剣の都に向けて
車を出せ──そんな俺の言葉に対する反応は、まぁそれぞれ。
ゼティとシステラは、「正気か?」って言いたげな顔で俺を見てるが、セレシアとリィナは単純に俺が何を言っているか分からないって顔だ。
まぁ、セレシアとリィナにとって車ってのは馬車とかだし、馬が無いのに車だけ出してどうするんだって感じなんだろう。
対して、ゼティとシステラにとって車ってのは自動車なわけだけど、こっちの場合は自動車なんてこの世界ではオーバーテクノロジーになる物を出して良いのかって言いたい感じだろう。
ゼティも人間だった頃はセレシアとリィナの側だったんだけどね。使徒をやってるうちに文明に染まってしまったようだ。
まぁ、ゼティはこの世界に来る直前まで宇宙戦争をやってるようなSFレベルまで文明が発展した世界にいたって影響も大きいんだろうけどさ。
「とやかく言う前にさっさと出してくれよ」
俺は四人が何か言うよりも先にシステラに催促する。
システラは俺の要求に不承不承って感じで嫌がりながらも素直に応じる。
現状、『倉庫』の管理はシステラにしかできない。本来の能力があれば俺にも出来たんだけどね。
手元には立体映像のウインドウが現れ、それにシステラが目を通す。見ているのは俺がシステラの管理している『倉庫』に預けた物品の数々だ。
まぁ、預けたって言うよりはゴミ箱に入れる感覚で放置してるような感じだけどさ。
「……どの車ですか?」
システラは不機嫌そうに俺に聞いてくる。
そういえば車だけでも何十台もあったな。
「キャンピングカー」
「キャンピングカーだけでも、10台近くあるんですが」
そんなに買ったっけ?
買ったかもなぁ。アウトドア用品がマイブームになってた時に買ったかも。
まぁ、ほとんど使わなかったけどさ。
「一番デカいので」
俺がそう言うとシステラは手元に浮かんだウインドウを操作する。
すると、次の瞬間、システラの管理する異空間の『倉庫』から、この世界へと俺の要求した物が転送される。そうして、現れたのは──
「デカっ」
10tトラックよりも大きいくらいのサイズの大型車両だ。
……勢いで買った時から一度も出してなかったけど、冷静に見てみるとマジで大きいな。
これ公道走れんの? まぁ、オフロードも問題なく走れるはずだけど……
「……大きすぎないか?」
「キャンピングカーってこういうものでしたっけ?」
ゼティとシステラが驚くというよりかは引いている。
正直、俺も引いてる。こんなん買って、何をするつもりだったんだろうね。
まぁ、それはともかくとして──
「キャンピングカーじゃなく、エクスペディション・ビークルって言うんだよ」
直訳すると「探検車」って奴だね。
道の無い場所でも走れるオフロード仕様のキャンピングカー。砂漠とジャングルに探検に行くような奴が乗っていって、拠点代わりに使うような車だ。長期間の滞在になるから居住性を上げてるんで、そのせいもあってやたらとデカいんだよね。
ちなみにお値段は日本円で2億円くらい。
「馬が無いのに走るの?」
「走るよ。これは魔具だからね。魔力の力で動くんだ」
面倒臭いから、リィナちゃんにはこうやって説明する。
実際はガソリンで動くんだけどね。燃料タンクの容量は1000リットルで満タンなら2000kmくらいは走れる。
仕組みを教えなければ魔力で動いていようが、ガソリンで動いてようが分かんねぇし、全部を説明する必要も無いよね。
「なんか嘘ついてるでしょ」
「心外だね。俺はいつだってキミに対して誠実じゃないか」
そんなことは全く無いって自覚はあるけどね。
でも、こんな風に言うとリィナちゃんはイラっとくるだろ?
俺は嫌いじゃない奴には悪ふざけをしてみたくなるのさ。
「そんなことより、中を見てみると良い。細かいこととか気にならなくなるぜ?」
俺はそう言って、車の後部ドアを開けて中に入るように促す。
ドアを開けた先はすぐにソファとテーブルが備え付けられたリビングのようなスペースになっていて、そこから車両の後部に向かえばキッチンとトイレついでにベッドルーム。逆に行けば運転席だ。
キャンピングカーとは言ったけど中身はトレーラーハウスみたいなもんで、居住スペースは少し狭い家と変わりない。もっともトレーラーハウスと違って牽引じゃないけどさ。
「うわっ」
喜びの声かと思ったら思い切り引いたような声が聞こえてきた。
何が気に食わないんだろうね。天井は高い、狭いと言っても車内ですれ違える程度の広さは確保されてる。ソファは本革、キッチンはIH対応で、冷蔵庫も完備、トイレは水洗、寝室のベッドはクイーンサイズだぜ?
