ヘイズの戦闘
快進撃を続けていたアッシュとラ゠ギィが転移させられた頃、その後ろを追いかけていたカイル達にも変化があった。
カイル達はアッシュ達が倒した魔物を確認し、その死体から剥ぎ取れそうな物を剥ぎ取り、追いかけていたのだが、カイルはふと気付く。
「あれ、ヘイズは?」
カイルが背後を振り向くと最後尾を歩いていたヘイズの姿が何時の間にか消えていた。
しかし、カイルはいなくなったヘイズに対して、それ以上の疑問を持つことは無い。
カイルはヘイズに言われていたからだ──『自分の行動に疑問を持つな』──とヘイズに言われたカイルはその通りに疑問を持たない。いや、持てなかった。
ヘイズがいなくなってもカイルはそれに対して何一つ疑問を持つこともできず、先を進んでいるはずのアッシュとラ゠ギィを追いかけながら、魔物の死体の数を数えながらダンジョンを奥へと進んでいくのだった。
そして、消えた当人であるヘイズはというと──
「……まいったな。ボクも特別扱いか」
カイル達と行動を共にしていたヘイズだったが、アッシュやラ゠ギィと同様に分断し孤立させるためにダンジョン内の別の場所に転移させられていた。
『──我の庭で随分と勝手をしているようだな』
ヘイズは自分の耳に聞こえてきた赤神の声を思い出す。
『この庭に貴様らのような輩は相応しくない』
そうして弁解の余地もなく一方的に転移させられた。
ヘイズは苦笑を浮かべつつ呟く。その表情は誰もが見惚れるほど魅力的であったが、幸か不幸かこの場にはヘイズ以外の誰もいない。
「──ボクは勝手をしていたつもりは無いんだがな。でもまぁ、相応しくないのはその通りか。なにせ、ボクの場合は──」
ヘイズが視線を目の前に向けると奥へとつながる通路があった。
そして、その通路の奥から数えきれないほどの魔物がヘイズの方へと迫ってくる。
だが、殺気を振りまきながら駆けていた魔物達は、しかし、ヘイズへと近づき、その姿を見た瞬間に足を止めて硬直する。
魔物達の大半はゴブリンやオークといったアッシュとラ゠ギィが倒していた魔物達。アッシュやラ゠ギィを前にしても恐れることなく襲い掛かった魔物達はヘイズの前では息を呑み、身動き一つ取れなかった。
「ボクの場合はこうなる。戦いにすらならない。ボクに見惚れてしまってね」
ヘイズの言葉は自惚れでもなんでもなく事実だ。
ヘイズの姿を見た瞬間に魔物達はその美しさを理解しようとして、しかし脳の処理能力が限界を超えた。
そして、その結果ヘイズの美貌の前に脳が屈服を選んだのだった。
「種族の違う人間の顔でも全てのパーツが完成された造形で完璧な比率で配置されていたら、それに目を奪われずにはいられない。形に意味を見出し、それに縛られるのは知能を持つ生物の性。作ったわけじゃない生まれつきのものだが、ボクの顔は誰にとってもどんな生物にとっても理想的な物らしい」
ヘイズは今も自分のことを見ているだろう赤神に向けて語り掛ける。
「ボクは疲れるのは好かないんだ。だから戦うのも好きじゃない。そして無駄なことも嫌いだ。このまま続けても仕方ないだろう? ボクだけは元の場所に戻してくれないか?」
しかし、ヘイズの声に応えるものはいない。
ヘイズは美貌に憂いの色を浮かべると溜息を吐き、そして自分に魅了され硬直している魔物達を見ると──
「──死ね」
ヘイズがそう言い放つと魔物達は一斉に自分の手に持っていた武器で自らの命を奪い始めた。
武器の無い物は自分の手で自分の首を絞め、または壁に自分の頭を打ち付け、魔物達は一斉に自殺を始める。
その様を見届けることも無くヘイズは自らを殺す魔物達の間をすり抜けながら、この有様を見ているだろう赤神に語り掛ける。
「ボクに魅了された奴はボクの言うことは何でも聞く。脳が本能的に屈服しボクに支配されるからだ
。そしてボクの言葉に従うことが何よりも優先されることだと脳内に命令系統が作り出される。その結果、ボクが『死ね』と言えば死ぬ」
数えきれないほどいた魔物達は全て死に絶えた。
ヘイズのたった一言の結果だ。
「生物であれば種族が違ってもボクに魅了される。そして魅了されたら、もう戦いにならない。分かっただろう? ボクに何をしても無駄だってことがさ。それが分かったなら、ボクをもとの場所に戻してくれない──」
言葉の途中でヘイズは気配を感じ、その場から跳ぶ──
直後、一瞬前までヘイズがいた場所に何かが襲い掛かり、剣を振り下ろす。しかし、その時にはヘイズの姿はそこには無く、跳び退いて攻撃を躱したヘイズは自分に攻撃をしてきた相手の姿を確認し大きく溜息を吐く──
