許せない存在
予選から数日──ゼルティウスは剣神祭の試合の組み合わせを見るため、赤神神殿の前にいた。
急遽、組み上げたと思しき立て板にトーナメント表と名札が貼られている。それを見て、ゼルティウスがまず確認するのは自分の名前。そうして名札を探してみると、ゼルティウスの名前はトーナメント表の最も端にあった。
一回戦、第八試合。それがゼルティウスの試合の順番。そして、肝心の対戦相手はというと──
「……ヴィルマー?」
ゼルティウスは自分の隣にあった対戦相手の名札を読み上げる。
記憶にない名前だ。口に出してみても、思い出すことはできない。
一体誰だろうか?
本戦出場者は予選会の時に全員、見たなのはずなので、その中にいるはずだと、記憶の中から該当しそうな人物を何とか思い出そうとするゼルティウス。だが、それを妨害するように、ゼルティウスの横に一人の男が立つ。
「知らねぇ名前だな」
その声はアッシュの物。
アッシュは不意に現れると馴れ馴れしくゼルティウスの肩に肘を置く。
ゼルティウスはそれを振り払うことも無く、アッシュを無視してトーナメント表を見ている。
アッシュの方もトーナメント表を見に来たので、それ以上絡むことも無く、まずはトーナメント表に目をやり、そして──
「うわ、露骨だなぁ」
わざとらしく呆れたような声を上げるアッシュ、その視線はゼルティウスの名札がある方とは逆の端に向けられており、そこにある名前はガレウス・ザールヴァルト。
過去の剣神祭優勝者であり、巷では最有力の優勝候補と名が挙げられるイグナシスの名門剣術流派の当主の名があった。
「一回戦の第一試合で優勝候補第一位の試合が都合よく組まれるとかいう偶然もあるんだね」
アッシュが偶然などとは毛ほども思っていないことは長い付き合いでゼルティウスには分かる。
だが、アッシュはそれ以上、そのことに触れることは無く、自分の名札を見ていた。
「お互い順当に勝ち進めば、準決勝で当たるようだね」
そう言われてゼルティウスはアッシュの名札を探し、その対戦相手を見るが──
「これは……」
ゼルティウスは一回戦の第五試合にあったアッシュの名札を見て唖然とする、それはアッシュの対戦相手の名であり、そしてその試合に勝った場合の次の対戦相手の名。
それを見れば、神殿側の思惑が露骨であるとゼルティウスも思わざるを得なかった。
一回戦第五試合、アッシュ・カラーズ対ダグラス・グランベル。
一回戦第六試合、セスタ・トラウダ対ラ゠ギィ
一回戦でアッシュはイグナシスの名門流派の当主と対峙し、そしてそれに勝てば次はラ゠ギィ、そして最後は自分と当たるとゼルティウスは理解した。
神殿側がどれだけ、参加者の実力を把握しているかは分からないが、自分達のいるトーナメントの山に結果として実力者が集中している。
対して、ガレウス・ザールヴァルトは決勝まで強者との対戦は無い。
「これを許していいのか?」
「別に良いんじゃねぇかな。 俺は強い奴とばっかり戦れるのは面白くて良いけどね」
アッシュはいいかもしれないが、ゼルティウスとしては不正を行ったとしか思えない、この組み合わせに抗議の声をあげたかった。今までの剣神祭でも行われていたことかもしれないが、だからといって見過ごすわけにはいかない。そう思い、ゼルティウスは神殿を鋭く睨みつけるが──
「まぁ、抽選で決めるような口振りだったけど、実際に『厳正な抽選の結果』とか神官は言ってなかったし、詰め寄っても言い訳されるだけだと思うぜ?」
アッシュはゼルティウスの考えていることが読めているようで、ゼルティウスの行動に釘を刺す。
「それ以前に組み合わせに文句をつけんのはカッコ悪い気がするけどね──お、第二試合でリィナちゃんとナサニルが戦るじゃん。この試合、絶対に地味だぜ? 暇だったら冷やかしに行こうぜ?」
「お前は……」
ゼルティウスは気楽なアッシュの言葉に呆れて物も言えない。
だが、そうして呆れたことで、かえって冷静になることが出来た。
考えようによっては悪い組み合わせではない。
目下の所、自分達にとって最大の不安要素はラ゠ギィの存在だけであり、そのラ゠ギィと当たる回数が多いのは決して悪い事ではないとゼルティウスは考えを変える。
アッシュがラ゠ギィに勝てば、結局、味方同士の潰し合いで終わるが、もしもアッシュがしくじった際には自分がラ゠ギィに勝つことで、ラ゠ギィの思惑を阻止できる。そう考えれば、やはり悪い組み合わせではない。
