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神殿の都合

 

 剣神祭は予定通りに開かれるという発表を聞きに行ったら、赤神神殿の神官長の呼び出された。

 その呼び出しに俺は応じ、今は神官長の部屋にいるわけだが──


「お茶でもいかがですか?」


 そう言って俺に茶を出してくれた神官長は線の細い優男だ。

 長い耳を持ってるからエルフっぽい感じもするね。組織の長に寿命の長いエルフを置くってのは俺はあんまり好きじゃねぇけど、よその組織の人事に口を出すのもね。


「どうも」


 俺は勧められた椅子に座り、茶をすする。

 飲んだ感じでカフェインは入って無さそうだから、ハーブティーか何かかな?

 ただまぁ、味も香りは弱いけどさ。でも、そういう味や香りの弱い茶だと毒とか入れ難いから、毒は入ってないってアピールする分には良いんだけどね。


「お口に合いませんでしたか?」

「まぁね、ここで毒でも入れてくれた方が俺の好みには合ったと思うよ?」


 初対面の相手で、そのうえ長く付き合う気も無い奴なら、俺は俺を殺す気の奴の方が好きだからね。

 薄く当たり障りの無い出会いと別れをするくらいなら、しょぱなからいきなり殺す気満々でるかられるかの濃密な出会いと別れの方が素敵じゃない?


「では、次はそうさせていただきます」


 俺が冗談を言ってると思ってるんだろう神官長のエルフはにこやかに応対すると、俺の正面に座る。

 戦いに関連する神を祀る神殿に所属している割には武張ぶばった感じは全くない。

 タイプとしては貴族の御曹司って感じで荒事は向いてないように見えるね。

 まぁ、赤神の神官は俺に剣を向けてきた奴らを見ても、そんな感じだし、神殿の中を歩ていても似たような感じだったからね。義務として鍛えてはいるし、それなりに剣は使えるんだろうけど、争いごとに向いている気性の奴はいない雰囲気だ。


「使いの者たちに失礼はありませんでしたか?」


 神官長は部下が俺に剣を向けてきたことを知らないようだ。

 まぁ、俺も言わないけどね。俺の誘い方としては武器をちらつかせるのは悪くなかったからさ。口先だけで俺にアプローチかけてくるよりも、よっぽど良かったぜ。


「俺の誘い方に関しては、礼儀ができてて素晴らしかったぜ」


「それは良かった」


 言葉の裏を読むこともせずに俺の目の前に座る神官長はホッと胸を撫でおろしてみせる。

 まぁ、剣を抜かれたけど、神官兵は本気で俺を傷つけようとは思ってなかったんで、俺もそれ以上は話題にしない。別に駆け引きをしたいわけじゃないんだし、相手の弱みを突くようなことをする理由も無い。


「茶を飲みながら世間話をするってのも悪くないんだけどね。さっさと本題を話してくれると助かるんだけどさ」


「お忙しいのですか?」


 俺に舐めた態度を取られても神官長は平然としている。

 それどころか、話を急ぐ俺を見て、何か用事があると思って申し訳なさそうな顔になってる。

 うーん、本気でやってるなら、相当なお坊ちゃんだなぁ。

 まぁ、そういう奴は嫌いじゃないけどね。むしろ、俺への対応としては現時点ではかなり良い方だぜ? 


「忙しくは無いっていうか、むしろ暇なんだけどね。ただ、暇を潰すにしたって、なんだって良いわけじゃないだろ? 俺はこういう時間で暇潰しをしたくねぇのよ」


「それは確かに一理ありますね」


 分かってくれて嬉しいぜ。

 いやまぁ、分かってもらったら困るんだけどね。

 俺としてはここで神官長には自分と話しをするのが嫌だって言ってるのに気づいてもらって、『無礼な!』とかキレてもらいたかったんだけどね。

 相手に敵意が無さすぎて、俺の方から仕掛けても、それが外されてる感じだ。

 いいね、好きになってきたよ。俺自身はノンビリするのは好きじゃねぇけど、ノンビリしてる奴は好きだからね。


「キミはあんまり偉そうじゃないね。キミくらいの地位があったら、普通はキレてるぜ?」


 地位がある奴は舐めた態度を取られるとキレる奴が多いからね。

 神官長ってのは結構な地位のように見えるけど、それでも偉そうな感じが全く無いのは俺個人としては良いんだけどね。ただ、組織のトップとしてはどうなのとか思う。


「地位と言われましても、人に日頃から言葉を伝える本物の神がいるのであれば、神官など何の権威もありませんよ。できることと言えば我が神の御言葉に人々が従うことができるように仕組みを整えることくらいですので、偉そうにはできないんですよ」


