追いつく怪物
「黒神アトルダクセラよ、どうか救いを……」
ガイは死の間際、神に救いを求める魔族の踏み潰す。
自分を待ち伏せしていた魔族の軍勢を皆殺しにした後もガイは魔族軍を追いかけていた。行軍についていけなくなり脱落した魔族の兵を殺しながら。
そうして屍を積み重ねながらガイは奇妙に思うこともあった。
何故、こいつらは神に祈るのだろうか?
祈りの対象である神──黒神は自分が始末したというのに、魔族達が未練がましく神に祈る理由がガイには分からなかった。それも、その様をガイは魔界の住人に見せつけてやったというのに、未だに祈る理由が分からない。
人界へと侵攻することが決まった直後ガイは魔王に黒神と対面させられた。
おそらく、魔王は黒神にガイを止めて欲しかったのだろう。そして、黒神はその願いを聞き入れ、ガイを始末しようとした。しかし、結果は語ることも無いほどの圧倒的な力の差で黒神はガイに殺された。
「あんな弱い神にも縋らないといけないなんて可哀想な奴らだな」
そう呟くガイの中に哀れみの気持ちなどは全く無い。
弱い神に縋らないといけない魔族はもっと弱くて価値がないと言いたかっただけだ。
黒神を殺した時の事を思い出しながら歩いていると、ほどなくしてガイは先に小高い丘の見える平原へと辿り着き、そして、その平原の真ん中で魔族軍が陣を敷いて野営をしている所を目にする。
「おいおい、おかしいなぁ。もっと先に進んでいても良いんじゃないかな?」
野営の規模を見てガイは本隊だと理解する。
しかし、ガイは自分は休むこと無く進軍を続けるように、どうして休んでいるのかは理解できなかった。
どうして言われたこともできないんだろうか?
それはつまり、言われたことをしなくても平気だと思っているんだろうか?
それはつまり、言われたことをしなくても罰は与えられないと思っているということだろうか?
それはつまり、自分を舐めているということだろうか?
「舐められてるのは面白くないなぁ」
ガイは穏やかな表情を作れているかを確認しながら魔族の陣へと向かう。
ガイの接近には魔族側もすぐに勘付いた。平原を悠然と歩き近づいてくる人影は良く目立つ。それに自分達が追われている立場であれば敏感にならざるを得ないのだから、ガイの存在はすぐに気づく。
そうして、ガイの接近に気づいた魔族達は即座にガイを出迎える態勢を取るが、しかしガイの接近に気づいた魔族達が取るべき行動は出迎えるのではなかったことを、すぐに思い知ることになった──
「なんで逃げてないのかな?」
ガイは自分を出迎えようとした魔族達は即座に殴り殺した。
「なんで逃げないんだろうね? もしかしてオレは歓迎すれば気を良くするような馬鹿だと思われてる? オレはお前らが嫌いだって言ってるじゃないか。嫌われてるくせにどうしてオレの前に立ってるんだろうか? お前らがすべきことはオレを怖がってオレに姿を見せないように気を遣って逃げ惑うことだと思わないか?」
「お許しください!」
跪く魔族の兵たち。
ガイはもっとも自分に近い位置にいた魔族の頭を踏み砕きながら、他の魔族に語り掛ける。
「おかしくないか? 俺は進めって言ったのに、お前らは止まってる。それとも一休みか? どっちにしろ、俺の言うことに従ってないじゃないか。それはつまり、俺に殺されたかったってことか?」
「違います! これには事情が──」
ガイは跪きながらも声を上げた魔族の頭を踏みつぶす。
「事情って?」
「兵の疲労も激しく、これ以上の行軍は無理と判断し休息を──」
隊長の地位にある魔族が弁解を口にした瞬間、ガイはその場にいた魔族達を皆殺しにした。
ガイが魔族の陣について5分もしないうちに魔族軍は100に近い死者を出していた。
「……まぁいいや。まだ皆殺しにするのは早いもんな」
ガイは周囲の魔族を見る。その全てが自分に向かって跪いていた。
ここで全てを始末するのは簡単だが、そうなると魔王との契約を果たすのが難しくなる。
先のことを考えたら殺すべきではないということが分かる程度の分別はガイにもあった。
「将軍どもは?」
ガイが独り言のように言葉を漏らすと跪いていた魔族達が弾かれたように動き出し、ガイを将たちのいる天幕まで連れていくのだった。そして、その際に──
「実は人間の斥候を発見しまして、将軍たちはその処遇を話し合い──」
それは尚更、将軍たちと話をしないとな。
そう思っている内にガイは将軍たちが話し合いをしている天幕へと辿り着く。
天幕の中では議論がなされている気配があり、その気配を感じ取ったガイは躊躇せずに天幕の中へ入って行った。
「やぁ、お邪魔かな?」
ガイの姿を見た瞬間、天幕の中が静まり返る。
魔族の将たちはそれまでの議論が嘘のように黙りこくり、緊張感を体に漲らせる。
そんな魔族の将たちを見たガイは特に興味を持つことも無く、天幕の中にいた魔族とは存在に意識を向ける。
ガイが意識を向けた、それは鎧を身に纏った三人の人間であり、縄で縛られた状態で地べたに座らされていた。よく見れば顔にあざもあり、手荒な扱いをされたのだということが分かる。
