ラ゠ギィとの遭遇
喧嘩をしたくて堪らないのか偉そうな態度で喧嘩を売っていた聖騎士団。そのお望み通り、俺は喧嘩を買ってやろうと思い、聖騎士団の隊長に蹴りを入れたわけだが、そうしたら、ラ゠ギィが現れた。
経緯はともかくとして、俺にとっては願っても無い展開だぜ。こんなに早く再戦の機会が訪れるとかさ。
「俺と戦りたくなって会いに来てくれたのかい?」
自分の口角が吊り上がるのを感じる。
周りから見たら、今の俺はどんな表情だろうね。
笑ってはいるだろうが、どんな笑い方だろうか?
「御冗談を。私は貴方と戦うつもりはありません」
良く言うぜ。
ソーサリアで戦った時に、あれだけ俺を挑発するようなムーブをしてた奴が戦る気無しなわけねぇだろ。
本音では俺と戦り合いたくてたまらねぇんだろ?
取り繕えなくなるようにして、キミの本音を引きずり出してやろうか?
「そんな眼で見られても困ります」
「キミの本音を聞かせてくれれば睨むのはやめるけどね」
「そう言って、こちらの本音を口にすれば、喜んで殴りかかってくるでしょう? 貴方の手口をは想像がつきます」
どうやら見透かされてるようだ。
まぁ、隠してもいねぇんだけどさ。
ラ゠ギィは変わらず本心の読めない笑みを浮かべたままだ。
こちらから仕掛けて、その笑顔を崩してやるのも面白いけど……考えながら俺は酒場の店内を見回す。
リィナちゃんとセレシアはもう他人のふりをするのを決めたようで、酒場にいた客たちと一緒に俺を遠巻きに眺めている。
俺が見ているものに気づいたのか、ラ゠ギィは──
「先に言っておきます。貴方が私と戦うと言うなら、私は最優先で貴方の仲間を狙います」
そう言って、リィナちゃんとセレシアを見る。
なるほどね、戦闘になったら実質、二人は人質になるって言いたいのね。
でもさぁ──
「その程度で俺が止まるとでも思ってんのかよ」
味方の命程度で俺が簡単に止まると思われてるとか心外だぜ。
「やってみろよ。キミが二人にちょっかいを出すより先に俺がテメェをぶちのめすぜ?」
そもそも、キミは俺と戦いながらでも二人を始末するのは楽勝とか言いたいみたいだけど、それ自体が俺を舐めすぎだぜ。
「でもまぁ、そんだけ脅しをかけなければいけないほど、俺と戦るのをビビッてるって捉えた方が良いか。まぁ、そんなビビりと戦っても仕方ないよなぁ──」
「えぇ、私は貴方が怖いので出来るだけ戦う機会は少なくしたいので──」
言葉の途中で俺とラ゠ギィが動く。
ラ゠ギィの虚を突いたと思った俺の踏み込みに反応して、ラ゠ギィが防御の構えを取る。
一瞬で距離を詰めた俺は拳を突き出し、打撃を放つ。対してラ゠ギィは拳の軌道に合わせて掌で受け止めると、俺の拳をそのまま握り締めた。
「良い反応じゃねぇか」
「見え透いた不意打ちをしていただけたおかげですよ」
「俺が甘かったって? こいつは一本取られたね……マジで戦ってやろうか?」
俺の言葉に反応してラ゠ギィは俺の拳を掴んだ手を放すと、後ろに飛び退いて距離を取る。
酒場の店内は俄かに騒がしくなり、成り行きを見守っていた聖騎士達も騒ぎ立てる。
もっとも、周囲の喧騒なんかは俺達の耳に入んねぇけどさ。
俺はラ゠ギィを見据え、ラ゠ギィも俺を見据えている。
……さて、どうしたもんかね。
冷静に見えても、ちょっと突っつけばラ゠ギィはすぐに本気になりそうな気がする。
対して、俺は口調ほど興奮はしてない割と冷めた気分。
ちょっとね、ギャラリーが多すぎるよ。それだけじゃなくて近いってのも良くねぇよ。戦闘になったら、酒場の客も聖騎士も巻き込むだろ? 俺はそういうのはちょっとね。
リィナちゃんとセレシアは仲間だから巻き込んでも罪悪感は抱かねぇけど、見ず知らずの連中が困るのは好きじゃないんだよね。
「──ま、良いだろ。今日はやめておいてやるよ」
とりあえず一発、拳を出せたってだけで満足しておこう。
直撃はしてねぇけど、そこら辺は我慢だ。
「賢明な判断です」
そりゃどうも。
次に俺と会う時は人気の無い場所で二人きりで会おうぜ?
