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ゼルティウス 転(2)

 

 グランベル流の門弟ゲオス・ダントが対峙するゼルティウスに向けて木剣を一閃させる。

 鋭く力強い一撃。木剣であっても当たり所が悪ければ命を落としかねない一太刀。その一撃が放たれたことで、周囲で試合を見届けていたグランベル流の門弟はゼルティウスが死んだと思い込む。

 だが、実際にはゼルティウスは僅か一歩後ろに下がっただけで、その一撃を見切って回避していた。


「ただ速く振るだけでは意味が無い」


 涼しい顔で木剣を手に持ったゼルティウスが言う。

 殺気すら放っているゲオスに対してゼルティウスは、構えを取ることも戦意を見せることもしていなかった。

 余裕を感じさせる、その佇まいがゲオスを激昂させ、ゲオスの追撃を誘う。


「シィッ!」


 振り下ろしの初撃から切り上げの二撃、そして左右の袈裟斬りの切り返しによる三撃目と四撃目、その全てをゼルティウスは一歩、二歩の僅かな動きで躱してみせる。

 紙一重の回避の筈なのにも関わらず、周囲の門弟そして対峙するゲオスは剣の間合いの遥か外にいる相手に剣を振っているように感じられ、目の前にいる筈のゼルティウスが決して届かない遠い距離にいるような錯覚に襲われた。


「避けるばかりか!」


 ゲオスが苛立ちを言葉にする。

 その言葉を涼しい顔で流し、余裕の態度を崩さないゼルティウス。

 その様に更に苛立ちを増した、ゲオスはゼルティウスに必殺の気合いを込めた一撃を放つ。だが、それもゼルティウスには軽く躱され、そして躱すと同時にゼルティウスが反撃に出る。


 そして放たれたのは緩やかな一撃。それは眼で容易く追えるほどに遅い太刀筋だったが、目を奪われるほどに優美な軌道を描き、次の瞬間にはゼルティウスの木剣はゲオスの前腕に触れていた。


「一本」


 その瞬間、それまで沈黙し成り行きを見守っていたグランベル流師範のダグラス・グランベルが声を上げ、勝者を宣言する。だが、勝負の当事者はその宣言に納得できなかった。


「待ってください。今の有効打では無い筈だ!」


 門弟のゲオスが師匠の決定に抗議する。

 普段であれば、ダグラスはゲオスに対して理由も含めて言い聞かせるのだが、今回は敢えてゼルティウスに決定を委ねることにするのだった。


「そう言うのならば続けよう」


 ゼルティウスは距離を取り、ゲオスを見据える。

 仕切り直しとなったことで、ゲオスも気持ちを切り替え、剣を構えてゼルティウスと対峙する。

 先程までは油断していただけ、もっと集中すれば、そう思いゲオスはゼルティウスの出方を伺う。


 様子見の気配を漂わせるゲオスに対し、それを見てゼルティウスは自分から仕掛ける。

 スッと静かな動き出しから距離を詰めるゼルティウス。その速度は緩やかでゲオスは容易く動きを見極め、防御の構えを取る。

 そうして防御を固めたゲオスに向けて振るわれるゼルティウスの剣はやはり速度は無い。ゲオスは容易く躱せそうな一撃を見て、ゼルティウスの剣を見切り、躱そうとしたが──


「一本」


 回避した筈のゼルティウスの木剣の切っ先がゲオスの額の一寸先で止まっていた。


「続けるか?」


 ゲオスは自分の目の前に突きつけられた木剣を自分の木剣で打ち払い。

 ゼルティウスに反撃を仕掛けるが、ゲオスの剣はやはりゼルティウスには届かない。


「足の使い方が悪い。間合いは足運びで調整するものだ」


 ゲオスはゼルティウスの言葉を無視して、力強く鋭い一撃を続けざまに放つ。

 だが、いくら放ってもゼルティウスには決して届かない。


「一太刀の強さを意識しすぎだな。踏み込みが強すぎて次の足が出なくなっている」


 だから剣に伸びが無く、軽く後ろに下がるだけで剣が届かない。

 そうゼルティウスは助言したつもりだが、その言葉はゲオスには届かず、ゲオスの剣もゼルティウスに届くことは無い。


「敵に助言するつもりとは何様のつもりだ!」


 怒りの感情に呼応してゲオスの内力量が膨れ上がるのをゼルティウスは感じる。

 もっとも内力と言っても、アスラカーズの使徒のように闘気や魔力などを複数持っているわけではないので、上昇しているのは魔力の量だけだ。

 ゲオスは増えた魔力を自分の身体能力の強化に用い、更に鋭い一撃を放つ。しかし、それに対してゼルティウスは──


「速さを追求するだけでは意味が無い。本当に重要なのはタイミングだ」


 ゲオスの一撃を緩やかな動きで躱すと同時にゼルティウスは木剣を振るう。

 その剣速は極めて遅く、太刀筋だけならばその場にいた誰もが見切れた。だが、振るわれる木剣の軌跡が目で追えても、その場にいる誰もその剣に反応できない。眼はついていけても体がついていかない。

