現行犯
──ラ゠ギィは宿の自室でコインの枚数を数えていた。
自身が所属する白神教会の資金力を使い、冒険者などから剣神祭に出場するためのコインを買い漁っているラ゠ギィであるが、その顔色は優れない。机の上に置かれたコインは数百枚を超え、千枚以上あるが、それでもラ゠ギィは剣神祭に出場するのには足りないという予感があった。
他の出場者がラ゠ギィより遥かに先に収集を開始している時点で不利であることに加え、この剣神祭は出場者が最初から決まってる類の物だ。運営は赤神を祀っている神殿が行うが、神殿と言っても運営しているのは神ではなく神官であり人間たちだ。
いくら聖職者として俗世と距離を置くとはいえ、完全に関係を断ち切れるわけもなく、俗世へ有力者たちへの配慮は間違いなくあり、それによって既にイグナシスの有力な剣術流派の出場は決まっているだろうとラ゠ギィは分析している。
そして、コインの供給は赤神神殿が行っているのだから、秘密裏に有力な流派にコインの供与をしていてもおかしくはないというのがラ゠ギィの考えだった。
どんなにコインを集めても、最後には神殿が勝たせたい者たちにコインを積んで勝たせるだけであり、出場者の枠は既に決まっていると言って良いだろう。
──となれば、どうするべきかとラ゠ギィは考える。
このままアッシュ達と協力してコインを集めて、運営の工作していない残りの出場枠を得る?
だが、それはありえないとラ゠ギィは自分の思考を否定する。
協力すると約束はしたが、本気で協力し、コインを集めて山分けするなどはあり得ない。アッシュ達との協力の約束はただの方便。実際の所は互いに邪魔されたくないが故の休戦の口約束程度のものと、ラ゠ギィは思っているし、ラ゠ギィはアッシュもそう考えていると確信している。
それに運営の工作もあって出場できる枠が少ないのだ。となれば、自分の側だけでも出場できるように相手を出し抜くように動く。休戦しながらも、お互いに相手を出し抜こうとしている相手に本気で協力を求めることは避けるべきだろうとラ゠ギィは考え、アッシュとの協力は最後の手段だと判断する。
「あの方は……」
ラ゠ギィは配下の聖騎士達の報告書に目をやる。
そこにはアッシュが酒場で剣神祭のコインを賭けた試合を行っているという報告が書かれていた。
その報告を目にしたラ゠ギィの最初の反応は疑問だった。
そんなことをしても意味はないのに何をしているのかという疑問だ。
ラ゠ギィが理解していることをアッシュが理解していないということはあり得ないとラ゠ギィはアッシュを高く評価している。
酒場の賭け試合で集められるコインの量などたかが知れている。そもそも出場枠の大半は既に決まっているようなものなのに地道にコイン集めをする理由がラ゠ギィには分からない。
その行動からアッシュに何かしらの考えがあるはずとラ゠ギィは読んでいるが、その考え自体は読めないでいた。
そして推測できない以上、考えても仕方がないとラ゠ギィは判断することにした。
読めない相手の動きを考えて自分の行動が疎かになるのは避けるべきだ。そう思いながらラ゠ギィは、剣神祭の出場に関して敗色が濃厚である現状を打破する策を考えようとし、目の前に積み上げたコインを見る。すると、不意にラ゠ギィの頭に閃くものがあった。
ラ゠ギィはコインを手に取って改めて観察する。
そして、何かを確信したように頷くと、そばに置いてあった封筒を手に取り、その中に一枚のコインを入れると、手紙を書き始め、同じ封筒の中に手紙を入れる。
「……何か悪巧みかな?」
ラ゠ギィが声がした方を見ると、そこにはシャルマーとヴィルダリオが立っていた。
二人は気配を隠し、無断でラ゠ギィの部屋に侵入していたのだった。
「入る時はノックをするように言ったはずですが?」
ラ゠ギィはさして驚く様子も無く手紙の入った封筒をしまうと、シャルマーとヴィルダリオに向き直る。
「何か御用ですか?」
ラ゠ギィは表面上は慇懃な態度で二人を遇するが、本心では二人に対する敬意など欠片もないことを露骨に見せていた。もっとも、それは普段からラ゠ギィの態度が悪いというわけではなく、そんな態度を取られるシャルマーとヴィルダリオに問題があるのは明らかだったからだ。
「別に用は無いが、退屈なんでな。何かすることは無いかと聞きに来ただけだ」
ヴィルダリオの言葉を聞いたラ゠ギィはその発言を思わず鼻で笑ってしまう。