「納得したかい?」
「多少はな」
アッシュは「そりゃ良かった」と独り言のように呟いた後、ゼルティウスに提案する。
「もう、ここに用はねぇだろ? ちょっとツラ貸せよ、茶でも奢るからさ」
アッシュの提案に眉を顰めるゼルティウス。
敵対関係同然となっている相手に対して、あまりにも気安い態度はゼルティウスにとっては理解しがたいものだった。とはいえ、その提案をゼルティウスは断るということはしない。
使徒である自分の主であるからというわけではない、ゼルティウスはアッシュに対して嫌悪や怒りは抱くし、その存在を不愉快とは思っても、どうしても憎しみまで抱くことはできなかった。それ故にゼルティウスはアッシュに対して敵と味方を分ける最後の一線を越えられないし、越えるという気すら起きなかった。
「いいだろう」
「よし、じゃあ決まりだ。ちょっと歩こうぜ?」
そう言ってアッシュは先に歩き出すとゼルティウスはその隣に立ち連れ立って歩き出す。
そして歩きながらするのは他愛もない世間話だ。
「そっちはどうだい? なんか面白い事でもあったか?」
「特には無いな。ただ、あるとすれば俺の扱いが日増しに良くなっていくことくらいか」
グランベル流はダグラスの他に本戦に参加できたものはいない。
ただ、道場の食客であるゼルティウスがグランベル流の名代を名乗っていることから、流派の面目は保たれており、その感謝の気持ちからグランベル流はゼルティウスに対して、感謝の気持ちに見合っただけの歓待を受けている。もっとも、それがゼルティウスにとっては居心地の悪い事だったのだが──
「そいつは素晴らしいね。俺なんかは日増しに街中での扱いが悪くなってくのにさ」
そう言って肩を竦めていると、アッシュ達の横を街の子供たちが駆けていく。
だが、子ども達はアッシュの存在に気付くと振り返り──
「あ、クズだ」
「あ、ズルしてる奴だ」
足を止めてアッシュに対して罵声を吐く。対して、アッシュはと言うと、その言葉に怒るのではなく笑みを浮かべて子ども達に駆け寄り、その頭を掴んでじゃれつくように揺らすのだった。
「なんだと、このガキどもめ」
ヘラヘラと笑いながらアッシュは子供たちとひとしきりじゃれ合うと手を放して歩き出し、子ども達はその後をついて行く。
「なぁなぁ、一回戦でスゲェ強い人、戦うみたいだけどオッサン勝てるの?」
「なんかズルして勝つの?」
子ども達は口振りこそアッシュに好意的な気配は無いが、それでも懐いている様子で話しかけている。
そんな子供たちに対して、アッシュは誰に対しても変わらない態度で──
「余裕だ余裕。ズルなんかしなくても、俺が一番強いんだから、勝つに決まってんだろ?」
「えー、嘘だぁ」
「嘘じゃねぇよ、俺は普通にやっても強いんだって」
アッシュはゼルティウスのことを忘れているかのように子ども達に構いながら歩いていると、道の脇にあった屋台に目を向け、そちらの方に近寄る。
「よぉ、婆さん、相変わらず暇してそうだね」
屋台に寄りかかりながら話しかけてくるアッシュを鬱陶しそうに見ると、店主の老婆は手でシッシッと虫を払うようにアッシュを追い出そうとする。
「客に対する態度とは思えねぇなぁ。悲しくなってくるぜ」
「うるさいねぇ、アンタが来ると商売あがったりなんだよ、これやるからさっさと失せな」
面倒臭そうな表情で老婆は売り物にしている肉の串焼きをアッシュに捨てるような調子で渡す。
受け取りながらアッシュは──
「俺のツケで、このガキ共にも食わしてやってよ。俺に着いてくればなんか貰えると思ってる意地汚いガキ共に何か恵んでやってくれ」
「アタシはアンタが自分の財布から金を出してる所を見たことが無いんだけどねぇ」
「別に要らねぇけどな。でも、くれるって言うなら貰ってやるよ」
誰一人として温かみのある言葉を発しない。とはいえ、誰も言葉以外では嫌な思いをしない状況だった。
アッシュは子供たちに屋台の食い物が渡るのを見るとゼルティウスと並んで再び歩き出す。だが、それから数分もしないうちに道端に露店を広げていた男がアッシュに声をかけてくる。
「試合の組み合わせ見たぞ!」
今度は何だとゼルティウスが露店の男を見ると男は嬉しそうな顔を浮かべていた。
「一回戦からダグラス様とだってなぁ! みんなでお前が負けるところを見に行ってやるよ!」