 神官長は自嘲するように言う。まぁ、言っていることは分からなくもないかな。

 宗教組織が組織として強くなり、政治力を行使するためには神様が留守である必要があるしな。

 地球の歴史でもそうだけど、聖職者が強い権力を行使できたのは地上における神の代弁者っていう地位があったからで、神様が全てのに人間に直接言葉を伝えることができれば代弁者って地位は保てない。

 だって、本当に神様がいるんなら、その神様に直接聞けば良いわけだし、聖職者が言う神様の言葉にしたって、当の神様から直接聞いてないなら従う必要も無いって思うしな。

 大半の宗教組織は神様が地上に留守の方が都合が良いってのは皮肉なもんだよね。まぁ、教祖が神を自称するような宗教団体もあるけど、それに関してはノーコメントで。


「中間管理職は大変だねって言って欲しいかい?」


「実態は管理職ですらない調整役ですので、次はそう言って欲しいですね」


 なら、次はそう言ってあげましょう。


「お忙しいようですので、単刀直入に用件だけ伝えさせていただきますね」


「どうぞ。忙しくはねぇけど、話は早い方が良いんでね」


 俺の言動に神官長は気分を害した様子は見せない。

 こういう奴は嫌いになれないね。

 腹に何か隠してるのかもしれないけど、そんなもんは誰も同じだし、表面上でも根っからのものでもどっちでも良いけど、呑気な感じを見せられるだけ立派だと思うぜ。


「では、お言葉に甘えて──貴方とジルベイン流が持っている聖貨を神殿に返却していただきたい。用件とはそれだけです」


「聖貨?」


 聞いたことが無い言葉に俺は首を傾げる。

 いやまぁ、何のことかは分かるけど。


「剣神祭に出場するためのコインです」


 まぁ、そうだろうね。

 なんとなくコインって呼んでたけど、そういう名前があったんだね。

 でも、俺はこれからもコインって呼ぶけどさ。だって、何が『聖』なのかって話だからさ。

 赤神が自分の力で作り出してるから聖なる物? だったら、これから尚更、『聖』とは言えなくなるぜ?


「なんで返却しなきゃいけないわけ?」


「それは……」


 俺が当然の疑問を投げかけると神官長は口ごもる。

 まぁ、理由は聞かずとも分かるんだけどさ。


「神殿で確保してる量が足りなくなってきたんだろ?」


 俺が神官長が言いにくいことを代わりに言ってやると、神官長は溜息を吐き、腹をくくったように実情を話し始めた。


「聖貨は私たちが仕える赤神が作り出しているのですが、そう何度も作れるものではなく、需要に対して供給が足りなくなっていまして」


「イグナシスにある有名剣術流派がもしもの時に備えて多く備蓄しておきたいとか言いだしたんだろ?」


 俺のいるジルベイン流にコインが大量に集まってるって噂を聞いたんだろう。

 出場は余裕であっても、ポッと出の連中に集めたコインの枚数で負けるわけにはないって、面子があるイグナシスの有名な剣術流派は念には念を入れて、コインを多めに入手しようと、そのコインを管理してる赤神神殿に圧力をかけた。

 結果、神官たちはそれに屈して、コインを供出したが、その結果、神殿が管理してるコインが尽きたとかそんな感じだろう。


「そのうえで有名とは言わないまでも、出場が内定している有名な流派同士が揉めてコインを失い、その分の補填を訴えてきたんじゃないかい?」


「その通りです」


「随分と素直に認めるね」


「無理を言っている相手に隠し事をするのは誠実ではないと思うので」


 そりゃ、ご立派だね。でもまぁ、良いと思うよ。俺はそういう感じは嫌いじゃないしね。

 一言一句に気を遣い、言葉の裏を読み合ったり、言質を取られないようにしてるよりかはマシだと思うし、そういう奴らには俺は意地悪したくなるから、俺への対応としてはパーフェクトだぜ。


