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罰を与える

 

 シャルマーはイグナシスの街を駆けていた。

 アッシュから逃れたシャルマーは脇目も振らず、戦闘の場から離れようとしていた。


「話と全然違うじゃないか、イザリアめ、適当なことを言いやがって」


 シャルマーは自分にアスラカーズの情報について教えたイザリアに怒りを抱く。

 シャルマーはアスラカーズの戦闘能力は落ちており、充分に勝機はあるとイザリアから聞いていたが、実際には業術を使いだしてからは全く勝負にならなかった。

 単純なパワーとスピードに加え、莫大な量の内力を用いた高威力の攻撃。全てにおいてシャルマーの聞いていた以上の性能だった。


「楽に殺せる相手じゃない。準備がいる」


 だが、シャルマーもこのままで終わらせるつもりはなかった。

 やられたままで済ませるわけにはいかない。それはプライドの問題でもあると同時に──


「ヴィルダリオを殺されておいて黙っているわけにはいかない」


 シャルマーはアッシュの攻撃により残機を失い、この世界から消滅したヴィルダリオを想う。

 自分と一緒に人々を殺し、犯してきた大切なパートナー。これからも二人で、この世界を面白おかしく人々の尊厳を踏みにじりながら過ごしていこうとしたのに、アッシュによってその未来は奪われた。


「だけど、奴に復讐するためには今のままじゃ難しいか」


 もっと入念な準備が必要だとシャルマーは思う。

 街中で遭遇し、なんの準備も無く戦闘になったことそれが敗北の原因の一つであるというのがシャルマーの分析だった。そして準備さえあれば、倒す手段はあるともシャルマーは考える。


「まずは手始めに内力の回復をしないと」


 シャルマーは充分にアッシュから離れたと判断すると、自分の手首を切り、そこから流れる血を地面にこぼす。すると、地面に落ちた血から無数の蛭が這い出し、それが周囲に散開していった。

 シャルマーが瑜伽法で産み出したこの蛭は生物の内力を吸い、そして死ぬことで吸った内力がシャルマーに還元される。そうしてシャルマーはアッシュとの戦闘で失われた内力の補填を行おうとしたのだったが──


「何をしてるんだい?」


 不意にかけられた声。

 今いる場所はイグナシスの街のはずれ。

 人の気配が無いことを確かめ、逃げ込んだのがこの場所だ。

 充分以上に警戒していた。それなのにも関わらず、声をかけられるまでシャルマーは、その声の主に気付くことが出来なかった。

 そのことからシャルマーは自分の警戒をすり抜けることのできる力量の持ち主と声の主を判断し、警戒しながら、声のした方を見る。そして、そちらを見たシャルマーが目にしたものは──


「そんなに怯えなくていい」


 緩く波うった黒髪を持った絶世の美男子だった。

 一瞬で眼を奪われ、そして心まで奪われそうになるシャルマー。

 しかし、かろうじて耐え、意識を保つことに努めてシャルマーは突如現れた男を、平静を必死に装った表情で見据える。


「何者?」


 その問いに対し、男は柔らかい笑み浮かべながら答える。


「アスラカーズ七十二使徒、序列七十二位、ルゥ゠リィ・ヘイズ」


 シャルマーの前に現れた男──ヘイズは隠さずに自分の素性を明らかにする。

 そして、それを明らかにされたシャルマーは当然のように戦闘態勢を取る。つい先程まで、ヘイズの仕える相手と戦っていたのだから、警戒するのも当然の反応であった。


「なるほど、僕を追ってきたか」


 シャルマーはヘイズがアスラカーズの命令を受けて自分を仕留めに来たのだと推理する。

 だが、そんな推理に反してシャルマーの前に立つヘイズは戦意を見せることも無く、柔らかな笑みを浮かべるだけだ。


「いいや、違うよ。アイツからは何の命令も受けてはいない。だから、キミを見逃しても構わないと言えば構わないんだけど──」


 それならば、わざわざ顔を見せたりはしないだろう。

 シャルマーはヘイズの言葉に警戒を解くことはせず、そしてその判断が正しいものであることを、次のヘイズの言葉で理解することになる。


「──でも、アスラカーズと戦ったことはいただけない。アイツはボクの獲物だ。それを横取りしようとするというのは、本当にいただけないなぁ」


 アスラカーズの使徒の癖にアスラカーズを狙う?

