光の拳
「俺も混ざてもらおうかな」
ガイとルクセリオの戦闘を眺めていたアッシュは何気なく呟いた。
それを隣で聞いたセレシアは当然のように「何を言っているんだコイツは?」と信じられないものを見るような眼でアッシュを見た。
この男は目の前の惨状を理解していないのだろうかとセレシアは思う。
セレシアの眼前の戦場では、ルクセリオが放った閃光の一発で魔族軍は壊滅に陥っている。
ルクセリオの背負った光輪から放たれた光線で死んだ魔族達は幸運だっただろう。多少、痛みを味わうだけで死ねたのだから。そしてそれ以上に幸運だったのは、その次に放たれた閃光の直撃を受けた魔族達。この者たちは自分が死んだことも気づかずに消滅した。
結局の所、幸運だったのはそこまでだった。直撃を免れた魔族達はむしろ不幸な結果となった。ルクセリオの放った光の余波を受けた者たちは、光が生み出す高熱によって生きながら燃やされるものもいれば、衝撃波で全身を引き千切られる者もいる。それでも、この者たちは比較的マシな方だ。
少し距離が離れれば、光が生み出した熱は肉体を焼かないものの、焦げて熱を帯びた大気が周囲に拡散され、それを吸った生命の呼吸器を焼け爛れさせ、窒息に追い込む。衝撃波は即死の威力ではなくとも遠く離れた場所まで届き、それを受けた者の内臓を破裂させ、地面をのたうち回らせる。
ルクセリオはたった一発で戦場を地獄へと変えた。一万はいた魔族の軍勢の中で生き残っている者はいない。
地面に大穴を開け、地殻まで貫く一撃だ。
直撃を受けずとも余波だけで、大抵の生命を死に至らしめる。
そんな攻撃を持つ相手と戦うというアッシュに対しセレシアは──
「正気か?」
当然の疑問を口にする。
目の前の惨状を見れば、ルクセリオが危険な相手だとは分かるだろう。そして、そんな相手と互角に戦っているガイも危険な存在だ。そんな危険な二人の戦いに割って入るなど、セレシアは正気の沙汰とは思えなかった。だが、当のアッシュは自信に満ちた顔をセレシアは向けていた。
「当然、正気さ。正気だからこそ、楽しそうな喧嘩には混ざりたくなるのさ」
何を言っているんだコイツは?
セレシアはアッシュが正気ではないことを確信した。
セレシアも人間だった時は戦場に生きた人生であったので戦闘を嫌うわけではないが、相手が悪すぎる。ガイとルクセリオの戦いの中に割って入るなど、考えもしない。
「やっぱ、間に入るなら、互いに想い合ってる奴らの方が楽しいよな。バチバチにやり合ってる二人の喧嘩に混ざって台無しにしてやったりとかさ。そういうの分かるかい?」
「分かるか!」──と言おうとしたがセレシアはよくよく考えてみると一理あると思った。
セレシア自身、人間だった時に似たようなことをしたことがあり、その時は中々に痛快な気分だったからだ。他人の因縁に割り込んで、それを台無しにするというのは実際にやってみると中々に面白いことだったとセレシアは思い出す。
「まぁ、分からなくもない」
セレシアもアスラカーズの使徒だ。
その感性は主であるアスラカーズに近いものがあるのだから、アッシュの言葉にも納得を覚えるのも仕方なかった。
「分かってくれて嬉しいぜ」
アッシュは隠れていた物陰から出て、ガイとルクセリオが戦闘を続けている丘の上を目指して歩き出す。
「見てるだけってのも性に合わねぇしな。目の前で楽しそうに喧嘩してるなら混ざらなきゃな」
アッシュがそう言って目を向けた先、丘の上ではガイとルクセリオが対峙していた。
互いに対して殺意を隠そうともしない二人はその時──
「人間の区別もつかないくせに何が人間を守るだ」
ルクセリオはガイに対して侮蔑を隠さない。
ガイが常日頃から口にしていることはルクセリオにとっては空虚な妄言にしか聞こえていなかった。
「貴様は人間の男と女の区別もついていないんだろう? 年齢も顔を見ただけでは分からない。個人を判別するのに使ってるのは体格や肌の色、髪や服装か? まるで犬や猫の見分けをつけるみたいだな」
「黙ってろ」
ガイは拳に力を込める。