ダグラス・グランベルはイグナシスで有数の実力者。街の者はそれを知っているから、アッシュが負けることを疑っていない。アッシュ自身も敢えて、それを否定しないようで──
「そいつは嬉しいねぇ、負けた俺を慰めてくれるのかい?」
「ちげぇよ! 負けて弱ってるお前をみんなで袋叩きにするんだよ!」
応援をしに来るのかと思ったら、まさかの展開だった。
周りを見ると、他の露店の店主はおろか通行人すら、露店の男の言葉に同意するように頷いている。
どうやら、アッシュはイグナシスの住人に相当に嫌われているようだ。
ゼルティウスは何が原因でこれほどアッシュが嫌われているのか分からないが、しかし──
「俺も行くぞ、覚悟しておけよ!」
「武芸者連中も当日は観戦に行くらしいからな、こりゃ生きて帰れねぇな」
嫌われ、邪険に扱われているのに誰もアッシュを避けようとしない。
ゼルティウスはそれを不思議に思う。嫌われ者のくせに気づけば、アッシュと中心に人だかりが出来ている。思い返すと、いつもこうだとゼルティウスはこの世界に限らずこれまでのアッシュとの付き合いを思い出す。
どれだけ嫌われても、何故かこの男は何時の間にか人々の中心にいること。そして、誰も好意的に思っていないはずなのに、いつも人々の中心にいることを──
「今の内にせいぜい喜んでおくんだね。俺は俺に舐めた口を叩いた奴は覚えておくからさ」
「言ってろ、次に闘技場から出てきた時にはテメェはボロ雑巾だ!」
悪態の応酬も佳境に突入したようで、アッシュは自分を囲む人だかりを抜けるとゼルティウスにこの場を立ち去ることを提案する。
「そろそろ行こうぜ?」
そう言ってアッシュはゼルティウスと並んで歩き出すが、その後もイグナシスの住人はアッシュを見つけると絡んできて、その都度時間を食う。
アッシュを嫌い、邪険に扱っているのにも関わらず、誰もがアッシュを無視できずに関わろうとしてくる。好意的な感情を抱いているわけでもないのに誰もがアッシュに引き付けられて近寄ってくる。
そして、だいたいが喧嘩腰だ。これを魅力やカリスマと言っていいのかゼルティウスには判断がつかない。
そうこうしているうちに日もだいぶ落ち、アッシュのねぐらに到着するころには夕方になっていた。
アッシュはねぐらしている廃墟の屋上にゼルティウスを招くと茶を淹れる準備をする。
「まぁ、少し待っててよ」
火を熾し、茶器を用意し茶を淹れるアッシュの所作は、普段見せている姿からは想像もできないほど、この上なく優雅であり、そして入れられた茶も──
「相変わらず美味いな」
椅子に見立てた瓦礫の上に座り、アッシュの淹れた茶に口をつけるゼルティウス。
世辞でもなんでもなく、アッシュの淹れる茶はゼルティウスが知る限りでは最高の味だ。
ゼルティウスも様々な世界を渡り歩いたが、どこの世界の誰もアッシュの淹れる茶の味には勝てない。
「素直に褒めるなんて珍しいじゃねぇか」
自分で淹れた茶をすするアッシュの姿には先程のような優雅さは欠片も感じられなかった。
こんな風に粗野な姿ばかり見せるせいで誤解されるがゼルティウスの知る限りアッシュは極めて器用な人間だ。大抵のことは人並み以上にこなせるどころか、その道の一流以上にこなせることも多い。
人間として真っ当な生き方を選べば、おそらくどんな道に進もうが歴史に名を残せただろう。
ありとあらゆる事柄において人並み以上の才覚を有し、優れた教養を持ち、人を惹きつけ、人々の中心に立つことのできる気質。人間として生きれば、どう生きても成功を収めたはずだ。
──だからこそ、ゼルティウスはアッシュを惜しいと思うし、許せないとも思う。
自分のように他の生き方を選べなかった人間とは違い、アッシュは全てに恵まれながらも、自分から今に至るような生き方を選び取った。
だから、ゼルティウスはアッシュを許せない。自分が望んでも得られなかったものを自ら捨ててしまったアッシュを──
もっとも、こんな感情を抱くのはいつものことだ。
アッシュを見ているとたまに思うことであり、それ以上のものでは無い。
単純に言えばただの嫉妬心だ。それも明日になれば、それか次の瞬間には消えてなくなっている類の小さなものだ。
ゼルティウスは意識して思考を切り替え、ゼルティウスはアッシュが淹れた茶に口をつける。
この想いは持たざる者の嫉妬と自嘲しながら口に含んだ茶の味はどこか苦く感じた──




