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師範代アッシュ・カラーズ

 

「──ていっ!」


 その日、俺はジルベイン流の師範をぶっ飛ばした。

 俺がジルベイン流が有名になるための素晴らしい計画を教えてすぐ、師範がやってきてね。

 俺が流派を私物化しようとしてるのに気づいた師範が俺に勝負を挑んできたんで、返り討ちにしてやったってわけさ。


「今日から、俺がこの流派のかしらな」


 逆らっても良いけど、その瞬間に俺はジルベイン流が俺に負けたってことを街中に知らせに行くぜ?

 反抗的な目で見てくる門下生はいたけど、そのことを言うと黙ってくれた。

 道場破りに負けたなんて恥ずかしくて知られたくないだろうしね。そういう面子がある奴らはコントロールしやすくて良いぜ。


「キミらが黙って俺に従ってくれるなら、俺はジルベイン流の人間としキミらに良い思いをさせてやることもやぶさかではないんだけど、どうだい? 俺の言うことを聞いてくれるかい?」


 お願いみたいに言ってるけど、聞いてるほうからすりゃ命令だよな、これじゃ。

 でもまぁ、俺の方もそこまで遊んでられるわけでもないしさ。こいつらには悪いけど、ちょっと支配的に行かせてもらうぜ?


「そうは言われても──」


「おっと、ストップ。俺はキミらの話を聞くつもりは無いぜ? キミらに許されてるのは首を縦に振るか、横に振るかのどちらかだけだ」


 ここで、舐めたことをしてくれるくらい気概のある連中だったら良かったんだけどね。

 俺の策にとっては都合が悪いけど、そういう連中の方が好みだからさ。

 もっとも、そんな俺の好み連中でないことは最初から予想がついてんだけどね。そんな俺の予想が的中し、ジルベイン流の連中は大人しく首を縦に振り、俺に従うことを了承してくれた。


「ま、最初から俺が師範とか、そういう肩書きになったら変だから世間には師範代ってことにしておこうか」


 師範代ってのも実際は変なんだけどね。でも、俺的に下っ端扱いは面白くねぇからさ。ある程度の立場はないと俺が我慢ならないのよ。


「さて、それじゃあ、みんなでジルベイン流を盛り立てていこう。俺も協力するから皆で頑張ろうぜ?」


 そんなに絶望的な顔をするなよ。

 俺の都合に巻き込んでるんだから、その詫びとして最終的には悪いようにはしないからさ。そこら辺は安心しても良いぜ。

 もっとも、そんなことを最初に言っちまうと、ちゃんと働かなくなりそうだから、最初はビビらせられるだけビビらせるんだけどね。


「具体的に何をすれば良いかは……まぁ、細かいことは追々説明するとして、前も言ったように、とにかく他の流派に喧嘩を売りまくれ。ただし、剣神祭に出場するのが決まってるようなデカい流派じゃない。ジルベイン流と似たような剣神祭に出場する気はそこまでないけど、見栄でコインを集めてるような流派だ。そいつらを狙って、コインを賭けた試合を挑むなり、後ろからぶん殴って、コインを奪うなりしろ」


 俺の作戦を聞いた門下生たちがドン引きした顔になる。

 どうやら前に言ったのは冗談だと思われていたようだ。

 まったく泣けてくるね。俺の本気は伝わってないようだ。


「ただし、殺しは無しだ。まぁ、殺されるのも無しだけどさ。とにかく勝てないと思ったら逃げていいし、相手を殺さなきゃいけないって状況になっても逃げる。面子のある連中同士が命の取り合いになると面倒だからってのあるけど、大事なのはキミらがやったってことが分かるようにすることだ」


 自分達の犯行だってバレないようにするべき?違うね。

 むしろバレた方が良いのさ。ジルベイン流はヤバい連中だってのを分からせるにはその方が良いんだよ。

 そうすりゃ、周りは騒がないからね。流派同士の争いで片づけるから治安維持組織も動かないか、動きが鈍くなるからね。


「そんなことして大丈夫なんでしょうか?」


 門下生の一人がおずおずと手を挙げ、俺に質問してくる。


「問題ねぇよ。そのうち問題は起きるかもしれねぇが、そうなった時の対処も考えてるからキミらは気にせずやればいい。やばくなったら、俺も手を貸してやるからさ」


 こういうチンピラ仕事は俺の得意分野だからね。

 こちとら人間だった時から数えりゃ数百年単位でチンピラやってんだから、自然と得意にもなるわな。

 ま、その代わり真っ当な生き方はできなくなったんで、プラマイゼロ……いやマイナスの方が大きいかな。


 でもまぁ、なんにせよ、俺が取れる手段はこれくらいしかないわけだし、さっさと状況を混沌とさせなきゃならない。そうしなきゃ白神教会のバックアップのあるラ゠ギィには出し抜かれるからね。