 シャルマーは一瞬だが、思考が混乱するがアスラカーズの使徒はそういうものだったと冷静になり、ヘイズを見据える。そして冷静になれば、目の前の男が自分に対し敵意を持っていることにシャルマーはハッキリと気付くことができた。


「キミ程度がアスラカーズと本気で戦い、アイツを殺す? それは身の程をわきまえていないよ。身の程知らずには、お仕置きをしてやらないといけないとボクは思うんだが──」


 ヘイズの眼がシャルマーを捉える。

 その眼差しを受けて、シャルマーが取った行動を自分の手首から流れる血をヘイズに向かって飛ばすことだった。

 シャルマーの究竟アルス・マグナである独尊太母ママーは取り込んだ人間の肉体をベースに自分の体から特殊な能力を持った生物を生み出す。

 そしてそれは体内で育てる時間に応じて強くなるという性質を持つ。流した血から即座に産み出される蛭蟲ヒルコはそういった点で言えば、最も弱いシャルマーの子ではあるが、即座に使用できるというメリットがある。


「──行け、蛭蟲ヒルコ


 シャルマーの血がヘイズに浴びせかけられる。

 その瞬間、付着した血が無数の蛭にかわりヘイズの身体を這う。


「そのまま内力を吸え」


 シャルマーの声に応えるように蛭がヘイズから内力を吸いだそうとする。

 ヘイズの戦闘能力は未知とはいえ、大抵の相手は内力を吸い上げれば戦闘能力が下がり、動きも鈍る。

 シャルマーの経験上、そうなれば相手から逃げるのも容易い。

 本格的な戦闘が始まる以前に、既にシャルマーはヘイズと戦闘を回避するつもりでいた。だが、そんなシャルマーに対してヘイズは逃がすつもりは無かった。


展開エヴォルト──星界流離スタードリフト天誘縁引グラヴィティ


 業術の発動。

 その詠唱が聞こえた瞬間、ヘイズの身体に張り付いていた蛭が弾かれるように剥がれ飛び、そしてそれらは引き寄せられるようにシャルマーの方へと向かい、吸いつくようにシャルマーの身体へと張り付いた。


「なんで僕の方に来る!? 僕の命令が聞こえなかったのか!」


「無駄だよ。その子たちはキミを想っているからね。キミには親としての愛情は無いのかもしれないが、キミが産み出した子供たちは親であるキミへの愛を持っているから、キミへと引きよせられるのさ」


 シャルマーは新たに蛭を生み出そうとする。

 自分に張り付いているのは、ヘイズの業術の効果を受けたことによるものであり、新しく産み出した蛭ならば、その効果は受けない。そう思ってシャルマーは自分の血から蛭を生み出すが、しかし産み出した瞬間に蛭はシャルマーの身体へと張り付き、シャルマーの動きの枷となる。


「クソっ、邪魔だ」


 シャルマーは自分に張り付いた蛭に自死を命じる。

 その瞬間、蛭たちは命令に従い生命活動を終え、張り付いてシャルマーの身体から剥がれ落ちる。


「可哀想に」


「黙れ。僕の産んだ子だ、僕が何をしたって構わないだろ」


 シャルマーは自分の足元に転がる蛭を踏みつけ、ナイフを構える。

 独尊太母ママーは使う気は無い。というか、使えない。子を産む度に取り込んだ人間の肉体を消費していくシャルマーの究竟アルス・マグナは発動に回数制限があり、今さっき産み出した蛭で取り込んだ肉体は使い尽くしたためだ。


「うん、まぁ、キミの考え方はどうでもいい。ボクも単に雰囲気で言っただけで、蛭が何万匹死のうがどうでもいいし、キミが我が子をどうしようがどうでもいい」


 そう言ったヘイズの表情は、変わらず柔らかな笑みを浮かべたままだった。

 シャルマーは表情から読めないヘイズの真意を推測することは諦め、逃走の算段を立てる。

 このまま背を向けて後ろに逃げる。そうすれば──そう思った瞬間、シャルマーの身体が後ろへと引っ張られ、そのまま転倒する。


 何が起きた? シャルマーはそう思い、そして即座にヘイズの仕業であると考える。

 だが、そうしてヘイズことを考えた瞬間、シャルマーの身体はヘイズのいる方向へと引き寄せられていった。


「こっちへおいで」


 ヘイズは最初の位置から一歩も動かず、自分に引き寄せられてくるシャルマーを待ち受け、そして自分に接近してきたシャルマーを殴りつける。


「この──」


 拳を受けて吹っ飛ばされたシャルマーは一旦、体勢を整えようと考え、そしてヘイズから身を隠そうと辺りの建物を見る。だが、そうして見た瞬間、シャルマーの身体は近くの建物へと引き寄せられ、そのまま建物に激突する。


「これは──」


 ヘイズが何かをしてると確信したシャルマーはヘイズに対して意識を向ける。

 だが、そうして意識を向けた瞬間、シャルマーの身体は再びヘイズへと引き寄せられ、そして──


「そんなにボクが気になるのか?」


 されるがまま引き寄せられてくるシャルマーをヘイズは蹴り飛ばす。

 その衝撃で吹き飛び、地面に叩きつけられるシャルマーは膝を突いて、体を起こしながらヘイズを見る。

 どういう能力か方向性は分かる。相手を移動させる能力だという方向性だ。

 ただ、その発動の条件が全く分からない。思っただけで、何処かに飛ばされるのなら、こうしてヘイズの能力について考えているだけで、ヘイズに向かって引き寄せられてもおかしくはないのに、今は何も問題はない。