最高の強度の肉体、そして最強の腕力が生み出す握力で握られた拳は至高の武器と化している。
「黙ると思うか? 結局の所、貴様は人間を守るなどと抜かしながらも人間という種を見ていない。というか、見れないんだよ。貴様自身がどう思おうとな」
ルクセリオは握り締められたガイの拳を見る。
この世で最も硬い武器と化したガイの拳には更にガイの莫大な量の内力が込められている。
それを受ければ自分も無事では済まないと確信しているルクセリオはガイの集中を散らすためにガイの心を乱す作戦に出る。
「俺達、『人間』が猿の顔を区別するのが困難なように、お前は人間を区別できない。何故なら種が違うから。『ヒト型生命体の最終到達点の一つ』だったか? いやはや良く言ったものだ。貴様はヒト型というだけで人間ではないんだからな」
生き物として違い過ぎる。だから、ガイは人間を理解できないとルクセリオは言う。
人間が人間以外の動物を顔で区別するのが難しいようにガイも人間を顔で区別できない。
ガイが人間の個人を区別する際に用いることのできる情報は、体格や肌の色、髪や服装、声の高低。そういった情報での区別の仕方はまるで──
「オレだって人間の区別はつく」
「犬や猫の個体を毛並みや大きさで区別するようにか? 反論したつもりかもしれないが、己に言わせれば、貴様のそれは人間が自分より下等な動物にするのと同じような区別方法だ。結局の所、貴様が人間ではないと証明するだけだ」
ルクセリオはガイを嗤う。
わざとらしく哀れむような表情を向けたと思えば、馬鹿にするように見下した表情をルクセリオはガイに向け、そして言う。
「貴様の『人間を守る』という言葉の中には『人間』は存在はしない。人間を理解できないのに人間を守るなどというのは無理な話なんだよ。貴様の守るは人が愛玩動物を保護するのと同じようなものだ。もしくは過去に囚われ、自分自身の考えを放棄し想いに執着しているが故の妄言かだ」
どちらにしろ下らないとルクセリオは切って捨てる。
「本当は自分でも気づいているんだろう? 貴様は守ると口にした人間は区別がつかないのに、貴様が憎いと思う魔族の顔は区別できる。その時点で貴様は間違いなく、そちら側だよ。人間を守るより、人間の敵をしている方が相応しい生き物だ」
人間の顔は分からないのに魔族の顔は分かる。それはガイにとっても事実だ。
顔の違いが分かるということは種族として近いというルクセリオの考えもガイは理解できる。だが、認めるわけにはいかない。
「オレは人間の味方だ」
「そんなもの貴様が思い込んでいるだけだ。 まったく哀れな奴だよ。人間を守るなどと言っても貴様には守れない。自分の本質にも気付かず、不毛な戦いに身を置く。貴様は殺すことしかできないだろう?
貴様が人間を守るためにしていることなど、所詮は貴様の自慰行為だ」
ガイの眼にルクセリオを射抜かんばかりの殺意が込められ、その眼差しを見てルクセリオはもう一押しだと確信する。
「人間を守るためなどと言えば自分がマトモな生き物に──人間になれるとでも?」
「──黙ってろ」
その言葉と共にガイが動き出す。
ルクセリオにそれ以上、口を開かせないために。
そんなガイの行動を受けてルクセリオはほくそ笑む。
「やはりガキだな」
挑発に乗ってガイは自分の優位を捨てた。それをルクセリオは嗤う。
人間だった時から自分と同等以上の相手と戦い続けてきた百戦錬磨のルクセリオに対し、ガイは常に自分より劣る相手を蹂躙し続けるだけだった。
ガイが生きていた世界にガイ以上の存在はいない。ガイにとっては敵とは撫でれば死ぬような脆弱な存在だ。ガイは敵を倒した数こそ多いものの、戦闘の経験自体はルクセリオと比べて遥かに少ない。
それゆえにガイはルクセリオの挑発に乗るような軽率な行動に出てしまう。経験の無さがガイの行動を誤らせた。
「ぶっ殺す」
大きく腕を振りかぶりながら距離を詰めるガイ。
拳に込めた内力が漆黒を放ちながら唸りを上げる。
「己の業術を食らって死ね」
対するルクセリオは拳を腰だめに構える。
