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怒りの道

 

 ──目を閉じるとあの日の情景が蘇る。

 そして多くの記憶が蘇り、胸の内に怒りの炎が再び燃え上がる。



 ──ガイがその言葉を聞いたのは遠征から帰ってきた時の事だった。


『──本日、現生人類の絶滅が確定しました』


 地球人類の最後の砦『関東エデン』の外壁に備え付けられた巨大モニターには人類の指導者の顔が映っていた。


『──現時刻を以て『エデンプロジェクト』は終了。それに伴い、残存する現生人類も生命活動を終了することも決定いたしました』


 ガイ以外にもモニターを眺めている人々はいた。

 その人々の表情は状況が呑み込めていないガイとは異なり、大半が遂にその時が来たかという諦めの表情だった。


『──あなた方の献身には感謝の言葉も尽きません。その献身に報いることなく、滅びを選んだ我々をお許しください』


 モニターを見ているガイたちは滅びを選んだ人類たちとは異なる存在だ。

 しかし、異なる存在でもガイたちは人間を隣人として守ってきた。

 だが、その役目も終わろうとしていた。


『どうか皆さんに幸福を。そして叶うならば、我々の文化と文明を継承する、あなた方が万物の霊長として、再び地球の主となることを我々は願っています──』


 その言葉を最後にモニターに映っていた人類の指導者は机に突っ伏し、動かなくなり、程なくしてモニターも消える。

 それがガイが見届けた人間の最後の姿だった──


 なぜ、こうなったのか、ガイに分からない。

 ガイが生まれた時から人類は滅亡の危機に瀕しており、物心ついた頃からガイは戦うことを義務付けられていた。ガイにとって人類とは守るべき隣人であり、人類のために戦うことにガイは何も疑問を持たなかった。


 ガイの戦う相手は異世界からやって来た人々であり、それは人類の創作でいうエルフやドワーフと同じ姿をした種族であり、ガイの生まれた世界はそういった異世界からやってくる人間以外の種族に侵略されていた。


「初めて奴らが現れた時、人類は歓迎ムードだったんだよ」


 そう語っていたのはガイを育ての親であるヒロ・ユウマ。ガイはその言葉を思い出す。


「奴ら──『異邦人ストレンジャー』の存在で人類は未知の世界を知ることができた。そして、未知の世界からやって来た人々と手を取り合い友人となって、人類に新たな未来を──ってな具合にな」


 しかし、友人になりたいと思っていたのは人類だけで異世界からやって来た『異邦人』達は地球の人類を家畜以下にしか思っていなかった。

『異邦人』は即座に人類への攻撃を開始、その第一歩として『異邦人』の世界に満ちる大気をこちらの世界へと流し込み始めた。

 その大気は地球の人類にとって有害であり、人類の肉体を変質させる特性があった。そして、その結果、地球の人類の多くは人類の創作そのままのゴブリンやオークといった怪物に肉体を作り替えられ、そして『異邦人』たちの奴隷となった。


 地球の主として君臨していた人類にとっては絶望的な状況。

 そんな中で人類に手を差し伸べたのがガイたちの祖先であった。

 彼らは純粋な人類とは異なり、人の姿こそしているが人とは異なる種族、いわゆる鬼や魔人、悪魔といった種族であったり、特殊な能力を持つ人間たちだった。

 彼らは地球で自然発生的に生まれた者もいれば、『異邦人』が来るよりも前から地球にやって来て地球人の中に溶け込んで生活している者もいる。


 ガイの生きていた地球は『異能を持つ人間や様々な種族が人の世から隠れながらも存在する世界』であった。しかし、『異邦人』の襲来によってガイの祖先やその仲間たちは隠れることをやめ、人類に手を差し伸べた。

 ガイの祖先やその仲間たちはは人間とは異なる種族であったが、その生活様式は完全に地球人と同様であり、新たに異世界からやって来た『異邦人』よりも地球の人類を同胞として認め、人類を守ることに決めたのだった。


 そうしてガイの祖先たちは隠れ住んでいた日本のとある地方都市に人類を避難させ、その中心に人類の居住区を作りあげた。そして自分達は人類を守る戦士となり、ガイの世代に至るまで人類を守るための戦いを続けることになる。