高級ホテルもかくやって内装だ。文句をつける奴の気持ちが分からねぇよ。
「金をかけすぎじゃないか?」
車の窓から顔を出したセレシアは俺にそんなことを言ってきた。
文句の多い奴らだね。ゴチャゴチャ言わずに中でおとなしくしてろ。
「そんじゃ、出発しようか」
乗り物は用意できたんだから、この場に留まってる理由は無いだろ?
俺は近くで車を見上げていたゼティの肩を叩き──
「運転よろしく」
ゼティは免許持ってたよな?
何処かの世界で免許を取ったって聞いたんだけど──
「いや、俺は普通免許しか持ってない」
「はぁ?」
普通免許で良いだろ……って思ったけど、俺の目の前にある車は大型車両だね。
普通の自動車しか運転したことが無いとキツイかな? でもまぁ、大丈夫じゃねぇかなって俺が思うとゼティは──
「それと俺はAT限定だ。ついでに右ハンドルの車しか運転したことが無い」
いやまぁ、別に俺の使徒になるのに運転免許の指定はないけどさぁ。
でも、俺達がこれから乗る車はMT車だから、運転は厳しいか?
となると──
「俺が運転するしかないか」
しょうがねぇなぁ。
まぁ、俺はMT車も左ハンドルも余裕だから、運転するのは構わねぇけどさ。
俺は車の後部の居住スペースで楽し気に話しているリィナちゃんに声をかける。
「道わかんねぇから、リィナちゃん案内してよ」
言いながら俺は運転席に乗り込む。
車のサイズに合わせて運転席も広々としてるんで、席というよりは運転スペースだ。
立って歩いた居住スペースまで移動できる広さの運転スペースで俺はハンドルが目の前にある席に座る。
「リィナちゃんは俺の隣に座ってね」
「げっ」
何が「げっ」だよ、テメェ。
こっちは道が分かんねぇんだって言ってんだろ。
「イグナシスまでの道を案内してよ」
俺は嫌そうな顔で助手席に座るリィナちゃんにそう言いながら、エンジンをかけて車を発進させる。
アクセルを踏み込み、車を前進させようとして──
「あ、逆方向だから、後ろを向かないと」
速攻で水を差された。
人が気分よく新車を運転しようとしてるのにさぁ。
まぁ、良いけどさ。別に俺はこだわりは無いからさ。
「大丈夫そうか?」
居住スペースからゼティが運転スペースに来た。
俺は華麗にUターンを決めて、車をイグナシスの方向に向ける。
「見ての通り、問題は無いよ」
「流石に人間だった時から自動車に乗ってるだけはあるな」
車のある文明だったから、運転に慣れてるのは確かだね。
ただまぁ、ホッとしてる所、悪いんだけど一応これだけは言っておいた方が良いかもしれないね。
「でも、実は俺って車の免許持ってないんだよね」
「は?」
虚を突かれて間の抜けた声を出すゼティを尻目に俺は車を発進させる。
オフロード仕様のタイヤは地面が草原でも問題なく進んでいく。巨大な車体を動かす強力なエンジンが唸りを上げ、八つのタイヤがしっかりと地面を掴み、俺達を目的地へと運んでいく。
でもって、それを操るのは無免許の俺。
「いやさぁ、取るタイミングが無くてね。車は運転してたんだけど、ずっと無免許だったのよ」
初めて車を運転したのは何時だったろうか。
あれは16歳の夏──とある動画配信者が良い車を買ったって調子に乗って自慢をしてて、その動画を偶然見かけた少年時代の俺はイラつき、その動画配信者の自宅を突き留めて、車を盗んでやったんだよね。その時が初めての運転だったかな。
それ以来、俺はずっと無免許で自動車を運転してるんだよね。
「でも、運転経験は数百年オーバーのベテランドライバーだぜ、俺はさ」
「ふざけるな」
ゼティが怒りを露にするが、流石に分かってるのかハンドルに触れて俺の運転を止めようとまではしない。俺とゼティが揉めてるのを見て、助手席に座るリィナちゃんが目を白黒させる。
「え、なに、何かマズい流れ?」
何もマズくねぇよ。
ここから俺がワイルドでスピード感に溢れたドライビングテクニックを見せるってだけの話さ。
日本にいられなくなってからもアメリカで何台も車を盗んで運転してたし、そういう生活で俺は運転を身につけたのさ。
「楽しい旅になりそうだぜ」
久々に運転する車に同行者も沢山。
こりゃ退屈することは無さそうだぜ──
──なんてことはなく、すぐに退屈になった。
