次の手だて
──俺の手にはカイル君たちが貰った剣神祭に出場するために必要なコインの袋があった。
交渉の末に手に入れた……ということは無くて普通に盗んだんだよね。白神教の教会がある場所に向かって歩いていたカイル君たちは隙だらけだったので、コインを盗み取るのは楽勝でした。
俺はカイル君たちが換金しようとしたコインを盗み取ったその足でイグナシスの街をぶらついていた。
すぐに帰るのも面白みがねぇだろ? 人生の楽しみってのは寄り道にあると俺は思うんだよ。まぁ、俺の人間としての生は目的地も無く寄り道だけで終わっちまったわけだけどさ。
「──人間であることを望むのならば、自らの愛の対象を見定めねばなりません」
何か楽しいことが無いかと思って道を歩いていると、通りで白神教会の宣教師が教えを説いている所に出くわした。
女の子みてぇな面の男と傷だらけの顔の男のコンビの宣教師、ついこの間も見た二人組だ。
その二人組は相も変わらず──
「男女の愛は愛では無い。それは子孫を残そうとする獣の欲と同じ物。真の愛とは同じ性にのみ生じる物なのです!」
まぁ、そういう考え方もあるよね。
地球でも古代ギリシアとかも同性愛の方が真っ当な愛の形だって考えてた人もいたらしいし珍しいことじゃなかったみたいだしね。
男女間の場合は子供ができるけど同性の場合だと何も生み出さない。でも、その何も生み出さないってことに意味を見出すこともできるんだよね。むしろ何も生み出さなくても結びついてるからこそ真の愛だとか考えたりさ。
俺は普通に女の子の方が好きだから良く分かんねぇけど、自分が理解できないを悪いっていうのはお行儀がよろしくないしね。だからまぁ、俺は同性愛に対しては寛容なスタンスを取ることにしてる。
ただまぁ、あの宣教師連中みたく自分の考えを押し付けるってのは行儀が悪いから好かねぇけどね。
一応、この世界くらいの文明レベルだと宣教師たちが言っていることは相当にぶっ飛んでるんで、その点に関しては評価しても良いけどさ。
「ま、足を止めて聞くほどの興味は無いってことで」
俺はそう結論を出して演説をしてる宣教師の前を通り過ぎる。
そのままイグナシスの大通りを進んでいくが、大通りには俺の興味を引くような店は無く、チラッと横目で見ながら通り過ぎるだけだ。
そうして歩いている内に街の広場に辿り着く。
広場には幾つもの露店が並び、広場の一画にはベンチやテーブルの置かれた場所があった。
俺はなんとなく、そこに向かうとベンチに腰をおろし、一息つく。
広場は活気に溢れ、人々の顔も明るい。
そういうのを見てるとどうにも居心地の悪さを感じるぜ。
楽しそうな奴らを見るのは嫌いじゃないんだけどね。
ただ、そういう連中の中や近くに俺という存在がいるのが、俺は嫌だ。
結局の所、俺は自分が未練がましいのが嫌なんだろう。
自分で人の社会を捨ておいて、そのくせ結局、人の社会のそばにいる自分に自己嫌悪というか羞恥心を抱いてるんだと自己分析してみたり。
「あぁ、嫌だ嫌だ」
別に暗い気持ちになってるわけじゃねぇんだけどね。
ただまぁ、こういう気持ちは生産的じゃねぇから好きじゃないんだよ。
とりあえず気を取り直していこうじゃないか。
そう思って辺りを見回してみると、広場の隅のテーブルの席にずっと座ってる男が目についた。
休んでるってわけじゃねぇな。雰囲気は売人とか裏の取引をしてる奴みたいだ。どうにも素人くせぇのは素人だからだろうか? 地球だったら速攻で職質を食らうだろうけど、この世界ではそうじゃないようだ。
俺は気になったので声をかけることにした。
「やぁ、楽しそうだね」
何も楽しいことは無さそうな相手に俺は話しかけた。
まぁ、なんとなくどういう仕事の奴なのか察しはつくんだけどね。
「……何か用か」
「もうちょっと愛想良くしろよ」
素人じゃねぇんだから──って、こういう仕事は素人かもしれないから温かい目で見てやるべきなのかな?