「確かにボクの顔が効果があるのは生物だとは言ったし、対処としては間違ってはいないけどね」
ヘイズの眼が捉えたのは全身鎧をまとった騎士。
しかし、鎧の隙間から炎が吹き上がっていることから、中に生身の生物が入っているということはないだろうと察しがつく。
生きた鎧などと呼ばれるような魔物だ。生物ではなく創り出した存在の命令に従うだけの機械のような存在。
「確かにコイツのような魔物にはボクの顔は効かないだろう」
ヘイズが通路の奥に目をやると、そこには同じような生きた鎧が鎧の隙間から炎を噴き出しながら、大軍でヘイズの元に迫ってきていた。
ヘイズはそれを見ると再び大きく溜息を吐き、そしてこの状況を変わらず眺めているだろう赤神に向かって語り掛ける。
「あぁ、そうだね。ボクへの対処としては間違ってない。ボクの言葉を聞き逃さずちゃんと弱点を突いているんだからね。だけど、ボクへの対応としては大間違いだ。ボクは見逃せと言ったんだ。この場合の正しい対応はボクの言葉に従って、ボクを見逃すことだ」
ヘイズは表情を消すと自分に向かってくる魔物達を見据える。
「ボクは疲れるのは嫌いだ。そして戦うことも嫌いだ。だけどボクは自分が弱いなんて一言も言っていない。そして、ボクはもう一つ言っていないことがある──」
言葉を僅かに区切ったその瞬間に爆発的に溢れるヘイズの内力。
ただの内力の放射だけで鎧の魔物達の体が震えだし、そしてヘイズは言う。
「──ボクはこの世界にいる誰よりも強い」
鎧の魔物がヘイズに向かって距離を詰める。
しかし、近づこうとした瞬間にヘイズの掌底が鎧の表面を打ち据え、その次の瞬間、その魔物は弾丸のような勢いで吹き飛ばされていった。
「ボクは戦うのは嫌いだが、勝つのは好きなんだ。それも徹底的に、完膚なきまでに、相手が立ち上がる気力を無くすくらい圧倒的に勝つのが好きなんだ。だから、こういうは嫌いじゃない。戦いにもならない雑魚を一方的に叩き潰すなんていうのはさ」
一体が吹き飛ばされたところで鎧の魔物はまだ幾らでもいる。
魔物達は続々と集まり、ヘイズへと迫るが、その瞬間、魔物達を見据えたヘイズの内力が更に増加する。
そして、ヘイズは──
『展開せよ、我が業。天き星を掴むため──』
呟いたのアスラカーズの加護を受ける者のみが使える秘術である業術の詠唱。
その詠唱が始まった瞬間、ヘイズの業術は効果を発揮した。
ヘイズに向かって近づいていた魔物達の体が突然に浮かび上がり、そして次の瞬間、ヘイズのいる方向に向かって矢のような速度で吹き飛んだ。結果、一瞬でヘイズに向かって距離を詰めて接近する魔物達。しかしヘイズは動じることも無い。
『──星の輝きに地を這う獣は怒りを抱く──』
詠唱の呟きは聞こえない程に小さい。しかし、確かに業術の効果は働いていた。
ヘイズは自分に向かって飛翔する魔物達に動じる必要はなかった。何故なら、次の瞬間、高速で飛翔した魔物達はヘイズの横を通り過ぎ、そのままヘイズの遥か後方へと吹き飛んでいったからだ。
直後に聞こえてくる轟音は鎧の魔物がダンジョン内の壁に激突した音だろう。ヘイズは音のした方へと振り返ると、案の定、全ての鎧の魔物が壁に激突して砕けていた。
『──天に輝く御身をこの手に掴み──』
先に壁に激突した魔物がクッション代わりになったのか、何体かの魔物は無事だった。
しかし、その魔物達が立ち上がろうと、体を上に向けた瞬間、魔物の体が浮き上がり、今度は天井に激突して砕ける。
それでも何とか原形を保っている鎧の魔物の内の何体か。だが、床に降り立った瞬間、今度は吹き飛んで壁に激突する者もいれば、吹き飛び魔物同士で衝突する。
『展開──星界流離、天誘縁引」
残ったのは一匹の魔物。
その魔物をヘイズが見据えると、その瞬間、魔物は吸い込まれるようにヘイズの目の前に飛んでくる。
そしてヘイズの目の前に辿り着いた魔物であったが、既に戦闘能力は失われている。しかし、その魔物に対してヘイズは掌底を叩き込み、トドメとして原形も残らない程に粉砕して見せる。
「さぁ、どうする? ボクと戦うと決めたんだろう? じゃあ、次の一手は? 勝てる見込みがあるんだろう? それを見せてくれよ、このボクにさ」
ヘイズは笑みを浮かべながら、自分の事を見ているであろう赤神に対して挑発するように高らかに呼びかける。分断され、孤立したダンジョンの中、ルゥ゠リィ・ヘイズは誰の目も無い状況の中、躊躇いなく己の力を振るうのだった。
次回も何日になるかわかりません。