退屈などと、良く言えるものだと、ラ゠ギィは口にはしないものの表情に出していた。
「毎日、道端で目立つように説法をしていることに加え、深夜に殺人を繰り返しているので忙しいかと思っていました」
「それが暇潰しなんだよ。僕達にとってはね」
シャルマーがラ゠ギィの皮肉に対して反論するが、すぐに隣に立つヴィルダリオに窘められる。
「暇潰しなどと言うべきではないぞ。アレは穢れた魂を浄化する宗教的な行為なのだからな」
「おっと、そうだったよ。僕たちは聖職者だからね。殺しじゃなくて罪深い魂にやり直す機会を与えるために現世での命を絶ち切ってあげてるんだった」
シャルマーとヴィルダリオは言い間違えてしまったことを、笑いあっているが、それを聞いているラ゠ギィは笑えない。
「そんなことを続けていればアスラカーズに気づかれるということを理解していますか?」
アスラカーズの名を出されたシャルマーとヴィルダリオは笑みを消す──かと思いきや、二人の笑みが不敵な物に変わるだけだった。
「それはそれで構わない。いや、むしろ俺達としては望む所だ」
「僕達に仕掛けてくるというなら迎え撃つだけ。いや、逆にこちらから仕掛けてみようか?」
好戦的なシャルマーとヴィルダリオの言動。
普通の相手であればラ゠ギィは好きにすれば良いと聞き流すだけだったが、今回は相手が相手だ。
ラ゠ギィとしても二人の言動は看過できない。
「教皇猊下は、今はまだアスラカーズとの対決を望んでおられないということをお忘れですか?」
ラ゠ギィの言葉は激しくはないものの有無を言わせない口調だ。
だが、シャルマーとヴィルダリオは悪びれた様子も無く肩を竦めるだけだった。
「今はまだ──というが、今がその時は何時くるんだ?」
ヴィルダリオの問いに今度はラ゠ギィが肩を竦める。
その様子は物を知らない相手に教えるのは無駄だという煩わしさが隠しきれていないものだった。
「猊下が言う、その時とは全ての『縁』が繋がった時です。遠い『因』が『縁』によって結ばれ、果を実らせる。猊下の望む『結果』に至るためには、まだ『縁』が足りない。それゆえに機ではないということです」
シャルマーとヴィルダリオはラ゠ギィの言葉を鼻で笑う。
訳の分からないことを言うなとシャルマーは表情を隠さずにラ゠ギィに問う。
「縁が大事って言うけど、人との出会いは一期一会とも言うし、機が来るのを待ってれば縁を逃すだけだと僕らは思うけどね」
「その心配はいりませんよ。この世界はそういう風にできていますからね」
「どういう風にだ?」
ラ゠ギィはシャルマーとヴィルダリオに対して呆れを隠さず視線を向ける。
そして、同時にイザリアは宣教師の中でも自分にだけ情報を伝えているようだという確信を抱くのだった。
「この世界は『縁』のあるものを引き寄せるようにできているんですよ。故に何時かは必ず縁が集う時が来る。教皇猊下はその時を待っておられるのです──」
──ラ゠ギィとの会話を終えたシャルマーとヴィルダリオはイグナシスの街の路地裏を歩いていた。
あの後もラ゠ギィからは再三、アスラカーズとの接触を避けるように言われ、それはもはや命令と言っても良いような口調であった。
「……奴は確実に俺達を下に見ているぞ」
「面白くないよ。あんなに偉そうにされると」
シャルマーとヴィルダリオがラ゠ギィとの会話で得たのはそんな不満だけだった。
この世界の秘密などを聞かされても二人はそれになんの興味も無いからだ。
「そもそも、僕達はイザリアの手下になったわけじゃないのにイザリアの手下に偉そうにされる筋合いは無いよね?」
「あぁ、俺達はイザリアと仕事上の契約関係があるだけだ」
シャルマーとヴィルダリオにはイザリアに対する忠誠心は無い。そして、この世界に対する興味関心も無い。
二人にあるとすれば自らの欲望を満たしたいという衝動と、契約の満了時にイザリアから貰える報酬。そして、日々の退屈しのぎだった。
「ねぇ、良いことを思いついたんだけどさ」
シャルマーがヴィルダリオに悪巧みを思いついた時の表情で話しかける。
「やっぱり、アスラカーズにちょっかいをかけよう」
「良いのか? ラ゠ギィがうるさいぞ」
「そんなの別に良いじゃないか。そんなことよりアイツが嫌がることをして、アイツに嫌な思いをさせた方が楽しいよ」
