牙の折れた獅子
ガイの率いる魔族の軍勢を追っていたら、大量の魔族の死体とその前に座りこむ生きた魔族を見つけた俺達。
「そんじゃまぁ、ちょっと話でも聞いてこようかね」
俺は早速、その魔族に話を聞きに行くことにした。
つーか、発見した兵士達は何で見てるだけで戻ってきたんだろうね?
魔族は敵らしいし、攻撃を仕掛けても良かったんでは?
……まぁ、ビビッて逃げてきたんだろうね。
「話? 先に攻撃を仕掛けるべきでは?」
俺にそう進言してきたのはラスティーナの私兵団の団長のジェイク。
紆余曲折あって──ってこともなく、意識を失っている間にことが進んでしまっていたら、後に引けなくなってセレシアに俺達に屈してしまった、情けないもとい状況判断に優れた男だ。
俺達に逆らうより従った方が利があるって判断したのと、仮に失敗しても俺達に責任を被せれば良いとか思ってるんだろうね。
まぁ、俺は利用されるのとか別に何とも思わないからジェイクが何を考えてようと別に良いんだけどね。
世の中には利用されることを極端に嫌う奴がいるけど、人と人との関係ってのは持ちつ持たれつなんだし、利用されるのも良いじゃない。他人に対して寛容さを持つのは人として必要なことだぜ?
「まずは話し合いをしようぜ?」
暴力的なのは良くないから、優しい心を持とうぜ?
攻撃するよりも捕まえて、魔族の軍勢の行方を丁寧に聞いた方が良いと思うしな。
丁寧に痛めつければ、話してくれると思うしさ。
暴力的なのは良くないけど、俺は良くない奴なので、時と場合に応じて暴力を振るうことに躊躇は無いぜ? まぁ、暴力の中に一片の優しさをブレンドしてるけどね。
「同じ魔族ならガイと魔族の軍勢の向かった先を知ってるだろうから、それを聞きだす。攻撃はとりあえずは無しってことで、俺が話を聞いてくるよ」
言い出しっぺは俺だし、この世界の魔族ってのは俺は初めて見るから、ちょっと興味もあるんだよね。
「ついでにジェイクも連れてくよ」
ジェイクが「え?」って顔で呆然としてるので俺はその隙を逃さず肩を組んでジェイクと魔族がいるって場所まで歩き出す。
「な、なぜ私を?」
「なぜって、俺だけだと話が続かないかもしれないだろ?」
だから、賑やかし要員としてジェイクを連れてくのさ。
ついでに魔族の方が、この世界の常識みたいな話をしてきた際には俺はこの世界の常識に疎いから、俺に説明できる奴も欲しかったしね。
「い、嫌だ。魔族の兵は雑兵でも人間10人分の力があると聞いているぞ」
「大丈夫、俺は人間1000人分くらい強いからさ」
そんなにビビるなよ。楽しい話をしに行くだけだぜ?
楽しくなりすぎて喧嘩になるかもしれないけど、それはそれで俺としては願ったりだけどね。
──ほどなくして魔族がいるという場所に辿り着く。
近づくにつれて生臭い臭いが鼻を突いてきたので、わざわざ探す必要も無かった。
そうして辿り着いた場所は街道から外れた林の中で、そこには魔族の死体が大量に積み上げられ、その死体の前に奇妙な姿をした輩が一人。
おそらく、そいつが魔族なんだろう。
そいつは首から上はライオンの頭で首から下は屈強な人間の体躯をした男だった。
頭がライオンと言うと獣人とかの亜人を思い浮かべるが、男の首から下は獣を感じさせるものはなく完全に人間の体であり、逆に首から上はライオン以外の何物でもない、別々の物をつなぎ合わせたようなちぐはぐさを感じさせる存在だ。
「……獅子の頭の魔族、まさか……」
ジェイクは何かを知っているようで魔族を見て唖然とした表情で呟くが、俺としてはネタバレされては面白くないので、ジェイクが何かを言う前にライオン頭の魔族に堂々と近づき、そして──
「よ、何をやってんだい?」
俺は親し気に声をかける。
初対面の相手にはフレンドリーにいかないとね。
まぁ、一目見た瞬間に強い相手だって分かる奴なら、俺は初対面から喧嘩腰で行くけどさ。
コミュニケーションを取るのだって俺からすりゃ楽しく喧嘩をするための準備なわけだし、お膳立ても何もしなくても楽しめそうな強い相手だったら、余計なことをせずに速攻で喧嘩を売るぜ?
