神殿からの誘い
俺は今日は赤神を祀る神殿の前にいる。
なんでも、剣神祭に関する重大な発表が神殿の神官からあるそうだということで、それをちょっと見物に来たって感じ。神殿があるのはイグナシスの街の中心で神殿の向かいに剣神祭の会場となる闘技場があった。
赤神の神殿と言っても、厳かな雰囲気は無く街中にあるせいもあってか、むしろ賑やかで和気藹々とした集会場のような雰囲気。それに加えて、今日は多くのイグナシスの住人が集まっていることもあってか、お祭り騒ぎの有様だった。
そんな神殿の前で俺は群衆に紛れ込んでいる。
あんまり人混みは好きじゃないんだけどね。でも、別に人間嫌いというわけじゃないんだ。
ただ、人の多い中にいると自分が社会の一部に組み込まれたような感覚がして居心地が悪い。
社会の一部になるってのは、その社会を構成する一員として生きることを選んだ人間の特権なわけだし、俺みたいに社会の一員になることに背を向けたような人間がしていいことじゃないし、図々しく居座って良い場所じゃねぇんだよなぁって俺は思うのよ。でもまぁ、今はやむを得ない事情があって、この場にいるしかねぇんだけどさ。
「……聞いたか、トラウダ流とギーデン流が抗争になったらしいぞ」
「どっちの流派も剣神祭の常連じゃないか。なんでまた揉め事に?」
「その剣神祭に出るためのコイン集めで揉めたらしい。どっちが先かは知らないが、相手の流派が確保してるコインを奪おうとしたことが原因だとか……」
群衆の中に紛れ込んでいると、人の話も自然と耳に入ってくる。
『らしい』っていう噂みたいな程度だが、それでもイグナシスの街は中々に面白いことになっているようだってのが分かる。
良い具合に色んな剣術流派が揉めだしてるって感じだろうか。
俺が頑張って賭け試合をした甲斐もあったね。
トラウダ流とかギーデン流については知らねぇけど、俺に挑戦しまくってコインを減らした流派同士が減った分のコインの補填をしようと他の流派に賭け試合を挑んでくれたとか、そんな感じになってくれたら良いと思ってたんだけど、上手く行ったのかな。
普段だったら、そんな真似はしねぇんだろうけど、俺と賭け試合をやりまくってるせいで、コインを賭けて勝負することに躊躇いが無くなってるからね。ついでに、俺以外のジルベイン流の連中が辻斬りみたいな感じで、そこら辺の武芸者に喧嘩を売ってコインを巻き上げてるってのも知ってるしな。
博打に手を染めると一か八かの賭けに出ることへの心理的ハードルが下がるし、悪事に関しても他にやってる奴がいれば心理的なハードルは低くなる。
一発逆転を狙って、ちょっとよろしくない行為に踏み切るのもしょうがねぇよな。その結果、他の流派に喧嘩を売るとかさ。
「──静粛に願います!」
おっと、神殿の中から神官が出てきたぞ。
今日は何か発表があるって聞いたから俺は人混みが苦手でも頑張って来たんだよ。
つっても、そんな大層な発表じゃないだろうけどね。ただまぁ、それでも確認はしておかないとね。今回の発表次第で多少は今後の行動を変えないといけないわけだしさ。
何を発表するのかについては、いくつか予想はつくけど、最悪なのは──
「──剣神祭は予定通り開催いたします!」
俺が考え事をしている間に神官は何か話していたようだが、その途中の話題はどうでもいい。
肝心な所はしっかり聞けたので充分。
──で、剣神祭は予定通り開催される? 街がぶっ壊されたのに? 出場確実だった流派の二つが揉めて剣神祭への出場が危ぶまれてるのに? そもそもイグナシスの街中でコインの奪い合いが起きて、運営が何処の流派が出場できるのか把握できなくなってるのに?
