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順調と停滞

 

 ソーサリアを出発して魔族の軍勢を追いかけ始めて二日が経った。

 俺とゼティとセレシアはラスティーナの私軍と一緒にソーサリアの西、魔族の領域との境界線に向かって進んでいるわけだが、一向に魔族の姿は見えなかった。


「……確かに空腹感は無いし、眠気も無いな」


 まぁ、敵がいないってことはセレシアの修行の時間が取れるってことでもあるんだけどさ。


「『ラディクス』については習得できた感じだな」


 アッサリとセレシアが習得できたことから、簡単に習得できるように思えるかもしれないけれど、普通の奴だったら、数年以上はかかるんだよね。セレシアが簡単に身につけられたのは、単にセレシアのセンスが良いからってだけだ。まぁ、俺の使徒になれるような奴は戦闘方面での才能はずば抜けてるからね。


「食事をしなくて済むのと、眠らなくて済むのは便利な気もするが……」


「前に教えたと思うけど、必要なくても時々は食ったり寝ないと駄目だぜ? 人間性が失われるのと、精神が摩耗してくるからさ」


 食事や睡眠は栄養の補給や体力の回復以上に人間らしさを維持する上では必要不可欠になるんだよね。

 業術も瑜伽法も、その発動には人間らしい精神が必要になるから、食事も睡眠も適度に取って、ある程度は人間らしい生活をしなきゃいけなくなる。


「それじゃあ、『根』は身につけたし、今度は『カストルム』だな」


 俺はセレシアの隣を歩きながら瑜伽法の二番目の術を教える。

 前の方ではラスティーナの私兵が列になって街道をノンビリと行軍しているが、俺達は軍の指揮系統に組み込まれているわけじゃないから口は挟まないことにしているんで、無視だ。


「『城』ってのは自分の周りに壁を作り、外界からの影響を防ぐ術だ。といっても単純な防御じゃなく概念的に外からの影響をシャットアウトしつつ、壁の内側は自分にとって都合の良い状態を維持する。『城』という名前はそういう状態を指して名付けられてて、その城の城主は自分だ。城は壁で外界から影響を防ぎ、城主は城の中で好き勝手にできるって感じか?」


 攻撃に対する防御じゃなく現象や常識、概念に対する防御でもある。

 使えるようになれば、宇宙空間での行動でも問題なくなったり、人間が生存不可能な環境下でも活動できる。


「『ラディクス』で自分の存在を固定し、『カストルム』で自分を排除しようとする外界の力から身を守る。この二つができれば、どんな世界に行っても生きることは困らないし、戦闘にも対処できる」


「ふむふむ」


 セレシアは理解してるのか、してないのか分からないが、まぁどうでもいいや。

 別に理屈を知ってなくても何とかなるからな。


「とにかく『城』を身につけておけば頑丈になるから覚えとけって話さ」


「なるほど、そう言われれば納得できるぞ」


 そうですか。じゃあ、今度からは最初から適当な説明にしてやるよ、テメェの脳味噌のレベルに合わせてな。でも、それだとセレシアは喜びそうだし、喜ばれるのも癪だから面倒臭い説明にしておこう。


「『城』を身につけておかないと、『展開』以上の業術は防げないから、瑜伽法しか使えないなら他の使徒と戦う上でも習得は必須だな」


『展開』は一定範囲内を『自分にとって都合の良い世界』に変える業術だから、『カストルム』で業術が与える影響から身を守らないと一方的に痛めつけられることになりかねない。

 業術使いに関しては初歩の『顕現』が使えれば、その時点で他者の『展開』に対して耐性が得られるんで、結構なんとかなったりするけど、瑜伽法使いに関しては『展開』相手には『城』が必須になる。