その瞬間、ルクセリオの拳が輝き、そして次の瞬間、光が奔る。
それはルクセリオの業術が生み出す光であり、ルクセリオが心に宿す力の具現。
光を操る。
ルクセリオの業術はそういった能力であると思われることが殆どだ。
確かにルクセリオの業術には光を操る能力もある。だが、それは正確ではない。
ルクセリオにとって光とは力の証明ではない。
ルクセリオは光に対して特別な思いを抱いてはいない。
である以上、己の衝動や欲求を表出する業術として光が現れることはあり得ない。
では、ルクセリオの業術は何故、光を放つのか。
ルクセリオにとって、光とは只の結果であり、それ以上でも以下でもない。
結果として光り輝いているというだけだ。
ルクセリオが望む力の体現、その結果、光が生まれるという、それだけの話だ。
ルクセリオにとって光とは力ではない。
ルクセリオにとっての力──それは速さだ。
速さこそが力であり、己の衝動を体現する要素。
速さを至上とする業術によって加速したルクセリオの拳は光の速さにまで達する。
光の速度へと達した拳は物体としての形を失い、閃光となって放たれる。
それがルクセリオの業術──超加速が生み出す光速の打撃こそがルクセリオの業術の本質だ。
質量のある物体が光速に到達する。
それだけで起きる現象は多岐に渡る。
光速の拳は大気を構成する分子と衝突し、その際に生じるのは核融合反応。そして核融合と同時にガンマ線が大量に放射され、核融合によって生成された粒子が拡散する。その後に生じる現象は周囲の空気のプラズマ化と膨張が生み出す超高熱の地獄。
ルクセリオが単純に拳を放てば、周囲数キロにある全ての存在は消滅し、更にその周囲が炎に包まれる。
しかし、現実にはそのような事態には至ってない。
それもまたルクセリオの業術の効果によるものだ。
ルクセリオが顕現態で生み出した背中の光輪は光が生み出す影響を制御する機能がある。
それによってルクセリオは己の光速の拳が生み出す破壊の余波を制御し、力に指向性を持たせ、周囲への影響を軽減する。
その結果が拳を放った際の閃光。
普通に撃てば周囲を無差別に破壊する力を一方向に限定した攻撃とし、その余波も可能な限り制限する。
ルクセリオにとっては遠距離から放った閃光も、至近距離でガイへ放つ閃光も同じ物だ。
影響範囲を制限することで近距離でも問題なく使用することができる。
ルクセリオの業術によって周囲への制御されているが、それでも速度は変わらない。
光速に達した拳はガイの肉体を打ち破る破壊力を有している。
ガイは拳を振りかぶりながら距離を詰める中で危険を直感した。
防ぎ切れないとルクセリオの構えを見た瞬間に理解したガイは自分が罠に嵌められたことに気づく。
一瞬の攻防の中でのことだ。もう体勢を変えることもできない。
このまま殴りかかれば間違いなく一度は殺される。ガイは自分の残機を把握していない。まだ余裕はあると思っても、易々と殺されて残機を失うのは面白くない。
そう一瞬の中で考えたガイはある決意をする。
そんなガイに対しルクセリオは加速し光となった己の拳をガイへと叩き込む。
必殺の意思を込めた拳だ。この一撃ならばガイの肉体を貫き、命を奪えると確信していたルクセリオ。
しかし、その確信は自分の拳に受けた感触で掻き消されることとなった。
それは貫く感触は無く、逆に自分の拳が砕けるような感触。
ルクセリオは自分の拳がガイの胸元に直撃したまま、貫くこともできずにそこにあるのを目にした。
「──究竟、漆黒機構」
ガイが呟くそれはガイ・ブラックウッドの究竟の名だった。
ルクセリオの拳を正面から受けたガイの胸は黒鉄色の影に塗りつぶされ、ルクセリオの攻撃を通さない。
ルクセリオは咄嗟に残った片方の腕で正拳突きを放つ。それも当然、業術による加速を乗せた光の一撃だ。光はガイの頭を捉えるが、しかし、その一撃を放ったルクセリオの腕の方が砕ける。
ルクセリオが見るとガイの胸を覆っていた黒鉄色の影はその範囲を広げ顔面にまで伸び、ルクセリオの拳の着弾点を保護するようにガイの顔面を守っていた。