「…………」
ライオン頭は俺の声を無視して死体の山に向かって座り込み、目を閉じて頭を下げている。
その姿は仲間を殺されて呆然としているというよりは、弔っているようにも見えて、俺は俄然興味がそそられる。
「なぁなぁ、何をしてんだよ? ちょっと教えてくれよ」
俺が馴れ馴れしく話しかけるとライオン頭は俺に一瞥をくれるが、それだけで再び死体の山の前に座り込み、死体の山に頭を下げながら──
「人間よ、去れ。我は魔族だ」
あぁん? 俺が空気や状況、相手が読めない馬鹿だと思ってんの?
魔族だって分かってないから、馴れ馴れしく話しかけてるとでも思ってのかよ?
「知ってるよ。知ってて何をやってるか気になったから話しかけてんのさ」
そう答えるとライオン頭はようやく俺に顔を向ける。
そうして、ライオン頭は俺の姿をちゃんと捉えるなり俺に訊ねる。
「何者だ?」
「先にそっちの方が名乗ってもらいたいね、ミスター?」
先に聞いたのは俺の方だから、俺が先に名乗るべきかね?
でも、どう見てもそっちの方が不審者なわけだし、先に答えるべきだと思わないかい?
俺がそう思って訊ねるとライオン頭は一瞬呆気に取られた表情を浮かべるが、すぐに無表情に戻り、そして口を開こうとし──
「離れろ、アッシュ殿! その魔族は──」
ジェイクの叫びを聞き、ライオン頭は開きかけた口を閉ざす。
だが、ライオン頭が言おうとしていたことを代わりにジェイクが口にする。
「──その魔族の名はジオハルド! 魔族の中でも最上位の存在! ひたすらに力と強さを求め暴虐の限りを尽くすと言われる邪悪な存在だ!」
へぇ、そうなんだ?
でも、その割にはしょぼくれた感じだよね。近くで見てみると立派な体格の割に着ている服はみすぼらしいし、顔だって覇気なんか感じられないんだけど?
「あんなことを言ってるけど本当なのかい?」
俺が訊ねるとライオン頭のジオハルドという魔族は獅子の顔に虚無感を浮かばせる。
「そう呼ばれたこともあったというだけだ」
昔の話ってことね。
今はしょぼくれた雑魚魔族って感じにしか見えねぇもんな。
「それで何をやってたんだい?」
俺が訊ねるとジオハルドは隠すことを諦めたように死体の山の方を向くと、俺の質問の答えを口にする。
「──弔っていた」
そいつは立派だね。
お仲間を弔うために一人でここにいたって?
「哀れな同胞たちがせめて安らかに死後の世界に旅立てるようにと祈りを込めて」
そりゃ良いね。でも悲しいことに、この世界は死後の魂が行く先が用意されてないから、旅立つ先は無いんだけどね。
まぁ、そんな事実を言っても誰も救われないから俺は何も言わないけどさ。
「何を言っている! 貴様はそんな殊勝な輩ではないだろう!」
大人しいジオハルドに対してジェイクの方は大騒ぎだ。
もっとも、ジオハルドにビビッてるのか少し離れたところから叫んでるだけなんだけどさ。
「だ、そうだけど?」
俺が聞くとジオハルドはライオン頭に何の感情も浮かべずに押し黙り、死体の山に向かって頭を下げる。
ジオハルドの方が何も言わなくなったら、俺が話を聞ける相手は一人しかいない。
「こいつって何者なの?」
俺はジオハルドを指差しながらジェイクに訊ねる。
ジェイクは身振りで俺にジオハルドから離れるように伝えてくるが俺は無視して、同じ場所に立ったままだ。どうもジェイクは危険だと思い込んで離れているようだが、俺はこのライオン頭に敵意を感じないからライオン頭のそばから離れる気にはならない。
「そいつはジオハルド! 過去に人の世界を幾度も危機に陥れてきた危険な魔族だ! 魔族達の中でも最強の一角と言われ、血と争いそして力を求める暴虐の化身などとも伝えられ──」
長いなぁ。とりあえず、このライオン頭が凄い奴だってことは分かったよ。
しかし、良く分からねぇこともあるな。
「過去にって言うけど、魔族の侵攻って結界で防がれてたんじゃないの?」
俺は離れた場所からこっちを見ているジェイクに聞くが、答えてくれたのはジオハルドだった。
「大軍で人界に侵攻するのが難しいだけで少数であれば別の道はあり、それを手引きするため人界に潜入している魔族や密かに潜伏生活を送る魔族も存在する」
ジェイクも続けて同じようなことを説明してくれたんで、これは周知の事柄なんだろう。
結界があるのに魔族との戦いが絶えないってのは人間の住む領域──人界にいる魔族との戦いがあるからなんだろうね。
「それで、さっきの話って事実かい?」
「昔の話だ」
否定はしないってことね。
昔に人界にやってきて人間を殺しまくったとかそんな感じなんだろうな。
言い伝えになるってことは相当に昔の事なんだろうけど、その時から生きてるってことは魔族ってのは長生きなんだろうかね?