「剣神祭の出場者が内定してるってのも隠さないんだね」


「それはまぁ」


 別に俺はそれを悪い事だとは思わないけどね。

 剣神祭だって結局は興行なんだろ? だったら、ネームバリューのある奴を優遇するのは当然だしさ。

 どんなに強くても無名のポッと出は興行的には微妙なんだよね。それで盛り上がるのはつうだけだしさ。

 大会を見る奴の大半はミーハーなんだから、有名だったり既に実績があって誰もが知ってる奴の方が良い。

 それでも無名の奴を推したいなら、背景だったり物語を演出しないといけないけど、そういうのはテレビやインターネットみたいな情報媒体が無いと難しいしね。

 だからまぁ、興行を考えるなら有名流派を優遇するのは当然だし、それに文句を言う気は無いよ。それに、そうしなきゃいけない事情があるのかもしれないしさ。そう考えれば、一方的にそれをおかしいっていうのもお行儀がよろしくねぇから俺はしたくないね。


「返却に関しては無理にとは言いません。ただ、見返りは充分に用意しているつもりです」


 見返りねぇ。


「でも、剣神祭の出場を内定してくれるってわけじゃないんだろ?」


 神官長は申し訳なさそうな表情で俺の言葉に頷く。


「今年の参加は難しいですが、来年の剣神祭に関して優遇はさせていただきます」


 まぁ、いろんな奴らとの約束があるんだろう。

 出場を約束する代わりに、イグナシスの有名剣術流派から神殿も色んな見返りを貰ってるのかもしれないし、約束を反故にするわけにはいかないとかさ。それを運営の不正と見るか、商売上手と見るかはなんとも言えないけどね。


「出場の内定を言えない時点で、充分じゃない気もするけどね」


 ま、来年のことは誰にも分かんねぇから、確約しないのは誠実かもね。

 ただ、今回の出来事で神殿の方から関係を切ろうと思った流派もいくつかあるだろうし、その枠にジルベイン流が入るのは間違いないだろう。

 でも、俺の目的は剣神祭の出場じゃなくて、それに優勝することで会えるっていう赤神の方なんだよね。だから、来年ってのは遅すぎる気もするんだよなぁ。とはいえ、他の流派もコインを上積みしてるって言うなら、普通にコインを集めても出場は難しいだろうけどさ。

 ……まぁ、俺はもう自分が持ってるコインを数えてないし、他の流派が持ってるコインの枚数の予想もしてないんだけどね。


「ちょっと聞いてみたいんだけど、他にもコインの返却に応じた流派ってあるのかい?」


 俺の読みではあるんだけどね。まぁ、流派って言うよりは──


「白神教会の方に事情を説明したらコインの返却に応じていただけました」


 やっぱり教会というかラ゠ギィか。

 コインを返したってことは、ラ゠ギィがコインを集めて剣神祭へ出場することを諦めた?

 そんなわけはねぇよなぁ。


「コインはもう返してもらったのかい?」


「えぇ、聖貨ではなく金貨を払い、返却に応じていただけました。そのうえで返却していただいたものは再び配布しております」


 それでも、俺の持ってるコインを回収しようってのは他の流派にジルベイン流が剣神祭に出場することは無いって安心させる意味もあるんだろう。ま、それは俺にはどうでもいいんだけどね。

