惨夜のイグナシス
仙理術士としての本来の能力を発揮し、全身鎧の人馬騎士となったヴィルダリオ。
そのうえ、大きさは見上げる必要があるほどで、全高は8mから10mくらいだろうか。
その大きさのケンタウロスが全く隙間の無い全身鎧で身を固めていると威圧感が半端じゃない。
「この姿は加減が効かんぞ」
「堂々と言うことかよ」
加減できる繊細さがないって、自分の能力不足を宣言することは恥ずかしくないんですかね。
この期に及んで挑発的な言葉しか出てこない俺も大概だけどね。とはいえ、俺の言葉の裏が分かっただろうか? 分からないなら、詳しく説明するけど?
「──踏み潰すか」
分かってくれたようで何よりです。
ヴィルダリオは俺への殺気を隠さずに四足歩行の下半身を走らせる。
鎧を纏っているせいで鈍重に見えるヴィルダリオ。しかし、動き出したヴィルダリオは一瞬で──
「遅い」
俺をその巨体で撥ね飛ばした。
激突の衝撃で俺は宙を舞う。完全に反応が遅れた結果だ。
俺は空中で体勢を立て直すが、その時には既にヴィルダリオは右手に巨大な剣を携えていた。
もっとも、巨大と言ってもそれは俺から見たサイズの話でヴィルダリオからすれば、人間サイズの剣をそのまま大きくしただけだ。ただ、それでも今のヴィルダリオの大きさが五倍になっていれば、剣も五倍の大きさになるわけで──
「殺すといった以上、手は抜かん」
ケンタウロスとなったヴィルダリオが持つ刃渡り数メートルの剣が閃き、宙を舞う俺を打ち据え、吹き飛ばした。その瞬間、俺の意識も同時に吹き飛び──
──気づいたら、俺は崩れた建物の中にいた。
ヴィルダリオの剣で野球のボールがホームランされるみたいにかっ飛ばされたんだろう。この感じは意識が飛んでいる内に間違いなく一回死んだ時のそれだ。
「良いね、好きになりそうだ」
なりそうってだけで、絶対に好きにはならないけどね。
まぁ、これが仙理術の力によるものじゃなかったら、俺は使徒にスカウトしてたよ。単純なパワーってのは俺好みだからね。でも、ヴィルダリオは仙理術士だから、俺の使徒にはしたくないね。仙理術士は文字通り人を喰い、それを自分の血肉にして強くなる。そういうのは俺の好みじゃないからさ。
──俺は自分の体の上に乗っていた瓦礫をどかし、崩れた建物から出る。
すると、すぐにドッドッドッ──と巨大な何かが地面を蹴って走ってくる音が俺の耳に届く。
「何処に行った? 軽すぎて飛ばし過ぎたぞ」
身体が五倍になったら声の大きさも五倍になったようでヴィルダリオの声が俺の耳に届く。
俺が声の方を見ると、灰銀色の鎧に包まれた巨大な人馬騎士が大通りを駆け抜けてくるのが見えた。そいつは何事かと家から飛び出してきたイグナシスの住人を踏みつぶしながら俺のいる方向へと駆けてくる。
「ハハハハハっ!」
ヴィルダリオは高らかな笑い声を挙げながら剣の切っ先を横に向けながら通りを走っている。
今のヴィルダリオの大きさは通りの建物と同じくらいの大きさだ。その状態で切っ先を横に向けて走れば、通りの建物に剣を引っかけることになる。実際は、ヴィルダリオは剣で通りに並ぶ店を粉砕しながら俺のいる場所に向かっていた。
そんなことをしていれば当然、イグナシスの住民は家から出て何事かと通りに出て様子を確かめようとする。ヴィルダリオはそんな住民たちを数メートルの巨体で踏み潰し、撥ね飛ばし、全てを蹂躙し、そして、自分が命を奪った人々を取り込む。その姿は、自分以外の全てを餌としか思っていないようだった。
「そんなんだから、俺はテメェらを潰さなきゃならねぇんだよなぁ」
今は街単位だが、仙理術士は能力が極まれば街程度では済まない。
国を喰い尽くし、大陸を喰い尽くし、やがては星を喰う。
俺が知っている最強の仙理術士のヌ゠アザンは今のヴィルダリオがやっているのと同じ要領で、銀河を踏み潰し、次元すら取り込み、ありとあらゆる世界を喰らい尽くそうとしていた。
そんな生き物を生かしておけるわけはねぇだろ? だから、俺は仙理術士を始末することを決めたんだ。
