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敵の本気

 

瑜伽法ユーガ・アルスが使えるってことは俺の創った世界の出身だな?」


 俺は後ろにいるヴィルダリオに警戒しながらシャルマーに話しかける。

 シャルマーはさっき自分で切った手首から血を流したまま、俺に対して小馬鹿にするような視線を向けてくる。


「なに? 自分が創った世界の人間が、創造主に刃向かうのが信じられない?」


「そんなわけあるかよ」


 俺の使徒を見てみろよ。誰一人として俺に従順じゃねぇぜ。

 直属の手下がそんなザマなのに、その他大勢の住人にまで服従を要求するわけねぇだろ。


「ただ、どういう理由でこの世界に来たのか気になっただけだよ──」


 俺の質問にシャルマーが答えようとする。

 その瞬間、俺が先手を取って動き出す。シャルマーの瑜伽法がどういうものなのかは分からねぇが、ここで相手の出方を伺うのは悪手。というか、業術とか瑜伽法を使う相手に様子見ってのは最悪だ。

 様子を見て、相手に先手を譲った瞬間、そこから自分の番は回って来ずに一方的にやられることだってあるからな。だから、絶対に先手を取る。相手に主導権は与えない。そのためには俺から仕掛ける。


「そうはさせん──」


 俺の動きに合わせて背後からヴィルダリオの動く気配がする。

 もう隠すことも無く仙理術で長剣を伸ばし、振り下ろしてくる気配だ。

 路地裏で横にスペースが無いから横に払う太刀筋は不可能。自然と縦の軌道になる。俺は攻撃の気配を感じると同時にシャルマーの方へと駆け出した体勢から振り向きざまに回し蹴りを放ち、振り下ろされた剣を足で弾くと同時に衝撃で叩き折る。ヴィルダリオの攻撃は防いだ。だが、それはシャルマーに対して隙を見せることに繋がり──


「産まれろ──」


 俺は声が聞こえるより先にシャルマーの方を向き直り、防御の態勢を取る。

 さっきヴィルダリオに斬り落とされた右腕の再生は完了している。

 俺は両腕を盾にように構えながら、防御しつつシャルマーとの距離を詰めるが、そんな俺にシャルマーが放った物は──


「──『蛭蟲ヒルコ』」


 俺の腕にシャルマーが自分の血を飛ばしてくる。

 自分で切った手首から流れる血を腕を振って飛ばし、それが俺の腕に付着する。

 当然、血が付いただけではダメージは無い。だが、俺は嫌な予感を覚えて、シャルマーの血が付いた自分の腕を見ると、そこには──


 ──無数の蛭がうごめいていた。

 俺はそれを払い落とそうとするが、その瞬間、自分の内力が失われるていることに気付く。

 直感で俺は蛭が内力を吸い取っているのだと察し、業術の効果で熱を帯びた内力を放出し、腕に張り付いた蛭を焼き払おうとするが──


「無駄だよ。その子たちは内力を吸うという特性上、純粋な内力による攻撃には耐性がある」


 その言葉が聞こえた瞬間、俺は自分の蛭のついた腕を手刀で斬り落とした。

 腕の再生に内力を使うのは勿体ないが、腕を治すのに消費する内力より、そのままにして継続して蛭に吸われ続ける内力の量が大きいと俺は判断した。


「可哀想に。食事も満足に与えて貰えないなんてね」


 思ったより内力を吸われた俺は腕の再生も兼ねて、足を止めて回復を図る。

 攻めようと思ったが、結果的に攻めるタイミングを奪われた形になる。


「生みの親が子供のメシを他人任せにするのはどうかと思うけどな」


 俺は斬り落とした腕に張り付いていた蛭を見る。すると、蛭は成長しており、いつの間にか、鼠くらいのサイズになっていた。俺は鼠サイズの蛭に生理的な嫌悪感を覚え、蛭のついた俺の腕を蹴り飛ばす。


「酷いな、僕の子供を足蹴にするなんて」


 子供って言うか瑜伽法で生み出した能力だろ?