「で? お時間をいただけませんかとか言ってたけど、俺に何の用だい?」
ちょっとくらいは聞いてやろうじゃないか。
敵対してはいるけど、聞く耳持たないってほど俺は狭量じゃないんでね。
「ここでお話しするのは些か憚れることなので、ご同行いただけますか?」
ラ゠ギィは周りを見回し、小声で俺に言う。
なるほど、酒場の中で話すような内容じゃないと。
「困るぜ、お持ち帰りされちゃうとかさ」
身の危険を感じちまうね。
まぁ、危険な方が嬉しいんだけおね。
「貴方がたにとっても有意義な話です。ご同行いただけるなら後悔はさせません」
そういうのって騙す奴の手口な気もするけどね。ま、いいや。
面白そうなことがありそうなので、俺はラ゠ギィの誘いに乗ることにした。
「では、私が乗ってきた馬車がありますので、どうぞそちらに」
俺は酒場の客に紛れてるリィナちゃんとセレシアに視線を送り、そのままゼティの所に帰るよう促す。
ラ゠ギィも二人がついてくるとは思っていないようでリィナちゃんとセレシアの名前を出すことはせずに俺を馬車まで案内する。
そうして案内された馬車に乗り、俺が向かうことになったのは──
「まずはイグナシスの市内に入る必要があります」
向かうのは目的地であるイグナシスだった。
馬車は村からイグナシスに続く街道を進み、そうして進んでいくうちに周囲の景色が変わってくる。
草原から荒れ地に変わり、岩だらけの山道を馬車は登っていく。
「イグナシスは山中に築かれた都市です。先程までいた村からは数時間の距離ですね」
馬車の窓から山道の上の方を眺めると、ちらほらと建物が見えてきた。
フェルムやソーサリアのレンガを積み上げて建てた建造物とは趣の違う建物だ。
土を固めたり、石を積み上げて作った作ったと思しき建物だ。
おそらく燃料が足りないんだろうね。レンガを作るのには焼く工程が必要だったりするから、燃料が足りない土地には向かない。まぁ、日干しレンガってのもあるんだけどさ。
「こりゃ、検問だって解除しなきゃならねぇわな」
馬車の外から見える景色には岩と荒れ地しか見えない。
おそらく、生活に必要な物資は殆ど街の外から入れてるんだろうね。
聞いた話では鉱山と鍛冶の街で、そのうえ戦士が修行に来るような場所だ。もとから産業を発展させるような余地がないし、街にいる連中もそういうつもりは無い奴らなんだろうな。
「それで、俺をイグナシスの街にまで連れてってどうするんだい?」
山道からようやく街の中らしき場所に入ってきた。
城壁は無いけれど、街のある場所自体が天然の要塞みたいなもんだし、必要ないんだろう。
いつの間にか石を積み上げて建てられた家や店が山肌に沿って所狭しと並んでいる中に馬車は入っていた。
山の上の方が地位のある奴が住む場所だったりするんだろうか?
俺とラ゠ギィが乗る馬車は山の上へと向かっていく。
「これから行く場所はイグナシスの中心となる場所──闘技場です」
闘技場ねぇ。
中心っていうのは場所って意味なのかい?
