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ヴィルダリオとシャルマー

 

 アッシュがラスティーナからの情報を待っていた頃。

 場は移り変わり、そこはレイランド王国のとある街道。


 レイランド王国の王都から東へと伸びる街道を一台の馬車が東へ向かって進んでいる。

 それは、ほどほどに裕福な者が利用する乗り合い馬車だった。


 馬車の中の乗客は四人。

 レイランド王国の王都から乗っている若い男女と──


「宣教師の方でしたか」


 男女二人組の男の方が、街道の途中で馬車に乗り込んできた二人組に対して言う。


「あぁ、そうだ。俺はヴィルダリオ。白神教会の宣教師だ。もっとも、こんな見た目のせいで信じて貰えないがな」


 聖職者の祭衣カソックに身を包んだ宣教師の片方が名乗る。

 ヴィルダリオという名の宣教師は本人が言うようにとてもではないが宣教師には──聖職者には見えない。

 屈強な体躯に夥しい傷が刻まれた顔、煤けた茶色の長い髪を獅子の鬣のように伸ばした姿は聖職者と言うよりは戦士だった。


「そして、こっちは──」


「同じく宣教師のシャルマーです」


 もう一人の宣教師もにこやかに笑い名乗る。

 シャルマーという名の宣教師はヴィルダリオとは対照的に細身の男だった。その顔は女性と見まがうような美貌で妙な色気を発しながら若い男を見ている。


「いやぁ、助かったよ。貴方たちが乗せてくれなかったら、僕たちは徒歩で旅をしなければならなかったからね」


 シャルマーは美貌に朗らかに笑顔を浮かべ、男に向かって感謝の気持ちを伝える。


「いえ、困っている方々を助けるのは当然のことですから」


 若い男は当然のことをしたまでだと爽やかに笑う。

 その笑みに釣られて男の隣に座る女性も笑い、和やかな雰囲気になる馬車の車内。


「二人はどういう関係だ?」


 ヴィルダリオは随分と距離が近い男女二人に訊ねる。

 男の方はどこぞの貴族の御曹司といった感じの気品を感じさせる優男。

 女の方はどこかの商家の令嬢だろうとヴィルダリオは推測する。

 それなりに身分のある恋人同士だとも推測できるが、その割には供回りもつけていないのがヴィルダリオは気になった。そして、男の方が自分のそばに置いてある長剣、貴族の子息が格好をつけるために持つような剣ではない。武骨な実戦用の剣だ。


「聞くまでもないよ、ヴィル。きっと恋人同士さ」


 シャルマーが愉快そうに言う。

 ヴィルダリオは横目で見るとシャルマーが二人を見て舌なめずりをしているのが見えたが、それも一瞬のことで、目の前に座る二人には気づかれてはいなかった。


「えぇと、まぁ、そうなれたら良いと思っているんですが……」


 男の方が照れ臭そうに言うと隣に座る女も顔を赤らめて俯く。

 その初々しい仕草にヴィルダリオとシャルマーの二人の宣教師も思わず笑顔になる。


「故郷に戻って父に彼女を紹介しようと思っていまして……」


「ほう?」


 若い男はそばにあった剣を手に取ると、誇るような口調で──


「実はとある貴族家の剣術指南役の任を仰せつかることができたので、その報告のついでに婚約の許しを貰おうと思っているんです」


ついで・・・?」


 男の言い方が気に障ったのか、女が男を睨みつける。

 どっちがメインで、どっちがついでなのかと言う話だ。

 男は困った顔で言いなおす。


「婚約の許しを得るついでに剣術指南役になれたことを父に伝えに行くんです」


「彼の御父上はとても有名な剣士なので、剣で身を立てるまでは結婚は認めないと言うんですよ?」


「でも、剣術指南役になれたんですから、父も納得してくれるでしょう」


 熱をもって語る二人の男女の言葉をヴィルダリオとシャルマーは微笑みを浮かべた穏やかな表情で聞いていた。


「ということは、この馬車で故郷まで?」


 シャルマーが訊ねると男女は同時に頷く。


「えぇ、故郷まで。でも、大変でした。なかなか馬車が無くて」


「この馬車にだって譲ってくれた二人がいたから乗れたんです」


「へぇ、良い人もいるんだねぇ。どんな二人だったの?」


 シャルマーは興味を持ったようで目の前の二人に訊ねる。


「背の低い男の子と背の高い女の子の二人組でした。魔術士かな? なんとなく、そんな風に見えましたね」


「きっと、あの二人も恋人同士じゃないかなぁって思うんですけど。その二人が馬車を譲ってくれたんで、なんとか彼の故郷に行くことができそうなんです」


「それは良かったねぇ」


 シャルマーはニコニコと笑いながら二人の話を聞いている。

 隣に座るヴィルダリオもシャルマーの機嫌が良い様子なので機嫌が良い。


 婚約の許しが得られそうなことから若い男女の二人は浮ついた気分で楽し気に宣教師の二人に話し続ける。それを微笑みながら聞いているヴィルダリオとシャルマーは自分からは何も話していなかったが、若い二人はそれに気づかない。