 俺はシャルマーの手首から流れ落ちる血を見ると、地面に落ちた血から蛭が這い出てくるのが見えた。

 そして、その蛭は地面を這って、あちらこちらに向かって散っていく。


「そいつらは何処に行く」


 俺は腕の再生を終えてシャルマーに問う。

 まぁ、答えは想像がつくけどさ。


「食事に行くだけだよ」


 シャルマーは自分の手首から流れる血を指で拭う。

 すると、指についた血が徐々に形を持ち、蛭となってシャルマーの指を這う。


「可愛いだろ? でも、食いしん坊で困るんだよ。まぁ、今日は街の中だから食事には事欠かないけどね」


 言いながらシャルマーが腕を振るう。すると、手首から流れる血が飛び散り、路地の壁に付着する。

 そして次の瞬間、血の中から大量の蛭が這い出て、路地の壁を伝って散らばりながら這い進んでいく。


「俺を相手にしてるんじゃないのかい?」


「相手にしてるから、こうしてるんだよ」


 シャルマーの生み出した蛭は内力を吸う能力がある。

 その吸収能力は相当なもの。一般人が吸われれば一瞬で内力が枯渇し死に至るだろう。

 それがイグナシスの街中に散らばっているという状況をシャルマーは作り出した。だが──


「それで俺に勝つってのは無理筋だと思うがね」


 俺は再びシャルマーに向かって駆け出す。

 街の人間の命を人質に俺を脅すつもりなのかどうかは知らねぇが、それで俺は止まらねぇよ。

 俺は人が死ぬのは好きじゃねぇが、絶対に死んで欲しくないとまでは思ってねぇからさ。なるべく死なない方が良いなってだけで、その程度の気持ちなんだから、俺が戦闘を止めるわけはねぇだろ。


「確かに、これだけじゃ無理かもね」


 シャルマーの究竟アルス・マグナは内力を吸う蛭を生み出す能力。

 面倒だが対処不可能ってほど厄介でもない。


「キミを始末すりゃ、蛭も消えるんだろ?」


 とにかく速攻で倒す。それが全てが丸く収まる一番の方法だ。

 そう考えて俺はシャルマーへと仕掛けるが、俺の背後のヴィルダリオが──


「俺を忘れるな」


 俺は振り向かず、気配だけで太刀筋を見切り、背中から迫るヴィルダリオの剣を躱す。

 忘れちゃいないけど、意識するほどじゃねぇよ、キミのことはな。

 剣を触れるスペースが制限されるこの場所じゃ、キミの戦闘能力は著しく低下するから、ヴィルダリオに対する警戒度はシャルマーよりも下だ。


「本気で殺すって言ったろ、ヴィル?」


 シャルマーは逃げを選択し、拳を構えて近づく俺に対して後ろに飛び退きながらヴィルダリオに呼びかけている。


「本気ってのは、コイツを殺すことだけを考えるってことだよ」


「──ならば、構わんか」


「俺を無視してお喋りしてんなよ」


 シャルマーの後退より俺の前進の方が速い。

 シャルマーはナイフを振るい、近づく俺を斬ろうとするが、その刃より素早く、突き出すように放った俺の前蹴りのつま先が、シャルマーの鳩尾に突き刺さる。


 衝撃で体をくの字に曲げながらもシャルマーは腕を振り、俺に血を浴びせようとするが、俺は顔に飛んできたその血を首を振って躱し、俺の蹴りを食らって後ずさったシャルマーを追いかけて顔面に拳を叩き込む。


「やっぱり殴り合いの技術は俺の方が上だね」


「っ──ヴィルっ!」


 接近戦はヴィルダリオ任せなのかね。

 血に気を付けなきゃいけないだけで至近距離で殴り合うことに怖さは無い。

 シャルマーはナイフを突き出してくるが、俺は更に距離を詰め、ナイフを持って突き出された腕を手刀で叩き落としながら、それと逆の手の掌底でシャルマーのこめかみを超至近距離から打ち据える。


「──すまんな、待たせた」


 その直後だった。ヴィルダリオの声が聞こえたのは。

 俺はヴィルダリオの剣を避けるために、横に動くことを頭の片隅に置くが、しかし次の瞬間、俺は──


「巻き添えにするが許せ」


 ヴィルダリオの剣で胴体を腰から真っ二つに断ち斬られ、俺と同様にシャルマーの上半身と下半身も分かたれる。その結果から、見るにヴィルダリオは剣を伸ばして横に振ったということが分かる。だが、そんなスペースは無かったはずだ。

 俺は上半身が下半身から断ち切られて宙を舞っている状況で、どうやったのか考えようとした。しかし、考えるまでもなく、その方法は明らかになった。一瞬でぶった切られた俺達のいる路地の周りの建物が断ち切られて崩れ落ちたからだ。


「……やりやがったな」


 家や店もあっただろう。

 それが斬られ、崩れ落ちたことで大量の土埃が舞い上がる中を再生した俺が立ち上がる。

 路地はすっかり無くなり辺りは建物の残骸で埋め尽くされている。


「巻き添えにしてすまなかったな」


「いいさ、これで戦いやすくなったからね」


 声をした方を見ると建物の残骸の上にシャルマーとヴィルダリオが並んで立っていた。

 ヴィルダリオの顔を見るに巻き添えにしてすまないというのはシャルマーに対してだけで、自分が斬り倒した建物の中にいた人間の事はまるで気にも留めていない様子だ。


「OK、キミらは人でなしってわけか」


 シャルマーは俺の言葉にニヤニヤとした笑いを浮かべる自分の足元の瓦礫の中から人間を掘り出し、俺に見せつける。そして笑みを浮かべたまま、自分の手首から流れる血を掘り出した人間に擦り付けた。