「いいよ、凄くカッコいい! それでこそ僕のパートナー!」
シャルマーは巨大化した人馬騎士のヴィルダリオの肩に乗っていた。
俺のいる場所から見えるシャルマーはウットリとした表情で、自分の数倍の大きさになったヴィルダリの頬に口づけをする。
まるで恋人同士。別に男同士がそういう関係なのに関して俺は何も思わないけどさ。ただ、綺麗な夜景じゃなく、自分達が破壊した街並みを見下ろしながらイチャイチャするのはどうかと思うぜ。
「ちょっと本気になりそうだぜ」
俺はトラブルも厄介事も好きだけどさ。
この状況は俺の好みじゃねぇんだよなぁ。
俺がヤバいことになるのは最高。俺の知り合いがヤバいことになるのは……まぁ良いんじゃない? でも、俺と全く関係ない奴がヤバいことになるのは俺は好かねぇんだよなぁ。
「──ヴィル、あっちだ!」
ヴィルダリオの巨体の肩に乗るシャルマーが俺をしっかりと指差してくる。
その指示に従い、完全に俺を捕捉したヴィルダリオが家や店を踏みつぶしながら最短距離で俺の方へと向かってくる。
「遊び過ぎだよ、おまえら」
俺は向かってくるヴィルダリオに対して、その動きに応じるように正面から突進する。
「質量差を考えない馬鹿め!」
俺を捉えたヴィルダリオが馬の下半身を生かして加速する。
対して俺は地面を踏み切り、弾丸のような勢いで跳躍しヴィルダリオへと襲い掛かる。
そして、速度を乗せたヴィルダリオの剣と俺の拳が激突し、お互いがその衝撃に弾かれて飛び退く。
「力負けしてるぞ、ヴィル!」
「いいや、負けてはいない!」
そうだな、互角だったぜ。でも、そっちは俺の五倍以上の大きさがあるけどな。
俺は弾かれた勢いで近くにあった建物の屋根の上に飛び乗る。これでヴィルダリオの巨体と目線は同じだ。全身鎧で覆われたヴィルダリオの兜の隙間から感じる視線と俺の眼があった気がした。
「俺を甘く見ているな?」
その声に続けてヴィルダリオが巨大な剣を振るう。
俺は跳躍して躱すが、俺が直前まで立ってい建物の屋根がその一撃で吹き飛ぶ。
「ヴィル、奴は瓦礫に隠れるつもりだ」
吹き飛び、瓦礫となって飛び散った屋根に隠れ、巨体で小回りの利かないヴィルダリオの死角を突こうとした瞬間、ヴィルダリオの肩に乗っていたシャルマーが声を上げる。小回りの利かないヴィルダリオを補うようにシャルマーが周囲を警戒してるようだ。
そして、ヴィルダリオはシャルマーの声に応えて飛び散った瓦礫の全てを叩き落とすように、凄まじい速度と技で巨大な剣を振り回す。
姿や大きさが変わってもヴィルダリオの剣士としての技は全く衰えていない。それはつまり、俺と多少は打ち合える技量だ。それに大きさによるリーチと破壊力が加わっているということは──
「ちっ」
思わず舌打ちがこぼれる。ヴィルダリオの振るった剣は瓦礫に隠れていた俺も的確に打ち落とし、巨大な剣によるダメージは防ぎながらも、俺は地面に叩きつけられる。
「──見つけた」
そうして地面に叩きつけられた俺を狙っていたかのようにヴィルダリオの肩に乗るシャルマーがナイフを投げつけてきた。俺は回避できずに腕でそのナイフを防御すると、腕にナイフが突き刺さる。
「そこか」
続けてヴィルダリオが俺に向かって地面を薙ぎ払うように剣を振るってくる。
俺は即座に跳んで、回避し、近くの建物の屋根に飛び移るが、屋根の上に着地したと同時に急に内力を失い思わず膝を突く。
「手癖が悪いな」
俺は即座に原因を推測し、腕に刺さったままのシャルマーのナイフを引き抜くと同時にそれが刺さっていた箇所の肉を手で引き千切り、放り捨てる。
「ナイフに自分の血をつけてやがったな」
俺が自分の腕から引きちぎった肉片を見ると、つい一瞬前まで俺の腕の一部だったそれから夥しい量の蛭が這い出てくるのが見えた。シャルマーはナイフに自分の血をなすりつけ、そのナイフを相手に刺すことで相手の体内に自分の血から産まれる蛭を発生させたんだろう。
「自分の子供に住みやすい環境を与えるのは当然じゃないか」
シャルマーは俺にニヤニヤとした笑みを向けてくる。