この車だと家が一軒移動しているようなもんだし、街道を通るのは通行者の迷惑になりそうだから、やめてるんだけど、そうなるとだだっ広い草原を延々と走ってるだけになる。
通り過ぎていく風景を楽しめば良いって思うかもしれないけど、ただの草原だから面白味も何も無いんだよね。
「つまんねぇなぁ」
隣の助手席に座っていたリィナちゃんは居住スペースの方に移動し、今はセレシアが助手席に座っている。セレシアは初めて乗る車に興味津々という感じだ。
「なんか面白い話ない?」
俺は世の中の人間が一番困るであろう話題の振り方をした。
セレシアはさてどう答えるだろう。そう思ってセレシアの答えを待つと──
「なんだ? 私と話がしたいのか?」
「運転してるのも退屈なんでね。お話をしようぜ?」
俺がそう言うとセレシアは何を話そうか考え込み始める。
なんだかんだ言っても真面目だから良いよね、セッシーはさ。
リィナちゃんやシステラだったら、「は?」って言って、それ以上、会話しねぇもん。
反抗期も極まってるよなぁ、アイツら。
「うーむ、特に面白い話題はないのだが、とりあえず良い機会だから聞いておきたいことが一つ」
「なんだい?」
今だったら何でも答えてやるよ。
それこそ、この世の秘密でもなんでもね。
さぁ、ドーンと来いや。どんな質問でも望む所だぜ。
俺はそんな覚悟でセッシーの質問を聞くが、それは俺にとっても想定外のもので──
「性欲はどうすればいいんだ?」
マジで予想外の質問だった。
「いや、食欲も睡眠も瑜伽法や業術でなんとかできるというのは身をもって理解したが、そうなると三大欲求の残りの一つである性欲はどうすればいいんだ?」
「それは真面目な質問ですかね? それとも下ネタっすか?」
思わず敬語になっちまったよ。
「どちらのつもりで答えても良いぞ」
まぁ、そう言われても答えは一つなんだけどね。
「性欲はなかなか消せないからなぁ。まぁ、それぞれ適当に処理してんじゃない? 禁欲してる奴がいないわけでも無いけどさ」
ゼティは適当に寄ってくる女とヤってると思うね。
マー君は女と縁が無いし、商売女を買う気概も無いから自分で処理してると思う。
ガイはそもそも性欲が無いだろうし、ルクセリオは死んじまった嫁さん一筋だから禁欲してんじゃねぇかな?
「お前はどうなんだ?」
「俺? 俺はまぁ我慢ができないわけでもないからね。どうしようもなくなったら、金銭で解決するよ」
「むぅ、少し幻滅したな。神ともあろうものが女を買うなど」
俺もキミに幻滅してるけどね。
最初は真面目な女騎士の気配を出してたけど今となっては残念系だもん。
「金だけの関係が一番楽なんだよ。商売女とはこっちが金を払い、その対価に気持ちいい思いをさせてもらうってだけのシンプルな関係で済むからね。それ以上もそれ以下も、求めず求められずに済むってのは気楽でいいのさ」
もういいだろ?
こういう話はそんなに楽しくねぇよ。
「次は愛についてでも語るかい?」
俺がウンザリした気持ちを隠さずに言うとセレシアの方はもう興味を無くしたようだった。
まぁ、セッシーにとっても面白い話にはならなかったってことなんだろう。
「腹が減ったな」
セッシーは話題を変えるように呟く。
瑜伽法を使ってれば肉体的には空腹にはならないけど、精神的に飢えてきたんだろう。
食わなくても大丈夫とは言っても、食わないと人間性が段々と失われてくるからね。
「なんか作れば良いじゃん」
俺が言うとセッシーは──
「自慢じゃないが私は生まれてこの方、戦場暮らしだぞ? 料理などできん」
「そりゃスゲェや」
何がスゲェのか分かんねぇけどさ。
つーか、戦場暮らしの方が料理とかできそうだけどな。
メシの用意とか自分でしないといけないわけだしさ。
俺がそんなことを思っているのを察したのかセッシーは弁解するように言葉を続ける。
「私は貴族の生まれだったからな。戦場でも常に身の回りの世話をする者たちがいたんだ」
「身の回りのことをしなくて良い代わりに敵の首を落とすのが求められてたって感じ?」
素晴らしい分業体制だね。感動のあまり涙が出てきそうだぜ。
「まぁ、そんな感じだ。というわけで、食事の用意を頼みたいんだが?」
「俺は運転中なんだけどね。俺以外にもできる奴はいるだろ。例えば……」
リィナちゃんとシステラは駄目そうだな。
ゼティはまぁ出来るだろうけど、今の気分だとやりたがらないかも。
となると俺しかいない感じか?