それとも政治的な意味? 象徴としての意味?
まぁ、どれでも良いけどさ。
ほどなくして闘技場に辿り着く。
ラ゠ギィが中心と言っただけあって、闘技場はイグナシスの街の中心に存在しており、その場所はイグナシスの街の最も高い位置だった。
そして闘技場自体も意匠を凝らしたデザインの巨大な建造物だった。
ローマのコロッセオもかくや、というか魔術的に石なんかを加工できるから、一部はこっちの方が凄いな。円形の闘技場の外壁には戦士や怪物、その戦いの様子などが壮大に表現されたレリーフが彫られている。
「ここで何をするんだい?」
俺は馬車から降りるとラ゠ギィに訊ねる。
しかし、その返答は闘技場の中から聞こえてきた歓声にかき消された。
「まずは中に入りましょう」
ラ゠ギィはそう言って俺を闘技場の中に案内する。
そうして案内された先は闘技場の観客席だ。
闘技場のリングの周囲に円形に配置された観客席は満員で、俺とラ゠ギィは最後列の立ち見席で観客の中に紛れ込んだ。
砂が敷き詰められたリングの上では剣士同士が真剣で斬り合っている。
互いに血を流し、それを見て観客が歓声を上げる。俺からすれば御粗末な試合だが、観客にとってはそうでもないみたいで、大いに盛り上がっているようだ。
「こんなもんを見せたかったのかい?」
他人が戦うのを見るより、自分が戦う方が良いんだけどね。
まぁ、これを見せに来たわけじゃないんだろう。本当は何を見せたいのかね?
「お見せしたいものは、この試合が終わった後のことです」
ラ゠ギィがそう言った瞬間、リングの上で決着がつく。
どっちが勝ったとかは興味が無いんで、どうでもいいね。
ラ゠ギィも試合自体には興味が無いようで、決着がつくと同時に俺に──
「あちらを見てください」
ラ゠ギィが指差したのは観客席の最上段。
特別に区画分けされた場所で、それは貴賓席のようにも見えるが──
「祭壇か?」
「えぇ、そうです。正確には祭壇へと続く神殿への道となります」
神殿ねぇ。まぁ、なんとなく、そんな気もするな。
ここに来るまでに、ある程度、街の位置関係は把握したから、あの貴賓席みたいな場所の奥はちょうど、イグナシスの街が築かれた山の中心だってわかる。となれば、山の中心に築かれた神殿になるわけだ。
「見ていてください。もうすぐ始まりますよ」
ラ゠ギィは観客席の最上段に設けられた貴賓席のようなスペースから、試合の行われていたリングへと移す。
俺も同じようにそちらを見ると、勝利した剣士が貴賓席の方に跪いていた。
席には誰も座っていないのに、何をしているんだと思うと、その直後だった──
貴賓席から強い神の気配が放たれ、リングの上の剣士の体を神の気配が包んだ。
そして剣士の体を包むように赤い光が生じ、その光に包まれた剣士の体が浮き上がり、貴賓席へと運ばれ、それを見た観客が盛大な拍手で祝う。
貴賓席へと運ばれた剣士はそのまま奥へと進み、観客の前から姿を消し、それを観客は再び祝福する。
「理解していただけましたか?」
「まぁ、なんとなくはね」
俺とラ゠ギィは拍手と歓声のなりやまない闘技場の中で冷静に状況を分析しながら会話する。
「なるほど、あの奥に神がいるってのは間違いないな」
貴賓席の奥は神殿に繋がるっていうなら神はそこにいる。
それはさっき感じた神の気配からも、それは間違いないだろう。
ただ、いるからって簡単にそこに入れるわけじゃないんだろうな。
「お察しの通り、赤神は闘技場で勝利した者としか会いません。それ以外の手段では、あの貴賓席の奥にある扉の向こうにいけないのです」
ラ゠ギィの口振りは挑戦した経験があるようなものだった。
どうやらラ゠ギィも赤神を狙っているんだろう。それを明け透けに語ることはしないが、隠すつもりが全く無いってことはどういうことだろうか?