 次の瞬間、大量の蛭がその人間の体に張り付き、内力を吸い上げる。そして一瞬の内に鼠くらいの大きさになると、次の獲物を探すように辺りへ散っていった。


「さて、僕らは平気だけど、アンタはこの状況で戦えるのかな?」


 建物が崩れた轟音は当然、この周囲に届いている。

 人が集まってくるのも時間の問題──というか、既に人は集まっている。


「ヴィル、少し時間を稼いでくれ。僕は次の子を産む」


「了解した」


 後ろに下がったシャルマーに対し、今度はヴィルダリオが前に出る。

 さっきまでは剣を振るうのに制限があったが、今度はその制限も無い。さっきまでは戦いやすい相手だったが、こうなってくると話は別だ。


「さっきのザマで俺に勝てるつもりかい?」


 それでも俺は挑発するが、その反応は攻撃になって返ってきた。

 俺とヴィルダリオの間合いは数メートル。しかし、その間合いを一瞬で詰めるようにヴィルダリオの持つ剣が10メートル近い長さに伸び、それが俺に高速で襲い掛かる。

 その長さでもヴィルダリオの剣はブレることなく横薙ぎに振り抜かれ、それを受け止めた俺の体は吹っ飛ばされる。


「威勢の割に軽い体だ」


「自分で飛んだだけだよ」


 衝撃を殺すためにな。


「狙い通りということか。では、アレもそうか?」


 そう言ってヴィルダリオが指差した先には幾つもの死体が転がっていた。

 ヴィルダリオが振るった剣の範囲内にいた野次馬だろう。建物が崩れる音を聞きつけて、ここに来たせいで巻き添えを食らって死んだとかそんなところだろう。


「さぁね、テメェに答える必要があるかい?」


 俺は駆け出す。仇くらいは討ってやろうと名前も知らない死体に対して思いながら。

 ヴィルダリオは長く伸ばした剣を捨てて、近づく俺を迎え撃つ構えを取る。すると次の瞬間、ヴィルダリオの掌から肉の塊が絞るように引き出され、そしてそれは即座に剣の形を作り出し、金属の光沢を帯びる。


 ヴィルダリオの仙理術士としての流派は『バ派』だ。

 バ派は石や金属を取り込み、それを操る。剣も取り込んだ取り込んだ金属を操作することで作り出しているんだろう。


「時間を稼げと言われたのでな」


「どんだけ稼げるか見ものだぜ」


 とにかく接近戦だ。

 ヴィルダリオは周囲を巻き込むことに躊躇いが無い。

 遠距離戦になれば、伸ばした剣の範囲に周囲が巻き込まれる。

 そんなに長く伸ばした剣でマトモに斬れるのかってのは分からねぇが、俺が知る限りではバ派の剣士には全長数kmの剣を振り回していた奴もいた以上、ヴィルダリオもそれをできると思った方が良い。


 ヴィルダリオは俺を迎え撃つつもりなのか動かない。

 俺はそれを誘いと思いながらも躊躇せずに殴りかかる。だが、その瞬間──


「かかったな」


 ヴィルダリオの服の下から伸びた無数の剣が俺に襲い掛かる。

 服の下の肌から剣を生やしたんだろう。接近してきた俺へカウンターを図ったその刃は懐に飛び込んだ俺に突き刺さるが──


「あぁ、テメェがな」


 俺の体にヴィルダリオの胴体から生えた剣は刺さっている。だが、致命傷は無い。


「そういう攻撃をしてくると思ったぜ」


 懐に飛び込んできた俺を自分の体から生やした剣で串刺しにするつもりだってのは想像がついた。想像がついてりゃ当たるとヤバい所だけ躱すことはできる。まぁ、それ以外は串刺しだけどね。


