事情聴取
「今日のお仕事も終了っと」
いやぁ、労働したぜ。
まぁ、仕事って言っても、人をぶん殴ってただけだけどさ。人をぶん殴るだけの仕事とか最高だぜ。
剣神祭のコインを賭けた試合も盛況だし、言うことはないね。
「じゃあ、俺は店じまいだから、後片付けしといてね」
俺はそう言って『青の砥石亭』の店主に金貨を一枚投げ渡す。
この酒場は俺の稼ぎ場だから、ここを貸してくれる奴にはちゃんと見返りを払わなきゃな。
店主は何とも言えない顔で金貨を受け取ってる。色々と厄介事になるとか考えてるのかね? 情けねぇ奴だぜ。酒場なんてのは何時だって厄介事が起きる場所だろうに、酒を提供する店をやってるなら、トラブルとマブダチになるくらいの気持ちでいた方が良いと俺は思うけどね。
「そういえば、ゼティは?」
俺はふと気になってゼティが何処に行ったのかを店主に訊ねる。
俺が試合を始める時にはまだいたと思うんだけどね。
「さぁな、一杯飲んで帰ったぞ」
ふーん、まぁいいけどさ。
別に一緒に行動したいわけでねぇしな。
「じゃあ、俺も帰るから。明日もよろしくな」
俺はそう言って酒場から出て行こうとするが、そんな俺に対して酒場の店主が──
「おい待て、あのコインはどうするんだ?」
そう俺に声をかけて店主が指差した先には俺が賭け試合で集めたコインがつまった袋があった。
それがないと剣神祭に出場できないと知ってる店主は、俺が剣神祭に出るためにコインを集めているんだと思い込んでる。まぁ、実際、剣神祭には出ようとしてるってのは正しいんだけどね。
「別にそのままでいいよ。明日、俺が来るまで置いといて」
今日、何枚コインを集めたかなんて数えるようなことはしない。
つーか、何枚集めたって出場する奴は最初からある程度、決まってるだろうから、数えるなんて無駄だしな。それでも、俺がコインを集めてるってのは──まぁ色々と考えがあるんだけどね。
「じゃ、俺は帰るよ」
俺はコインを店主に預けて、店を出る。
外に出てみると辺りは夜の闇に包まれ、空を見上げると月と星が輝いていた。
「こういう夜がいい」
時間も遅いせいか、辺りに人の姿は見えない。
歩いているのは俺だけ。そんな夜の街を歩くのが俺は好きなんだよね。
静かな街の中を、夜の空を見上げ、湿り気を含んだ夜の風を感じながら歩く。
そうしていると自分が世界に一人だけに感じられ、自分と世界が隔てられたような孤立感を味わえる。
まぁ、騒がしいのも嫌いじゃないんだけどね。でも、そういう孤立感こそが自分が身を置くべき感覚だってことを思い出させてくれるのさ。夜の街の中を歩いているとね。
そんでもって、こういう静かな夜は──
「……血の臭いが良く香るのさ」
どこからか微かに漂ってくる血の臭い。
夜風の湿った臭いに僅かに、でも確かに混ざった血の臭いは路地裏から香ってくる。
血の臭い、つまり暴力の臭いだ。
それを嗅ぎつけて、そこに向かうのは人間だった時から変わらないどうしようない俺の習性ってやつだ。喧嘩してるなら俺も混ぜて欲しい、殺しをしてるなら、殺された奴の敵討ちくらいはしてやりたいしね。まぁ、結局の所、楽しそうなことを俺抜きにやるなって話さ。
「──なぁ、キミら、そこで何をしてるんだい?」
俺は臭いに釣られて街の狭い路地裏に入る。すると、すぐに目当ての相手を見つけることができたので、声をかけた。
相手は二人組の男。それと地面に倒れてる男が一人。もっとも倒れてる方の男は死んでるみたいだけどさ。
俺は死体のそばにいる二人の男を見る。そいつらは、ラ゠ギィも着ていたような聖職者の着る黒い祭衣で身を包んでいて──
「あれ、もしかして昼間に通りで教えを説いてる宣教師のお二人さんかい? あの同性愛を推奨してる感じの。……ところで、キミらの近くに転がってる死体はなんだい?」
そして、俺は気付いた。女の子みたいな顔の男と傷だらけの顔の男の組み合わせ。
こいつらは、街で見かける白神教会の宣教師だ。
二人は俺の姿を見るなり、自分達にだけ聞こえるような小声で何事かを話し合う。逃げる算段か、それとも言い訳でも打ち合わせをしてるんだろうかね?