「女性もいるのに酷いことをするなぁ」
ガイは一人の人間の兵士を見て、そう言うとその場にいた魔族が──
「全員、男のようですが?」
「そう?」
ガイは目を凝らして人間の兵士達を見る。
しかし、イマイチ確信の持てない様子で──
「男でも子供と年寄り相手に手荒ことをするなよ」
「あの、三人とも若い男ですが……」
ガイは言われて改めて三人に人間を見るが、しかし、イマイチ納得できない様子で首を傾げる。
その様子に周りの魔族や人間も身振りには表さないものの、心の内で首を傾げた。
見ればわかるのに間違えているのはこちらを試しているのだろうかと深読みをするものもいたが、ガイはそれ以降、人間たちの見た目に関することに言及することは無く、その代わりに──
「この人たちが何かしたの?」
ガイは人間たちがどうして捕らえられているのかを魔族の将たちに訊ねた。
「その者たちはアウルム王国の兵士だそうで、我々の動向を偵察していたのです」
「ふーん」
「それに我々がレイランド王国へ向かっていることをレイランド王国側に伝えたものと考えられます」
「あぁ、そう」
ガイは魔族の将の報告に興味を示さなかった。
ただアウルム王国の兵士だということが分かれば充分だ。
アウルム王国の人間とはラスティーナなどを知っているしジュリアンやロミリアも知っている。
その三人がどういう顔をした人間だったかはガイは思い出せないが、知り合いと縁がある国の兵士であれば、ガイは生かしておきたいような気分になった。
もっとも、縁がなくとも人間である以上はガイは殺さなかっただろうが。
「逃がしてあげよう」
ガイはそう言うと誰の了解も得ずに人間の兵士達の縄を引き千切った。
困惑する人間の兵士と魔族の将たち。その場にいた全員がガイの行動の意図を尋ねようとしたが──
「あぁ、でも任務中に捕まったとか失態で怒られるのかな? それだと可哀想だから……」
ガイは人間の兵士達に気遣うような眼差しを向け、そして──
「お土産をあげよう──」
その言葉の直後、何の音も気配もなく、その場にいた魔族の将の首から上が失われた。
そして、気づけばその首はガイの手元にあり、ガイは魔族の首を兵士達に差し出している。
「魔族の将軍の一人の首でも持って帰れば怒られずに済むんじゃないかな? 一つで足りないって言うなら、幸いここには幾つも首があるし……」
兵士達は受け取った魔族の首を見て顔を青ざめさせ、拒否の意を示すように自分達の首を横に振った。
「あ、そう? 遠慮しなくていいのに。じゃあ、その首を持って、ここから出て行った方が良いね。誰にも手は出させないから、安心していいよ」
ガイはそう言うと兵士達に立ち上がるように促し、そして自分をこの場まで案内してくれた魔族の兵に向かって──
「ちゃんと、お見送りをしてあげてくれよ。その人間達に何かあったら、お前の一族郎党、親類縁者、隣人お向かい近所の全員を殺すからさ」
ガイはそう言って囚われた人間の兵士達を解放することを許可する。
その決定に対して異を唱えることができるものはいない。だが、決定したことに対して何も言うことは出来なくとも、決定に至るまでのガイの行いに対しては魔族達は言いたいことがあった。
「貴方は自分が何をされたのか分かっているのですか?」
魔族の将の一人が我慢できずにガイに対して食って掛かる。
「なにってお土産を一つくれてやっただけだよ。魔族の将軍の首っていうお土産をね」
人間の兵士達に与えたのは狼の頭をした魔族で魔族の将軍の中では有力者の一人だとガイは聞いていた。
だが、別に有力者だから首にしたというわけではなく、近くにいたから首を取っただけだった。
「何か不満なのかな? もしかして、オレに不満があるの?」
ガイは天幕の中にいた残りの魔族の将たちを見る。
ガイは常日頃から自分が人間びいきなのを隠していない。
それを知っているのだから、自分が人間を逃がすことは予想できたはずなのに、今更、自分に対して敵意を向けてくる気持ちがガイは理解できなかった。
「別に良いよ、不満があるならさ。オレが嫌ならかかってくれば良いじゃない?」
ガイは挑発するが、しかし挑発されると魔族達は一斉にガイから目を逸らす。
それはガイに食って掛かった魔族も同じで、実際にガイに反抗するとなると、魔族達にそれは無理だった。
「情けないなぁ、結局オレが怖いんじゃないか。素直になって大人しくしてくれてたら、お互い嫌な気持ちにならなくて済むのに」
ガイは目を伏せている魔族の将たちを見て思う。見せしめに何匹か殺しておこうかと──
だが、そんなガイの考えは唐突に天幕の中に飛び込んできた兵士の声にかき消された。
「報告します! レイランド王国軍が動きました!」
これから向かおうとして国の軍隊。それが動きを見せている。
どうやって、レイランド王国がこちらの動きを察知したのかガイには想像もつかない。
しかし、人間と魔族の戦争がまもなく始まる。それはガイにも分かることだった──




