオの用いる流派を思い出し疑問に思うが、その答えは俺の見ている前で明らかになっていく。
「──まったく、アイツと戦うまで姿を見せるつもりは無かったのに」
俺の聴力はヴィルダリオの身体から聞こえてくる、ヴィルダリオのものではない声を捉えていた。
その声は聞き覚えのある声であり、間違えようも無くシャルマーの物だ。
だが、どこから声が出ている? そう思ったのも束の間、すぐにそれは明らかになる。
ヴィルダリオの身体から伸びていた腕。それが更に伸びていき、腕の付け根、肩がヴィルダリオの身体から這い出てくる。そして、遂には胴体と顔が這い出る。そうして露になった顔はシャルマーのものに間違いはない。
気付けばヴィルダリオの身体からはシャルマーの上半身が這い出ており、そこからすぐに下半身が抜け出て、ヴィルダリオの隣には完全な姿のシャルマーが立っていた。




