八位の男
前話の翌日くらいに今回の話を投稿したかったけど無理でした。
アッシュとガイの戦闘から時と場は移り、そこは魔族軍を見下ろすように敷かれたレイランド王国軍の本陣。
レイランド王国の国境付近であるソルデン丘陵地帯と呼ばれる幾つもの小高い丘が連なる、この場所で魔族を迎え撃つことを決めたレイランド王国は丘の上に兵を展開し、戦列を組むと、丘の下の平地に集まった魔族軍を見下ろしながら、戦いの時を待っていた。
そして、そんな兵たちの後方にあるレイランド王国の本陣では──
「魔族軍の数は一万を超えております! 我々だけでは奴らを抑えることは──」
本陣ではレイランド王国の将の一人が狼狽えるような声を出していた。
まだ10代と思しき顔立ちの若き将が声を上げながら、その視線を向けるのは陣の中にいるただ一人の人物。
その場にいた他の将も言葉には出さないが、レイランド王国の若き将軍と同じ人物を見ていた。
「どうか、御助力をお願いいたします、ルクセリオ殿!」
縋るような眼差しを向けられながら名を呼ばれるのは本陣の中に玉座を持ち込み、それに尊大な態度で座る少年だった。
その少年の名こそルクセリオ・エル・バヴェル──アスラカーズ七十二使徒の序列八位、そして本人いわく此処とは違う世界にあるバヴェル帝国という国の第十二代皇帝である。
もっとも、レイランド王国の者たちはルクセリオから、そう聞かされただけで、それを真実とは思っていない。だが、ルクセリオはレイランド王国が異世界から召喚した勇者の一人であり、レイランド王国の将の誰も、その実力には欠片の疑いも持っていない。
「……なぜ、己が、手を貸さなければならない?」
レイランド王家の玉座をこの場に持ち込み、それに腰を下ろす皇帝を自称する少年──ルクセリオは感情を隠した声で、縋るような眼差しを向ける者たちに問う。
「それは、以前にも申し上げた通り、我々と魔族とでは個々の能力に大きな差があり、魔族一匹がこちらの兵の10人分に匹敵するのです。魔族軍に対し、我が軍は数では上回っていますが、兵の質を鑑みれば、一概に我らが有利とは言えず──」
若い将はあらかじめ言うことが決めていたように淀みなくルクセリオに自軍の不利を伝える。
魔族の兵の方が質が高いため、数で多少上回っても、魔族軍に勝利することは難しいと若い将はルクセリオに伝えたようとしたのだが、ルクセリオは言葉を続けようとした将を一睨みし、黙らせる。
この世界には珍しい褐色の肌を持つ鋭く精悍な顔立ちのルクセリオの表情に失望の色が浮かぶ。
そしてルクセリオは黄金の髪をかき上げ、太陽のような光を宿す瞳をその場にいた将たち全てに向ける。
その身が放つのは絶対的な強者のみが持つ威圧感。それを受けて、レイランド王国の将たちは震えあがる。
「どうやら、貴様らはまだ思い違いをしているようだな」
ルクセリオは感情を隠した声でその場にいる者たちに語り掛ける。
「己が何を気に入らないか、まだ理解していない」
ルクセリオは太陽のような光を宿す瞳でレイランド王国の将を睨みつける。
「呼びつけた者にだけ戦わせて自分達は高みの見物など、己が許すと思っているのか?」
弁解の言葉を口にしようとした将の一人をルクセリオは睨みつけ、黙らせると自分の言葉を続ける。
「戦うことを要求するなら、まずは貴様ら自身が戦え。まず、自分の身を切る。そして、どうにもならなくなって、初めて他者に命を懸けて戦えと頼むのが、筋というものだろう? 自分達の命を懸けずに、他者に命を懸けることを要求することなど許されない」
「それは──」
「己にとって義理や筋は何よりも優先されることだ。前にも言っただろう?」
そこまで言うとルクセリオは玉座に頬杖を突き、目を閉じる。これ以上、話すことは無いと言うように。
だが、その直後──
「そいつが戦わないって言うなら、俺達が戦うぜ!」
本陣の中に複数の人影が飛び込んできた。
それは皆、10代半ばの若者たち。まだ幼さを残す顔立ちのその若者たちは──
「勇者様」
そう、レイランド王国が召喚したルクセリオ以外の勇者だ。
その勇者たちが大挙して、本陣の中に入り込んできていた。
ルクセリオ以外の勇者たちは意気揚々とレイランド王国の将たちに対して、出陣の意思を示すが、しかし、それを示された将たちは勇者たちよりもルクセリオの顔色を伺うようだった。
「しかし、ルクセリオ殿は──」
レイランド王国の将たちは勇者たちよりルクセリオの意思を優先する。
それはルクセリオと他の勇者たちに明らかな差をつけた対応であった。
