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第71階層 朱塗拘速道

 

 ──良い具合に嵌まってくれて何よりだぜ。

 この状況を作るのが俺の狙い。ガイはそれにまんまと嵌まったってわけだ。

 普通にやってガイに勝てるわけねぇじゃん。勝つためにはこっちの有利な状況に引きずり込まねぇとさ。


 俺の究竟アルス・マグナ──『修羅闘獄陣』。

 まぁ、本来の闘獄陣じゃねぇんだけどさ。それに引きずり込まねぇと流石に今の俺じゃ、ガイには勝てねぇよ。


 アイツちょっと硬すぎ。

 俺がヤベェくらい内力を込めて殴っても、ちょっと痛いって感じだぜ? 生き物の硬さじゃねぇよ。

 ガイが硬すぎたせいで、使徒の序列一桁番台シングルナンバーになるためにはガイを殺せるような攻撃を持ってるって条件ができるくらいだからな。

 そのせいでマー君なんか絶対に一桁番台シングルナンバーになれなくなったんだぜ? さっき頑張ってくれたセッシーもおそらく一桁番台は無理だろうね。攻撃力が足りないんだよ、どうしてもさ。

 ちなみに、ガイもこの世界の生き物の強さに合わせて能力が落ちてるから、本当のガイはもっと硬いんだぜ? ヤバいよな。

 まぁ、逆に言えば、そんくらい硬くても俺の使徒の一桁番台シングルナンバーはぶっ殺せるんだけどさ。


 とはいえ、そんなガイも俺の闘獄陣の中ならぶちのめせる。

 俺の究竟アルス・マグナ、『修羅闘獄陣』は俺の作りだす内的世界に相手を引きずり込む術だ。

 闘獄陣の中は階層になっていて、1階から50階が『修練場』、そして51階から100階までが『決闘場』もしくは『処刑場』となっている。

 俺達が今いるのは第71階層なので当然『決闘場』もしくは『処刑場』であり、この階層『朱塗拘速道しゅとこうそくどう』は『処刑場』に分類される。

 闘獄陣内において、決闘場の階層は俺と敵が対等な条件で周囲の影響を気にせずに戦える場所として設定しているが、処刑場は違う。

 処刑場は字のごとく俺の敵を処刑するための場であり、俺が俺の敵を一方的に殺すための階層。

 処刑場となる階層は俺しか把握していない複雑怪奇なルールに基づいて、俺に都合よく作用する。

 この空間は戦う場所じゃなく、敵を殺す場所だ。

 ガイですら殺せるとそういう確信を持って俺は闘獄陣の、この階層にガイを引きずり込んだ。


 まぁ、本来の闘獄陣ではないんだけどね。

 この空間は『修羅闘獄陣』の裏技の一つ・・である限定展開。

 本来の闘獄陣は複数の階層からなる空間だけど、限定展開の場合は一つの空間しか作れない。

 ガイに見せたのは初めてだったんで驚いただろうね。


 黄神との戦いの際にちょっと調子に乗って完全版の闘獄陣を発動した反動で完全版の発動は難しくなったから、こうして限定展開するほかない。

 でも、この限定展開だって結構大変なんだぜ? 結構、面倒臭い条件がいるからさ。


 まず一定以上の内力量が必要となる。

 そのうえで俺の存在が拡散されてる空間じゃなきゃ無理。

 そんでもって、闘獄陣の中にいれたい相手を特定の道具を用いた囲いの中に閉じ込める。

 そして、閉じ込めた上でその中の相手と外界を何らかの物体を用いて隔てる。

 そういった条件を満たさなきゃ限定展開の闘獄陣の中には入れられない。


 俺のここまでの戦闘は全てそのための布石だ。

 まず内力量を上げるためにガイと正面から戦い、俺自身の感情を昂らせる。

 そのうえで何回も殺されて俺の血肉を周辺にばらまき、俺の存在を周囲に拡散させた。

 そんでもって、ガイを四本の棒を使った結界の中に閉じ込めた。その四本の棒はシステラから回収した装備の内の一つだ。

 そして、結界に閉じ込めたガイに天之縒絹紅衣あめのよりぎぬべにごろも──まぁ紅衣でいいか、それをかぶせて、外界との隔たりを作った。

 こういった条件を満たすために俺はセレシアを上手く使い、ガイを闘獄陣の中に引きずり込んだってわけだ。


 そして引きずり込まれたガイはというと──


「おーおー、頑張って走ってきてやがるぜ」


 ガイは高速道路を自分の足で走って俺が乗ってる車を追いかけている。

 それを俺は黒塗りの高級車の屋根に胡坐をかきながら眺めていた。

 俺が屋根に乗ってる車も時速100kmオーバーで走ってるのにも関わらずガイは自分の足で走って俺の乗る車との距離を詰めてくる。

