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新たな戦いの場へ

 

 ラ゠ギィは飛竜の背に乗ってソーサリアから飛び去って行くガイ・ブラックウッドの姿を魔導院の屋上から眺めていた。ラ゠ギィの足元にはゼルティウスに敗北し意識を失ったままのゴ゠ゥラが横たわっていた。


「あれが使徒のトップですか」


 仙理眼によって離れた場所からアッシュとガイの戦闘を見ていたラ゠ギィはガイとの戦闘を避けておいてよかったと心から思う。

 ラ゠ギィが教皇から命令されたのはソーサリアに潜入した魔族の関係者を始末することだったが、今になってガイがその関係者であることを知って助かったとも思う。もっと前に知っていたらラ゠ギィはガイに挑まざるを得なかったからだ。


「さて、これからどうしましょうか」


 ラ゠ギィは屋上から魔導院の外へ脱出しようとするアッシュ達の姿を確認できたが、特にちょっかいを出そうという気にもならない。

 教皇からの命令ではアッシュとの積極的な接触は避けるようにと言われている。今回の接触はゴ゠ゥラの独断専行による不可抗力なので、教皇に今回の行動を咎められたら仕方なかったとラ゠ギィは言い訳するつもりだった。


「とりあえず今後の事は猊下の判断を仰ぐべきでしょうか……」


 魔族の侵攻を阻んでいた結界は破られた。

 これに対して教皇はどうするべきなのか、それを聞くべきだろうとラ゠ギィが思った矢先の事──


『私だ』


 どこからともなく教皇の声がしてラ゠ギィは自分の頬を触れるとそこに人の口があり、そこから教皇イザリア・ローランの声が発せられていた。ラ゠ギィは自分の掌に耳を生やすと、そこに向かって話しかける。


「猊下、申し訳ありません。任務に失敗いたしました」


 ラ゠ギィは取り繕うことも無く率直に結果を伝える。


「潜入していた魔族の関係者を取り逃がし、結界を破壊されました」


『……そうか。まぁいい、たいした問題ではない。それよりもだ──』


 イザリアの口振りは心底どうでもいいといった感じで結果に関して、さほど関心の内容であった。

 失敗したのなら仕方ないと、今後の事を考える方に思考を割くことにしたのかとラ゠ギィは思ったが──


『ラ゠ギィ、私に何か隠していることはないか?』


 それはラ゠ギィにとって背筋が凍えるような問いだった。

 ラ゠ギィは自分を教皇の忠実なしもべと自称しており、教皇であるイザリアもラ゠ギィを忠実な僕として扱っている。しかしながら、教皇の方はともかくラ゠ギィの方は自称に過ぎず、その本心は誰にも明かしていない。

 ラ゠ギィは即座にどの秘密を諦め、それを犠牲にどの秘密を守るべきかを計算する。完全に隠して全てが発覚するよりは一部を明らかにして、本当に隠したい秘密から目を逸らせようという判断だった。


「……アスラカーズと接触しました」


 そう言った瞬間、ラ゠ギィの右手が震えだす。

 それは恐怖によるものではなく怒りによるものだ。

 そして、その怒りはラ゠ギィの物ではなく──


「そして、アロンデイルのことをアスラカーズに訊ねました」


 その瞬間、ラ゠ギィの右手がラ゠ギィの意思を離れ、ラ゠ギィの首を締め上げる。

 それはイザリアの意思であり、ラ゠ギィの右手はイザリアの意思に従って動いていた。


『勝手なことをしたな、ラ゠ギィ。それを伝えるにはまだ早いと私は言っていたはずだ』


 ラ゠ギィはイザリアに操られた自分の手で自分の首を締め上げられていた。

 殺すつもりとしか思えない力の込め方、ラ゠ギィは苦し気な表情を浮かべるが、その内心では、イザリアをせせら笑っていた。


『その時ではない。その場所ではない。その状況ではない。そして貴様が伝えるべきことではない。奴がそれを聞き、最も苦悩する時、場、状況、人物でなければならない。失望したぞラ゠ギィ、貴様は私の期待を裏切った』


