ゼルティウス 転(1)
一気に書ければ良かったんだけど、途中で力尽きた。
──ゼルティウスは夢を見ていた。
夢に出てくる場面はゼルティウスの人生が良い方向へと向かう第一歩の出来事。
『君の力が必要なんだ、ゼルティウス』
男はそう言ってゼルティウスに手を差し伸べた。
ただ日々の糧を得るための道具に堕したゼルティウスの剣を見て、それでもその剣が必要だと言った。
その男の名はクリシオン。
ゼルティウスが生まれた世界において勇者と人々に讃えられていた若者だった──
『僕と君でこの世界を救おう』
そう言ってゼルティウスの手を力強く握るクリシオン。
その瞬間、ゼルティウスは確かに救われた。どん底へ落ちていた自分を拾い上げようとしてくれようとするクリシオンの存在に。
だが、この時のゼルティウスは思いもしなかった。
この出会いが、やがて自分自身を絶望に突き落すことになるとは──
『行こう、他の仲間を紹介するよ』
そう言ってクリシオンはゼルティウスの手を引き──
──そこでゼルティウスは目を覚ます。
「……あまり良い夢じゃないな」
呟き見上げる天井は数日前から世話になっているグランベル流の屋敷の物。
身体を起こし窓の外を見ると既に日は昇っており、外からはグランベル流の門弟が鍛錬する声が聞こえる。
「精が出るな」
ゼルティウスは着替えて腰に剣を帯びると門弟たちの鍛錬場に顔を出す。
門弟たちはゼルティウスがやって来ても、構わず鍛錬を続けていたが、その門弟たちを指導している老齢の剣聖ダグラス・グランベルはゼルティウスを見ると僅かに頭を下げ、礼を示す。
その様を見て門弟たちの一部に不満気な表情が浮かぶが、ゼルティウスは気にせずにダグラスの隣に立つ。その振る舞いはゼルティウスがダグラスよりも格上であると感じさせるものであった。
「どうですかな?」
「俺は評価する立場に無いから発言は控えさせてもらう」
ダグラスの問いはここ数日グランベル流の門弟の様子を見てどう思うかという問いだった。しかし、ゼルティウスは一瞬だけ値踏みするような眼差しを向けると、首を横に振って答えることを控えた。
もっとも何も思う所が無いわけでもない。
正直な感想を言えば、特別優れているわけでもないが、とりたてて問題があるわけでもないという何ともパッとしない評価になり、それを口にすることが憚れられるので、答えを控えたという理由もあった。
「未熟すぎて言葉も無いということですかな?」
「そうは言っていない。ただ……」
ゼルティウスは改めて門弟たちを見渡し、言葉を続ける。
「太刀筋に雄大さも無ければ、優美さも感じられないのは、どうかと思う」
鋭く力強いのにも関わらず、小さく縮こまったような、せせこましさがある。
力強いのに小さいというのは表現がおかしな気もするが、ゼルティウスの感覚ではグランベル流の門弟の剣から感じられる力強さは自身が持っているものを一点に小さく集中したようなものに感じられていたが故の物だった。
実戦で考えれば隙も少なく、鋭く重い一撃を放てるのだろうが、息苦しさが付きまとうような剣。ゼルティウスはグランベル流の門弟の剣にそんな印象を抱いていた。短期決戦ならば問題は無いだろうが、少しでも長引けば、その息苦しさで自滅しそうな剣術だともゼルティウスは思う。
「大きく伸びやかに。それが最良と言うつもりは無いが、小さくちょこまかとした剣は見苦しいな」
「これは手厳しい」
ゼルティウスはダグラスの言葉で自分が言い過ぎたことに気付く。
評価を控えると言ったはずが、結局、グランベル流をこき下ろすような言葉になってしまった。
それが明らかなミスだと気付いた時には、もう遅い。
ゼルティウスを見るグランベル流の門弟の眼差しは親の仇を見るかのようだった。
「失言だった。謝罪する」
ゼルティウスは自分の迂闊な言葉を謝り、頭を下げる。
だが、門弟の怒りは収まらない。ゼルティウスはその気配を感じ取って弁明するが──
「その剣を否定するつもりは無いんだ。そちらが実戦を重視している剣というのは見ていれば分かることであるし、俺自身それを悪い事とは思ってはいない。ただ、実戦だけを考え、それに特化しただけの剣には何の魅力も感じないと俺は思うだけの話で──」
言いながら墓穴を掘ったことをゼルティウスは気付く。
いったい今日の自分はどうしたというのだろうか?