 そうして話している内に女の方が──


「不躾なお願いかもしれませんが、無事に婚約の許しを貰えるよう祈っていただけませんか?」


 旅の聖職者に祈りを捧げて貰うことを頼むのは珍しいことではない。

 若い二人は目の前の宣教師たちも白神教の聖職者である以上、白神に祈りを捧げることはできるだろうと思い、自分達の婚約ひいては結婚が上手くいくことを祈ってほしいと願った。


「私からもお願いいたします」


 男の方も頭を下げてヴィルダリオとシャルマーに頼む。

 ここまで和やかな雰囲気で話していたのだから、断ることは無いだろうと思っていた。

 仮に断られたとしても、その時は素直に失礼な頼みをしたと心から謝るつもりであった。


 無理に頼むようなことでもない。そんな軽い気持ちであった。

 そして、そんな気持ちの若い二人に返ってきたヴィルダリオとシャルマーの言葉は──


「お断りだ」


 それを聞いた若い男女の二人は「仕方ない」と思い、急に頼み込み、失礼なことをしたと謝ろうとしたのだが、謝るよりも先に──


「あぁ、汚らわしいなぁ」


 シャルマーの呟きが二人の耳に入った。

「え?」と思いもがけない言葉が聞こえてきた二人はシャルマーを見る。

 そうして見たシャルマーは口元にだけ笑みを浮かべて、よどんだ瞳を二人に向けていた。


「何故、僕たちが君たちの汚らわしい関係が上手くいくように祈らなければならないんだ?」


 シャルマーは舌なめずりをしながら男の方を見る。

 その様子にただならぬものを感じ二人はヴィルダリオを見るがヴィルダリオの眼には何の感情の色も浮かんでいなかった。


「僕たちは互いを愛している。それのどこが汚らわしいと言うんですか」


 シャルマーの物言いが許せなかった男は反論する。

 しかし、その反論を受けても宣教師の二人は表情を変えず、それどころかヴィルダリオとシャルマーは軽蔑するような眼差しで愛し合っていると言った二人を見る。


「笑わせる。男と女の間の愛だと? 男と女の間に本当の愛などは芽生えんよ」


「男女の愛なんて、所詮は子孫を残そうとする動物的な本能に根差した物さ。そんな物が真実の愛であるわけがないだろ? 男女の愛なんて獣のような低俗な衝動を綺麗ごとで飾り付けたもの。それを汚らわしいと思うのは当然だろう?」


 シャルマーは男女の愛を獣のような本能と嗤う。

 そんなものは人間の愛の形ではない。愛とは繁殖の本能に根差したような生産的な物ではない。

 生み出さないからこそ真実の愛なのだとシャルマーそしてヴィルダリオは思う。


「君たちに教えてあげよう、本当の愛というのはだね──」


 そう言うと、ヴィルダリオとシャルマーはおもむろに口づけを交わす。

 この世界はまだ同性愛についての理解は無く。そういったものを忌み嫌う空気がある。

 目の前でそれを見せつけられた二人は驚くと同時に嫌悪を露にする。


「これが本当の愛というものだ」


 ヴィルダリオはシャルマーと口づけを交わした口で言う。

 シャルマーは目の前の二人の態度を見て、肩を竦め──


「どうやら、僕たちの言う愛が理解できないようだね。もう完全に穢れてしまってるようだ」


 そしてシャルマーは男を見ながら舌なめずりをする。


「これはもう僕たちの愛で浄化してあげるしかないね」


「あぁ、そうだな」


 ヴィルダリオとシャルマーが放つ気配に男は恐怖を覚え、立ち上がる。

 すると、車内の様子に気づいた御者が馬車の御者台から車内を覗き込み──


「どうかしましたか?」


 そう訊ねた瞬間、御者の首が斬り飛ばされた。

 何が起きたか分かっているのはヴィルダリオとシャルマーの二人だけだ。

 御者を失った馬車は制御を失い、車体が傾くと、そのまま戻ることなく横転する。


「危ない!」


 咄嗟の反応で男は自分の隣に座る未来の婚約者を庇おうとするが、その動きよりも速くヴィルダリオが男に覆いかぶさり、男とヴィルダリオは共に車外へと放り出され、シャルマーと女を残したまま馬車は横転する。


「ふふっ」


 横転した馬車からシャルマーが女を抱えて外に出る。

 まったくの無傷のシャルマーは頭から血を流してる女を地面に放り捨てると、その顔を覗き込む。


「あぁ、汚らわしいなぁ。男に股を開く女は獣のような臭いがするなぁ」


 女はまだ息があった。

 シャルマーは女の体を起こすと、自分の声が聞こえてるかを確認しながら言葉を続ける。


「男は男同士、女は女同士で愛し合うべきだと思わないかい? 僕はそれこそが正しい愛の形だと思うんだ。何も生み出すことが無いからこそ崇高な真実の愛だとは思わないかい?」