「具体的にはどうやって身につける?」


 セレシアは俺の言葉に興味は持たずにさっさと先を言えと促してくる。

 結構、重要な話をしてるつもりなんだけどね。


 まぁ、どうでもいいって言うならいいや。

 ガイが『城』に関しては使徒の中で一番の使い手だって話もしなくていいみたいだし、さっさと習得方法を教えてしまおう。


「別に難しいことをやるわけじゃないぜ。『根』を習得した時にこの世界に絡みつかせた内力を伸ばして、自分の体を覆うようにすると同時に、覆われた内側と外側を別の世界と強く認識する──」


 俺が説明するとセレシアは俺の言ったとおりに内力で自分の全身を覆う。

 認識の方がどうなってるか分からないが、まぁここまでは問題なしだ。


「別の世界であるというイメージが出来上がったら、更にイメージを追加する。内力に覆われた内側は自分の城であり最高の世界。対して、外側は無価値であり自分の城の中に入ることを自分は拒絶する」


 セレシアは歩きながら目を閉じ集中を始める。

 俺はそんなセレシアの頬を指で突っつくと──


「なんだ?」


 セレシアが不快そうな表情を向けてきたが、俺はセレシアの頬に触れた感覚はない。


「まぁ、いい感じかな。物理的な影響はシャットアウトできてるようだ。後は環境の影響とかも防げるようにして、段々と防げるものを増やしていかないとね」


 流石のセンスだ。

 まぁ、俺の使徒ならこれくらいは簡単にできて欲しいんだけどね。


「あまり気分が良い物じゃないな」


「そりゃあね、瑜伽法は外界と自分を切り離していくってのが根っこにある術だから。孤独感ってのが付きまとうのさ」


『城』を身につけると外界からの影響を受けなくなる。

 その影響ってのは人と人との触れ合いみたいなものもあったりするんだよね。

 そういうのを断ち切っていくんだから瑜伽法を身につけると孤独を感じて気分も沈んだりはするよ。

 ただ、瑜伽法に適性があるってのはそういう孤独を好む感性を心の内に持ち合わせてるはずなんだけどね。


「慣れれば自分に好ましい外界の影響だけを選択して享受できるようになる。それができるようになって『城』は完成かな」


カストルム』を使えるようにならなければ次の『テサウルス』は習得できないし、その先の『フォルティス』も習得できない。

『究竟』に関しては現時点では別に良いとしても、ガイと戦うのならセレシアには『威』までは身につけて貰わないと困るんだよね。


「とりあえず、『根』と同じように二日ほど『城』を維持するって所から始めてみようかね」


 セレシアの瑜伽法習得に関しては順調だ。

 このまま行けばガイとの戦闘の際には戦力にはなるだろう。

 そんなことを思いながら、前を歩くラスティーナの私兵についていこうとすると、不意に俺達の前を歩いていた兵士達の足が止まり、俺とセレシアもそれに合わせて足を止める。


「何事だ?」

「さぁね」


 前の方がどうなってるか知るわけないだろ?

 そう思って成り行きを見守っていると、先頭の兵士達一緒に行動していたゼティが先頭の方から俺達のもとへ走ってくるのが見えた。

 おそらく行軍の列の先頭で何かがあって、それを俺に報告でもしに来たんだろう。


「この隊の指揮官は魔族の軍が見えないことで混乱しているようだ」


 俺の予想通りゼティは何があったか報告してくれた。

 おそらくだけど、この隊の指揮官は魔族の軍勢が真っ直ぐソーサリアに向かってくると思って、それを正面から捉えようと西に進んだんだろうね。

 指揮官がどういう作戦を持ってるかは知らんけど、正面から敵軍に相対するつもりだったのかな?

 それで敗走しても、とりあえず敵軍の数だけは確認して、ラスティーナに報告するとか、そういうつもりなんだろうかね?