俺はそんなことを考えつつ、カイル達から盗み取った袋を男の前に置く。すると、男は驚く様子も無く俺を見る。こういう所が素人くせぇんだよなぁ。貫禄を出さずに、もっと一般人らしいところを見せなきゃ駄目だろうが。
「中身は?」
「結構な枚数のコイン」
そう言うと男は何も言わずに袋の中を覗き込む。
俺の予想通り、やっぱりコインの換金役か。
「金貨5枚でどうだ?」
男は悩む様子も無く金額を提示する。
何を根拠にその値段なんだろうね。まぁ、どうでもいいけどさ。
俺はそもそも取引するつもりも無かったので、コインの入った袋を手に取る。
俺のその行動に男が俺を睨みつけてくる。
「一般人を装ってるくせに凄んでんじゃねぇよ、素人が」
日本の大学生の売人でももっと上手くやるぜ?
俺は挑発するような態度を露にしながら、男と向かい合って座る。
「どういうつもりだ?」
「別にどういうつもりもねぇよ。ただ、キミが何処の道場や何て流派の所属なのか興味があっただけさ」
俺がそう言うと男はスッと懐に手を入れたので、俺は即座にテーブルを押し込んでテーブルで男の動きを押さえ込む。
「様子を見てりゃ、武人だって分かるぜ? 隠そうとしても無駄だよ」
一般人を装ってる割には武骨な気配が出過ぎだって話。
そもそも隠そうとしてないのかもね。だとしたら、かなり大っぴらにコインの回収をしてるのかも。
男は俺の言葉に観念したのか、あっさりと白状する。
「ジルベイン流だ」
「ジルベイン流?」
俺は間抜けにオウム返しをしてしまう。
いや、だってさぁ聞いたことのねぇ固有名詞を言われたら仕方ねぇじゃん。
でも、そんな俺の疑問形の返事が気に食わなかったようで、男は俺に食って掛かる。
「ジルベイン流だぞ? 知らんのか! イグナシスで三本の指……いや五本…………両手の指で数えるうちに入る名門流派だぞ」
「はぁ、そうですか」
まぁ、躊躇いなく金貨を出せる程度には儲かってるんだろうから名門か。
「その名門がこんな人目のあるところでコインの買取かい?」
世知辛いねぇ。
俺の言葉にバツの悪い顔を浮かべる男。でもまぁ、男はすぐに開き直った。
「どこの流派もやっていることだ。他の流派は人目につかぬところでやっているがな」
別に是非を問うてるわけじゃないんだけどね。
開き直ると後ろめたいことがあるみたいだぜ。
ところで、なんで他の流派は人目につかない所でやってるのにジルベイン流はこんな公の場でやってるんだろうか? ギルドでコインの買取をしてる所もいるってのに、この場所は明らかに不利だよね。
まぁ、理由は分かるけどさ。
「単にキミの流派は何処にもコネがねぇから、こんな場所で必死にコインを集めてるんだろ?」
冒険者ギルドの一画に堂々と換金所を用意できるような流派じゃないってことだ。
可哀想にねぇ、そのせいでコイツみたいな不器用っぽそうな奴も仕事をしなきゃならねぇんだろう。
「……冷やかし程度なら許してやったが、我が流派を愚弄するのであれば容赦はせんぞ」
「おぉ、怖い。怖すぎて鳥肌が立っちまうぜ」
まぁ、立たねぇけどさ。俺をビビらせるには力不足だぜ。
俺の態度が気に食わなかったのか、男は机を力任せにどかすと立ち上がり、俺に殺気を向けてくる。
──まぁまぁな殺気だ。名門って自称するだけのことはあるね。ちょっと好きになってきそうだぜ。
でもまぁ、俺は今は喧嘩がしたいわけじゃないんだよね。
「落ち着けよ、俺は良い話を持って来たんだぜ? キミにも、キミの所属してる流派にとってもさ」
まずはそれを聞いてからでも良いんじゃないかい?