「結構、僕の子供たちが食べてくれたと思うけど、いまどんな状態?」
どれだけの内力を喰ったかって聞きたいんだろう。
量にすれば、俺が三回生き返るのに使うくらいだ。つまり、俺はシャルマーのナイフ一本で命の残機を三つ消費したことになる。
「どんな状態かって? 絶好調だよ、今までにないくらいにな」
ぶっちゃけ虚勢だ。現状だと結構ヤバい。
吸われた内力量が多いからだ。すっからかんとは言わないが、このまま戦うのは微妙にマズい。
「こいつ、嘘をついているぞ、ヴィル」
「だろうな、蛭蟲が体内にいて余裕があるわけがない」
見抜かれてるなぁ。まぁ、見抜かれてようがやることは変わらないけどさ。
それに内力量の不足は何とかなる。こんだけ、状況が悪ければ『駆動』できるしな。
俺はそう思って、シャルマーとヴィルダリオを見据え、戦闘を続けようとするが──
「そこまでだ、魔物!」
街を蹂躙するヴィルダリオを倒すためにイグナシスの衛兵たちが現れ、ヴィルダリオを取り囲む。
なんで、こんなタイミングで現れるかなぁ。キミらじゃ全く相手にならないんだから、どっかに隠れててくれよ。つーか、人が増えるほどヤベェんだって。
「取り囲め! 絶対に逃がすな!」
「そこの武芸者! 良く戦ってくれた! 加勢するぞ!」
屋根の上に立っていた俺を正義感の強い武芸者で街を守っていたと思ってるんだろう。
衛兵たちは俺に加勢すると言いだした。勘弁して欲しいぜ。
仮に百歩譲って加勢だとしても俺の加勢ではない。こいつらは結果的には──
「邪魔だ! 失せろ!」
俺は衛兵たちに叫ぶ。だが、衛兵たちは俺の声を聞かずにヴィルダリオの巨体に対して武器を向ける。
その様をヴィルダリオの肩に乗るシャルマーは一瞬、氷より冷たい眼差しで見下すと、すぐに卑しさを感じさせる笑みを浮かべ──
「確かに邪魔だね。それじゃあ、僕が邪魔にならないようにしようか」
シャルマーが自分の血の付いたナイフを衛兵たちに投げつける。
反応もできずにシャルマーの投げナイフに刺された衛兵たちは次の瞬間に内側から食い破られるように衛兵たちの肉体が破裂する。そうして破裂した衛兵たちのいた場所にいたのは人間サイズの蛭だった。
「耐性が無いと一瞬で吸い尽くして、これくらい大きくなるんだよ」
シャルマーの血から産まれた蛭は内側から衛兵たちの内力を一瞬で吸い尽くし、吸った内力の分だけ巨大になり、その大きさで内側から人間の体を破裂させたんだろう。
「そろそろ、他の子も大きくなっただろうね」
シャルマーが俺の方を見ながら言った瞬間、俺が屋根に乗っていた建物の周りにあった建物が崩れ出し、そこから家よりも大きな蛭が姿を現す。そして、姿を現した蛭は蛭とは思えない機敏な動きで、その軟体質な体を鞭のように振るい、俺へと体当たりを仕掛けてくる。
突然のことに反応が遅れた俺はその直撃を受けて弾き飛ばされ、屋根から地面へと叩きつけられる。
「ふふ、我が子の成長は喜ばしいよ。こんなに大きくなってね」
家よりデカい蛭が何匹も俺の周りに俺を取り囲むように集まってくる。
一匹がこれだけ大きくなるのにどれだけの人間を喰ったんだろうかね。それを考えるよ成長は喜べねぇなぁ。
「俺達が本気を出せばアスラカーズと言えど、この程度だ」
俺を取り囲む巨大な蛭の群れの中から、同じような巨体の人馬騎士のヴィルダリオが姿を現す。
……OK、クソども。俺を舐めてやがるようだね。
この程度? いったいどの程度のことを言ってやがるんだい?
「上等、上等、上等過ぎて、一瞬回って最底辺だぜ、テメェら」
……さっきの衛兵がいなくなったから俺の周りに人間はいない。
近くに建物からも、避難したせいか人間の気配はない。ということは、街中でも周りの被害を気にしなくて良いってこと。それはつまり、俺も本気を出せるってことで──
「駆動せよ、我が業。果てなき天に至るため」
あえて言うぜ。俺は滅多にこんなことは言わねぇんだけどさ──
「ぶっ殺してやるよ、クソども」
ここからは俺も本気だ。それも掛け値なしの対仙理術士相手の本気。
それを見せてやるよ──