 ラ゠ギィは苦悶の表情を浮かべているが内心では平然していた。

 イザリアは厳しい言葉を口にしているが、まだ自分を切り捨てることができないとラ゠ギィは確信していたからだ。

 イザリアにとって文字通り手足になって・・・・・・動けるのはラ゠ギィしかいない以上、イザリアは自分を切り捨てることができないとラ゠ギィは理解し確信している。


「……申し訳ございません、猊下……」


 ラ゠ギィが首を絞められた状態から辛うじて謝罪の言葉を口にすると不意に手に入っていた力が弱まり、呼吸が自由になる。


『……この失態は働きによって償ってもらう』


「……猊下の寛大な御心に感謝を申し上げます」


 楽なものだとラ゠ギィは思う。これで隠しておきたかった秘密は隠せた。

 自分が隠し持っている『あの腕』のこと。それを隠せるのなら、償いとして任務を命じられることなどラ゠ギィにとって何ほどの事も無い。


この世界には・・・・・・未だに力を持ったまま私に従わない神がいる。貴様にはそれの始末をつけてもらおう』


 力を持った神と言われ、ラ゠ギィが思い当たるのは三柱の神。しかし、そのうちの一柱である黒神は仙理眼でアッシュとガイのやり取りを盗み見した限りでは、既にガイが始末したらしい。

 となれば残りは二柱、そのうちで始末する必要があるのは──


「赤神ですか?」


『その通りだ。アレは未だに私に抵抗を続けている。いい加減、目障りになってきたのでな、頃合いだろう』


「その御命令、謹んでお受けします」


 ラ゠ギィにとっては倒せない相手ではない。

 もっとも手が届く所まで近づくことが難しいのだが。


『私の信頼を取り戻せるように努力せよ』


 その言葉を最後に教皇の声は途切れ、ラ゠ギィの頬に現れた口も消え失せる。


「信頼か……」


 最後の言葉を反芻するラ゠ギィの表情には暗い笑みが浮かんでた。


「道具に対しても信頼という言葉を使うから間違いではないが……」


 ラ゠ギィはそう呟くと、足元に横たわるゴ゠ゥラを抱え、教皇からの受けた任務の地へ向かうため、その場から消え去った。








 ──飛竜の背に乗ったガイは、そのままソーサリアを脱出し魔族の領域へと向かう。正確には人間の領域と魔族の領域の境界線、結界で阻まれその向こう側へと。


 ガイが降り立ったのは結界のあった場所からほど近い荒野。

 そこには人間の領域に侵攻するための魔族の軍勢が陣を敷いている。

 魔族はガイが結界を消す瞬間を待ち、それに合わせて人間の領域に侵攻するために準備をしていたのだった。


「相変わらず好きになれない連中だなぁ」


 上空にも喧騒が聞こえてくる。

 結界が消えたのが分かり、それによって軍の士気が一気に高まったのだろうとガイは推測すると同時に嫌な気分になる。

 人間が騒いでいるのを聞いているのは楽しいが、それ以外の種族が騒いでいるのを聞くだけガイは不快感を覚えるからだった。


 不快感を抱えたままガイの乗る飛竜が陣の真ん中へと着陸する。すると、着陸した飛竜の周囲だけ静寂に包まれる。その理由は周囲の魔族がガイの存在に気づいたからだ。


「相変わらず気持ち悪いツラの連中だよ」


 地面に降り立ったガイは周りの魔族を見る。

 魔族と一言で表しても、実際には魔族の中でも多種多様な種族がいる。

 人間に角が生えているだけの種族もいれば、姿の上では獣と大差のない種族もいる。

 魔族の定義自体もあいまいで、魔族の中でも一定以上の知能を持ち共通の言語を介したコミュニケーションが取れるのならば魔族であるという程度の認識しかない。

 だから、魔族と言ってもどのような種族か一言で表すことは困難であった。


「に、任務の達成、おめでとうござい──」


 緑色の肌をしたゴブリンのような魔族がガイに対して労いの言葉をかけようと近寄ってくるがガイは近寄ってきた魔族の頭に対して虫を払うように手を当て、その頭を吹き飛ばして殺す。