まぁ、なんにせよ──
「一仕事、終えて帰る途中にとんでもない所に出くわしちまったようだね。少し、お話を伺っても良いかい? 何処の誰かも分からない奴に話したくないって言うなら自己紹介するけど?」
状況から見て、こいつらが転がってる男を殺した犯人ってのは間違いないけどね。
第一発見者? 第一発見者がそのまま立ち去ろうとするような位置にいるかよ。
ちょうど、この場から逃げるタイミングだったのか、二人とも死体に背を向け歩き出そうとしていたことからも分かるっての。
「俺はアッシュ・カラーズ。さて、それじゃあキミらのお名前を聞かせてもらうのと、ちょっと事情を教えてもらおうかね」
犯人なのは間違いないんで、ちょっと話を聞かせてもらおうか?
俺は警察じゃないけど、人殺しを見過ごすってのもね。
「断っても良いけど、その時はぶちのめしてから話を聞かせてもらうぜ?」
さて、どういう対応をしてくるだろうか?
ラ゠ギィの仲間ってことは戦える奴らの筈だろうし、速攻で仕掛けてくるかな?
そっちの方が俺としては楽しいんだけど──
「待って! 誤解があるみたいだ!」
女の子みたいな顔をした男が、前に出て俺が誤解していると訴え、そして自分たちの素性を明らかにする。
「僕らは白神教会の宣教師だ。僕がシャルマーで、こっちは──」
「ヴィルダリオだ」
女の子みたいな顔をしてる方がシャルマーで傷だらけの顔の奴がヴィルダリオね。名前は理解したよ。
──で? 俺が何を誤解してるって?
「君は僕達が単に人殺しをしたように見えるかもしれないが、それは違うんだ。僕達は穢れた魂を浄化するという使命を果たしただけなんだよ」
「その通り、これは宗教的儀式だ。部外者は口を挟むな」
シャルマーとヴィルダリオは言い訳をしてきた。
ただ、その裏でシャルマーの後ろに立っているヴィルダリオが立ち方を変えているのがチラッと見えた。僅かに足の幅を調整し、すぐにでも前に出ることが出来るように足の位置にしているようだ。それを見ただけで分かる。
こいつら戦る気満々じゃねぇか。どういう理由かは知らねぇけど、最初から俺を敵と認識してやがる。
いいね、好きになりそうだぜ。
「へぇ、宗教的な儀式ね。見た所、そこの可哀想な男は強姦殺人されたようにしか見えないんだけど、それも宗教的な儀式の一環なのかね」
そんなのがれっきとした儀式の宗教なんて邪教としか言われねぇと思うんだけどね。
そこら辺はどうなんだろう?
まぁ、どうなんだろうと聞かれても答えるつもりもないんだろうし、俺も答えは期待してないけどさ。
別にこの会話に意味なんて無い。お互いに仕掛けるタイミングを計ってるだけだしな。
「なんだ貴方も結局、僕達の主張に難癖をつけたいだけか。男は男同士、女は女同士で愛するべきだという僕達の考え方を否定したいだけなんだな。差別主義者め」
今度は差別かぁ。
最初は宗教のことだから関わるなって言っておいて。今度は「それは差別だ」って言って黙らせようとするとか面倒だぜ。こいつら自身、自分達の立場や主義主張になんか関心は無さそうなのにね。こいつらの主義主張ってのは、ただ相手の言論を封殺するために使いやすいから使ってるだけだろうしさ。
「俺はノンポリなんでね。政治的な信念や宗教的な信念には興味も関心も無いんだよね」
まぁ、興味や関心が無いなりに、他人の信念や主義主張は尊重するようにはしてるけどさ。だから、こいつらの宗教や性愛の対象に対して俺は否定するつもりはないんだよ。だけどね──
「宗教的な正しさとか、政治的な正しさとかはともかくとして問題は人殺しをしてることだよね。それは社会的、倫理的、道徳的にも否定されることなわけだし、いくらキミらが御立派なことを言っても、キミらは殺人犯以外の何者でもないと思うんだけどね」
まぁ、罪もない一般人を殺すことにもそいつなりの理由があるのかもしれないから、世間一般の価値観を持ち出して相手の価値観を頭ごなしに否定するのは行儀がよろしくないと思うけどね。だから、俺は逆に自分の好き嫌いだけで物事の是非を語るようにしてるんだけど。
自分の好き嫌いで語るってのは大義名分とかの後ろ盾が無いから、ある意味じゃ最も正々堂々としてると思わないかい? どっかの誰かが言った御大層な言葉や大義名分を自分の正当性を担保する道具にしてるよりは健全だと俺は思うけどね。
「俺の好き嫌い的にも一方的な殺しは趣味じゃないんだよね。抵抗できない人間を嬲り殺しにするのとか良くないと思うぜ?」
公平な殺し合いなら俺もそこまで文句はないけどね。
俺がそう言うとシャルマーとヴィルダリオは俺の言葉を否定する様子も無く──
「うん、その通りだ」
俺の言葉にシャルマーが同意するように頷いた。
でも、勘違いしちゃあいけない。俺達は話し合いをしてるわけじゃないんだぜ?