 ──そうして、ジルベイン流の連中に行動を起こさせて数日。

 イグナシスの街中には殺伐とした気配が漂いだしてきた。

 そんな中、俺は何をしているかというと──


「ちょっと、そこ行くお兄さん。俺と一勝負していかないかい?」


 俺は道端に立ち、通りを歩く武芸者に野試合をふっかけていた。


「そっちが賭けるのはコイン。俺が賭けるのは金貨。俺に勝てれば、大量金貨の大盤振る舞い。腕に自信があるなら、俺と一勝負しようぜ?」


 ジルベイン流みたいな道場と同じように武芸者も見栄でコインを持ち歩いているからね。

 一枚も持ってないのは恥ずかしいってんで、換金もせずに持ち歩いている奴がチラホラと、そういう連中は後で「剣神祭には出場できなかったものの、これくらいのコインを集めたんですよ」とか自慢気にいうためだけに持ってるのさ。そんでもって出場できなかったのを有名流派が金を使って集めてるせいで、それが無ければ出場できたとか言い訳をするのさ。


 見苦しいよね。

 そんな見苦しい真似をさせるのは忍びないから、俺がこうやって集めてやってるのさ。

 ついでに実力の程も分からせるっていう親切もセットにしてさ。


「おやおや、声をかけても逃げて行かれる御方が一人。お腰の物は飾りか何か?」


 俺が声をかけた武芸者の一人が足を止めて、俺を睨みつける。

 今にも腰に帯びた剣を抜きかねないような殺気を俺に向けてくるが、俺はその殺気を鼻で嗤って見せる。


「イラついたなら、かかって来いよ。こっちはこんなにお買い得な挑発をしてるってのにさ」


 安い挑発の大安売りだ。タダ同然で喧嘩を売ってやるよ。

 この場合のタダってのは喧嘩を買う方に何の非も無いって意味で、何の気兼ねも無く買える喧嘩ってことだ。もっとも、タダより安いものは無いとも言うけどね。


「後悔するぞ」


 俺が挑発した剣士が腰の剣に手をかける。

 それを見て俺は腰に釣るしていた袋を放り投げる。すると、袋は地面に落ちた拍子に中身がこぼれ落ち、中の金貨が地面に散らばる。


「勝負するならコインを賭けてくれよ?」


 俺がそう言うと剣士は懐からコインを取り出し、地面に放り投げた。

 枚数は20枚ほどだろうか? まぁ、何枚でも良いんだけどね。


「後悔するぞ?」


「その台詞は二回目だね」


 剣士は俺の言葉を気にも留めず、剣を抜き放つ。

 だが、その意識は地面に落ちた金貨に向かっているようで、俺に対しての集中しきれていない。

 ま、俺が剣を抜いてないというか、丸腰だから武器を用意するのを待ってるってことなのかもしれないけど──


「キミは後悔しなくて済むから良いね」


 俺は俺が武器を用意すると思って、何もせずに俺を見ている武芸者の懐に素手のまま飛びこむ。

 この時点で二流だわな。自分が武器を持ってるから、相手が武器を持ってないって思うのもあるし、相手が丸腰に見えるのに何もせずにボーっと相手の準備を待つとかさ。

 別に俺らは正々堂々とるなんて打ち合わせをしてないんだから、何も言わずに斬りかかってくればいいのにね。


「持っていたって役に立たないものだから、無くなっても後悔しないだろ?」


 俺はそんなことを言いながら、剣士の顎先に拳を叩き込んだ。

 その一発で剣士は崩れ落ち、俺の勝利が確定する。


「もう少し、喧嘩の仕方を勉強するべきだね」


 相手の動きを待つってのはよろしくねぇよ。

 大事なのは常に先手を取ること。仕掛けるのはいつだって自分だ。

 相手に合わせて動くってのは悪手だぜ?


「じゃ、コインはいただいていくからさ」


 俺は地面におちたコインを拾いながら辺りを見る。

 すると通行人が俺へ怯え半分、興味半分の視線を向けているのに気付く。

 ま、いきなり路上で賭け試合をやりゃ驚くか。でもまぁ、注目を浴びているのは良いね。


「この勝負、ジルベイン流師範代、アッシュ・カラーズが勝利した! 勝者の権利として賭けの対象となった品は頂いていく!」


 俺は注目を浴びているついでに俺を見ている人々に向かって宣言する。

 こうやって地道な宣伝が重要なのさ。()()()()()()()アッシュ・カラーズってことにしていくためにはさ。

 ただのアッシュ・カラーズじゃなく、ジルベイン流のアッシュ・カラーズ。それが今後、大きな意味を持ってくる。そのためには今の内に名を売っておかなきゃね。


「ご見物いただいた皆さん。俺は夜には『青の砥石亭』という酒場で、今と似たようなことをやってるので、興味がある方はお越しいただきたいね。俺に興味は無くても金に興味があるという奴がいたら、紹介してくれても良いぜ? 挑戦者が増えるのは大歓迎なんでね」