「挨拶が遅いんだよなぁ。仕事を終えて帰ってきたんだから、もっと労いの言葉は早く言ってくれなきゃさぁ」


 ガイは周りを見回して遠巻きに眺めてる魔族に手招きをする。

 すると魔族たちは怯えた様子でガイに近づき、次々と労いの言葉をかけ──そうして言葉をかけてきた者たちをガイはその場で皆殺しにする。


「俺は、お前らに話しかけられるの嫌なんだけど。なんで話しかけてきたの?」


 自分が殺した魔族の死体の中から腕を引き千切るとガイは自分が乗ってきた飛竜に与えると、ついさっきまで生きていた者の肉を咀嚼する飛竜の首を撫でながら──


「まだ魔物の方が可愛いよなぁ。見た目は大差無いのに、なんで喋ると気持ち悪く感じるんだろうか?」


 そう言いながら、ガイは自分のことを遠巻きに見ていた二足歩行の蜥蜴のような魔族リザードマンを見つけると、その者に声をかける。


「俺は行くからちゃんと世話しといてね。この子はちょっとお気に入りだからさ」


 そう言い残すとガイは陣の中を歩き、魔族の将が集う天幕へと向かう。

 その間、陣内にいた魔族はガイの姿を見つけるなり、どの種族も声を潜め、こうべを垂れ、全身に恐怖を滲ませる。


「うんうん、静かなのは良いね。俺はお前らの声が聞こえるだけでイラつくから、今の状況はすごく良いよ」


 しかし、中にはガイの存在に気づかない魔族もいた。そんな魔族は──


「お、偉そうだね。誰の許可を得て、そんなに偉そうにしてるのかな?」


 騒いでいたわけではない。ただ、ガイが近くにいても目を伏せなかった。

 それだけで、その魔族はガイに殺される。そんな暴虐に魔族は誰も逆らうことができない。ガイが魔族たちに召喚されてから数ヶ月、その間に魔族の殆どはガイに対して心が折れていた。

 そうして、陣の中に恐れと死を振りまきながらガイは将の集まる天幕に辿り着くと、天幕の中から勇ましい声がガイの耳に届いた。


「結界は消えた! 今こそ人間共を滅ぼすため、全軍を以て侵攻を開始する好機だ!」


 ガイはその声に穏やかな笑みを浮かべたまま、天幕の中に入る。


「やぁ、元気そうだね、みんな」


 ガイの穏やかな声が天幕の中に響くと同時にその場にいた将の全ての顔に絶望の色が浮かぶ。


「なんか楽しそうな話が聞こえたんだけどさ。俺を除け者にしてそういうのは良くないんじゃないかな?」


 将の一人が口を開こうとするが、口を開くよりも早くガイはその将の首を引き千切る。


「俺は弁解を聞きたいとか言ったかな?」


 ガイは自分が引きちぎった首に話しかける。

 当然だが答えは返ってこない。


「俺は聞きたいって言ったかな? みんなどう思う?」


 将たちは目を伏せ、何も言わない。


「聞いてんだから答えてよ」


 ガイはそう言うと別の将の頭を指で弾いて吹き飛ばす。

 それを見て先程まで意気揚々と演説をしていた将が口を開こうとするが──


「はい、ドーン」


 ガイは口を開くより先にその将に拳を叩き込む。

 その衝撃に耐えきれず肉体が弾け飛び、鮮血が飛び散る。


「正直な所、お前らの話を聞きたいわけじゃないんだよね」


 ガイは天幕の中央に置かれたテーブルの上に座ると残りの将を見回す。


「俺は俺を差し置いて話を進めようとしている、お前らが気に食わなかったわけ。みんな俺の立場を忘れてるんじゃない? 俺はこの軍の総司令官だよ? お前らの主の魔王様に直々に任命された総司令官だ。そこんとこ忘れてるよね」