「オレの先祖が持ってたって能力を瑜伽法で再現した能力だ」
ルクセリオは拳を再生し、再度の打撃を放つが、しかし放った打撃はガイの漆黒で塗りつぶされたガイの皮膚を突き破ることはできない。
『漆黒機構』
それはガイの先祖となる種族が持っていたとされる固有の能力を再現したもの。
単純に能力を説明するならば、黒鉄色の影で塗りつぶされた範囲を硬くするというものだ。
しかし、その程度の能力でもガイが用いれば、何物も通さない無敵の鎧となる。
本来の能力は様々であるが、ガイにとってはこの機能だけで充分すぎるくらいだ。
「普通の相手には使ったら勝負にはならないんだけど、テメェになら良いみたいだ」
ガイは拳を振り上げ、ルクセリオに叩きつける。
ガイの守りを破ることに意識を向けていたルクセリオは僅かに反応が遅れ、拳の直撃を受けて吹き飛んだ。その衝撃でルクセリオの両腕が砕けるがルクセリオは命の残機を消費し、即座に腕を治すと、ガイに対して構えを取る。
「それが奥の手なら、貴様の底は見えた」
「その程度のことしか言えない時点で、そっちの底も見えたよ」
ガイは獣のように両手を地面につけ、四つん這いの姿勢を取る。
これがガイにとって最も速く動ける構えだ。
ガイとルクセリオ、二人は互いを見据え、内力を高める。
そして──
「焼尽せよ、我が光!」
「漆黒機構ッ!」
叫びと共に両者は互いを滅ぼそうと動き出す。
だが、その時だった──
「プロミネンス・ペネトレイトォッ!」
知覚の範囲外から放たれた真紅の内力の奔流が二人を呑み込んだ。
真紅の内力に呑み込まれ消し飛んだルクセリオは再生し、ガイは何事も無かったかのように耐えた。
二人は共に自分達への攻撃が放たれた方を見る。すると、そこにいたのは──
「俺も混ぜろよ」
アッシュ・カラーズもといアスラカーズ。
ガイとルクセリオの主にあたる男がそこにはいた。
「混ざる? 殺されに来たのか?」
「アンタは関係ないだろ。邪魔だから消えてくれ」
いきなり一回殺されたルクセリオは当然だが、ガイもアッシュを歓迎するような態度は見せない。
ガイは目の前のルクセリオの相手をするのに頭が一杯でアッシュの存在など煩わしい以外の何物でもない。
「いいじゃねぇか、俺とも喧嘩しようぜ?」
アッシュの方はというと、二人の態度など気にも留めずに自分の要求だけを口にする。
他者の都合など考えようという気配は全く無かった。
「己の味方になるなら混ざっても良い」
「鬱陶しいから消えてくれ」
アッシュの様子を見てルクセリオは追い返すのを無理だと判断。
一回殺されたことは忘れて、即座にアッシュを自分の味方に引き込もうとする。
対してガイはアッシュがいること自体が鬱陶しいようで、追い返そうとする。
「俺は三つ巴の喧嘩がしたいだけなんだけどね。どっちかと協力したら、そいつに肩入れしてるみたいじゃん。俺はキミらのどっちかに肩入れするような真似はしたくないから、どっちもぶん殴るぜ?」
話にならないとルクセリオは呆れると同時にアッシュを敵と認定、アッシュがこの世界にいる理由などを聞くのも面倒だと思うと、ガイとまとめて始末することを決める。
そんなルクセリオに対しガイはというとアッシュとルクセリオを見比べ、そして──
「……もういいや、萎えた。今日はこのくらいにしとくよ」
ガイは戦意を無くしたようで、構えを解くと両手をあげる。
その様子を見たルクセリオも同じように構えを解き、ガイを見つめる。
「次に会った時は絶対に殺す」
ガイはルクセリオを見つめ返すとそう言い残し、アッシュ達に背を向ける。
直後、ガイの姿は掻き消え、その場から消え去る。
撤退したようだとアッシュとルクセリオが確信するまで3秒ほど。
ガイが立ち去り、アッシュとルクセリオは丘の上で二人きり。
二人は互いを見据えると、どちらともなく──
「少し話でもしようか」
そうして、二人が休戦の意思を露にした瞬間、この地での戦いは終わりを迎えたのだった。