──最高じゃねぇか。
俺の狙った最上から二番目の結果だぜ。
一番上はどう考えても不可能だし、狙ってはいたけど今のタイミングじゃ無理だって分かってた奴だから、最高の結果って言っても間違いはねぇ。
この状況で予定通りに開催してくれるってのは俺にとって最高の結果だよ。
「ありがとう! 良い決断だ!」
俺は大声を出して素晴らしい決断をしてくれたことへの感謝を言葉にし、発表した神官へ向けて拍手する。俺の拍手に釣られて周りの群衆も徐々に拍手を始め、やがて万雷の喝采へと変わっていく。
予定通り開催する理由も俺が聞いてなかっただけで、なんか言ってたんだろう。
でもまぁ、別に大した理由じゃねぇよな。破壊された街の復興のための活力とか、そんな感じだろ。
そんでもって、それは表向きで実際の所は延期もできねぇような事情があるんじゃないかな。神官連中の面目を立たせるためとか、剣神祭を開けないと関係各所に申し訳が立たねぇとかさ。
まぁ、別に開催する理由は俺には関係ないし、どうでもいい。重要なのは予定通り開くってことだ。
ここでヤバかったのは延期を発表された場合。
そうなると今のイグナシスの混沌とした状況を維持できず、落ち着いてきちまう。
そうなったら、俺もラ゠ギィも手詰まりになる。
まぁ、それも俺とラ゠ギィの策の方向性が一致してればの話だけどね。互いに手の内を明らかにしてねぇから、分からないんだけどさ。ただ、俺は想像はつくけどね。
「さて、忙しく……は、ならねぇだろうな」
俺は人混みをかき分け、群衆の中から抜け出て神殿の前から離れる。
だが、そうして、そこから離れ路地裏へ入ると──
「失礼、アッシュ・カラーズ殿ですな」
妙に丁寧な物腰の武芸者たちが俺の行く手を遮るように立っていた。
物腰だけじゃなく身なりも違和感がある連中。なんというか、わざとらしくみすぼらしい感じというかね。垢ぬけない感じを装っているように見える奴らだ。
「そういうキミらは赤神神殿の関係者かな?」
神官兵とかそういう感じかな。
俺は勘で言ったんだけど、俺の行く手を遮る連中は素直に顔に驚きを浮かべる。
「こういう仕事するのには向いてないぜ、キミら」
裏の仕事をするには、お坊ちゃん過ぎるよ。
ま、そういう初々しいのも嫌いじゃないけどね。
裏の仕事に誇りと自信を持って取り組んでますってのを隠さない奴らよりかはよっぽどいいよ。
「手荒な真似はしたくない。我々についてきてもらおう」
素性を見抜かれたことで、隠すことを諦めたのか赤神神殿の神官兵は腰に帯びた剣に手をかけ、俺に脅しをかけてくる。
「そりゃあいいね。俺はキミらみたいなお坊ちゃんがやる手荒な真似ってのに興味があったんだ」
俺が挑発するように言うと神官兵たちは剣を抜き放ち、俺に向かって構える。
剣を司る赤神の神官だけあって剣の扱いも心得ているようで、なかなか堂に入った構えだった。
まぁ、それでも剣士としてはそれなり程度だけどさ。でもって、それが三人か。
俺を相手にするには足りねぇが、まぁ良いだろ。
「来いよ」
俺を連れていきたいなら痛めつけるしかないぜ?
そう言うように俺は剣を構える神官兵達を手招きする。
そして、俺の挑発に触発され、神官兵たちは俺に斬りかかってこようと、足を踏み出そうとした瞬間、俺は前に出て一番近くにいた奴の顔面を拳で小突いた。
「来いとは言ったけど、俺から行かないとは一言も言ってないぜ?」
来いと言っておいて、俺から行く。
ここでの対処でだいたい相手の力量が分かるし、そのまま勝負が決まる。
街の喧嘩レベルだったら、一発良いのを食らえば巻き返すのは不可能だからね。
俺は、俺の拳を食らい、その衝撃で思わず尻餅をついた奴の顔面を足を振り上げ、蹴り上げた。
これで一人目。さて、残りの二人はどう料理してやろうかね──
──それから数分も経たずに俺を待ち伏せていた神官兵たちはみんな仲良くノックアウト。
そして今、俺は、腫れあがった顔の神官兵に連れられ、赤神神殿の中を歩いていた。
「別について行かないとは言ってないからね」
「……素直についてくるのなら、我々が殴られる必要はなかったのでは?」
俺を連れてくるといった神官兵に捕まったわけではなく、俺自ら神殿に行きたいといったことで、今のような状況になっている。俺がぶん殴って意識を奪った神官兵が目を覚ますのを待って、起きたこいつらに神殿に案内してくれと頼んだ結果だ。
「体と体のコミュニケーションは大事だからね。拳を交わすことで分かることもあるだろ?」
少なくともキミらは俺には敵わないってことが分かったんじゃない?
こういう所で強さに関する上下関係や、行動の危険さをハッキリ分からせておくと、後々面倒が減るんだよね。
長く安定した関係を築きたいなら、常識人の振る舞いは必要かもしれないが、別にその場限りの関係なら、ヤバい奴と思わせておいた方が楽な時もあるしね。
「それで、何の用なんだい?」
まぁ、想像はつくけどね。
現状において、イグナシスの状況は俺の想像と予想の域を超えていない。
唯一、シャルマーとヴィルダリオが予想外だったけど、それだって大勢に影響は無い。
「神官長様が、お話したいことがあると」
その答えが返ってくると同時に俺の前を歩いていた神官兵が足を止める。
「神官長様は、この御部屋におられます。どうぞお入りください」
そうして案内されたのは神殿の一番奥の部屋だった。
扉は簡素で地位がある人間の部屋にしては……って感じだったが、まぁ疑う理由もないけどさ。
とりあえず、入ってお話でもうかがうとしましょうかね。




