弱点
アッシュがガイを無敵とは思っていないのと同様にガイ自身も自分を無敵とは思っていない。
ガイは自分の弱点というものを理解しており、そしてその弱点というのも自分でもどうしようもないものであることも理解していた──
「っらぁ!」
爆発的な踏み込みで一気に距離を詰めたアッシュの拳がガイに向かって放たれる。
ガイはそれを防御するそぶりも見せずに真正面から受けようとしながら、同時に自分も腕を振るう。
次の瞬間、莫大な内力を込めたアッシュの拳がガイの顔面に叩き込まれるが、しかし、同時に振るわれたガイの右腕がアッシュの胴体に当たる。
ラリアットのようにしてアッシュに当たったガイの右腕がアッシュの上半身を粉々に吹き飛ばした。だが、拳を叩き込まれたガイの方も僅かに頭を揺らしていた。
即座に吹き飛んだ上半身を再生させ、アッシュがガイに殴りかかる、
吹き飛んだのは上半身だけ、下半身はその場に残っており、距離を詰める必要も無い。
再生したのと同時に放たれたアッシュの拳はガイの脇腹を抉るような軌道で放たれる。対してガイの方は頭が揺らされたことによって僅かに反応が遅れ、アッシュの一方的な打撃を許すことになり、そして叩き込まれるアッシュの拳。
その左拳が肝臓打ちの要領でガイの脇腹に抉りこまれた。
その衝撃によりガイの体が一歩下がるがガイは表情を変えることも無く──
「それで?」
平然とした表情でガイは拳を繰り出す。
ジャブのように軽く放ったように見える牽制の拳。
アッシュはそれを受け流そうとガイの拳の軌道に合わせて自分を手を構えるが、しかし、受け流そうとガイの拳に触れた瞬間にその威力でアッシュの手首から先が千切れ飛んだ。
「脆いって大変だな」
「そう思うぜ」
アッシュは吹き飛んだ腕の再生も間に合わないままガイから距離を取るように後ろに跳ぶが、それを追ってガイも前に出る。
逃げるアッシュを追いながら放たれるガイの拳、アッシュは腕を交差させ、その拳をガードしようとしてするが、放たれたガイの拳はアッシュの腕の交差点を打ち貫き、アッシュの両腕が千切れ飛ぶ。
だが、両腕を半ばから失っただけの意味はあった。
防御したことでガイの拳が顔面に届くまでにほんの僅かな猶予が生まれた。
その僅かな猶予の合間にアッシュは後ろに倒れこむくらいに仰け反る。
アッシュの両腕を突き破ったガイの拳がアッシュに迫るが、頭を大きく後ろにのけぞらせたことによってガイの拳はアッシュの頭の上を通り過ぎ、空を切る。
そしてガイが空振ったその隙にアッシュは仰け反った体勢から、そのまま後ろに倒れこみながら足を跳ね上げる。そうして跳ね上げた足はガイの側頭部に吸い込まれるように向かい、倒れこみながら放ったアッシュの蹴りがガイのこめかみに突き刺さった。
意識の範囲外から入ったカウンター攻撃。
その衝撃はガイの強靭な体幹でも耐えることはできず、ガイの体が横によろめく。
そうしてよろめいた隙に自分から倒れこんだアッシュは起き上がり、後ろに飛び退き、距離を取った。
「ったく、人の体を豆腐みたいにちぎりやがって」
アッシュは両腕を再生させながらガイを見る。
こめかみに蹴りをいれたのにガイは何事もない様子でアッシュを見ている。
ガイにダメージらしきものは全く見られなかった。
「弱点を突いてるのに、この程度とか嫌になるぜ。もっと本気でやった方がいいかい?」
アッシュの視界でガイの姿が溶けるように消える。
それは停止から最高速へ一瞬のブレーキも無い加速が生み出す現象。
最高の身体能力が生み出す。技に依らない純粋なスピード。
アッシュは消えたガイを見た瞬間に自分も動き出し、アッシュの姿が残像を残して掻き消える。
停止から踏み込みによる力を込めて最高速度へと向かう動き、それが残像という不自然な現象を引き起こす。
自然な肉体によるガイの動きに対し、アッシュは技による不自然な動き。その結果は──
「遅っ」
アッシュが動いた瞬間、その背後に回り込んだガイの腕が背中からアッシュの腹を貫いた。
そして腕がアッシュを貫いた思った瞬間、ガイは既にアッシュの前に立っており、正面からアッシュの顔面を殴り砕いた。
殴られた衝撃で吹き飛ぶアッシュの肉体。
頭を砕かれた際に絶命しているが、吹き飛んでいる最中に肉体は再生されアッシュは息を吹き返す。
復活したアッシュは空中で態勢を整え、受け身を取ると──
『駆動せよ、我が業。遥かな天に至るため──』
着地したと同時に始まるアッシュの業術の詠唱
詠唱を聞こえた瞬間、ガイは詠唱を妨害するために走り出す。
しかし、そうして走り出そうとした瞬間、ガイの顔面を高速で飛来する何かが打ち据えた。
