合流する二人
アッシュとの協力関係を結ぶこととなったラ゠ギィ。
今後の事は追って伝えるとアッシュは大人しく引き下がったので、ラ゠ギィはそのまま宿の自室に戻った。
アッシュがそのまま大人しくしているとは考えられないが、それでも好きにさせておこうとラ゠ギィは思う。
自分を出し抜こうとアッシュが考えていたとしても、それはラ゠ギィも同じ。
ラ゠ギィもアッシュを利用し、赤神を倒す計画を立てている。そのうえで今は好きに泳がせておいても構わないというのがラ゠ギィの考えだ。
「まったく……」
ラ゠ギィは自室へと続く宿の廊下を歩きつつ疲れた様子で眉間を揉む。
ラ゠ギィにとってアッシュとの会話はストレス以外の何物でもない。
アッシュは隙あらば襲い掛かろうとしてくる猛獣だ。何がきっかけで敵対するか分からない相手。
刃の上を綱渡りをするような緊張感でラ゠ギィはアッシュと言葉を交わし、敵対の気配を躱しながら、会話を進めていた。
既に一度、ラ゠ギィはアッシュを挑発している。そのことも不安材料ではあったが、ラ゠ギィはなんとかアッシュを敵に回さずに協力を取り付けた。
結果は充分以上の成功だ。それによって緊張の糸が解ける。
それによってラ゠ギィの警戒心を緩めさせることにもつながり、ラ゠ギィは無警戒で自室のドアを開けるという本来であれば絶対にしない行動をする。
そしてラ゠ギィがドアを開けた瞬間──
「──ッ!」
部屋に入ろうとしたラ゠ギィの頬を飛来するナイフが掠めた。
ラ゠ギィは咄嗟の判断で攻撃から逃れるために部屋の外に出るのではなく、攻撃の放たれた室内の奥へと飛び込む。
直後、前進したラ゠ギィは自分に迫る刃の気配を感じ、それが自分に届くよりも早く、迎えに行くように逆に刃の気配へと飛び込みながら、その刃を掌で叩き落とした。
「どういうつもりでしょうか?」
ラ゠ギィは誰かが灯りを消したのか、真っ暗な自分の部屋の中に隠れていた。
襲撃者たちに声をかける。その声に攻撃的な気配は無い。
「ちょっとした腕試しだ」
暗闇の中から声がする。
ラ゠ギィはその声とは別の方に向き直ると、そちらに掌を突き出す。
突き出された掌底が何かを捉え、その衝撃によって吹き飛ぶ。だが、吹き飛んだ何かは空中で体勢を整えたようで、柔らかい布の上に落ちた音がラ゠ギィの耳に届いた。
そして、その何者かが──
「腕が鈍ってないかを、ちょっと見てみようとね」
暗闇の中、ラ゠ギィの耳に聞こえた声はベッドの位置から聞こえてくる。
室内の位置関係はラ゠ギィは完璧に把握していた。
「笑わせる話ですね。そういったことは私より強くなってからしてください」
ラ゠ギィが暗闇の中にいる二人へかける言葉は顔見知りに対するものだった。
一瞬の攻防と僅かな言葉のやり取りでラ゠ギィは部屋の中に隠れていたのが何者であるか理解していた。
「シャルマー、ヴィルダリオ」
ラ゠ギィが二人の名を呼ぶと部屋の灯りが付けられ、二人の姿が明らかになる。
少女のような顔立ちの少年であるシャルマー、傷だらけの顔の偉丈夫ヴィルダリオ。
共にラ゠ギィと同じ祭衣を身に纏う白神教会の宣教師だ。
「正解だ」
ヴィルダリオがラ゠ギィの正解と同時に部屋の灯りを点けていたようだ。
そして、パチパチとまばらな拍手をしているのはシャルマー。
シャルマーはベッドに腰掛けたまま手を叩き、愉快そうな表情でラ゠ギィを心のこもらない声で褒め称える。
「流石、『イザリアの左腕』なだけのことはあるよ」
「あぁ、そうだな」
ヴィルダリオは灯りを点け終えると迷わずにシャルマーの隣に密着するようにして座る。
ラ゠ギィは二人の距離間について、いつものことのように特に何も思うことなく、自分は部屋の中にあった椅子に腰をおろす。
「それで何か御用ですか?」
ラ゠ギィは先程のことなど忘れたかのように二人に問う。
目の前の二人はマトモではないでの、やることなすことにイチイチ文句を言っていても仕方ないという諦めが根底にある応対だった。
「イザリアに頼まれ、我々も赤神の始末に手を貸すことになった」
ヴィルダリオは単刀直入に自分達がイグナシスにやって来た理由を伝える。
それを聞いたラ゠ギィの口元から一瞬だが微笑みが消える。
それを見逃していないシャルマー。しかし、それを指摘することはなく、ラ゠ギィの言葉を待つ。
「それは助かります。なにぶん、人手が足りないもので」
「でも、僕たちは集団行動ができないから、人手の解消には役に立たないと思うよ」
自分達は役に立たないとシャルマーは言う。
ラ゠ギィもそう思っているので、そんなことはないとは言わない。
むしろ、シャルマーとヴィルダリオはいるだけで迷惑だ。
「普段は何もしないでいただいて構いません。必要な時だけ私の指示に従って戦っていただければ、それで充分です」
ラ゠ギィは目の前の二人が薄く笑いながら頷いているのを見て首を横に振る。
そして、言うべきではないかもしれないと思いながらも──