だから、ここでの会話には全く意味がないし、シャルマーが何を言っても、それは結局の所──
「僕達が悪かった──」
──仕掛けるタイミングを計るためのだけの準備時間だ。
「いやいや、分かってくれたなら良いんだ。じゃあ少し事情を──」
その瞬間、ヴィルダリオがシャルマーの後ろから飛び出す。
だが、既に俺も前へと飛び出していた──
「──聞かせてもらおうかな!」
こっちも仕掛けるタイミングを狙っていたんだぜ?
俺とヴィルダリオは、お互いに飛び出し相手に向かって突進している。対してシャルマーも俺が動き出したと同時にヴィルダリオと入れ違いになるように後ろに跳び、ヴィルダリオの背に隠れる。
ヴィルダリオが俺に向かって距離を詰めながら祭衣の背中に手を伸ばす。
服の背中から、どう見ても服の中に納まるサイズではない長剣が抜き放たれ、ヴィルダリオはそれを構えて俺に向かってくる。
俺はそんなヴィルダリオに向かって躊躇なく距離を詰めた。俺は視界の中心にヴィルダリオを据えるが、その瞬間、ヴィルダリオの背後から手裏剣がヴィルダリオを躱して俺に向かって放たれる。
ヴィルダリオに隠れて見えないがシャルマーが投げた物だろう。
俺との直線状にいるヴィルダリオを避けるために風車型の手裏剣が弧を描く軌道で俺に向かってくる。
このままじゃ直撃を食らうだろう。じゃあ避ける?
それはねぇよ。避けたら前進する速度が遅くなる。というか、そもそも俺達のいる場所は狭い路地だ。左右に避けるスペースはない。だから、俺は飛んでくる手裏剣など気にせずに、向かってくるヴィルダリオとの距離を詰める。
直後、飛来した手裏剣が俺の肌を斬る。
ダメージはその程度だ。俺の足を止める威力はない。それがわかってるから無視した。
ヴィルダリオが剣を上段に構える。
俺が間合いに入ったら即座に振り下ろすつもりなんだろう。
だったら、俺はその刃が届くより速く懐に飛び込んで拳を叩き込む。
そう考えた瞬間、ヴィルダリオの真後ろから、ヴィルダリオの顔のすぐ真横を通って俺に向かって銀色の光が走る。
シャルマーが投げたナイフだ。
そう一瞬の間に判断した俺はそれを防御することなく受けることを選ぶ。
直後その刃は正確に俺の左眼を貫いた。痛いが我慢はできる。
そもそも眼球にナイフが刺さったくらいで俺が足を止めると思われるのは心外だしな。
俺は左眼に刺さったナイフを無視してヴィルダリオとの距離を詰める。
シャルマーがヴィルダリオの背後から飛び出し、姿を現す。
シャルマーはその勢いのまま、路地の壁に向かって跳ぶと、垂直の壁を駆けて俺の背後へと俺の頭を越えて回り込みながら、頭上から俺に向かってナイフを投げつけてくる。
これも無視だ。
俺はナイフが刺さる痛みに耐えると、眼前で剣を振りかぶるヴィルダリオの懐に飛び込み、全力の拳を叩き込んだ。刃が届くより速く俺の拳はヴィルダリオの胸を撃ち、胸骨を粉砕してヴィルダリオの体を吹っ飛ばす。
「好き勝手、ぶっ刺しやがって」
俺は目に刺さったナイフを引き抜き、背中に刺さったナイフも引き抜く。
即座に潰れた左眼や背中の傷の再生が始まり、元通りになる。
そんな俺の様子を見てもシャルマーは驚く様子を見せずに、俺に対して不敵に笑って見せる。
いいね。結構やるみたいじゃねぇか、両方ともな。
「軽い拳だ」
俺が声のした方を見るとヴィルダリオも傷を治したのか俺に手応えがあったにも関わらず無傷な様子で立ち上がった。
「それに反応も鈍い」
俺の前に立つヴィルダリオに対して俺の背後に立つシャルマーが俺を侮るように言う。
これを狙ってたのか、細い路地で挟み撃ちの状況──でも、だから何?
ちょっと強い二人組に挟まれてるからってそれが何だって話さ。むしろ俺にとっては望む所さ。
「ウォームアップだけで相手の実力を判断するとか早漏が過ぎるぜ」
まだ、始まってないのに判断するんじゃねぇよ。勝負はここからだぜ?
俺に挑んでくる理由は知らねぇが、そっちは戦る気満々、こっちも戦る気満々。だったら、戦るしかねぇよな。
さぁ、喧嘩をしようか!