そして俺は良い話をしてやった──
──ジルベイン流とかいう剣術流派の奴と話してから少しの時間が過ぎ、俺は寝床に戻っていた。
話し合いは……まぁ、何とかなったって感じ。俺がそう思ってるだけかもしれないけど、俺がそう思ってりゃ充分なんだよね。後は何とでもなる。
そして今後の足掛かりを作ってから俺は家代わりのキャンピングカーに戻る。
その場所はイグナシスの街のある山の近くの村。そしてそのそばにある川原であり、そこで俺を待っていたのは──
「お、帰ってきたな。朝帰りならぬ昼帰りとは隅に置けない男だな」
車のそばに立っていた裸のセレシアだった。
ついさっきまで、車を駐車している近くの川で水浴びでもしていたのかセレシアは腰に布を巻いた以外の何一つ身に纏わぬ姿で、俺が戻ってきた時には青空の下を平然と歩き、形の良い乳房と薄桃色の乳首を隠さずにセレシアは平然としていた。
「盛り上がってしまってね。帰ってこれなかったのさ」
艶っぽい話だったら良かったんだけどね。
セレシアの期待には応えられず残念ながら、灰色の一夜でしたよ。
まぁ、そういうことをわざわざ言わねぇけどさ。
こういう気取り方も俺らしくて良いよね──って思った矢先の出来事。
「見つけた! 僕たちのコインを返して──って、ちょっと!?」
カイル君たちが俺を追いかけてきた。
さて、何を騒いでるんだろうか? 何か焦るようなものでもあるのかい?
「は、裸の女の人がっ!」
大慌てで声をあげるカイル君と無言で跪くギド。
クロエちゃんとコリスちゃんは乙女の裸を何の対価も払わずに見たカイル君とギドを打ち据える。
いいねぇ、初々しくてさ。当のセッシーは全く気にしてないのに、思春期の男の子と女の子だけ騒いでやがるよ。
「なにごと!?」
カイル君たちが騒いでる声が聞こえたのか、車の中にいたリィナちゃんとシステラが飛び出してくる。
そして、すぐさま素っ裸のセレシアを見て、悲鳴をあげながらセレシアの体をタオルで隠す。
「セレシアさん、服! 服を着て!」
慌てるリィナちゃんたちに対してセレシアは裸で堂々としている。
「何をそんなに慌てているんだ? 私の体に恥ずかしい所など無いと思うが?」
俺もそう思うけどね。
綺麗なおっぱいだったと思うよ。
何処に出しても恥ずかしくない──
「お前、何見てんだ!」
おっと、リィナちゃんがガチギレしてやがるよ。
俺だけ普通にしてたのが気に食わねぇのかな。
「まぁまぁ。落ち着くんだ、マルスリィナ。見られたとして減るもんじゃないんだ」
セレシアがリィナちゃんを窘める。でも、俺はセレシアの発言については賛成できないね。
裸を見られても減るものは無い? そんなことはねぇよ。
女の子の裸が世間に露出し、それが出回る度に女体という神秘は失われ、健全な青少年男子の女体への憧憬は失われるんだぜ? そう考えりゃ減るものはあると思わないかい?
地球の話で言うと……まぁ、俺は体験したわけじゃないけど、インターネットで簡単に女の裸の画像が手に入るようになった時代とそれ以前の時代では明らかに違う物があると思うんだよね。その違う物が俺には説明できないし、そもそも説明しようとは思わないんだけどさ。
──とにかく、安易に裸を見せると相対的に他の女子の裸の価値も下がるからやめようねって話だと思う。良く分かんねぇけどさ。だから、セッシーの「減るもんじゃない」って発言はよろしくねぇよな。
「なにジロジロ見てんだ!」
リィナちゃんがマジギレに近い感じで怒ってくる。
そんなにジロジロと見てたつもりはないんだけどね。
「もしや私の体に興奮したか?」
キレてるリィナちゃんに対して、セッシーが調子に乗った感じで俺に聞いてくる。
うーん、なんだか俺への認識がおかしい気がするなぁ。もしかして、俺ってスケベだと思われてる?