 周囲で見ているものであっても、その有様なのだから実際に対峙するゲオスには何もできない。


「適切なタイミングで振るえば、速さはいらない」


 ゼルティウスの持つ木剣がゲオスの首筋に触れる。

 蠅が止まりそうなほどの遅さの目で容易く追える剣にも関わらず、誰も反応できない。周囲にいたグランベル流の門弟達も、ゲオスと同様に首筋に木剣が触れたことでようやく反応することができた。その事実に勝敗を判定するダグラスも思わず息を呑み、決着を宣言する言葉が出てこない。


「面妖な術を!」


 ゲオスは明らかに狼狽した表情で飛び退き、距離を取り、木剣を構える。

 ゲオス自身、既に敗北は自覚している。だが、グランベル流の門弟として負けを認めるわけにはいかない。そんなプライドだけでゲオスはゼルティウスとの試合を続行する。


「かくなるうえは──」


 ゲオスは覚悟を決めた表情で木剣を上段に構える。

 その瞬間、更にゲオスの魔力量が増加し、その魔力がゲオスの木剣に集まっていき、そしてゲオスは魔力を収束した木剣を振り下ろす。その瞬間、剣の振り下ろした剣に合わせて魔力の刃が放出される。

 それはグランベル流の奥義の一つ。だが、それを見てもゼルティウスは余裕の表情を崩さず。


「技の練りが甘い」


 ゼルティウスは軽く剣を振る。

 すると、ゼルティウスの木剣からも内力の刃が放出され、それはゲオスの放った魔力の刃と衝突し一方的に掻き消し、ゲオスに向かって飛翔する。


「放つ内力をもっと鋭くしなければ意味が無い」


 ゼルティウスの放った内力の刃はゲオスの木剣を半ばから断ち切る。

 何もできずに武器を破壊されたゲオスはとうとう膝を突き、そして──


「勝負あり!」


 ダグラスがゼルティウスの勝利を告げる。

 だが、ゼルティウスは勝利を告げられても、明るい表情は浮かべず、膝を突き、うなだれるゲオスを見て溜息を吐く。

 戦うのが好きなわけではない。勝つのが好きなわけでもない。

 優劣をつけるために剣を振るうことは、敗北した側の剣の剣を劣るものとしてしまう。

 どんな剣であろうと、それを認めることを是とするゼルティウスにとって、優劣をつけることになるようなことは避けたいものであった。

 しかし、ゼルティウスがどう思っていようと、本人の望むと望まざるに関わらずゼルティウスの剣は敵をつくり、そして──


「おみそれしました!」


 膝を突いた姿勢からゲオスが居住まいを正し、ゼルティウスに跪く。

 それに合わせて他のグランベル流の門弟も跪き、ゼルティウスに対して額が地面に触れるほどに頭を下げる。


「ご無礼をお許しください!」


 ゼルティウスの剣を見たグランベル流の門弟たちは、その技量を認め、畏敬を態度で示す。

 ゼルティウス自身は自分の剣を理想とは思っていない。だが、そんなゼルティウスの思いに反して、その剣を見た人々はゼルティウスの剣技を至高と思いこみ、唯一無二と絶対視する。その思考こそゼルティウスの理想から最も離れた物であるのにも関わらず。


「どうか、どうか貴方様の剣をご教授ください!」


 グランベル流の門弟が跪き、ゼルティウスに懇願する。

 ゼルティウスは困惑した表情でダグラスを見るが、ダグラスは微笑みを浮かべており、今の状況を肯定しているようだった。


 ──思えば、いつもこうだ。

 ゼルティウスの脳裏にこれまでの記憶が蘇る。

 そして、その中でも最も過去が目の前の出来事のようにまざまざと蘇ってくる。

 それはクリシオンの仲間と揉めた時の事。その時もまた、今のように決闘になり、そしてゼルティウスは勝利した。


『これで文句は無いだろう? 今からゼルティウスは僕達の仲間だ!』


 クリシオンは自分の仲間を打ち据えたゼルティウスの腕を取って勝利を宣言した。

 実力があることが証明された以上、力不足を理由にゼルティウスを仲間にすることを拒否することはできない。その上、当時のクリシオンと仲間達は腕の立つ仲間を切実に求めていた。ゼルティウスがどんな経歴を持っていようが、強い仲間であれば加入を認める他なかった。なぜならクリシオン達は──


『さぁ行こう、ゼルティウス。魔王討伐の旅の始まりだ!』


 魔王討伐──勇者クリシオンとその仲間達は人族と魔族の争いの元凶である魔王を倒すための旅に出る。その旅の仲間としてゼルティウスを求めていたのだった。

 こうして、ゼルティウスは勇者クリシオンの仲間となり、殺し屋から勇者の仲間となり、世界を救う旅へと出る。そして、魔王の軍勢を退け、遂には魔王の元へと辿り着き──


「──儂からも改めてお願いする。どうか儂の弟子に貴殿の剣を指南していただきたい」


 ゼルティウスはダグラスの言葉で現在いまに引き戻される。

 思考が過去と現在を行き来し、自分が立っている場所がどこか分からなくなるような錯覚。

 だが、ゼルティウスは気持ちを切り替え、現在いまに集中することにした。


「……わかった。ただ、教えるのは基本的なことだけだ」


 客として世話になった分は働こう。

 また、これからも世話になるのだから、その分も払うつもりでゼルティウスはダグラスの願いを了承する。こうしてゼルティウスはグランベル流の客分として門弟の指導を行うことになった。