しかしなぁ、ジェイクの話と目の前のジオハルドの姿は噛み合わないんだよね。
ジェイクの話だと俺に問答無用で襲い掛かってきそうな印象なのに実際のジオハルドからはそんな気配は微塵も感じられない。
「血と争いそして力を求めるって聞いたけど?」
争いを求めるってのは俺と同じだね。
でも、魔族の死体を弔ってるジオハルドの姿からはそういう暴力的な感じはない。その差異に俺は疑問を覚えたわけだが、そんな俺の疑問に対しジオハルドは──
「力など……」
ジオハルドは遠くを見る眼差しをしながら目の前に積み上げられた死体に顔を向ける。
その表情に浮かぶのは徒労感と虚無感そして諦観だった。
「強さなど何の意味がある。どれだけ力と強さを求めようと真の強者の前ではただの弱者に過ぎず、何の価値も持たない……」
暴虐の化身だとか聞いたけど、今のジオハルドは絶望した世捨て人って感じ。
敵意も戦意も闘志とかも何も感じない人生に疲れ切った老人のようだ。
魔族の軍勢の一員ってようにも見えないし、こいつはどういう立ち位置なんだろうね?
「争うことは虚しく、命を奪うことは罪深い。それに全てを捧げてきた我が生の価値は……我が生の意味は……」
何かを思い出したのかジオハルドは訥々と後悔の念を呟く。
自分の世界に浸り、その中で感傷に浸ってるんだろう。俺の存在など意識の内から消えているようだ。
「我が残りの生は……己の罪深さを悔いて償うことのみ……償いのため哀れな同胞の……いや、我が奪った命を含め、全ての死した者を弔い、死後の安息を祈ることだけ……」
この魔族は有名な魔族のようだけど、正気を失ってやがる。
誰がこいつの正気を奪ったか、察しはつくけどな。
「ガイにやられたのかい?」
俺は意識したつもりは無かったが少し優しい口調になりジオハルドに訊ねた。
ガイ──その名前を聞くと、ジオハルドはゆっくりと俺の方に顔を向けてきた。
その顔に浮かんでいるのは恐れと絶望だった。
「奴を知っているのか?」
ガイの名前を聞いて現実に引き戻されたのか、ジオハルドは僅かに正気を取り戻す。
「知っているし、俺らは奴を追ってんだよ。キミの様子を見るにアイツに恨みがあるだろ? その恨みを晴らしてやるから、アイツの行く先を──」
俺の言葉を遮るようにジオハルドが立ち上がり、そして獅子の口を大きく開き、俺に食らいつくそぶりを見せる。
何か癇に障るようなことでも言っただろうか? 良く分かんねぇな。
俺は別に怖くも何ともないんで、俺に向かって開かれた獅子の口を前にしても動じずにいるとジオハルドは、結局、何もせずに口を閉じる。
「見ただろう」
口の中の話かね。だったら──
「牙が無かったね」
ジオハルドの口の中は牙にあたる部分が引き抜かれているのが見えた。
それが誰かの手によるものなのは明らかで、それをやった奴にも察しがつく。
「何があったのか聞いても良いかい?」
別に聞かなくても想像はつくけどさ。
ただまぁ、聞いてやったほうがジオハルドの心も開けるような気がするし、そうしたらガイの行方も聞きやすくなるだろうしね。
そんな打算に基づいて俺はジオハルドに訊ねると、ジオハルドは──
「奴を追うのなら、まずは我の話を聞け──」
そして訥々と何があったのかを語り出す。
それはガイがこの世界にやってきた始まりの話。
そしてジオハルドが誰かに吐き出して堪らなかった絶望と後悔の吐露だった──