 俺に重要なのは、教会が持っていたコインを手放したことで、そのコインを赤神神殿が既に各所に配り、流通してるってことだ。

 こうなった以上、もう俺もコインを持ってる理由はない。教会というかラ゠ギィの考えてることが俺と同じだとしたら、ここから先コインは意味を持たなくなるからな。


「いいぜ、来年の剣神祭の出場に関して優遇してもらうので手を打とう」


 もう持ってても仕方ないんでね。いらないものは人にあげるに限るぜ。

 そして見返りもどうでもいいから、それで良いって言って何も問題は無い。

 俺の内心に気づいていないのか、神官長は善意で俺が申し出に応じたと思い、喜びを顔に浮かべて俺の手を握って感謝の言葉を述べてくる。


「ありがとうございます。この御恩は必ずお返しいたします」


 立場があるのにも関わらず、俺に対してへりくだった態度を取る神官長。

 こういう奴を酷い目に遭わせるのは気が引けるから、後でフォローをしとかねぇとなぁ。

 たぶん、ここからイグナシスはともかく、神殿は酷いことになるだろうからさ。



 それから神官長にコインを渡す日時を約束をして俺は神殿を出る。

 そして、ねぐらに帰ろうと薄暗い路地に入ると、俺の行く手を遮る人影が──


「ジルベイン流のアッシュ・カラーズだな」


 前後から挟み撃ちをするように数人の剣士が現れた。

 さっきもあったような状況だが、今度の連中は殺気を隠していない。


「わざわざ訊ねんなよ。ここで人違いだったらキミら、すげぇカッコ悪いぜ?」


 そんなことが無いように確信を持ってから、姿を現してんだろ? なら聞く必要ねぇじゃん。

 俺の煽るような言葉を聞くよりも速く、そいつらは抜き放った剣で斬りかかってきた。俺はその刃を躱しながら、剣と交錯するように拳を突き出し、斬りかかってきた一人の顔面を打つ。


「どっかの流派の剣士? 俺に恨みは……ある奴しかいねぇから、考えても仕方ねぇな」


 イグナシスにいる剣士の大半は俺に恨みを持ってるんだから、俺に恨みのある奴で相手を考えても意味がないよな。


「覚悟しろ」


 剣士たちが俺を取り囲む。

 神官兵達と違って、こいつらは俺を殺す気満々だ。

 良いね、こういうのも嫌いじゃないぜ。


「でもまぁ、それはあんまり弱くない場合に限定されるんだけどさ」


 俺は自分を取り囲んでいる剣士たちを見据え、拳を構える。

 そして、剣士たちが一斉に俺に襲い掛かり──


 ──それから数分後、俺を襲った剣士たちは地面に倒れていた。

 殺気はご立派だけど、俺を殺すにはちょっと弱いね。身のこなしも、太刀筋の鋭さもちょっと物足りない。まぁ、イグナシスの剣士の平均よりは上のレベルくらいか。


「殺せ……」


「そんなこと言わずに、また殺しに来てよ。生かしておいてあげるからさ」


 死んだらそれで終わりだぜ?

 俺としても殺したらそれで終わりだしさ。

 キミらみたいな一般人は殺したら生き返らないんだから、殺せば殺すほど俺の戦う相手は減っていくばかりなんだぜ?

 だから、俺はキミらを殺さないのさ。キミが俺を殺す気で襲い掛かってきても、俺はキミらを殺しません。ご理解いただけますか?


「まぁ、授業料くらいはいただくけどね」


 俺はそう言いながら倒れてる剣士の懐を漁る。すると、出てきたのは──


「聖貨もとい剣神祭のコインが入った袋。いいね、神殿から貰った奴かい?」


 神殿でコインを貰った帰りに俺を見かけて闇討ちでもしかけようと思ったとか、そんな感じかな。

 俺は袋の中から一枚のコインを取り出してみる。


「あらら、こいつは」


 その瞬間、俺が抱いたのは違和感だ。

 俺が手に取ったコインにはそれまでコインに感じていた『ある物』が無く──


「良い仕事をしてやがるぜ、ラ゠ギィの奴」


 正確にはラ゠ギィじゃなく、これを作った奴かな?

 まぁ、どっちでもいいさ。何にせよ、良い仕事をしてくれるからね。


「ほら、キミらも見てみろよ」


 俺はコインの入った袋の中身を倒れている剣士たちの前にぶちまける。

 痛めつけられて声も出せない奴らの口から悲鳴が聞こえてくるようだったが、キミらが悲鳴を出すのはこれからだぜ?


「よく見てみるといい。贋物にせものが混じってるぜ」


 俺はそう言い残して、倒れた剣士たちを尻目にその場を立ち去った。


「あんな奴らも持ってるってことは相当に出回ってるだろうね」


 神殿の人達は大変だろうな。

 まぁ、俺にとっては都合が良いんだけどね。


「暇な時間は終わりだ。さぁ、忙しくなるぜ」


 追い込みをかけるのはここから。

 イグナシスを更なる混沌に突き落そうじゃないか。

 混沌の中にしか俺らの勝機は無いんだからさ。




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