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ゼルティウス 起

今回はやらかした。

いつにも増して読みづらい気がする。

 

 アッシュ達と別行動を取っていたゼルティウスはイグナシスの街を歩いていた。

 山肌に張り付くようにして築かれているイグナシスの街であるが、街の通りは広く、行き交う人々も多い。

 ゼルティウスは人を躱しながら、あてもなく街をぶらつく。


 アッシュからは剣神祭に出場するためにコインを集めるように言われており、ゼルティウス自身もそうすべきだと思ってはいるが、どうにも積極的にはなれず、またその理由自体もゼルティウス自身、薄々勘付いていた。


 活気に溢れたイグナシスの街並み、その中に幾つもある剣術道場。

 その建物と、そこから聞こえてくる剣士たちの掛け声がゼルティウスの胸を郷愁で締め付ける。

 そして道場の前を通る度、道場の中からの声が聞こえる度、それらがゼルティウスの思考を過去へと引き戻すのだった──


 ゼルティウスは今は消え去ったとある世界の生まれである。

 そこはアスラカーズに言わせれば『極めて分かりやすい剣と魔法の世界』だという。

 その世界でゼルティウスはそれなりに裕福な商家の三男として生まれた。

 家を継ぐことを期待されるわけでもなく、かといって関心も持たれないというわけでもなく、それなりに愛情を持って育てられた。

 そのまま育てば、兄の部下として家業の手伝いをするか、独立して何処かで店を開くか。そういった未来が待っているはず。だが、しかし、そうはならなかった。

 幼い、ある日ゼルティウスはそんな平凡な未来を変えてしまうものと出会ってしまったからだ。


 現在いまのゼルティウスは外から道場の中の様子をちらりと覗く。

 武術の道場の中には、あえて外から見えるようにし、自分達の武威を示すようにしている所もあり、ゼルティウスが軒先を通りかかった道場もその類であった。

 ゼルティウスが覗いてみると若い剣士たちが素振りをしている。その姿を見ると否が応でもゼルティウスは今の自分の始まりを思い出さずにはいられない。


 ゼルティウスの人生が変わったのは7歳の頃。ある日、両親に連れていってもらった祭りでの出来事によるものだった。

 もっとも、特別な事件があったわけではない。ゼルティウスの人生を変えたのは祭りで見かけた出し物の一つ。幼いゼルティウスの住んでいた街にある剣術道場、そこの道場主の演武だった。


 今のゼルティウスにとなってはなんてことはない剣術の型の披露。

 だが、当時のゼルティウスはその剣に魅了された。

 閃く白刃その美しさに眼を奪われ、それを振るう肉体の躍動にゼルティウスは心を奪われ、剣と剣術の虜となった。特別な出来事ではない。だが、そのたった一つの偶然の出会いがその後のゼルティウスを運命を決定づけたのだ。


「ッエイヤァァッ!」


「シャアァッッ!」


 道場の中から聞こえてくる掛け声でゼルティウスは思考が現在に引き戻される。

 ちらりと覗くつもりだったのが、気付けば足を止めていたことにゼルティウスは気付き自嘲するような笑みを浮かべ、その場を立ち去ろうとする。だが、どうしても道場の中を見てしまう。

 そこでは門下生たちが剣の素振りをしており、それによってゼルティウスは再び過去を思い出す。


 剣術に心を奪われた自分はすぐに両親に頼み込んで道場に通わせてもらったとゼルティウスは思い出す。

 両親は別に武芸で身を立てて欲しいと思っていたわけではない。ただ、ちょっとした習い事のつもりだった。子供がやりたいといった習い事の月謝を払うことに困らない程度にはゼルティウスの家の経済状況は良かったし、ゼルティウスの両親は理解があった。

 そうして、ゼルティウスは剣の道場に通うようになる。もっとも道場でもすぐに浮くことになったが──


 ──現在いまのゼルティウスは素振りをしている門下生たちを眺めながら思い出す。

 ただの素振りが面白くないのか、それとも意味を感じていないのか、剣を振るう動作が段々と適当になっていく。おそらく実戦的な稽古をしたいのだろうと思いながらゼルティウスは門下生たちを見て、自分も似たような物だと思い出す。


 剣を習い始めたゼルティウスは、しかし素振りしかしなかった。

 人を相手にして剣を振り、稽古をするということを好まず、試合はおろか、実戦などしようとも考えずゼルティウスは素振りをするだけ。それをゼルティウスは剣を習い始めた時から何年も続けた。