『異邦人』の文化や文明、精神性よりも、地球人の文化や文明、精神性を選び、それを守るために戦った日々。しかし、それも終わりを告げた。


「どうすりゃいいんだろう」


 ガイは人類の居住区を守る外壁に備え付けられたモニターの前で途方に暮れていた。

 ガイは人類を守るために戦い続けてきた。ガイは戦うことに疑問は持たなかったが、それは強制されたからではない。

 過去に何度か言葉を交わすことが許された人間たち。

 あの人間たちの、か弱さを思いだせば自分が人間を守るのは当然の義務だと思えた。


『弱い者は守られるべきだ』


 そんな想いでガイは戦ってきたが、その守るべき存在はもういない。

 その時のガイは生きる指針を失い途方に暮れるしかなかった──




「──死ね! 死ね! 死ねぇ!」


 聞こえてきた声にガイは起こされ、目を覚ます。

 すぐに、いつものように夢を見ていたのだと気付く。

 夢の中で思い起こされた後悔や絶望が体にまとわりついてくるような感覚があった。

 そして、胸の内にくすぶる怒りの炎──


「──死ね死ね死ね死ね!」


 すぐそばで聞こえてくる憎しみのこもった声。

 ガイは横になったまま、目だけを動かして声の主を見ると、その声の主たち・・は寝ているガイに対して何度も武器を振り下ろしている。

 ガイは自分の体に武器が当たっているという感覚もないので、見るまで気付かなかった。


 アスラカーズの使徒の中で最高の防御力という肩書きは伊達ではない。

 魔族の攻撃はガイにとっては無意識でも防げる程度のものだった。


「何をしてるんだ?」


 ガイは自分の体に武器を叩きつけている魔族達に声をかけた。

 辺りを見てみるとガイの寝床の周りには破損した武器がいくつも転がっているので、だいぶ前からやっているのだろう。武器が壊れても、武器を換え、なんとしてもガイを始末しようと寝込みを襲ったが、しかし、それも無駄に終わった。