「めんどくせー」
どっかにサービスエリアとかありませんかね。
まぁ、あるわけねぇんだけどさ。車のフロントガラスの先に見えるのは何処までも続く草原だけで──ってこともなかった。
俺達の進行方向に何やら人だかりが見える。
その連中は何かを調べているようで、俺達に気づいている感じはない。
このまま無視して通り過ぎてしまうのもいいかもしれないが、興味がわいた俺は人だかりに向かって車を走らせる。すると、車の接近に気づいた連中が、見たことも無い大きさの乗り物に慌てふためく様子が目に入る。
「あまり刺激するべきではないんじゃないか?」
助手席に座るセッシーのありがたい御忠告。
まぁ、聞くわけないんだけどね。
「俺は刺激的なのが好きなのよ」
相手がどうかは知らねぇけど、相手を気遣ってばかりで自分の楽しみを後回しにするってのは俺の好みじゃないんでね。
「な、なんだ!?」
車で近づくと、そこにいた人々が車を取り囲むように集まりながら声をあげる。
俺は車を止めると、降りて友好的な態度で話しかける。
「やぁやぁ、どうもどうも。みなさん、何してんの?」
見た所、衛兵って感じの連中だ。
そいつらが集まってたのは横転した馬車の周り。
事故の調査でもしてたのかな? だとしたら、そこまで面白くもねぇけど──
「何者だ、貴様! 後ろのそれは何だ!」
同時に二つ質問するとか、せっかちな奴だな。
まぁ良いけどさ。別に答えるのに困るようなことは無いしね。
「後ろの乗り物はダンジョンで魔具。でもって、俺はこういうもんだよ」
答えながら、俺は衛兵に向かって冒険者の登録証を投げ渡す。
「俺はサイスって言うんだ。その登録証にもあるように冒険者だよ」
いやぁ、こんなこともあるかと思い、くすねておいて良かったよ。サイスの冒険者証をさ。
衛兵は冒険者証に記された冒険者のランクを見て眼を見開くと、俺と俺の背後の車を見て納得したような表情になる。ランクの高さってのは信用の高さだからね。サイスの冒険者証を見せれば、大抵のことは何とかなる。
「高位の冒険者の方でしたか。失礼しました」
「良いって。怪しげな奴を疑うのは衛兵として当然のことだよ」
友好的な態度を表面に出しながら俺は続けて訊ねる。
「ところで何があったんだい? 何か事件?」
俺が聞くと、俺の目の前にいた衛兵が俺のそばに近寄ってきて──
「……殺しですよ」
そいつはまた大変そうだ。
俺が続きを聞きたそうな顔をすると、衛兵は独り言を言うように──
「ただの殺しならまだ良かったんですけどね。どうにも犯人は異常者みたいなんすよ」
情報漏洩とか全く気にしない文化レベルとか最高だよね。
秘密にしておいた方がいいことを世間話の感覚で話してくれるからさ。
「女の方は綺麗な殺され方なんですが、男の方がね、どうにも散々に乱暴されたうえで殺されたみたいなんです。普通、逆でしょう? 女の方が乱暴されるなら分かるけど、男の方が乱暴されるとか──」
詳しい状況は衛兵も説明したくないらしい。
俺はなんとなく、どういう状況か想像できるんで説明はいらない。
「──で、殺された男の方が問題で、どうにも被害者の男はイグナシスの『剣聖』の息子らしいんです。『剣聖』と言えば、お偉いさんでしょう? どうやって説明したらいいのかとか、犯人の行方とかも多少は調べておかないと、どんな目に遭わされるか分かりませんしねぇ」
だから一生懸命、捜査してるって感じか。
イグナシスの剣聖ねぇ。その息子が殺されたってのはどうなんだろうね。
権力闘争とか、そういう感じ? それともそういうのは全く関係ない、衝動的な犯行?
「まぁ、この辺りでは最近、似たように男が乱暴されて殺されるって事件は続いてるんで、そのうち犯人も尻尾を出すでしょう」
物騒だねぇ。殺人事件が頻発してるとかさ。
俺は情報を教えてくれた衛兵に御礼として銀貨を何枚か渡す。
「へへっ、どうも」
最初から御礼を貰うのを期待して話してくれたんだろう。
お金を渡さなかったら、俺を犯人としてでっち上げたかな?
よくよく考えると、そっちの方が面白かった気もするけど、まぁいいや。
「捜査、頑張ってね」
「そちらもお気をつけて」
衛兵はそう言うと、そそくさと仲間たちのもとへと戻り、事件現場の調査を再開する。
俺は車に戻り、運転席に座る。すると、助手席に座ったまま成り行きを見守っていたらしいセレシアが──
「何があった?」
「殺人事件だってさ」
俺はエンジンをかけて、車を発進させる。
「ま、この辺りで起きてる事件だし、俺らには関係ないよ」
これからイグナシスに向かう俺らが気にするような事件じゃない。
殺人事件も解決するのは衛兵の仕事さ。
俺らは気にせず、車での旅を続けようじゃないか。