 もっとも、俺に追いつくことは無いだろうけどさ。だってなぁ──


「高速道路にも制限速度はあるんだぜ?」


 制限速度は守りましょうねって話さ。

 俺の位置から見えるガイは顔に困惑を浮かべながら走っているわけだけれど、その困惑の理由は分かるぜ。

 全力で走ってるはずなのに、どういうわけかスピードが出なくて困惑してるんだろう。

 まぁ、それも『朱塗拘速道』の効果なんだけどさ。

 この空間内では走行する際には速度制限がかかる。その速度制限のせいで全力で走ったら音速も超えるようなガイも自動車と競争できる程度の速度しか出せない。

 そんでもってガイには言ってなかったけど──


「それと知ってるか? 高速道路は歩行者が立ち入っちゃ駄目なんだぜ?」


 そういう交通ルールを守れない奴は最初からやり直しだ。

 俺が見ている前で道路を走っていたガイの姿が消える。

 スタート地点からやり直しってやつだ。この空間内では道路を走行する際には交通ルールを守らないと、最初の場所に戻されてやり直しになる。

 俺が見える範囲まで来れたのは単に俺が許していたからってだけなんで、許してやるのを止めた以上、これからは道路を自分の足で走っている限り、俺の見える所まで追いかけてくることさえ不可能だろうね。


 もしかしたらと思って俺は待つけれど、ガイは追いかけてこないようなので、俺は暇つぶしに景色を眺める。

 高速道路の周りに見える景色は俺が人間だった頃──21世紀の地球の日本の東京を模したものだ。

「模した」わけだから、本物じゃないんで、おかしい点はいっぱいある。

 スカイツリーと都庁が一緒に見えるってのもの変だし、東京ドームと東京タワーが並んで見えるってのも変だ。まぁ、そういった変な点を気にしなければ、基本的には高層ビルが立ち並ぶ夜景だ。

 もっとも、そういったビルやら何やらは単なる背景でこの空間に実際の足場として存在するのは、車の走る高速道路だけ。

 俺は人間時代に首都高でカーチェイスをしたことがあるけれど、その時の記憶みたいなものがこの空間を作るベースになっている。

 ただまぁ、ベースなんで俺が実際にカーチェイスをしたルートではないんだけどさ。その証拠に、コースは環状になっていて、一周すればこの空間に降り立った場所に戻る。


 そんなことを考えている内にいつの間にか俺が乗った車は一周を終え、スタート地点に戻ってきた。

 さて、ガイはどうしたろうか?

 そう思って辺りを見回すとガイは道路ではなく標識の上に立っていた。それはちょうど俺が最初に腰を下ろしていた案内標識であり、そこに立ちガイは俺を見下ろしていた。


「なるほどね、追いかけるんじゃなく待ち伏せする作戦に出たってわけね」


 まぁ考え方として悪くはないと思うぜ。

 同じコースをぐるぐると回ってるんだから、スタート地点で待ってりゃ俺が来るのは間違いないんだからさ。でもな──


「俺を待ってたら周回遅れになるぜ?」


 ガイは標識から飛び降り、俺が乗ってる車の屋根の上に降り立つ。

 車の屋根の上は狭いので、ほぼ密着した位置になり、そしてガイは密着状態で俺に拳を叩き込もうとするが、俺はルーフからボンネットへと後ろに下がり、拳を避ける。

 まぁ、この位置取りなら、そうやって避ける必要も無いんだけどさ。俺が前に立ち、ガイは後ろ、この時点でガイは周回遅れだからな。


「イラつくなぁ」


 本来の速度が出せないせいかガイは面白くないようだ。

 弱くなるのを楽しめるくらいの方が良いと思うんだけどね。


 ガイはボンネットに立つ俺に蹴りを入れようとしてきたので、俺はその蹴りをボンネットに倒れこんで躱すと転がって道路に落ちながら、サイドミラーを掴み、ドアを開けて車の中に入り込む。車の中には誰もいない。この空間の車は無人で走る。


 俺が助手席に座ると、屋根の上でガイが拳を車に振り下ろしてくるが──


「残念、壊せないぜ。車もこの世界の一部だから、壊したけりゃこの世界をぶち壊すしかねぇよ」


 ガイにはこの世界を見せてないから、対応が悪いのも仕方ない。

 もっとも、ガイ自身そんなに器用な方じゃないってのもあるだろうけどさ。


 壊せないと分かったガイが車の中を覗き込むような動きをする気配がしたので、俺は助手席から飛び出し、隣を走っていたトラックに飛び移る。俺のその動きを見た瞬間、ガイが俺を追ってトラックに飛び移ってくる。