「そいつが何だっていうんだよ。俺達だって勇者だぞ。この世界に来てからずっとどうでもいい雑用ばっかりさせられてウンザリしてるんだ。せっかく力を貰ったんだし俺達だって活躍したいんだよ」
勇者たちの先頭に立つリーダー格の少年は興奮した様子で、その後ろの勇者たちも同じような調子だった。
「魔族なんか俺達が片付けてやるよ」
その言葉は自分達の力を誇示したいという意思も見えたが、基本的には善意からの言葉だった。
それ故、レイランド王国の将たちは無碍に断りづらく、そして戦力的なことを考えれば勇者たちの加勢は喉から手が出るほど欲しかった。
勇者たちは戦闘経験も無い若者たちであったが、この世界に召喚された際に特別な力を与えられている。その力を用いれば、魔族相手でも優位に立てるだろうが、しかし──
「任せとけって、俺の【スキル】が──」
リーダー格の少年が自分が得た力を自信満々に口にしようとした、その時、少年は不意に糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
その場にいた者たちの視線が一斉にルクセリオに向かうと、ルクセリオは瞳を開き、拳をリーダー格の少年の方に向けている姿が目に入った。
「己は言ったはずだ。勇者どもは戦うなと。そして勇者どもを戦わせるなともな」
ルクセリオが殺気を放つと顔を青ざめさせた勇者たちはリーダー格の少年を抱えてその場から慌てて去って行った。その後ろ姿を見てルクセリオは吐き捨てる。
「ガキどもが」
ガキ──ルクセリオがそう言うのも当然でレイランド王国が召喚した勇者たちは異世界にある日本という国の高校生たちだった。
アスラカーズの使徒として様々な世界のことを知るルクセリオは当然、地球の日本も知っており、その地の高校生についても知識がある。だから、ルクセリオは彼らが、まだほんの子供でしかないことも知っており、特殊な力を得て強大な戦闘力を得ても戦うべきではなく、ましてや魔族であろうと殺しなどは絶対にさせるべきではないともルクセリオは思っていた。
アスラカーズも日本出身であるが、あんな特殊な存在はそうはいない。
仮に日本から召喚された高校生たちが全てアスラカーズのような輩であったならルクセリオもとやかく言うつもりは無いが、一般的な日本の高校生に命を奪い合う戦闘は無理であり、させるべきではないというのがルクセリオの考えだ。
本人たちは戦う意欲に溢れているが、それも自分の力に酔っている今だけのことだとルクセリオは思っている。実際に戦いになり、他者の命を奪えば後悔しか抱かないだろうと確信していた。
分かり切った不幸な未来から若者たちを遠ざけるのも使徒の使命。いや、人として当然の行いだとルクセリオは思うからこそ、勇者たちを戦わせない。
ルクセリオはレイランド王国の将たちを睨みつけると──
「まずは貴様らが戦い、筋を通せ。そちらの勝手で呼びよせた者たちだけに戦わせるような輩ではないと誠意を示せ」
そう言うとルクセリオは再び目を閉じた──
──そしてほどなくして始まるレイランド王国軍と魔族軍の戦闘。
魔族軍は狂ったような勢いで丘を駆けあがり、丘の上に陣取るレイランド王国軍に迫る。
その勢いはガイ・ブラックウッドに脅されているからなどと知る由もないレイランド王国軍は、狂気にも近い魔族軍の気迫に気圧されて、本能的に攻めるよりも守ることを選んでしまう。
昇る側よりも降りる側の方が勢いがつき、その勢いのままに突撃した方が優位に立てたこと。戦意旺盛に見える魔族軍も実際は満身創痍で一度でも優位に立てば、そのまま総崩れに出来たこと。
そういった自軍の有利に全く気付かず、守勢に回ったレイランド王国軍は魔術士の張った魔力の防御壁に隠れて初撃を防ぐ判断を下す。それに対して魔族軍も魔術による先制攻撃を狙う。
そして放たれた魔族軍側の巨大な火球。
種族差が大きく連携は難しい魔族側であるが、個々の能力は人間を大きく上回る。
当然、魔術も人間側を遥かに上回る使い手がおり、その使い手が放った火球はレイランド王国軍の魔術士が作り出した防御壁を容易く打ち砕く。
レイランド王国軍の兵士達の間に広がる動揺。
自分達の身を守る防御壁がいとも簡単に砕け散ったことは兵士達に大きな動揺を与えた。
しかし、動揺に反して被害はない。それは防御壁が火球を相殺したからであり、兵士達は無傷、しかしそれでも戦場の混沌は兵士達に冷静な判断を失わせ、必要以上の動揺を生み出していた。
これが人間同士の戦であるならばレイランド王国の兵士達もそこまで動揺はしなかっただろう。