昔の夢を見たせいで精神の安定を欠いているのだろうか、そんなことを考えながら火に油を注いだように門弟たちの怒りを買ったことに気づいたゼルティウスは更に言葉を続ける。
「これは価値観の違いだ。立身出世や強さを求める以上、実戦的な剣を学ぼうとするのは当然だろう。だが、俺はそういう剣を良いと思うと同様に、道場などで体を動かし健康維持を図るために振るう剣、必修のものとして義務的に学ばされるだけの剣、見栄えの良さだけの子供のチャンバラも良いと思う。そういう価値観の俺からすれば、実戦という観点にだけに囚われた剣は物足りないというだけで──」
「貴殿はグランベル流を舐めているのかっ!」
門弟の一人がゼルティウスの言葉を遮るように怒声を放つ。対してゼルティウスの隣に立っているダグラス・グランベルは穏やかな笑みを崩していない。
もっとも、門弟たちはそんな師匠の様子など目に入らず、一人の怒声を皮切りに次々にゼルティウスへ怒りの言葉をぶつける。
「有象無象の剣とグランベル流の剣を同列に語るなど無礼にも程がある!」
「グランベル流の剣を取る足らない物とするかのような物言い、決して許せん!」
ゼルティウスは考えるまでも無く、しくじったことに気づかされる。
言葉を選んだつもりが全く言葉を選べていなかったこと、迂闊な言動で門弟たちの神経を逆なでしたこと。全てが失敗だったというほかない。
「それほど大層な見識を持っているというなら、一手指南してもらおう!」
門弟の一人が前に出ると、ゼルティウスに木剣を差し出して言う。
師匠の客であろうとグランベル流を軽んじるような輩は許せない。門弟たちの想いは一つとなりゼルティウスに向けられていた。
ゼルティウスは差し出された木剣を見てから、隣のダグラスを見るがダグラスは穏やかな笑みを浮かべるだけだった。
「……どうしてこうなる」
ゼルティウスは溜息を吐くと、何の気負いも無く木剣を受け取った。
そして、受け取った瞬間に脳裏をよぎったのは今朝の夢。
奇しくもこの状況は、あの夢の続きと同じ状況であった──
『紹介するよ。僕達の新しい仲間のゼルティウスだ』
ゼルティウスはハッキリと覚えている。
あの夢の場面の後、ゼルティウスはクリシオンに連れられ、クリシオンの仲間に紹介された。
ゼルティウスの生まれた世界は人と魔族の間で争いが続いている世界であり、勇者であるクリシオンは魔族との戦いにおいて先陣を切る英雄であった。そんなクリシオンの仲間達もまた当然、勇者の仲間として英雄と讃えられる者たちだった。対して、クリシオンに紹介されたゼルティウスはその頃、金を貰って人を斬るただの殺し屋。
クリシオンの仲間の誰もがゼルティウスに対して嫌悪や軽蔑を隠さなかった。そして、その頃のゼルティウスは若さ故か嫌悪や軽蔑に対して我慢のできない性分であり、結果、ゼルティウスはクリシオンの仲間と紹介されたその場で口論となり、そして──
「グランベル流剣士、ゲオス・ダント! いざ参る!」
「どうぞ」
現在の状況のようにクリシオンの仲間と相対する羽目になったのだった──
活動報告に次章以降の展開についてネタバレを掲載。もっとも書いてあるのは触りの部分だけだけど。
自分で考えておいて完結まで、気力が無くなるほど先が長い。