 そして、指導をするうちにゼルティウスはグランベル流に受け入れられ、ゼルティウスは自然とグランベル流の一員のような扱いになっていくのだった。


 グランベル流の門弟たちに剣を教えていく日々。

 門弟たちはゼルティウスの教えを素直に受け取り、己の剣を磨く。派手な出来事はないものの、その代わり剣だけに没頭できる毎日。それはゼルティウスの理想に近い日々だった。


『ゼル、君の夢は何だい?』


 そんな日々を送っていく中で勇者クリシオンの言葉が脳裏をよぎる。

 それは何時の頃だっただろう。クリシオンの仲間になり、クリシオンがゼルティウスを『ゼル』という愛称で呼ぶようになって、しばらく過ぎた頃だっただろうか。

 クリシオンはゼルティウスに夢を問うた。夢とは将来であり、魔王を倒した先の未来の話。

 クリシオンは魔王を倒すことを確信し、ゼルティウスに訊ねたのだった。


『……俺は静かに剣を振るえれば良い。誰かを傷つけることもなく、ただ剣だけを振り、至高の一太刀を目指すことができれば、それでいい』


 それは現在いまも変わらずに、ゼルティウスの望むもの。

 クリシオンはその答えを聞いて微笑み、そして自分の夢を語る。


『僕は世界を平和にしたい。そして全ての人が幸福に暮らせる世界を創りたいな』


 夢物語などとはゼルティウスは言わなかった。

 その当時のゼルティウスはクリシオンならば、それが出来ると本気で思っていたからだ。


『そのためにはまずは魔王を倒さなきゃな。頼りにしてるよ、ゼル──』


「──貴方だけが頼りなのです、ゼルティウス殿!」


 目の前の男の声で現在に引き戻されるゼルティウス。

 段々と過去を思い出すことが増えている。それも、ハッキリとした情景になって目に浮かぶ。

 そうなると自然と意識は過去の方に引きずられ、現在いまの現実感が無くなってくる。


「すまない。もう一度、説明してくれるか」


 ゼルティウスは意識が過去に向いていたせいか、目の前の男の話を聞いていなかった。

 目の前の男はグランベル流の門弟の一人で、自分に頼みごとがあるという所までは思い出せるが、それ以上は思い出せなかった。


「ですから、他の剣術流派が総出で我々に襲撃をかけてくるという噂があり、ゼルティウス殿に御助力をいただきたいのです」


「俺に道場同士の抗争の助っ人をしろということか?」


 事情を理解したゼルティウスは呆れた様子で溜息を吐く。

 それは目の前の門弟に対してだけではなく、自分に対してでもあった。

 ほんの少し前までは、今の生活を自分の理想に近いものと思っていたゼルティウスだったが、結局はそんなものは勘違いであったと理解したからだ。道場同士の抗争の助っ人を頼まれるなど、静かに剣だけを振っていたいゼルティウスにとっては理想と程遠い出来事だ。


「……わかった。考えておく」


 もっとも、グランベル流に衣食住の世話をしてもらっている以上、その恩は返さなければならない。

 それ故にゼルティウスは助っ人の依頼をすぐに断るということはしない。ただ、それでも素直に応じるということは躊躇ったが──


「……どうしたものか」


 助っ人を頼まれたその日の夜、ゼルティウスはグランベル流が用意してくれた部屋の中で物思いに耽っていた。

 アッシュでは無いので、厄介事は求めていないのにも関わらず、ゼルティウスは普通に生きているだけで厄介事の方からやってくる。人間だった時からそうだったのはアスラカーズの使徒になった今でも変わらない。


「本音を言えばあまり関わりたくはないが……」


 ゼルティウスは独り言をつぶやきながら、不意に何かに気づいたように部屋の窓に視線を向ける。

 そして、窓の外を睨みつけ、鋭い口調で──


「何をしている」


 窓の外に向かってゼルティウスは問う。

 そこにいた何者かの気配を──というか、間違いなく知っている人物の気配を感じ取ったゼルティウス。

 窓の外にいた人物は自分の存在が気付かれたと理解すると隠れている必要も無いと顔を出す。そうして現れたのは──


「よう、ずいぶん仲良くしてるみたいじゃない」


 そこにいたのはアッシュ・カラーズ。

 アッシュはヘラヘラとした表情で窓枠に顔だけを出してゼルティウスに話しかける。


「潜入ご苦労さん。最後に一つ仕事を頼みたいんだけどいいかい?」


 そう言ってアッシュは窓の外からゼルティウスの部屋に袋を投げ入れるのだった──



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