 ガイを殺す前にガイが目を覚ましてしまったからだ。


「っひ!?」


 ガイの寝こみを襲っていた魔族達は顔に恐怖を浮かべ、一斉にガイから距離を取る。

 ベッドから起き上がったガイは自分のいる場所が昨日眠った天幕の中だということを確認すると、続けて自分を襲った魔族達の顔を見る。


「見覚えのある顔だな。確かどこかの部隊の隊長、それと将軍クラスもいるな」


 ガイを襲った魔族は四名で、名前までは思い出せないがガイの記憶にある顔だ。

 それぞれの種族はドワーフにダークエルフ、竜人ドラゴニュートにオーガだ。

 その魔族達の顔を見たガイは自分の胸の中の怒りの炎が勢いを増してくるような感覚に襲われる。


 人間をゴブリンやオークに変えて笑っていたドワーフ。

 異世界の大気に耐性があり人間の姿を保つことができていた者を奴隷として慰み者にしていたエルフ。

 戯れに生き残った人間の集落に火をつけ、燃える人間を愉快そうに眺めていた竜人。

 人間を餌として食い散らかしていたオーガ。

 ガイが自分の生まれた世界で見た、それらの光景が脳裏をよぎる。


「どういう用事かな?」


 ガイは穏やかな言葉づかいで訊ねる。

 手に持っている武器や自分のベッドの周りに落ちている壊れた武器は敢えて無視して。


「答えられないかな?」


 笑みを浮かべてガイは自分の寝こみを襲った魔族達を見る。

 どういう目的でやって来たのかなどは分かりきっている。

 それでもガイは笑みを浮かべて穏やかな態度を崩さない。


 柔らかい言葉を使い、常に笑みを浮かべる。

 そうすれば自分の心の中に燃え上がる怒りの炎は抑えられる。少なくとも普段はそうだった。

 だが、今は──


「じゃあ、代わりに答えようか?」


 脳内を駆け巡る記憶。

 夢がガイの記憶を呼び起こし、それと同時に憎しみを思い出させる。


「無茶な進軍をさせようとするオレを殺して命令を無かったことにしようとしてたんだろ?」


 ガイを襲った魔族達は何も答えない。

 その代わりに覚悟を決めた表情でガイに武器を向ける。


「あぁ、もうイラつくなぁ。せっかくこっちが優しくしてやってんのに、なんでオレの優しさを無にするようなことをするんだよ」


 召喚された際の契約があるから、ガイはこれでも魔族に対してできる限りの配慮をしている。

 ガイが抱える怒りや憎しみの大きさ、そしてそれらによって醸成された凶暴性に比べれば極めて穏健な対応をしていた。だが、この日のガイにそのような対応は期待できない。


「少し思い知らせないといけないか」


 ベッドに腰かけていたガイは立ち上がり、呟く。

 その次の瞬間、ガイの前に立っていた魔族達の体が一瞬で全て弾け飛んだ。


「こっちが我慢してたらつけあがりやがって、オレが我慢してるって気づかなかったんだろうか? そっちがオレを殺したいと思ってるのと同じくらい、オレもお前らを皆殺しにしてやりたいほど嫌いだってことにさ」


 ガイは自分の足元に散らばる肉片を踏み越え、自分の天幕から外に出る。

 そして、そこから出たと同時に目に入ってくる魔族達に対してガイは──


「大変です! 奴が暴れ出しました!」


 兵士の一人が魔族の将たちが集まる天幕の中に飛び込み、切羽詰まった様子で報告する。

 その報告を受けて、天幕の中にいた魔族の将たちは慌てて、そこから飛び出し、兵士の案内で騒ぎの起こっている場所に向かった。

 そして、向かった先で彼らが見たものは──


「よぉ、早かったじゃないか」


 血だまりを作る100以上の魔族の死骸と、その中心に佇むガイ・ブラックウッドの姿だった。

 何を──などとは誰も言わない、そもそも言えない。

 ガイの発する威圧感を受けて、魔族達は恐怖で指一本動かせなくなったからだ。


「教育がなってないな。オレを暗殺しようとする奴がいたぞ」


 それを聞いて魔族の将たちは血の気が引き、軽挙に走った愚かな魔族達への憎しみが芽生える。


「こっちは可能な限り関わらないから、そっちも関わるなって言ったはずだよな? なのに、これはなんだよ?」


 誰かが弁解の言葉をガイに向かって言おうとするが、ガイの威圧感のせいで口が上手く動かない。

 もっとも口が動いたところで意味はなかっただろう。なぜなら次の瞬間、口を開こうとしていた魔族の将の一人は殺されたからだ。


「みせしめのためにこうして殺してるんだが、納得してくれるよな?」


 それと同時に自分の中の怒りを発散するためにもガイは目につく魔族を殺した。

 一人殺すたびに少しだけ気持ちが軽くなる。だから、ガイは魔族を殺していた。


「思ったんだけど、暇だからロクでもないことを考えるんじゃないか? オレはさっさと進軍しろって言ってるのに、だらだら行軍して、まだ魔族の領域からほとんど離れてないってのもオレは気に食わなかったんだよね。そんなノンビリやってるから、暇な奴も出てくるんだと思わないか?」


 ガイが訊ねても誰も返事はできない。

 ガイは返事が無いことを全く気に留めず言葉を続ける。


「だから、こうしよう。お前らは今すぐ進軍を開始しろ。そしたらオレは少ししてから追いかける。そして、オレに追いつかれた奴はオレが殺すということにしよう。お前らの行軍速度があまりにも遅いから、オレが尻を叩いてやるって感じだ。これなら、暇じゃなくなって余計なことを考える余裕も無くなる。その上、進軍速度も上がると良いことづくめだろ?」


 そこまで言い終わるとガイから威圧感は消え、将たち身動きが取れるようになる。

 身動きが取れるようになってもガイに対する恐怖心は消えず、そんな魔族に対しガイは──


「ほら、今すぐ動け。俺に殺されたくないなら、さっさと行けよ」


 ガイの言葉を受けて将たちは兵士達に矢継ぎ早に指示を出す。

 そして、その指示を聞き流しながらガイは自分の天幕に戻り、もうひと眠りすることにしたのだった。


 人族の領域に侵攻してきたはずの魔族は攻めこむ側であったはずが、いまや自分達が切り札として呼び出した存在に追い立てられ、無謀な進軍を始めることになる。

 そして、ほどなくして魔族の通った後には魔族の死骸が道のように続く光景が作り出されることいなるのだった。





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