 将たちは何も言わない。

 というか言えなかった。言えば、その瞬間ガイに殺されるからだ。


「改めて言う必要はないと思ってたんだけど、これはもう一回教え込まないといけないかな? 俺はお前らみたいに人間を害そうとする魔族とかは嫌いなんだってことをさ」


 それなのに魔族側に召喚されるとか世の中はままならないものだとガイは思う。

 目の前にいる魔族たちの気持ちになどは欠片も興味がないが、不本意な相手に仕えざるを得ない自分が可哀想だとガイは思う。


「俺は仕方なく召喚者に従って魔族の侵攻を手伝ってるだけなんだからさぁ。そういう可哀想な俺を深いな気分にさせない努力をすべきじゃないだろうか?」


 その場にいる者たちは何も言わない。ガイは返答を求めているわけでは無いからだ。


「侵攻が済んだら契約に従って、俺は消えるんだから、それまで互いに嫌な気分にならないように、お互いに気を遣おうよ。お前らはなるべく人間を傷つけない、俺をイラつかせない。それをしてくれたら、俺の方もなるべくお前らに近づかないようにするからさ」


 その場にいる者たちは声を発することなく黙ってガイの言葉を聞く。

 ガイを不快にさせればどうなるか、魔族たちはガイを召喚してから今に至るまで散々に思い知らされている。


「嫌いなのに殺さないで我慢してやってる俺からすれば凄い譲歩なんだよ。だから感謝して欲しいくらいだ」


 ガイの言葉を受けてその場にいた魔族の全てが無言でガイに頭を下げる。

 従わずにガイに殺された魔族は数えきれない。対して、魔族たちはどんな手段をもってしてもガイにかすり傷すら負わせることができなかった。

 強さという一点だけでガイは魔族にとって逆らうことのできない絶対的な存在となっていた。


「理解してくれたかな? じゃあ、仕事をしよう」


 ガイはそう言うとその場にいる将たちを見回し、そして──


「それじゃあ早速、進軍開始だ。俺達のためにもさっさとケリをつけようじゃないか」


 ガイの命令によって魔族の人間の領域への進軍が開始されることになった。






 魔導院での戦闘を終えたアッシュ達は後始末を放り出して根城にしていた酒場に戻っていた。

 そして助け出したロミリアをジュリアンと二人きりにするとラスティーナに結界が破られたことを報告する。


「由々しき事態だ……」


 ラスティーナは深刻な顔で呟く。

 速やかに各所に連絡をとって対策を練らなければならない。

 同時に既に魔族が進軍を開始していると予測し、軍を動かす必要もあると感じていた。


「別に心配することないと思うけどなぁ」


 報告してきたアッシュはラスティーナが見た限りでは状況が何も分かっていないようだった。

 もう少し危機感を持って欲しいと魔族の危険性をラスティーナはアッシュに伝えるが──


「いやぁ、だって魔族の軍ってガイがいるだろ? あの差別主義者が身内にいるとか、もう終わってるって」


 ラスティーナはガイの言い分が理解できなかったが、そんな簡単な相手ではないと魔族の軍勢の危険性を確信を持っており、速やかな対応が必要であると思っていた。


「軍を動かす」


 ラスティーナは自身の決断をアッシュに伝える。

 王女であるラスティーナだが、自費でもって多くの私兵を抱えている。それを動かせば、魔族の軍勢を撃退することは不可能でも足止めくらいは可能だと考えていた。

 その胸の内には魔族から人の住む地を守るというアウルム王国の王族としての決意があった。


「へぇ、そうですか。頑張ってね」


 決意を口にしたラスティーナに対してあくまで軽い態度を崩さないアッシュ。

 もう何を言っても無駄だと分かっているのでアッシュの態度に対しては誰も何も言わないが、ラスティーナはこれだけは言わなければと思うことがあった。


「手を貸してほしい」


「なんで?」


「私に金を借りただろう? それと常日頃から私に迷惑をかけていることの詫び。不敬を許してやって事への償い。そして結界を守れなかったことへの責任を取って私に手を貸してもらおう」


「全部嫌いな言葉だね。借りも詫びも償いも責任も全て踏み倒して生きてきたんだけどね」


「そんな生き方を改める良い機会だと思え」


 アッシュはラスティーナの言葉に大きく溜息を吐くと──


「ま、良いか。ガイの動向は気になるし手を貸してやっても良いぜ」



 それから数日後、進軍を開始した魔族の軍勢の動きを追うラスティーナの私兵の一団の中にアッシュ、ゼルティウス、セレシアの三人の姿があった━━




とりあえず、この章は終わり

少し休みます

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