赤神の使徒
『我に挑むと言うのか』
「そう言ってんだろ? キミとは趣味が合わねぇから、戦うしかねぇのさ」
人間同士だったら趣味が合わない相手とは関わらないってことができるけど、俺達はそれは無理だ。
神ってのは主義主張が対立したら潰し合うしかない。互いのイデオロギーが共存できるものならば、一つの世界に両立できるけど、俺と赤神の考え方は似通っているようで違う。
弱い奴は生かしておく必要が無いって考えの赤神と、弱くてもそれが許されると思ってる俺の世界は重ならない。世界が重ねられないなら、どちらか片方は滅ぼさなきゃいけないのさ。相反するルールは一つの世界に共存できないからね。
「首を洗って待ってろよ。そのうち殺しに行くからさ」
赤神君に首があるかは分かんねぇけどさ。
姿が人間とかの生物じゃなかった首はねぇしさ。
それと、今すぐってのは無理みたいだから、そのうちって言っておくよ。
赤神に会うには条件が要るみたいだしね。
『それは不可能だ』
赤神の言葉には殺気が乗っている。
不可能って理由はアレかね? ここで俺が死ぬから、殺しに行くのは不可能って?
「ははっ、笑わせてくれるぜ」
良いよね、楽しくて。
会話ができる神ってのはやっぱりいいよ。俺を嗤わせてくれるからさ。
「キミは戦いの神のつもりなのかもしれないけど、笑いの神にでもなったほうが良いんじゃない? まぁ、スベリ倒して嘲笑されるってのが芸の笑いの神にしかなれないだろうけど」
……テメェの下にいるような三下を集めて俺を殺せると思ってんのか?
俺を舐めるのも大概にしとけ。俺は人間には優しくできるが、神には優しくできねぇぞ。それも思い上がった属神には特にな。
『──好きに囀るといい。我が前に立たぬ者の言葉など我には響かん』
余裕をぶっこいていらっしゃって、まことに素晴らしくございますね。
ま、挑発しても乗ってこない程度には分別があるってのは俺にとっては嬉しい話だけどさ。
『我と戦いたいのであれば、この試練を乗り越えることだ』
その言葉を最後に赤神の気配が消える。
最後まで殺気は消えなかったわけだが、怒りに任せて俺に直接仕掛けてくるってことはなかったのはどう捉えるべきだろうね。
冷静なのか、それとも赤神自体が自分から動くってことができないのか、どっちでも考えることができるわけだけど、まぁ、結局考えたってどうしようもないことなんだけどね。
「余計なことを考えるより、試練ってのに集中した方が良いかな」
呟きながらダンジョンの通路を歩いていると、ほどなくして俺は大部屋に出る。
俺が通ってきた通路の他に二つ通路が見える大部屋の真ん中に鎮座する人影があった。
『我の使徒だ』
消えたと思った赤神の気配と声が再び、俺に届く。
話すことが無いから黙ってただけなのか。それとも、俺に挑発されるのが嫌で会話をしなかったのか。
まぁ、どっちでもいいや。そんなことよりも俺は部屋の中央にいる相手に注意を向ける。
「なるほどね」
そこにいたのは、俺が先日、闘技場で見た勝者の剣士だった。
闘技場での戦いで勝利して赤神との対面することが許された奴がどうしてこんなところにいるのか──なんてことは俺は思わない。だいたい察しがつくからね。
「自分の気に入った戦士をコレクションしてるって感じか」
剣士は俺の姿を確認すると正座をしていた状態から立ち上がり、殺気を向けてくる。
ただ、殺気は感じるのに剣士の表情には自分の意思が感じられない。
「意思を奪ってるのか」
『必要なかろう? この者は我に全てを捧げると誓った。その望み通りにしただけのことだ』
あんまり趣味が良くねぇな。
まぁ、俺も強い奴はコレクションしてるけどさ。
そのコレクションがゼティとか、マー君、ルクセリオ、ガイ、セレシアとか使徒連中なんだけどね。
『強き者は我が下で、その強さを永遠のものとし、存在し続ける。老いも死も無く永遠に失われぬ強さを保ったまま存在できるなど、戦士にとってこれ以上の褒美は無いだろう』
どうだろうね。普通にお金とかの褒美の方が喜ぶと思うぜ?