 俺はそう宣伝して、その場を後にする。

 そして夜になり──


 ──俺は宣伝した通り『青の砥石亭』にいた。

 酒場のカウンター席に座って店主から出された酒を飲み、ダラダラと舞台が整うのと挑戦者が来るのを待つ。舞台って言っても酒場のホールの真ん中に椅子やテーブルをどけただけの空間だけどさ。

 でもまぁ、俺にとっては慣れた喧嘩のリングだ。人間時代からバーとかクラブに行って、非合法な格闘の試合をやってたからね。


「ま、流石に悪名が轟きすぎたかね」


 俺がボンヤリと酒を飲んでいる内に、リングは出来上がったが肝心の挑戦者がやってこない。

 俺はマスターに酒のおかわりを要求すると、渋々ながらに俺のカップにマスターは酒を注いでくれる。

 この酒場に試合場を作って数日。すでに20人以上をぶちのめしてるからね。挑戦者が減るのも仕方ないかも。


「嘆かわしいねぇ! 剣の街だなんて言っても、素手の俺にビビッて挑むどころか、隠れて逃げ回ってるとかさぁ!」


 俺は酒場の外に聞こえるくらい大声でイグナシスの住人もろとも挑発する。


「肩書だけは偉そうだけど、しょぼい街だから雑魚しか集まらねぇってことなのかなぁ!? それとも雑魚が集まってるから、しょぼい街なのかねぇ!? ま、どっちにしろ雑魚しかいないのと、しょぼい街ってのは変わりねぇけどさ!」


 俺の発言を聞いたマスターがカウンターに酒瓶を叩きつけるように置いた。

 どうやら怒ってるようだ。故郷を愛する心があって素晴らしいね。


「催促せずにおかわりを寄越す準備をしてくれるとか気が利くね。いや、違うか。しょぼい街に住んでる雑魚だから、強い奴に尽くすってのが本能的にできるってことか」


 俺のあからさまな挑発に乗ってマスターが酒瓶を投げてくる。

 嫌だねぇ、そんなに攻撃的になってさ。


「散々、キミにも儲けさせてやってるのに、随分な態度だね」


 俺の賭け試合を行う際の迷惑料としてマスターには結構な額の金を渡してる。

 その時点で俺の共犯のくせに急に愛郷心に目覚めたのか、俺に攻撃を仕掛けてきやがった。

 でもまぁ、挑発してる俺が悪いから、ビンを投げつけられても俺は許すぜ。だが、俺が許そうとして揉める気配になりそうなのは止まらず、そうしている内に不意に俺のそばに人の気配が、そして──


「……何をしている?」


 そのまま酒場のマスターと揉めそうになった俺に不意に声をかけてくる奴がいた。

 俺はその声がした方を振り向くと、そこにはゼティがいた。


「よう、久しぶり」


 元気そうだね──とは言わなかった。あんまり元気そうじゃなかったからね。

 まーた、ナーバスになってやがる。それが久しぶりに会ったゼティへの印象だった。


「こんなところで何をしているんだ?」


 ゼティが現れるとマスターは客の前でバツが悪いのか俺への攻撃的な態度は鳴りを潜め、大人しくなる。


「コイン集めはしなくて良いのか?」


「してるよ。今がその最中だからね」


 俺の事は良いから、キミの方はどうなんだい?

 ちゃんと俺のために働いてる? しっかりと俺のため尽くしてる?

 ……なんてことはマジでは聞かねぇよ。冗談では言うけどね。

 実際の所、俺と俺の使徒の関係は純粋な主従関係とは違うからさ。別に俺のために何かをする義務があるわけじゃないから、俺に尽くすことを強制はしてないんでね。


「キミの方はどうだい?」


 俺が訊ねるとゼティは何も言わない。

 なんかあったなこりゃ。というか、何もないわけがねぇんだけどさ。

 このイグナシスの街の環境ってのはゼティにとって、あんまりよろしくないからね。

 おそらく街中にある剣術道場とかを見て、昔の事を思い出し、それが原因で気持ちが落ち込んでるんじゃないかと俺は思うがね。


 ま、敢えて訊ねることはしないけど。


「ま、キミが稼げなくても俺の方が稼ぐから別に良いんだけどね」


 ふと、リングの方を見ると挑戦者らしき輩の姿が見えた。

 どうやら今日も俺の相手はいるようだ。俺は立ち上がり、軽く背伸びする。


「どうやって稼ぐつもりだ?」


「それを今から見せるのさ」


 俺はそう言うとゼティのいるカウンター席からリングに向かって歩き出す。

 さて、それじゃあ俺の稼ぎ方って奴を落ち込み気味のゼティに見せてやるとしますかね。




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