 ゼルティウスは人と戦う剣を求めていなかった。

 ゼルティウスの求めているのは、自分が心を奪われた剣。

 美しい軌跡を描いて振るわれた白刃を自分の手で再現すること以外は求めていなかった。

 だから、ゼルティウスは実戦などするつもりもなく、ただひたすら己の理想の一太刀を求めて素振りをするだけだった。


 ──ゼルティウスが見ていると、門下生たちは向き合って木剣を構え出した。どうやら相手をつけての稽古をするようだとゼルティウスがすると、その推測は当たり、門下生たちは木剣を目の前の相手に向かって振る。


 ゼルティウスが通った道場も実戦を重視していたため、同じような稽古をしていた。

 もっともゼルティウスはそれに混じることも無く、一人で素振りを続けていたが。

 ゼルティウスは人を斬るために振るう剣に魅力を感じなかったし、そもそも強さにも興味が無かった。

 ゼルティウスはただ自分の理想の太刀筋を探求するだけで良かったし、それ以上にただ単に剣を振っているだけで満足だった。


 何の目標はあったが、目的も無く剣を振るう日々。

 無心ではなく、常に思考し、己の理想に少しずつ近づいていく。

 近づけなくても剣を振っているだけで楽しさがあった。

 ただ剣を振る。それだけのことにもゼルティウスは楽しさを見出していた。

 それは他者から見れば無為な日々に見えても、ゼルティウスにとっては幸福の日々だった。


 他者と剣を交えず黙々と剣を振るうゼルティウスの姿はほどなくして道場の中でも奇異なものとして見られ、同じ門人たちからは疎まれ始めてもゼルティウスは気にしなかった。

 そして、道場の中に立ち入ることは許されなくなり、道場の前の庭で剣を振るしかなくなってもゼルティウスは何にも煩わされずに剣を振るうことができるということで、むしろ喜びを覚えた。


 ──ゼルティウスは今更ながらこの時に道場主が破門してくれれば良かったと思う。そうすれば今のようなことにもなってなかっただろう。


 道場主や門人たちがゼルティウスを表立って追い出さなかったのは、ゼルティウスの実家のことがある。ゼルティウスの両親は、手もかからず我儘も言わない三男の唯一の楽しみである剣術のために金を払うことを惜しまず、道場主は多額の月謝を貰っていたこともあり、ゼルティウスを道場から追い出すことができなかった。

 その結果、ゼルティウスは7歳で道場の門を叩き、それから8年。15歳になるまでゼルティウスは一日も休むことなく、ただ己とだけ向き合い、剣を振るい続ける喜びの日々を送った。


 ──今はどうだろうか? それを考えようとした矢先、ゼルティウスに声をかける者が現れ、ゼルティウスの思考は今に引き戻される。


「当流派に何用か!」


 道場の敷地の中から門前へと躍り出た門下生がゼルティウスに用向きを問う。

 ゼルティウスは腰に剣を帯びており、剣士であることは誰が見ても明らかだった。

 そんな輩が道場の門前に突っ立っていれば、門下生は色々と察するだろう。


「いや、俺は」


 面倒なことになりそうだと思ったゼルティウスは適当なことを言って、その場を切り抜けようと思ったが、そんなゼルティウスを道場の中から次々と飛び出てきた何人もの門下生が取り囲む。


「当流派に入門を希望か!」


 入門者に対する態度ではないし入門者とは思っていないことは明らかだ。

 争いは避けるべきだとゼルティウスは思うが、このままだと争いは避けられないだろうとも思う。

 そもそも向こうが難癖をつけてきているのだ。


 ゼルティウスがいた道場もしていた良くある手だ。

 その道場の武威を世間の人々に見せつけるための手段。

 適当な相手を見繕って、その相手を手合わせと言って痛めつけ、自分達の道場の強さを分かりやすく宣伝する。今回は自分がその適当な相手とお眼鏡に叶ったのだろうとゼルティウスは思う。