生きる糧を得るために強さを磨いている奴もいるわけだしさ。
もっとも、赤神の口振りからすると、そういう奴は卑しい輩ってことで眼中にはないんだろうけど。
「やっぱりキミとは趣味が合わねぇぜ」
どんどん俺とは合わないってのが分かってくるね。
特に自分のコレクションに対する扱いがよろしくねぇよ。
強者コレクション──それを使徒って言うのは良いぜ? 俺だってやってるしな。
でも、コレクションの意思を奪うってのが気に入らねぇ。
「キミのやり方は、せっかくの強い連中を棚に飾るだけの鑑賞品に貶めてると思わないかい? キミの言うことに絶対に従うって時点で、それはもう強さを失ってる。俺は人間の強さってのは意思と意志に宿ると思うからね」
まぁ、色々と理屈をつけても赤神ってのは自分のお気に入りの強い奴を自分の意のままに操れる駒として、自分の手元に置いておきたいってだけだろう。
実際の所、強い奴が好きなのか、それとも強い奴を支配するのが好きなのか。正解は分からねぇけど、俺は赤神は後者だと思うね。歪んだ支配欲の発露って感じにさ。
『我に仕えることを望んだ者たちだ。使徒として永遠の命を与え、その代価として己の意思を失っただけの事、全て我が使徒たちが望んだことだ』
「笑かすなよ、三下。全てはテメェの望みだろ?」
木っ端でも神である以上は俺と同じステージだ。
基本的には存在として格下である人間達にするように優しくしてやる必要はねぇわな。
「俺にも使徒はいるが、テメェとは違って俺への反抗は許してるからね。その上で普通に俺と敵対関係になってる奴もいるくらいだ。強い奴を飼うのが望みなら、それで良いじゃねぇか。俺は俺に文句をいう奴が好きだし、なんなら噛みつくくらい奴はもっと好きだ。だって、俺が選んだ強者たちだぜ? そうでなくっちゃ困るだろうよ」
俺に反逆もできないような根性なしを、俺は俺の使徒に選んだつもりはないからね。
「テメェは棚に飾るコレクションで、俺は放し飼いのペット。どっちがマシかね?」
『くだらん議論をするつもりは無い』
そりゃ何よりだ。
俺も話し合いより殴り合いがお好みなんでね、俺の好みに合わせてくれて嬉しいよ。
「じゃあ、さっさと俺に襲いかからせろよ」
俺は部屋の真ん中に座ったままの赤神の使徒を見ながら言う。
「俺とお話してんのは、俺と交渉して穏便に済ませたいからってわけじゃないってことを見せてくれ」
『ならば見せてやろう。我が使徒の力を』
赤神が言うが速いか、それとも使徒が斬りかかってくるのが速いか、使徒は立ち上がると同時に剣を抜き放ち、そして一瞬で距離を詰めて剣を振る。
「──いいね」
赤神の使徒は長剣を真っすぐ振り下ろす。
意思は感じられないが、長い鍛錬を得て体に染みついた迷いの無い太刀筋。
使徒に対する扱いは趣味じゃねぇが、赤神の人選自体は悪くないようだ。
まぁ、大会を開いて強い奴を選抜してるんだから当然でもある。
「ただ、面白味はねぇけどさ」
俺は振り下ろされた刃を後ろに下がって躱す。
紙一重ではなく、余裕を持って俺が大きく後ろに下がると、振り下ろしている最中の使徒の剣の軌道が変化し、下がる俺に対して長剣の突きを放つ。
振り下ろしからの突きのコンビネーション。
突きに関しても切っ先にブレが無い。急に剣の軌道を変えると太刀筋に歪みが出やすいが、それも無い。
剣士としては、かなり上等な部類だろう。ただまぁ、ゼティとは比べものにならないけどさ。
「よっと」
俺は俺を追うように突き出された剣を手ではたき落とす。すると、虫を叩くように剣身を払い落とされた使徒は即座に後ろに下がった。
意思が無いわりに良い勘で動く。
無理に攻めないってのは大事だってのが体に染みついてるんだろう。
逆に俺は無理に攻めるってのが体に染みついてんだけどね。
その体に染みついた習性に従って俺はやり返すように後ろに飛び退いた赤神の使徒を追う。
だが、俺が前へ出た瞬間、使徒はそれを狙っていたかのように長剣を振るう。
その軌道は上半身を狙ったものではないのは明らかであり、使徒の剣は俺の膝下を薙ぐような軌道を取る。
足元を狙う剣ってのは道場剣術じゃ邪道だが、戦場剣術じゃ王道だ。
防御も回避もやり辛いからね。経験が無い奴じゃ防げないか、防ぐのに手いっぱいになる。
けどまぁ、足払いってのは戦場剣術じゃ王道だからね、何でもありで戦ってりゃ、そのうち慣れて防げるようになる。
「俺をそこらの剣士と同じと思われちゃ困るね」
俺は足元を狙って振るわれた剣の軌道に合わせてローキックを放ち、使徒の長剣を蹴りで弾く。
その瞬間、甲高い金属音が鳴り響く。俺は金属板で補強されたブーツの足の甲を刃に蹴り当てて剣を防いでいた。こういう時のために、武具屋で防具を買っておいたんだぜ?