 まぁ、負けても敵軍の陣容を把握できたなら、それで最低限の責任は果たしたことになるし、その命令を下したラスティーナの面目も保たれるだろう。

 敵の数が分かれば、ソーサリアの住民を避難させるってこともできるだろうし、それを成し遂げて住民の命を守れたならラスティーナの評判は上がるってこともあるよな。


 ラスティーナがどこまで考えてるかは分からねぇけど、とりあえず敵の陣容の把握と、ソーサリアに迫ってくるであろう魔族の軍勢からのソーサリアの住民の避難。

 この二つの功績をラスティーナは狙ってる気配がするね。その二つをこなせれば私兵でソーサリアを占拠したことに関して、魔族の襲来に備えての行動って言い訳も立つし、批判も躱せるだろうし、それどころか先を読んでの行動って評価を得られるかもしれないしな。


「ラスティーナはソーサリアに攻め込んでもらいたかっただろうな」


 セレシアも俺と同じことを考えてるようだ。

 ゼティはこういうのを考えるのが苦手だから分かってないだろうけど。


「涙ながらに己の兵を犠牲にし、敵の情報を得てきた王女か。まぁエピソードはともかくとして、他国に恩は売れるな」


 自分の評判を上げつつ、恩を売るとか強かな女だよな。

 俺はそういうのあんまり好きじゃない。


「こういうのがあるから戦争はそこまで好きになれねぇんだよな」


「意外だな。戦うのが好きだと聞いていたから戦争も好きだと思ったが」


 セレシアはアダム辺りから俺が戦闘大好きって聞いていたんだろうね。不思議そうな顔で俺を見てくる。


「あのな、俺が好きなのは戦いなんだよ。そりゃあ、戦争の中での戦闘は好きだぜ? でも、戦争ってそれだけじゃないじゃん。謀略やら何やら面倒臭い物がいっぱいあるだろ? 単純に戦いだけなら良いけど、それ以外の面倒臭いことも多いから戦争は好きじゃないんだよ」


 戦争が戦場だけで完結するなら歓迎なんだけど、そうじゃないからね。

 厄介事は好きだし、面倒事も好きだけど、面倒臭いのは好きじゃないのよ、俺はね。


「お前の趣味嗜好の話はどうでもいい。そんなことよりも問題はこの軍勢がどこへ進むのかということだ」


 ゼティは俺の話に興味を持たずに現実の問題を話す。


「魔族がソーサリアに攻め込んでこなきゃラスティーナの計画は崩れるよな。まぁ、この状況はラスティーナの願望に基づいて行動したせいだけど」


 ソーサリアに攻め込んで欲しいって願望が、ソーサリアに攻め込んでくるっていう予想に入れ替わってしまった可能性は無きにしも非ず。

 この隊の指揮官はラスティーナの手下だから主の命に従ってラスティーナの願望と予想が入れ替わった指示に従うしかないとか、そんな感じだろうか?


「指揮官はこのまま西に進むと言っていた」


「それはつまり敵軍は陣を敷いたまま動いていないと? こちらが動いている間に敵も動いているとは考えていないのか?」


 ゼティの言葉にセレシアが疑問を口にする。

 そんなことを聞かれてもゼティはどうしようもないからやめようぜ。


「そもそもソーサリアに攻め込むと言っても真っ直ぐ進軍するとは限らないだろう。別のルートを通っていれば入れ違いになっていた可能性もあるとは考えなかったのか?」


「俺に言われても困るな」


 ゼティに食って掛かるセレシア。

 だから、ゼティに言っても仕方ないことだって。


「ガイがソーサリアに攻め込むことを許す筈はないって言った気もしたんだけどな。ま、全てはラスティーナのミスってことにしておこうぜ」


 悪いのはラスティーナ。そう思っておいた方が精神衛生上良いさ。

 まぁ、ラスティーナにしても、軍事行動は初めてだからミスしてしまったためって考えてやるけどさ。


 そもそも誰が悪いかってのは重要じゃないぜ。

 大事なのはこれからどうするかって話だ。


「しょうがねぇ、俺が何とかしてやろうじゃないか」


 そのためにラスティーナは俺に同行するよう命令したんだろうし、ご期待には応えてやらねぇとな。





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