しかし、今回は人間が束になっても敵わないという魔族。その大軍が相手だ。その情報が必要以上に兵士達を恐れさせ本来の判断能力を奪っていた。
「……まぁいいか」
後方でレイランド王国の混乱を眺めていたルクセリオは呆れたように呟くと玉座から立ち上がる。
そして、自分のそばに控えていた若い将に向けて──
「己が出る。全軍、後退させろ。それと分かっていると思うが、勇者どもは前に出すな」
ルクセリオが動き出すよりも早く若い将は号令を下し、続けて後退を合図するラッパの音が戦場に響き渡った。
最初から自分をアテにしている素早い撤退の判断にルクセリオも思うことはなくはないが、呆れたような溜息を一つ吐くと何も言わず歩き出す。
後退するレイランド王国の兵士達とすれ違いながら、ルクセリオが目指すのは最前線、ほどなくして自分の前にレイランド王国の兵士達はいなくなり、見えるのは突撃してくる魔族の軍勢だけになる。
最後にルクセリオは自分の周りを確認し、巻き込む恐れのある王国軍の兵士がいないことを確認すると──
「顕現せよ、我が業。焔の覇道を築くため──」
アスラカーズと繋がりのある世界の者のみが習得を可能な業術。
業術の第一段階である『顕現』。それを発動した直後、ルクセリオの背中に太陽を思わせる光を放つ光輪が生まれ、光輪を背負ったルクセリオは後光を浴びて、神々しさを身に纏う。
魔族の軍勢はそんなルクセリオを目にしても勢いを止めることはしない。
後ろからはガイ・ブラックウッドが追いかけてくる。それを思えば一瞬たりとも足を止めることなどできず、狂気的な前進を続けるしかなかった。だが、そうして半ば正気を失っていたことは魔族の兵士達にとっては幸いだったかもしれない。
正気を失っていれば、何が起きたかもわからず死ねるのだから。もっとも、ルクセリオの攻撃は正気を保っていたとしても何が起きたか分からず自分が死んだことも分からないものであるが──
「失せろ」
ルクセリオが吐き捨てた瞬間。
ルクセリオの背の光輪から一条の光が無数に奔り、それが近づく魔族の軍勢に襲い掛かる。
光輪から放たれた光は矢となって魔族達を貫く。その光は魔族達の纏う鎧や寄りに匹敵する硬度の皮膚も関係なく貫き、正確に急所を撃ち抜いて一瞬で命を奪う。
光輪から放たれたのは数百条の光線。それらは全てが命を奪う閃光であり、魔族軍の数百の命は一瞬で失われていた。
「多少死んだ程度では臆することも無いか」
ルクセリオは感心したように言う。
その視線の先は一瞬で数百の味方を失っても構わずに突撃してくる魔族達がいた。
「全滅するまで止まらんというなら、それでも己は構わんがな」
ルクセリオが背中に浮かぶ光輪が舞い上がる。
光輪が迫る魔族軍に向けられると、次の瞬間、光輪から巨大な光の柱が放たれ、突撃を続ける魔族軍を呑み込んだ。
一瞬の閃光が過ぎ去った後には何も残っていない。光輪から放たれた光に呑み込まれた魔族達は何も残さずに蒸発していた。
そこでようやく魔族達は足を止める。
共に前進していた仲間たちが、一瞬にして消し飛んだのだから、並んで進んでいた魔族達も動揺せずにはいられない。
ルクセリオの最初の攻撃は矢で撃たれたようなものであったが、今度は砲撃を食らったような物だ。無視して進むには衝撃が大きすぎた。
「なるほど、これでも後ろに下がる奴はいないか」
しかし、動揺しても魔族達は後退しようとは思えなかった。
後ろに下がればガイ・ブラックウッドがいる。それを思い出せば、前に進むしかなかった。
そんな魔族達を見てもルクセリオは何も思うことは無い。
事情はあるのだろうが所詮は敵だ。そう思い、ルクセリオは──
『蹂躙せよ、我が光。焔の覇道を築くため──』
敵である以上、滅ぼすだけだと業術を詠唱する。
『凱旋の時は来た。跪け、頭を垂れろ、眼を鎖せ』
『輝くこの身は見上げることすら許されない』
『それでも我を望むのならば、光に焼かれて死に絶えろ』
『地べたを這いずる虫共に与える物など何もない』
『我が覇道は無人の焦土。屍と灰が凱旋を彩る』
近づく魔族達の耳に詠唱は聞こえず、静かにルクセリオの詠唱は完了する。
『駆動──輝煌皇』
そして放たれる『最強』の業術使いの『駆動』。
ルクセリオは腰を落とし、正拳突きを放つ構えを取り──次の瞬間、放たれた光が全てを呑み込んだ。
一瞬の閃光が奔った後には何も残ってはいなかった──たった一瞬の出来事、それだけで一万いた魔族の軍はこの世界から完全に消滅したのだった。
また一週間くらい更新が滞ります。
もしかしたら次回は10月に入ってからかも。