「殺しもなるべく避けてください。ここ最近、起きている殺人事件は貴方がたの仕業でしょう? そういったことはイグナシスでは行わないように」
全て御見通しだとラ゠ギィは二人に言うが、シャルマーとヴィルダリオはむしろ、ラ゠ギィの言っていることの方が理解できないようで──
「我々は殺しているのではない救いを与えているんだ」
「そう、僕たちは穢れた魂を浄化しているんだ。その過程で命が失われるのも仕方ないだろう?」
ラ゠ギィは話にならないと言いたげに首を横に振る。
「既に騒ぎになっています。これ以上、騒ぎが大きくなれば隠しきれません」
しかし、それ以上は強く言えない。これは宣教師は他の宣教師の行動に干渉してはいけないというルールがあるからだ。宣教師に対して命令を出来るのは教皇であるイザリアだけ、ラ゠ギィはそのルールを順守しようとしていた。
「まぁ、そちらの言い分が分からないわけでもない。俺達もこの地では多少は控えてやろう」
ヴィルダリオがラ゠ギィの不興を買うことを避けるように言った。
それを隣で聞いていたシャルマーは僅かに不満気な様子を顔に浮かばせるが、ヴィルダリオの言葉を否定するまではしない。
「仕方ないね。それじゃあ僕たちは宣教師らしく布教活動をしていようか?」
「それも悪くない。正しき教えを世に広めるというのも重要なことだからな」
『正しき教え』などと良く言えたものだとラ゠ギィは思う。
白神教会の教えなどシャルマーもヴィルダリオも理解していない。というか、イザリアの任命した宣教師はラ゠ギィも含めて白神教会の教義など知らない。
なので、シャルマーとヴィルダリオが説く教えというのは自分達の主義主張だけだ。そして、それを白神教会というこの世界の権威の名の下で人々に説くだけだ。そこに正しさがあるとはラ゠ギィは思えなかった。だが、それでも大人しくしてくれているというなら、ラ゠ギィにとって損は無い。
「街中で説教をするなら気を付けてください」
こちらに迷惑をかけずに好きに動いてくれるのは構わないがラ゠ギィは一応だが忠告しておく。
「イグナシスにはアスラカーズとその仲間もいます」
アスラカーズの名を聞いたシャルマーとヴィルダリオの口元に歪んだ笑みが浮かぶ。
その笑みに嫌な予感を覚えながらもラ゠ギィは──
「彼らとは現時点では協力関係を結んでいますので敵対しないようにしてください」
「へぇ……」
「ほう……」
ラ゠ギィは余計なことはするなと言うように二人を睨みつける。
その視線を受けて肩を竦めるシャルマーとヴィルダリオだが──
「でも、良いのかな? イザリアはアスラカーズと協力するなんて許さないと思うよ?」
「赤神を倒すため必要に迫られた結果です」
シャルマーとヴィルダリオはラ゠ギィに疑うような眼を向ける。
ラ゠ギィが裏切るとは二人は思っていないが、口で言うほど忠誠を誓っているわけでもないことも知っていた。それ故、シャルマーもヴィルダリオもラ゠ギィは信用していない。
「アスラカーズと協力しなければならないほど、赤神は強大な存在か?」
ヴィルダリがラ゠ギィに訊ねる。
ラ゠ギィに嘘があれば、イザリアに報告する必要があるとヴィルダリオは思っていた。
「強大ですよ。赤神はこの世界で唯一残っているマトモな力を持った神ですからね」
ラ゠ギィはそう言うと指折り数えながら──
「黄神は狂気に堕ちた。青神は人間に従属することを選んだ。黒神は自身が召喚した存在に滅ぼされた。白神は……まぁ、我々が知っている通りの有様。緑神に関しては存在を完全に隠している──」
「赤神だけが信仰を維持し、確固とした存在を保っているということだね」
ラ゠ギィはシャルマーの言葉に頷き、ヴィルダリオも納得したのか頷く。
「なるほど、手強いようだ」
「だから、協力して事にあたろうと考えています」
ラ゠ギィは詳しい話までは二人にはしない。話せば面倒なことになるのは目に見えているからだ。
最終的に裏切ることは確定していることも伝えはしない。
イザリアが応援として送り込んだ二人ではあるが、ラ゠ギィはこの二人の力を借りることは避けたかった。
「ま、お手並み拝見といこう」
シャルマーはラ゠ギィに対して疑うような眼を向けているが、それもすぐに切り替えて成り行きを見守ることラ゠ギィに伝える。
「こちらは宣教師らしく布教活動をしていよう」
シャルマーとヴィルダリオは視線を交わすと、座っていたベッドから立ち上がる。
そんな二人を見てラ゠ギィは──
「動き出すのは明日からでも良いでしょう。部屋を取るので今日はお休みください」
ラ゠ギィは二人をなるべく宿から出さないようにしようと考えていた。
しかし、その考えにはシャルマーとヴィルダリオも気づいていた。
それでも二人は──
「じゃあ、お言葉に甘えて」
二人はラ゠ギィの申し出に応じて宿に泊まる。
こうしてシャルマーとヴィルダリオの二人の宣教師はラ゠ギィと合流することとなった。
「……一応、言うまでもありませんが、人前では猊下をイザリアと呼ばないように」
ラ゠ギィは最後にそれだけを二人に念押しするのだった。