使徒は俺に剣を防がれると即座に切り返し、長剣で袈裟斬りを放つ。
俺の左の肩口を狙って放たれたその刃を俺は右の拳で剣身を殴るようにして弾く。
対角線の軌道で一撃を撃ち落とされた赤神の使徒は更に切り返し、今度は俺の右の肩口に向かって左の袈裟斬りを放つ。対して、俺はその刃を左の拳を振り抜き、殴り飛ばす。
金属板で補強されたグローブをつけてるから、刃を殴ることに恐怖は無い。防具ってのは良いもんだね。
「どっちの回転が速いか比べるかい?」
答えは返ってこないが、代わりに刃が迫る。
余計な動きは無く、左右の袈裟斬りの連続。ただし、その回転速度は際限なく上がっていく。対して、俺も左右の拳で迫る刃を殴り飛ばすようにして防ぎながら、拳を繰り出す速度を上げていく。
そして、そうしていくうちに逆転が生じる。
最初は使徒の方が先に仕掛けていたはずなのに、段々と俺の連打の方が先に使徒に届き始め、使徒は長剣を振るって、俺の拳を防御するようになる。
どうやら、俺の方が攻撃の回転は速いようだね。
勝負がついて良かったぜ。このまま決着まで持っていこうじゃないか。
「仕留めるぜ?」
俺は更に連打の速度を上げる。すると防ぐことを諦めたのか、使徒は距離を取ろうと後ろに下がろうとする。
逃げる? 違うな、誘ってんだろう。けどまぁ、俺のやることは変わらない。
俺は後ろに下がろうとする使徒を追うように距離を詰めるが、その瞬間、下がろうとした使徒が逆に前に出て、俺の脳天に剣を振り下ろそうとし、それに対して俺は拳を叩き込もうとする動きを取る。
その時だった、使徒の眼が俺の両の拳を追うように僅かに揺れたのは──
「それを隙っていうんだぜ?」
使徒の意識は俺の拳に向かっていて、それ以外への注意が散漫になっている。
それは間違いなく隙といって良い状態だ。そうして警戒が疎かになった、使徒に向けて俺は──
「どっこいしょ!」
拳に意識が向いていた使徒の顎をかち上げるように飛び膝蹴りを叩き込んだ。
意識の外からの攻撃を受けた──自分の意思を持ってないのに意識っていうのも変だけど、とにかく予想外の攻撃を受けた使徒の顔が真下から受けた衝撃で真上を向く。
俺は飛び膝蹴りの勢いで跳んだ状態から使徒の頭を掴み、そのまま力任せにダンジョンの床に叩きつけた。そして、叩きつけられたことで床に横たわった使徒の頭を全力で踏み潰し、トドメに拳を振り下ろし、頭蓋を粉砕する。
「第一ラウンドは俺の勝ちだぜ」
俺は倒れたままの使徒から距離を取って勝利を宣言する。
赤神の使徒は頭が潰れたトマトの状態のまま倒れている。
どうやら休憩中のようだ。いいぜ、休憩が終わったら第二ラウンドをしようじゃないか。
次はもっと、キミの工夫を見せてもらいたいね。さっき、俺は拳をメインに戦うことで、意識を拳に向けさせてその隙を突いたわけだけど、今度はキミもそういう工夫を見せてもらいたいね。
「さぁ、来いよ。休憩はもう良いだろ? 第二ラウンドを始めようじゃないか」
しかし、そんな俺の呼びかけにも赤神の使徒は反応を見せず倒れたままだった。
どうしたんだろうかと思って見ていると、俺の見ている前で使徒は光の粒子となって消え去った。
その様は生物の死とは思えないものだが、俺には分かる。どうやら赤神の使徒は──
「もしかして再生とかしない感じか?」
それじゃあ使徒なんて言っても只の人間と変わらねぇじゃねぇか。クソつまらねぇ。
そんなもんを自信を持って俺の前に用意した赤神は何を考えてんだか。
「テメェの使徒は簡単に死んじまったんだけど?」
さっきまでの偉そうな態度はなんだったんだろうね。
テメェの御自慢の使徒様ってのは随分と軟弱でいらっしゃる。
「接待したいなら最初に言ってくれよ。そしたら、こっちも色々と考えてやるんだからさ」
もしかしてキミは俺に気持ちよく勝ってもらいたくて雑魚を用意したのかい?
俺に舐めた口を聞いたけど、そんな風に俺に気を遣ってくれたというなら感動だね。
「心の中では俺と仲直りしたかったってことなら、俺の前に来て土下座するなら許してやるぜ?」
まぁ、俺は土下座に何の意味も感じないから、土下座されても何も思わないんだけどね。
『──調子に乗るな』
赤神の声には殺意がこもっている。
「素晴らしいね。顔を見せられず、声しか聴かせられない癖に、息巻いて凄んでくるとか、ビビりすぎて命乞いしたくなるぜ。キャー、助けて、命だけはお許しをーってな具合にな」
笑えてくるぜ。少なくとも俺は笑えるがキミはどうだい?
聞こうかと思ったが、訊ねるまでも無く答えはすぐに示された。
ダンジョンの床に魔術的な文様が現れる。そして、次の瞬間、その紋様から俺への怒りの具現が姿を現す。
『我が力の化身だ。神を愚弄した罪の重さを知るが良い』
現れた魔物は燃え盛る炎の髪を持った赤肌の巨人。その腕は六本をあり、それぞれに剣を持っている。
俺の知識の中で一番近いのは阿修羅像とかだろうか? まぁ、アレと違って顔は一つだけどさ。
「良いね」
強そうな敵は良いね。
それじゃあ第二ラウンドはこいつと戦るとしようじゃないか。