「だから、その位置だと周回遅れなんだって」


 俺はトラックのコンテナの上、その進行方向側に立ち、ガイは俺より後ろに立っている。

 その位置関係のまま、ガイが距離を詰めて俺に殴りかかっている。

 コンテナの上はさっきの車の屋根よりも広いのでガイも余裕をもって殴りかかってる。それに対して、俺は構えを取ることもせずにガイの拳を受ける。だが、その拳は──


「なんでだ?」


 声を出したのはガイ。

 ガイが疑問を抱くのも当然。だって、叩き込んだ拳は俺をすり抜けてしまったから。

 ガイは即座にもう一度、拳を突き出すが、当然その拳も俺の体をすり抜ける。

 なぜ、こんなことになるのか、それもまたこの『朱塗拘速道』の効果によるものであるし、同時に当たり前の理屈でもある。


「速いものには触れることはできないってのは当然だろ?」


 まぁ、単純に説明するとしたら、周回遅れになった瞬間、遅い方の攻撃は相手に届かなくなる。

 速いものには触れることができないって理屈に基づき、周回遅れに出来るくらい速い奴には、周回遅れにされるくらい遅い奴は触れることもできない。


「もっと、速さに拘るべきだったな」


 俺は拳を構え、ガイを殴りつける。

 遅い方は速いほうに触れない。だが、その逆、速い方は遅い方に触れる。

 俺の拳がガイの胴体に叩き込まれ、その瞬間、ガイの体が大きく吹っ飛ぶ。

 今までに食らったのとは比べ物にならない衝撃を受けたガイだったが、空中で体勢を整え、後ろを走っていた車の屋根に着地する。

 俺はトラックのコンテナの端に腰かけながら、後ろを走る車の屋根の上に立つガイに向かって話しかけた。


「この空間は先頭に立つ奴に圧倒的なアドバンテージが生じる。どれくらいのアドバンテージかというと──」


 ガイが俺のもとに飛び掛かってくる。

 俺は飛び掛かってきたガイに対し、爪先を当てる。

 すると、それだけでガイは吹き飛び、道路に叩きつけられる。


「道路を走ってる車の全ての運動エネルギーが攻撃を受けた相手に全て叩き込まれる」


 その衝撃はガイでも吹っ飛ぶくらいだ。


「汚い」


 ルールを知らない相手をルールを使って嵌める。

 文句を言うよりも気を付けた方が良いことがあると思うぜ。

 道路の真ん中で突っ立ってると──


「後ろを見ろよ」


 俺の忠告を無視して俺を睨みつけるガイ。

 その背後に全速力の自動車が走って激突する。

 その衝撃でガイは撥ね飛ばされる。


「この世界は全て俺の内力で出来ている。この世界の物体は全てに内力のこもった実体だから、テメェにも効く」


 聞こえているだろうか?

 だいぶ、すっ飛んでいったが、まぁ死んではいないだろう。

 不意打ちで時速100km超、数百kgの内力がこもった物体が激突しても、まぁその程度でガイを倒せるわけはないけどさ。


「追いぬけば、効くようになるんだろう?」


 ガイが走る車を飛び移りながら、俺の元に近づいてくる。

 なんとなく分かってきたようだね。

 この『朱塗拘速道』について整理できてきたようだね。

 自分の足で走れないから、車を飛び移ってくるのは正しい。少しでもスピードを上げたいならそういう移動法しかない。まぁ、俺も追い抜かれるままってわけじゃない。


「でも、追いつけるのかね?」


 向かってくるガイから遠ざかるように俺も車の屋根を飛び移って移動する。

 そして移動しながら──


展開せよエヴォルト、我がカルマ。遥かなそらに至るため」


 俺は業術の詠唱を始める。


「眼下の命の輝きに、天上の星は夢を見た。ながき旅路が終わりを迎える。恐れも勇気も枯れ果てた。輝く世界はこの身を残して過ぎ去った。天に座する我が身は敗者の遺骸。この身が放つ光は栄華の残光。故に我が身を光を越えて、人よ飛べ。空を貫き、閃光すらも追いぬいて、たかき宙の果てを目指せ。輝くその身は遥かな恒星ほし。己の全てを燃やし、無限のそらく栄光の光」


 俺の業術の『展開』は自分以外のものに作用する。

 その対象は生き物と思われそうだけど、実際には大抵の現象に適用できる。例えば、この空間だと──


展開エヴォルト──星よ耀けスターレイジ全て燃え尽きるまでオーバーロード


 俺の業術が『展開』がされる。

 その瞬間、俺の乗る車の速度が急激に増し、そして俺の車に飛び移ろうとしたガイはタイミングを外され、飛び移れずに道路に落下する。内力で作られ、世界の法則に従って動く車は俺の業術の影響を受けて、宿した内力が増す。

 そして内力が増し、性能が増した車は威力を上げて道に落ちたガイに激突し、ガイが吹き飛ぶ。


「さぁ、続けようか?」


 ガイの姿が遠ざかっていくが、俺は気にせずに呼びかける。

 さて、ガイはどう動くだろう?

 ガイがこのまま戦うっていうなら、この空間のルールで一方的にぶちのめす。そうでなければ──


 俺がそう思って遠ざかるガイの姿を見ていると、ガイは辺りを見回している。

 なるほど、そっちを選ぶのか。まぁ、そうだろうな。

 ガイに逆境を楽しむような精神は持ち合わせていない。自分が危険な状況に陥ったら逃げることに躊躇いはないだろう。


 そんな風に俺がガイの性格を理解してるのと同じようにガイも俺の性格を理解しているはずだ。

 俺が逃げ道も何も無い一方的に殺す空間を作るはずがないとガイは予想しているから、ガイは出口を探している。


 だが、果たして、そんな物はあるだろうかね?

 そして、あったとしても、無事に出られるだろうか?

 試してみるといいぜ。



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