「手から剣を生み出すってことをしておいて、体から刃が生やせないわけないだろうが!」


 俺は至近距離からヴィルダリオの顔面を殴りつける。

 その衝撃で後ずさったころで、俺の体に刺さっていたヴィルダリオの体から生えた刃も抜ける。


「そんな一発芸で俺に勝てると思ってんじゃねぇよ」


 下がったヴィルダリオに追いかけながら前蹴りを放つ。

 ヴィルダリオはその蹴りを前に出ることで打撃の当たる箇所をずらし、ダメージを軽減する。

 そして、その勢いのまま剣を捨て掌から出した刃で俺に斬りかかる。だが──


「そんなん見た目だけだ」


 俺はヴィルダリオの振るう刃より速く、ヴィルダリオの顔面を殴りつけた。

 手から剣を生やすより普通に剣を持って戦う方が慣れてるだろうに、あえて手の動きが制限される攻撃を選ぶ理由が分からねぇよ。


「くっ」


 ヴィルダリオは再び後ずさる。

 やっぱり殴り合いに関しては俺はこいつらより上だ。

 単純な接近戦なら、こいつらに対して俺は全く恐怖を感じない。


「どうやって時間を稼ぐんだ?」


 俺はヴィルダリオを追い詰めるように拳を放つ。

 だが、その拳はヴィルダリオの顔面に受け止められた。


「こうやって稼ぐだけだ」


 ヴィルダリオは仙理術で自分の皮膚を金属に変えていた。

 なるほど、鎧みたいにしているわけか。だが、そんな程度で何とかなるとでも?

 こっちはテメェより遥かに硬いガイとってるんだぜ。多少硬い程度で俺が止まるかよ。

 俺は仕留められるという確信を持って、続けてヴィルダリオに攻撃を放とうとする。だが、その時だった──


「何をしている、貴様ら!」


 騒ぎを聞きつけてイグナシスの街の衛兵がやって来たのは。


「これはいったいどういうことだ!」


 周囲の惨状に声を上げる衛兵たち。

 俺は直感的に嫌な予感を覚え、叫んだ。


「お前ら、どっか行け!」


 だが、俺の叫びは遅かった。俺が声を上げた瞬間にヴィルダリオが動く。

 拳を振り上げ迫る俺を無視し、瞬時に生み出した剣をこの場に到着した衛兵たちにまで届くほどに伸ばすと、俺の拳に頭を砕かれると同時に伸ばした剣を振るい、衛兵たちを斬り裂き、命を奪った。


「この野郎」


 今の状況で俺よりも他の奴を殺すことを優先しやがるってことは、殺すことで発動する何かしらの能力があるってことだ。


「シャルも言っていただろう? 本気で殺すとな」


 頭の吹き飛んだヴィルダリオの体が元に戻り、俺と距離を取るように飛び退く。

 そして、それと同時にヴィルダリオの殺した衛兵たちの体がヴィルダリオへと引き寄せられていく。


「これが俺の本気だ」


 引き寄せられていく衛兵たちの死体はヴィルダリオの背中から伸びた金属のワイヤーを束ねたような触手によって釣りあげられていた。そして、そのまま触手に巻き取られるようにして、衛兵たちの死体はヴィルダリオの元へと辿り着き、そしてその死体はヴィルダリオの体に触れると、沈むように取り込まれていく。


「ゴ゠ゥラを退けただけで仙理術士を知った気になるな。これが真の仙理術士の姿だ」


 幾つもの死体を取り込んだヴィルダリオの体が膨れ上がる。

 そして膨れ上がるのに合わせて、その全身が灰銀色の鎧で覆われる。

 その色はヴィルダリオが取り込んだ衛兵たちが身につけていた鎧の色と同じだった。

 更に鎧の隙間から触手が伸びる。その触手は衛兵たちが乗っていた馬へと伸びると、馬の体に巻き付いて、ヴィルダリオの元へと引き寄せると、衛兵たちの死体と同じように取り込んだ。


「周囲に存在するものを取り込み、より強い姿へ己の形を変える。これこそが真の仙理術」


「知ってるよ」


 俺は何人も仙理術士と戦ってきたからね。だから、テメェみたいな姿の奴だって何人も見てきた。

 全身を鎧で包んだ巨大な半人半馬ケンタウロス。それが仙理術士としての本領を発揮した、この場におけるヴィルダリオの姿だ。


 衛兵たちの肉体と鎧そして馬をベースに自分の体を再構成した姿が全身鎧の人馬騎士ケンタウロス

 生身の露出してる部分何かは全く無く一見すれば機械仕掛けの人形だ。むしろロボットって言った方が納得できるくらい、生身の部分は欠片も見えない。

 これがヴィルダリオが本気で俺を殺すために選んだ形態ってことなんだろう。


「僕の方も、もうすぐ準備が終わるけど、僕に気にせず仕留めてもいいよ」


 俺との相手をヴィルダリオに任せているシャルマーが気軽に言う。

 全身鎧の人馬騎士ケンタウロスとなったヴィルダリオが馬の下半身、その前足を高らかに上げて俺を威嚇してくる。


 さぁ、ここからが本番だぜ。




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