「勘弁してくれ」


 ゼルティウスが自分を取り囲んでいた道場の門下生たちの間を通り抜けようとすると門下生たちは一斉に木剣を構える。


「ゴロツキどもめ」


 武術の鍛錬をしているからといって健全な精神になるとは限らない、その見本のような輩たちだった。


「入門希望者ではないとしたら、もしや道場破りか!」


 門下生たちがわざとらしく騒ぎ立てる。

 あえて騒ぐことで、通りすがりの人々に関心を持ってもらおうとしているのだろう。

 そして、門下生たちの計画ではこの後、ゼルティウスを痛めつけて、その姿を道端に晒すことで自分達の力を示そうといった所だろう。

 もっとも、それは相手の力量を正しく見極められなければできないことである。

 門下生たちはゼルティウスの力量を量れず、逆に自分達がやられることなど想像もしていなかった。


「……はぁ」


 ゼルティウスは諦めて溜息を吐く。どうしてこうなるのかと。

 自分に戦う気は無くとも、自分を侮り、挑んでくるものは絶えない。

 何故、誰も自分を放っておいてくれないのか。

 思えば、あの時もそうだった。

 ゼルティウスの人生が坂道を転げるように落ち始めたのも、今のような状況に陥ったからだ──


 15歳になってもゼルティウスは変わらずに一人で剣を振っていた。

 その頃になると道場の大半がゼルティウスを無視するようになっていた。


『一人で剣を素振りしているだけの変人』


 それがゼルティウスの評価だった。

 しかし、ゼルティウスはそんな評価など気にもしなかった。

 ゼルティウスはただ剣を振っているだけで幸せだったからだ。

 だが、そんな幸福な日々もある日、突然失われることになる。

 それはゼルティウスが15の歳を迎えてから数日が過ぎた日のことだった。


『見ろよ、この剣。スゲェだろ?』


 ゼルティウスがいつも通り道場の庭で素振りをしていると、そんな声が聞こえてきた。

 声の主は、ゼルティウスと同じ道場に通っている門下生の一人。有力な貴族の長男で家の権力を笠に着て傍若無人に振る舞う厄介者だった。ゼルティウスのいた世界では貴族も武芸を嗜むため道場に通うことは珍しくなかった。

 その門下生は取り巻き若者たちに、剣を見せびらかしながら誇らしげに自分の武勇伝を語りだした。もっとも、それは武勇伝とするには余りにも恥ずかしいものだったが。


『昨日の夜に道を歩いていた女をすれ違いざまに斬ってみたんだが、何の抵抗も感じずに肉がスパッといくんだ』


 その貴族の若者は辻斬りをしたことを誇らしげに語っていた。


『ついでに、その女と一緒に歩いていたガキの頭に剣を落としてみたんだが、するとまたもや、スパッと頭蓋骨ってのも関係なしだ』


 取り巻き達は貴族の若者の凶行を咎めることはせずにむしろ褒め称えていた。

 ゼルティウスの世界には無礼打ちの概念がある。貴族が平民を戯れに斬り殺しても、土地ごとの方にもよるが大きな罪にはならなかった。むしろ、貴族にとっては人を斬ったことが武勇伝になるような雰囲気があった。


『流石、高い剣だけあるぜ。親父に買ってもらった甲斐があったよ。お前らにも貸してやるから今晩当たり、ちょっと出かけようぜ?』


 ゼルティウスは貴族の若者が誇らしげに語る話を耳にして自然と素振りの手が止まっていた。


『なんだよ?』


 貴族の若者が自分を見ているゼルティウスに気付く。

 貴族の若者と取り巻き達は普段からゼルティウスをからかっている。

 延々と素振りだけをしている変わり者。そんな格好の標的を倫理観に欠ける若者たちが標的にしないわけはなかった。しかし、どれだけちょっかいを出しても無視するゼルティウスに対して、その内に興味を無くし、最近はただ無視するだけだったのだが──