「ボクの業術について考えてるのか。なるほど思ったより馬鹿ではないんだな」


 ヘイズは笑みを浮かべながらも、その言葉には見下す響きが含まれていた。

 そしてヘイズはシャルマーを侮った気配を隠すことなく口を開く。


「別にたいした能力じゃない。ボクの『展開』は一定空間内の『引力』を強くするだけ。全ての者や物は引き寄せ、引き寄せられるという性質を持っていて、ボクはそれを少し強くしているだけさ。それぞれのモノが持つ『想い』の強さに応じてね」


 その言葉の直後、シャルマーの身体がヘイズの方へと弾かれたように引き寄せられる。


「キミはボクのことを考えた。だから、ボクの方へと引き寄せられる」


 シャルマーは即座にヘイズではなくヘイズから逃れる方へと意識を集中する。

 先程のヘイズが言った想いに応じるというのであれば、逃げることだけを考えればヘイズから遠ざかることができるとシャルマーは考えたためだ。そして、その考えは当たり、ヘイズの方へと向かう勢いは弱まっていく。だが──


「ちなみに効果のオンとオフはボクが決める」


 不意にシャルマーの移動が止まる。だが、次の瞬間──


「そして、ボクの方に来いと思えば、キミは僕に引き寄せられる。ボクの想いをボクの業術が汲み取ってくれるからね」


 シャルマーはヘイズの方に引き寄せられ、再びヘイズの拳を受けてシャルマーは吹き飛ぶ。

 そのまま地面に叩きつけられ、横たわるシャルマーを笑みを浮かべたまま見るヘイズだったが、やがて興味も無くしたのか──


「もう無理だよ。ボクもアスラカーズの加護は持ってる。能力の詳細を教えることで不利になったことにより、加護の効果でボクの能力自体も強くなった。キミ程度の使い手じゃ、ボクの『引力』からは逃れられない」


 シャルマーは起き上がり、憎しみのこもった眼差しでヘイズを見る。


「調子に乗りやがって……」


 だが、ヘイズはそれを受けても何の興味もない様子で──


「これは身の程をわきまえなかった罰だ。キミにアスラカーズを殺す権利はない。その権利があるのはボクだけだというのに、キミは身の程知らずにもアスラカーズに挑んだ。その罰を受けなければならない」


 次の瞬間、ヘイズの周囲に無数の槍が現れ、穂先をシャルマーに向けたまま浮遊する。

 それらの槍はねじくれ禍々しい気配を放ち、まるで意思を持っているかのようにシャルマーへと殺気を放っていた。


「さて、これからこの幾つもの槍がキミに襲い掛かる。ボクがキミに届けと想いを乗せて放つことで、槍はキミに引き寄せられるからだ」


 そして、ヘイズの周りに浮かんでいた槍が一斉にシャルマーに向かって発射された。

 シャルマーは自分に向かってくる槍を避けようと、槍に向かって意識を集中するが、その瞬間、避けようとした槍の方へとシャルマーの身体は引き寄せられていった。


「そんな、ふざけ──」


 最後まで言うよりも先にシャルマーの身体は自分に向かって飛翔する槍に引き寄せられ、そして貫かれた。互いが引き寄せ合った結果である。


「想いと想いが通じ合ったという結果だ。素晴らしいよ」


 無数の槍が飛来し、シャルマーの全身を貫く。

 そして命を失ったシャルマーだが、まだ残機は残っており生き返る。だが、そんな復活したシャルマーを追いかけるようにヘイズの放った槍はシャルマーに引き寄せられて、その体を貫き、命を奪う。


「これから、キミが死に切るまで、ボクの槍はキミを追う。さて、何分持つかな?」


 ヘイズの口から放たれる死の宣告。

 シャルマーはその宣告から逃れようと自分に向かって飛来する槍を見切ろうとするが、そうして意識を向けた瞬間、シャルマーの身体が槍に引き寄せられて貫かれる。

 その様を見てヘイズは呟く──


「想えば引き寄せ合う。それが嫌なら何も考えなければいい。もっとも、キミにそれができるとは思えないけどね」


 ──そして数分後、ヘイズの槍に貫かれ続けたシャルマーに限界が訪れる。

 数にして数十回の死、その果てにシャルマーの肉体は再生を果たせず、その肉体は砂のように崩れ始める。それが、シャルマー達のような存在の死。


「……こんな馬鹿な。なんで僕が、こんな……」


 その言葉を最後にシャルマーの身体が粒子となって散っていく。

 こうしてシャルマーは死を迎え──


「……まぁ、今回は・・・この程度で許してあげるよ」


 その死にざまを見届けたヘイズは背を向け、その場を立ち去ったのだった。




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