それはアッシュが腰に巻いていた赤い布であり、アッシュはそれを鞭のように振るってガイの顔を叩いたのだった。
マトモに食らったとはいえガイにダメージは無い。しかし、赤い布がアッシュの腰に巻かれていた布が明らかに長く伸びていることにガイは目を奪われる。
『見上げた星の輝きに、地上の人は夢を見た。果てなき旅路がいま始まる──』
そうしてガイが一瞬、意識を別の方向に持っていかれている間に業術の詠唱は進む。
ガイは長く伸びる帯状の布からアッシュに意識を向けて再び距離を詰めようと走り出す。
そんなガイにアッシュは詠唱をしながら、布を鞭のように振るってガイに浴びせかけるが、しかしガイはそれを容易く躱しアッシュとの距離を詰める。
『恐れを振り切り一歩を踏み出せ。勇気を掲げて走りだせ。共に無限へ駆け出そう。世界はお前を待っている──』
ガイに躱され空を切った赤い布がガイの背後にあった大岩を易々と粉砕する。
しかし、それでも仮にガイに当たったところで大したダメージはないだろう。
ガイは恐るるに足らないと判断し、更に速度を上げてアッシュとの距離を詰める。そして速度を上げた次の瞬間、アッシュの目の前にガイが現れた。
ガイは詠唱中のアッシュに腕を大きく振りかぶっての一撃を放つ。拳の軌道など簡単に予想できるテレフォンパンチ。だが、ガイはそれが確実に当たるという確信を持っている。
軌道を見切られたとしても、反応できない速度と防ぎ切れない力で殴れば当てることはできる。事実ガイはそうやって、これまで幾つもの世界で幾人もの技の達人を始末してきた。
アッシュに対しても、それは同じだと思い、ガイは拳を放つ。しかし──
『天に輝く綺羅星が我らの道をその身で照らす。魂さえも燃料に、全てを燃やし、光となって輝く道を駆け抜けろ──』
ガイが拳を放とうとした瞬間、アッシュは手に持った赤い布をガイと自分を遮る壁にするように大きく振るう。
それは先程までの帯状の形状とは異なり、マントのように幅広く広がった形状。しかしガイは構わずに拳を放つ。布程度で防げるはずはないと思って放たれた拳はしかし、アッシュが手に持って振るう赤いマントによって受け流された。
ガイは即座に続けて拳を放つが、アッシュが振るう赤いマントがガイの猛烈な勢いの拳を受け流し、そして受け流した直後、アッシュはマントをガイの視界を覆うように振るう。
視界を防がれたガイであったが、構わずに目の前を覆う赤い布の向こう側にいるであろうアッシュに向けて拳を放つ。だが──
『我らは流星。地を駆け、やがては天へと至り、燃え尽きる──』
マントの向こうにアッシュの姿は無い。
しかし、聞こえてくる詠唱でガイは即座に後ろを振り向く。
マントで視界を覆っている隙にアッシュはガイを飛び越えて背後に回り込んでいた。
それを即座に察したガイは、振り向きざまにアッシュの気配のする方へと殴りかかった。
その直感通り、アッシュはそこにいた。だが、その手に先程まで握っていたマントは無く代わりにアッシュの腕の両腕に赤い紐が何重にも巻き付けられていた。
『駆動──』
構わずにガイはアッシュに殴りかかる。
突き出される拳。それを今までアッシュはマトモに防げてはいない。
だが、この状況においてアッシュは、それを赤い紐が巻きつけられた腕で防御する。
ガイは防がれたことに、驚愕しながらも即座にもう片方の手でアッシュを殴りつけるが、しかしその拳も赤い紐が巻きつけられたアッシュの手によって受け流され、そして、その瞬間に詠唱が完了する。
『──星よ耀け、魂に火を点けて!』
業術の完成。その瞬間、アッシュの内力が莫大に膨れ上がる。
そして、攻撃を受け流され、隙を晒したガイの胸元に業術によって増大した内力を込めたアッシュの拳が叩き込まれる。
その一撃によってガイの体が一歩、二歩、よろめき、三歩下がった。
「効いたかい?」
アッシュは飛び退きながら不敵な笑みを浮かべ訊ねるが、訊ねたアッシュ自身さほど効いてもいないだろうとは理解している。ただ、全く痛くないかと言えばそうではないだろうとも思っている。
「全然」
ガイは平然とした表情で言うが、アッシュはその表情を見て口元に笑みを浮かべる。
「ちょっと表情が固いねぇ? 少しは痛かったんじゃない?」
「全然だって言ってるだろ?」
ガイは問題ないことを証明するために動き出し、ガイの姿が消えるが、それも一瞬のことだった。
消えた瞬間に姿を現したガイは、ほんの数歩の距離で何かに捕まる。
目を凝らさなければ見えない何か、捕まったガイはそれが自分に絡みついた極細の赤い糸であることに気付き、そしてアッシュを見るとアッシュの腕に巻き付いていた紐が消えていることに気付く。