 馬車が横転した際に頭を打ったのか女は意識が朦朧としている。

 返事が無いことも気にせずにシャルマーは女に語り掛ける。


「僕が女だったら僕の愛で君を浄化できたんだけど、残念ながら僕は男なんだ。可哀想に、君は穢れたまま死んでしまうことになる」


 シャルマーの眼から涙が溢れ、涙を流しながらシャルマーは懐から短剣を取り出すと、その刃で女の心臓を抉る。


「せめてもの慰めだ。命が尽きるまでの間だけでも、君が間違った愛を抱いた男が真の愛で浄化される姿を見せてあげよう」


 そう言ってシャルマーが視線を向けるのはヴィルダリオと対峙する男。

 男の手には剣が握られている。そして対するヴィルダリオの手にも何時の間にか剣が握られていた。


「──剣術指南役と言ったか?」


 ヴィルダリオは悠然と剣を構えているのに対し、男の方は険しい表情に全身を強張らせた様子で剣を構えている。


「流石にその役を与えられるだけのことはある。歳の割に腕は立つようだが──」


 次の瞬間、男の構えていた剣が切り刻まれ鉄の破片に変わり、そして同時に男の両腕が肘から斬り落とされる。


「俺の相手をするには100年は早い」


 何が起きたのか、ヴィルダリオはいつの間にか剣を振り抜いていた。

 男は自分の腕が失われているのにヴィルダリオの言葉を聞いて、ようやく気付く。

 そして、気付いた瞬間、斬られた腕から大量の血を吹き上げながら、男は絶叫をあげて地面に倒れこんだ。


「その出血では助からんな。だが、死ぬ前に俺の愛で貴様の穢れた魂を浄化してやろう」


 そう言うとヴィルダリオは再び剣を振るう。

 明らかに剣の届かない間合い。しかし、ヴィルダリオが剣を振るった瞬間、地面に倒れこんでいた男のズボンが切り裂かれ、下半身が露出する。


「僕も協力しよう。穢れた魂を浄化するのも聖職者の務めだからね」


 そう言うとシャルマーは女のそばから離れて男へと近づいていく。

 ヴィルダリオとシャルマーは男のすぐそばに立つと、おもむろに自分達のズボンに手をかける。そして──




 ──それから数十分後、ヴィルダリオとシャルマーは街道を並んで街道を歩いていた。

 二人の表情には仕事をやり遂げたという満足感が浮かんでいる。二人にとっては穢れた魂を持つ男女を浄化したという大仕事だ。


「俺達の愛で、あの男の魂も浄化されただろう」


「あぁ、そうだね。僕達の愛をたっぷり注ぎ込んであげたからね。浄化されたのは間違いないよ」


 ヴィルダリオとシャルマーは自分達が穢れた魂を救うことができたことを誇らしく思い笑い合う。

 だが、そうして笑い合っていられるのも束の間の事で、二人はすぐに目の前の問題に気付く。


「しかし、この調子ではいつまで経っても目的地に着かんな」


「馬車に乗る度に同じことを繰り返してるせいでもあるけどね」


「仕方ないだろう? この世に穢れた人間が多すぎるせいだ」


「だからって、出会う人みんなを浄化してたら時間が足りなくなるよ。まずはイザリアに言われた通り……どこに行くんだったっけ?」


「イグナシスという都市だ」


「あぁ、そんな名前だったね」


 シャルマーは都市の名前を思い出し、そしてもう一つ思い出す。


「もうラ゠ギィは現地にいるんだって?」


「そう聞いている」


「じゃあ、僕たちが行く必要はないんじゃない?」


「だがイザリアは俺達にも向かうように言った。なんでもアスラカーズもイグナシスに来る可能性があるらしい。それと、あの街にはまだマトモな神が残っている。厄介な連中が多い以上、戦力は多い方が良いと考えているのだろう」


 アスラカーズ──その名を聞いた瞬間、シャルマーの顔に笑みが浮かぶ。


「それは楽しみだ」


 笑みを浮かべ、足取りも軽やかなシャルマーに対して、ヴィルダリオは思い出して口を開く。


「そういえば、お前はアスラカーズ系の世界の出身だったな」


「そうだよ、僕はアスラカーズ系の世界の出身。自分の世界を創った神様に会えるなんて本当に楽しみだね」


 アスラカーズが創り出した世界の一つでシャルマーは生まれた。

 直接、顔を合わせたことは無いがシャルマーは自分の世界を創り出した神がアスラカーズであることを知っている。アスラカーズはシャルマーにとっては創造神だ。シャルマーは自分の生まれた世界を創った神がどんな存在か興味があった。


「俺はイグナシスにいるという神に興味があるな。この世界に残った数少ないマトモな神だ。獲物としては申し分ない」


 ヴィルダリオとシャルマー。

 宣教師二人は期待を胸にイグナシスへと続く道を進んでいくのだった。




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