イクサスの都
伯爵子息にカイルが伯爵の隠し子だと説明しに行くことになった。まぁ連行されてるんだけどね。
俺とゼティ、カイル達にジョンの全員が手枷を嵌められて馬車の中に犯罪者のように押し込められている。
脱出しようと思えば脱出できるんだけど、ちょっと計画があるんで、今のところは何かする気は無い。
俺達の乗る馬車はベーメン村から出発し、数日かけて移動してイクサス伯爵領の領都イクシオンを目指す。
その間、イクサス伯爵領の現状というのを目にすることになるわけだが、それによって、俺達はラザロスの周辺がどんだけマトモな統治がされているのか痛感することになった。
伯爵領の荒廃は領の中心であるイクシオンに近づくにつれて酷くなっていき、馬車から見える外の景色はそれはもう酷い有様で──
「ひでぇなぁ」
街道脇には串刺しになった死体が放置され、それは領都に近づくにつれ増えていく。領都が目と鼻の先にも関わらず、その数は減るどころか増えていくようだった。
アレが領都の目印となる城壁ですとギースレインに教えられた城壁が見えてもそれは変わらず、更に磔刑に処された死体や、磔のまま放置されている奴らも増えていく始末。
そんな有様だから領都に近づくに連れて悪臭も相当なものになっていく。ついでに、街道の脇に雑に殺された死体が積み上げられてもいる。死体を放置とか、どう考えても病気になるよな?
「どうするんだ?」
馬車の外を見たゼティが俺に訊ねる。
ゼティの気分としてはいますぐ大暴れして、この状況を作ってる奴をぶっ殺したいんだろう。だけど、もう少し待って欲しいね。領主代行をしてるっていう領主の息子が何も考えずにこの状況を作っているなら、ぶっ殺しても良いと思うが、何かしらの意図を持っているなら、少し様子見をした方が良いと思う。
「どうされましたか?」
俺とゼティが会話しているの馬車の外から気づいたギースレインが俺達に話しかける。
ギースレインは領都へ向かう道の脇に立ち並ぶ死体にご満悦のようで機嫌がいい。
「こいつらは?」
俺は機嫌の良さそうなギースレインに串刺しだったり磔になっている死体について訊ねる。
俺の質問に対して、ギースレインはそれを答えたくてたまらなかったというように上機嫌で俺達に対して説明を始めた。
「彼らはシウス様に反抗した者たちです」
ギースレインはうっとりとした顔で死体を眺める。
「シウス様の命で、あの方に従わない者たちを私が処刑したんです。いやぁ、あれは心が痛む任務でした。怯える人々を追い立て、狩っていくのは心が痛む……。あぁ、死ぬ間際の彼らの顔が心に焼き付いてい離れません」
「なかなか、辛い体験だったようだな」
「えぇ、必死に縋りつくような眼を向けられてきた時などはとても辛かった。みんな懸命に命乞いをしてきて、そんな様を見ると私はどうしようもなく──興奮する」
そんなに趣味嗜好に合う職場だと転職とか出来なくなりそうで辛いだろうねぇ。
「自分が他者の命を握っている感覚。絶対的な優位に立っていることから生じる優越感。絶望に突き落とした時の達成感。自分の方がこいつらより上だと確信できる安心感。いろんな感情が私の中に渦巻くその瞬間の快感を味わうと、他の物では満たされなくなり、普通に生きていくのがとても辛くなる」
「クソ野郎だな」
ゼティが吐き捨てるように言うがギースレインは無視している。
どうやらゼティには興味がないようで、ギースレインは俺にばかり話しかけてくる。
そんな中、カイル達やジョンはギースレインの話を聞き、自分たちの末路を想像して青い顔になっていた。
「見てください、アッシュ殿。あれがイクシオンの城壁です」
馬車に備え付けられた窓から外を覗いてみると流石は伯爵領の中心地だけあって大きな城壁が見える。ただまぁ、その城壁を見ても、あまり良い感想は出てこないけどさ。
もとは白かったと思われる城壁は黒ずんだ染みと赤い血、それと城壁の上からつるされた死体で台無しになっている。そんなもんを見て、良い気分になる奴は少ないんじゃないかな?
「あれもシウス様に従わなかった者たちです。シウス様の命で殺さずにカラスの餌にしているんですよ」
ギースレインが説明している間も、城壁から吊るされた人間にカラスが寄ってたかって嘴で肉をついばむ。
「税の取り立てが厳しく暮らしていけないなどと言っていた割には、カラスの餌になる程度の肉はついていたようです。鳥の餌にもなれないくらい痩せていたのなら、我々も彼らの言い分を考慮したのですがね」
そん時はそん時で別の酷い目に遭わせていただろ?