それもそうだと思ったのかヴィルダリオが納得した顔で頷く。
それだけで二人の間ではラ゠ギィが嫌がるという理由だけでアスラカーズに接触することが決定する。だが、その前に──
「なにトロトロ歩いてんだ!」
夜も更けていたせいか、街を歩いているのは酒が入ったようで気の大きくなっている者が多い。また、シャルマーとヴィルダリオが細い路地の道を塞ぐように歩いていたのにも原因がある。
結果、シャルマーたちの後ろを歩いていた男は、ゆっくりと歩いていた二人に怒声を投げつけた。それだけならば、まだ良かったかもしれない、その男は振り返ったシャルマーとヴィルダリオを見るなり──
「あ、お前ら、昼間に説法してやがる教会の連中だな? 男同士でとか気持ち悪いことばかり抜かしやがって、目障りなんだよ。街から消え失せろや!」
酒が入った勢いのまま、男は自分の頭に思い浮かんだ言葉を口からこぼす。
そして、その言葉を受け止めたシャルマーとヴィルダリオの二人は、互いの顔を見つめ合い、そして笑みを交わすと──
「今日も穢れた魂の持ち主が見つかったね」
「あぁ、俺達の手で浄化してやらなければな」
シャルマーとヴィルダリオは自分達に攻撃的な態度を見せる男に対して友好的な表情を向けながら、ゆっくりと近づく、そして──
「──また一つ穢れた魂を浄化できた」
「あぁ、そうだな」
数十分後、路地裏に一つの死体が転がり、そのそばに二人の男が立っていた。
その男達とは当然シャルマーとヴィルダリオで、二人の顔には一仕事を終えた爽快感が浮かんでいた。
そんな二人に対して路地裏に転がる死体の有様は凄惨そのものだった。
手足の腱は切られ、歩けなくしている。服は剥ぎ取られ、背中に無数の刺し傷。
性器は切り取られ、その性器をナイフのような刃物で切り裂いた下腹部にねじ込んでいる。肛門からは体液がこぼれ落ち、それ以外にも凌辱の痕。そして最終的な死因は窒息死。
「やっぱり咥えさせると駄目だね。すぐに死んでしまう」
シャルマーはヴィルダリオに若干責めるような視線を向けていた。
バツが悪そうな表情のヴィルダリオは言い訳は無理と思ったのか素直に謝る。
「あまり騒ぎ立てられると困ると思ってな。口を塞いだんだが、それが良くなかったみたいだな」
「そうだよ。猿轡とかでも良かったじゃないか」
「適当な布が無くてな。仕方なく自分のモノで代用してみたんだが駄目だったな」
「今度からは忘れずに布を用意するか、喉笛を潰してからにしようね」
「あぁ、そうだな」
シャルマーとヴィルダリオは和やかに話しながら歩き出す。
物言わぬ死体となった男の体を道端の石ころのように足で退かしながら、その場を後にしようとした二人。だが、その時だった──
「なぁ、キミら、そこで何をしてるんだい?」
シャルマーとヴィルダリオは突然聞こえてきた声に対して身構え、声の方を振り向く。
気配は感じなかった。一仕事を終えて油断していたというわけではない、それでもその声の主の気配を感じ取れなかったことに二人は警戒し、慎重に相手を探ろうと、その顔を見る。
そして、二人が見た、その顔は──
「あれ、もしかして昼間に通りで教えを説いてる宣教師のお二人さんかい? あの同性愛を推奨してる感じの。……ところで、キミらの近くに転がってる死体はなんだい?」
自分達の顔を見て思い出したように話す男の顔を見たシャルマーはラ゠ギィの言葉を思い出し、そしてヴィルダリオに話しかける。
「アイツはこの世界は『縁』を引き寄せるって言ってたけど、なるほどね」
「確かにその通りのようだ」
答えるヴィルダリオもラ゠ギィの言葉を思い出し、確かに言っていた通りだと納得するのだった。
「一仕事、終えて帰る途中にとんでもない所に出くわしちまったようだね。少し、お話を伺っても良いかい? 何処の誰かも分からない奴に話したくないって言うなら自己紹介するけど?」
シャルマーとヴィルダリオ、二人の宣教師が遭遇した男。その男は──
「俺はアッシュ・カラーズ。さて、それじゃあキミらのお名前を聞かせてもらうのと、ちょっと事情を教えてもらおうかね」
アスラカーズ──シャルマーとヴィルダリオが狙おうとしていた相手だ。
「断っても良いけど、その時はぶちのめしてから話を聞かせてもらうぜ?」
そう言ってアスラカーズ──アッシュは不敵な笑みを浮かべてシャルマーとヴィルダリオを見据えるのだった。