まぁ、なんとなく想像はつくけどね。
「なら、闘技場で戦えばいいだろ?」
俺が言うとラ゠ギィは肩を竦める。
「それも簡単ではありません。闘技場で戦うということはイグナシスでは名誉ある行為ですので、そう簡単には戦えません。正しい手続きを踏まなければ。今回、戦っていた二人も正式な手続きを踏んだうえで戦いに臨んでいます」
じゃあ、手続きを踏めば良いじゃない。って簡単にはいかないんだろうね。
格式やらもあるんだろう。何処の馬の骨とも分からん奴を神聖な闘技場の舞台にあげるわけにいかないとか、そんな感じかもね。
「どうするつもりなんだい?」
腹の探り合いをするつもりもないんで、俺はラ゠ギィに簡潔に問う。
「ちょうど来月にイグナシスで最大の武術大会である剣神祭が開かれます。これに参加し、勝利すれば赤神に会うことも可能かと」
「ぽっと出の奴が参加できるもんなのかい?」
「それは問題ありません。資格さえ満たせば、誰でも出場でき、闘技場の舞台に立つことが可能なのが剣神祭です。そして……今は詳しく説明している時間はありませんが、剣神祭に出場し、勝利すれば赤神に拝謁することができます」
ラ゠ギィの言葉はそれだけでは終わらない。
「しかし、赤神と会う唯一の機会である剣神祭ですが、その出場資格を満たすのが今からでは些か困難なのです。本来は一年がかりで資格を満たすのですが、我々は……」
一年がかりの所を一月で出場資格を得るってことになるのか。
俺にわざわざこんな話を振ってきたのはそれが理由なんだろうな。
おそらく、ラ゠ギィが俺に言いたいことは、ここからだ。
その資格がどういう物かは知らないがラ゠ギィは俺に──
「なので、手を組みませんか? アスラカーズ様」
やっぱり協力関係になろうと申し出てきた。
一年がかりで資格を満たすってのが、どういう物かは知らねぇけど。
おそらくラ゠ギィ単独ではどうにもならないもんなんだろう。
だから、俺と協力して何とかしようって感じなんだろうな。
「貴方も私も共に赤神を狙っています。そちらにはそちらの目的が、こちらにはこちらの目的が。ですが標的が同じ以上、協力はできると思いませんか?」
「どういう協力関係を築くかにもよるなぁ」
ラ゠ギィが赤神を狙っているのは白神教会の命令だろう。
それはつまりイザリア・ローランって俺の事を知っているらしい教皇の命令でもある。
何の目的でイザリアが赤神を狙っているか分からねぇし、ここで安易に協力をしても良いものかどうか。
「協力するのは剣神祭に出場するまで。出場するまでは味方で剣神祭では敵同士というのは如何ですか?」
悪くはねぇな。
現状、闘技場で勝つくらいしか赤神に会う方法がないんだから、剣神祭への出場は第一候補だ。
おそらく俺達が剣神祭に出場するにしても資格を満たすのは難しいだろうし、ラ゠ギィと手を組むのはそこまで握手じゃない。
出場さえしてしまえば、後はラ゠ギィと戦うことになっても、気にせずに叩き潰せばいい。
そんでもってラ゠ギィより先に赤神に会って、倒すなり俺に従属させるなりすればいい。
イザリアと白神教会の狙いがなんなのか分からない以上、こいつらに先に赤神を倒させるわけにはいかねぇしな。
「それでどうしますか? 私と一時的にですが手を組みますか?」
再度のラ゠ギィの問い。
それに対しての俺の答えは──