「ま、気付くわな」
そう言うとアッシュは軽く手を振り、するとガイの拘束が解け、ガイは自由になった身でアッシュを睨みつける。アッシュは睨みつけられると肩を竦め──
「テメェにはまだ一度も見せたことが無かったけど、俺が長年使ってる持ち物の一つだよ」
アッシュの手に赤い帯状の布が現れる、アッシュの手に握られた布は帯が広がりマントに姿を変え、そしてマントが解けて紐になり、紐が伸びて糸になる。
「伸縮自在、形状も自由に変わり、夏涼しく冬暖かいっていう只の布さ。ま、タネが割れちまった以上もう使い道も無いがね」
アッシュはそう言うと糸を赤い帯に戻すと放り捨て、構えを取る。
業術を発動し、内力量も増大した以上、小細工に頼るつもりは無いとアッシュはガイに眼差しで伝える。
そして、その眼差しを受けてガイはアッシュに向かって飛び掛かろうとし、そして──
「獣相手に道具を使わねぇ馬鹿がいるかよ」
ガイはアッシュの糸に捕まった。
放り捨てたはずの赤い帯は既に無く、糸に変わりガイの体に絡みついていた。
ガイは力任せに自分に絡みつく糸を引き千切ろうとするが、しかし、細い糸でありながらそれはガイの力でも易々とは千切れず──
「あぁ、あと言い忘れてたけど、只の布だけど、それって俺の血を使って染めてるんだよね。だから内力を通せば手足のように動くんだ」
血液もアッシュの体の一部であり、体の一部であれば内力は通しやすい。
莫大な量の内力を通された糸はガイの筋力でも簡単には断ち切れない強度となりガイの体を拘束する。
そして、拘束されたガイに向かってアッシュは距離を詰め、ガイの腹部にアッシュは莫大な量の内力を込めた拳を叩き込んだ。
拳に感じる手応え。
それを感じながらアッシュは言う。
「テメェには殴る斬る以外の攻撃は通じない。つまり物理攻撃がテメェの弱点だ」
攻撃を受けたガイは更なる力を振り絞り、自分に絡みついた糸を引き千切ってアッシュから距離を取る。
「ただし、魔力や闘気といった内力を込めて強化しなきゃ通らねぇけどな。それはテメェも分かってんだろ」
ガイは軽く息を吐く。
ダメージは全く見られず、弱点を言い当てられても動じてはいない。
「大抵の奴はテメェの硬さを知った瞬間、マトモに攻略するのを諦めて絡め手で何とかしようとするが、それは間違いだ。むしろ、殴る斬る以外の攻撃の方にテメェは耐性があるもんな」
アッシュの手元に千切れた糸が集まり紐となってアッシュの手と腕に巻き付く。
こうすることでアッシュは自分の腕を守る防具とし、ガイの攻撃を防ぎ、受け流した。
「わざわざ、口に出すことでもないだろ」
ガイは肩を竦めアッシュを見る。
アッシュの言っていることは事実であり、そして否定するようなことでもない。
「そう、オレの『硬い』はただ単に『硬い』だけだ。特別な耐性があるわけじゃない。だから、オレにとっては打撃や斬撃が唯一の弱点だ。だけどな、オレは硬いよ? 知ってるだろ?」
弱点と言ってもその捉え方は様々だ。
学校のテストを例にとってみよう。100点満点のテストで数学だけ99点、それ以外の教科は全て100点を取れる生徒がいたとして、その生徒の勉強の面での弱点を挙げるとしたら99点を取っていても数学が弱点だと言えるだろう。
この場合の弱点とは個人の能力の中で比較して弱い点であり、ガイの弱点もこの部類だ。
ガイを倒すにはガイの防御の中で100点満点ではない99点の弱点を責める他なく、それは打撃や斬撃などの直接攻撃である。
それを知っていたからこそアッシュはガイと戦うに際して『真正面から戦うほかない』とセレシアに言ったのだった。
絡め手は絶対に効かない。
ガイには殴る、斬る以外の攻撃は効かない。
だから、ガイを倒すには真っ向勝負で打ち破る他ない。
「それを承知でテメェの前に立ってんだぜ? むしろ正面からぶん殴れば済むとか簡単で良いじゃねぇか」
アッシュは不敵な笑みを浮かべ、ガイに唯一通じる武器──己の拳に内力を込める。
内力を込めた肉体や武器による直接攻撃、それがガイに通じる唯一の武器であると知っているアッシュは業術によって増加した内力を自身の肉体の強化と拳に込め、そして動き出す。
対するガイは自分の弱点を知られても戦い方を変えるつもりは無い。ガイは自分の弱点を理解しつつも、その弱点が己の弱みであるとも、勝敗を決する要素とも思っておらず、変わらずアッシュとの接近戦を望む所とし、迎え撃つ意思を見せる。
こうしてアッシュとガイの戦い、その第一ラウンドは佳境を迎えようとしていた。