『なに見てんだよ!』


 怒鳴りながら貴族の若者がゼルティウスに近づいていく。

 手には人を斬った剣が抜き身で握られていた。


『なにも見ていない』


 ゼルティウスがそう答えると貴族の若者は怒りに顔を染める。


『馬鹿にしてんのか、お前!』


 そんなことは──そう言おうとした矢先、ゼルティウスの眼前を刃が通り過ぎた。

 貴族の若者は剣を振り抜いた姿勢だ。それはつまり、ゼルティウスに斬りかかったということだった。


『何をする!?』


 そう言おうとしたが当時のゼルティウスは声が出なかった。

 殺意を持って剣を構える相手に対しての恐怖からだ。

 貴族の若者は顔に陰湿な笑みを浮かべながら剣を構える。


『前から気に食わなかったんだよ、テメェは。いつも一人でスカした態度を取りやがって、俺達を見下してやがったんだろう!』


『そんなことはない』


 ゼルティウスは弁解しようとするが、恐怖のあまりに平坦な言葉しかでなかった。

 それが冷静なように見えて、逆に怒りに対して火に油を注ぐような結果となる。


『やっぱり舐めてやがるな! 殺されないとでも思ってるのか? こっちはもう何人も斬ってるんだぞ。今更、一人や二人増えようが構わねぇ!』


 貴族の若者の取り巻きは止めることはせずに成り行きを眺めている。

 その成り行きとはゼルティウスが斬られることなのだが、貴族が平民の一人や二人、斬り殺したところで何も問題にならないことを貴族の若者とその取り巻き達は知っている。


『こっちは人を斬ってるんだ。素振りしかしてねぇ奴に負けるかよ』


 人を斬ったことで気が大きくなったのか、若者はゼルティウスを侮っていた。

 もっとも、素振りしかしていないのだからゼルティウスは侮られてもしかたないのだが。


『待ってくれ』


 ゼルティウスはなんとか声を出す。

 しかし、相手は聞く耳を持つことは無かった。


『せっかく木剣を持ってるんだ。かかって来いよ、死ぬにしてもその方がカッコがつくだろ? 散々やってた、素振りが無駄じゃなかったって所を見せてみろよ』


 ゼルティウスへの怒りを隠さず、そして嗤いながら貴族の若者は言う。

 そしてゼルティウスは生まれて初めて人に対して武器を向け──


「どうした、何を呆けている」


 ──かけられた声にゼルティウスの思考は現在いまに戻る。

 気付けば成り行きで道場の中に連れ込まれていた。そして、道場破りということにされて門下生の一人と対峙している。


「どうして俺を放っておいてくれないんだろうなと思っていたんだ」


 ゼルティウスは疲れた様子で軽く息を吐く。

 自分は剣を振ってるだけ良かった。それだけで幸せだったのに、いつの間にかこんな場所にいる。

 誰とも争わずに自分だけで完結する人生を送れたはずなのに、気付けば血の臭いが染みついている。


「──そちらのタイミングで始めていいぞ」


 ゼルティウスは試合用に渡された木剣を構える。

 その瞬間、ゼルティウスと対峙していた門下生が動き出した。

 その動きに自分の記憶の中の──自分が初めて剣を交え、そして初めて殺した相手の動きが重なる。

 あの時もこんな風に有無を言わさず襲い掛かられ、そして──


 ──貴族の若者が動く。

 だが、その時ゼルティウスの体がゼルティウスの意思を離れて動き出す。

 ただひたすらに理想の一太刀を追い求めた、その成果が、幸か不幸か結実した瞬間だった。

 無意識に放ったゼルティウスの木剣の一撃はゼルティウスが今までに振るい続けた剣の中で最も美しい軌跡を描いて、襲い掛かってきた相手の頭を捉える。


 凄まじい一撃だった。

 木剣を受けた貴族の若者の頭は爆ぜ、頭蓋は砕けて脳漿が飛び散る。

 誰がどう見ても即死だ。


『あ……』


 殺したゼルティウスにも何が起きたか分からない無意識の動きだった。

 自分が殺した相手を見て、ようやく事態を理解する。それがゼルティウスが初めて他者と剣を交えた結果だった。

 それに対して現在いまは──


「はぁ……」


 道場の床にはゼルティウスと対峙した門下生が倒れていた。

 ただし、昔とは違い、息はあるどころか目につくような怪我も無い。


「喧嘩を売るなら相手を選べ」


 ゼルティウスはそう言うと、木剣を放り捨て、その場から逃げるように走り去る。

 思えば、最初の時もそうだったとゼルティウスの脳裏に苦い記憶が蘇る──


『こ、殺したっ!?』

『貴族を殺しやがった コイツっ!?』


 貴族の若者を一太刀で撲殺した直後、ゼルティウスより先に正気に戻り状況を理解したのは若者の取り巻きだった。彼らの驚愕の声と悲鳴を聞いたことで遅れて、ゼルティウスも正気に戻り、状況を理解する。


 貴族が平民を殺すのは許される。だが、平民が貴族を殺すのは許されない。

 極刑は避けられないだろう。そのことに気づいたゼティが取った行動はその場からの逃走であった。

 状況を分析する余裕も無く、混乱し、場当たり的に、その場から逃げ出したゼルティウスは家族を捨て、故郷を捨て、ただ逃げるしかなかった。


 この瞬間からゼルティウスの人生は下り坂を迎える。だが、まだ底ではない。

 ゼルティウスの人生は底に向かって落ち始めたばかりだった──




今年中にもう一話くらい頑張りたい。

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