「では、イクシオンの中に入りましょう。領都を案内しますよ」
俺達の乗った馬車が門を通り、城壁に囲まれた都市の中に入る。
そして街中に入るなり、悪臭が俺の鼻を衝く。
糞尿と血の臭い、そして腐臭。領都の中は死の臭いに満ちていた。
馬車から街の様子を眺めると、多くの痩せこけた浮浪者たちの中を領主の兵士たちが我が物顔で歩いているのが目に入る。
都市の中にある少し高さのある建物からは城壁と同じように死体が吊るされている。他にも火あぶりになったと思しき、黒焦げの死体もあちこちにある。
それに都市の外にもあった死体の山もあり、積み上がった死体をネズミが齧っているのも見える。
そのうち痩せこけた浮浪者はまだマシのようだということも馬車が進むにつれて俺は理解してきた。街中を見ると動けなくなって座り込んでいる奴も多ければ、横たわり生きているのか死んでいるのかも判別できない奴らも多い。
「おい」
ゼティに呼びかけられて、ゼティの視線の先を見ると、領主の兵士たちが民家から人を引きずり出し、往来で首を刎ねる光景が目に入った。家主を殺した兵士たちは家の中に入り、金目の物を持ち出している。
「俺は限界だぞ?」
ゼティがキレそうになっているし、俺もちょっと嫌だなぁって気分になってきた。
抵抗する力を最初から持ってない相手を一方的に殺すってのは趣味じゃないからさ。
「まぁ待て。どうするかはシウスとかいう、この状況を作っている領主の息子に会ってからだ」
その場でぶっ殺すってなっても俺は止めないんで、安心して良いぜ。
俺とゼティが言葉を交わしている間も、馬車はイクシオンの中心にある領主の城に向かって進む。
領主の城に向かうにつれて、街の様子は変わっていき、荒廃し貧民がうろつく貧民街のような場所から、清潔な街並みに変わっていく。
街並みが変わっていくのと同時に通りを歩く人の様子も変わっていき、行き交う人々も華やかな装いをし、生きていくことの辛さなど微塵も感じさせずに人間らしい生活をしている。
「さぁ、城へ向かいましょう」
歪な社会構造に見えるかもしれないが、このレベルの格差なんかは良くあることなんで、特に思う所は無い。俺はもっと酷いことになっている世界も見たことあるし、それはゼティも同じだ。
だけどまぁ、見たことがあるからって許せるもんじゃないんだろうね、ゼティは。そういう所で俺と感じ方の違いが出てくるし、行動の違いも出てくる。
だけど、この場は俺の考えに従ってくれるようで、大人しくしてくれているようだった。
「ここが領主の城です」
ギースレインの案内のもと馬車に揺られて到着したのは、イクシオンに到着した時から見えていた街の中央にある城だった。
領主が住んでいると言われれば、納得できる程度には見栄えのいい城で、高さもそれなり、広さもそれなり。城の中には兵士の訓練場もあるのか兵士の声が聞こえる。ついでに処刑場があるのか悲鳴も聞こえてくる。
「シウス様がお待ちです。どうぞこちらへ」
城内に入るなり、執事らしき男が俺達を案内し、城の奥へと連れて行く。
俺とゼティは普段と変わらない表情だが、カイル達は顔を真っ青にさせている。
イクサス伯爵領で暴虐の限りを尽くしているらしい奴に出会うんだから、そうなっても仕方ない。ここまで来る途中の街の様子も見ちまったし、悪い想像をするのも当然だわな。
ゼティは怒りのせいで、他の奴らは不安のせいで黙りこくっている。会話が無いので、俺は執事に案内されて歩く最中に城の中をキョロキョロと見回し、暇をつぶす。
そうして城の中を見ていると肖像画の一つが目に入った。それは、見たことのある顔に似ているような気がして──
「失礼します、冒険者の方々をお連れしました」
考えている間に目的の場所に着いてしまったので、そこで俺は思考を打ち切る。
執事の案内で辿り着いたのは謁見の間のようで、大きめの扉を前に執事が中にいる人物に声をかける。
「入れ」
部屋の中から聞こえてきたのは涼やかな男の声。
執事が扉を開ける、俺達がその中に入ると、声の主はすぐに見つかった。
謁見の間として設えた広間の奥に一人の男が座っている。
「近くに来い」
男の声に応じて、俺達は近づく。
近づくにつれて男の顔がハッキリと分かる。
歳は十代後半から二十代に入ったばかりといったところで、金髪の精悍な顔立ちの青年だ。
隠しているつもりなのか、ゆったりとした衣服を着ているが、座った状態でも相当に身体が鍛えられていることが分かる。
「イクサス伯爵領の領主を代行しているシウスだ」
広間の奥に座っていた男が名乗る。
その名乗りを聞いて、俺とゼティは視線を交錯させ、無言で意思疎通を図る。
内容は極めてシンプルに一つだけ。
『こいつ、かなり強くないか?』
気配だけでも天使のエルディエルやダンジョンで戦ったドラゴンよりも遥かに強いことが感じ取れる。
非道な振る舞いをしているらしい領主の息子だから、もう少し駄目そうな人物を俺は想像していたんだが、想像していたのはまるで違う人物だった。
「さて、僕の兄を見つけたらしいが、詳しいを話を聞かせて貰おうかな?」
そう言って、シウスは只者ではない気配を発しながら、俺に笑みを向けてくる。
どうしたもんかねぇ。ここでカイルのことを正直に伝えるべきか否か、さぁ困って来たぞ。