そりゃ、俺だってセックスは嫌いじゃないけどさ。でも、それを人生の第一目標に置くほど女を欲しいわけじゃないんだよね。
「まぁ、ほどほどに?」
運良くおっぱいが見られたらラッキーと喜ぶけど、それだって卵を割った時に黄身が二つあった時に喜ぶのと同じレベルの喜びだしなぁ。
そういう気持ちを伝えるとセッシー納得したように頷く。もっとも納得したのはセッシーだけでリィナちゃん達は騒いでるけどさ。
「セクハラ野郎!」
「キモッ、胸見ておいて気取ってるとかキモッ」
システラとリィナちゃんがここぞとばかりに俺を罵倒する。
なんかスゲェ騒いでるけど、おっぱいを見ただけでこんなに騒がれると困るんだけど。
つーか、キミらは騒いでるけど、当のセッシーは平然してんだけど、それに対してのコメントは?
つーか、そもそもセッシーは出産経験あるし──というか、婆さんになるまで人間として生きてたんだよな?
「うーむ、何を騒いでいるか分からんな。乳を見せるのが、そんなにマズいことか?」
セレシアも周りの騒ぎに疑問を抱く。
見た目は十代後半だけど実際には100歳近くまで生きてたんだよなセレシアは。
となれば、もう裸を見せる恥ずかしさとか無いと思うし、実際そうみたいなんだよね。
「マズいことみたいだよ」
「興奮させるからか?」
さぁ、どうなんだろうね?
おっぱい見たからって、男が性的興奮を抑えきれなくなるなら、地球の少子化問題はもっと簡単に解決してたと思うぜ?
「少なくとも俺はそこまで興奮しないかな。まぁ、見られたらラッキーとは思うけどさ」
そんなもんだと思うけどね。
単なる生身の女の子の裸に対して女の子が思うほどに男の子は興奮しないよ。
むしろ、そんなに簡単に抑えきれなくなるほど興奮するんだったら、男の欲情を煽るような商売は成立しないしね。男が簡単に理性を失うものだと考えてたら、夜のお仕事の大半は成り立たないってね。
「そもそも俺はキミの素性を知ってるからなぁ」
今の十代の女の子の姿の前は老婆だったんだろ?
そうなると婆さんの裸って事実が頭をよぎるんだよね。見た目は十代の美少女でもなぁ。
そのせいもあってか恥じらいも無いしなぁ。
「ふむ、まぁ戦場では乳房が見えてようと、そんなことなど気にはしてられないからな」
ここで女として見れないと言うと失礼になるから、そんなことは言えないけどね。
とにかくセッシーは俺の趣味じゃないしね。だからまぁ、裸を見ても興奮しないのよね。
「それはそうとして見てみろ」
急にセッシーが俺に向かって左胸を見せつけてくる。
「千切れ飛んだ乳首が元通りになっている。戦場で左胸を抉られた時に失ったと思った左の乳も元通りだ」
わりと返答に困るんだよなぁ。これってセクハラって言っても良いんじゃない?
まぁ、この世界にハラスメントの概念があるかは分かんねぇし、騒ぐ気もないけどさ。
「ところでゼティは?」
俺は話を変えるようにゼルティウスの話題を出す。
これ以上、俺を中心にした話題をされても困るんでね。
そうしてゼティの話題を出すとセレシアは──
「ゼルティウスか? アイツは確か──」
どうやらゼティも勝手に動いているようだ。
普段だったら、そのことに関して俺は特にいうことも無いけどね。
ただ、場所が悪いんだよなぁ。
イグナシスは剣の街らしいし、それがゼティにどんな影響を与えるやら。
そこまで心配はいらねぇと思うけど、ちょっとは気をつけねぇとな。




