本番
首から上を失ったセシアリウスの体が光の粒子となり、砂のように崩れて散る。
再生するということはなく、それっきりだ。つまり、完全な死を迎えたということになる。
俺が何度も殺して残機が減っていたのもあるだろうけど、本人の生きる意志が弱くなってたのかもな。
生きようと思わなければ、生き返らなくなる。そういう風にできてる。
「随分と勝手をするじゃねぇか」
俺はセシアリウスの命を容易く奪った存在に視線を向ける。
そこにいるのは俺の使徒であるガイ・ブラックウッド。
ガイは引きちぎったセシアリウスの首をその場に転がすと、踏みつけ砕くと、それも光る粒子となって飛び散った。
「マズかったかな? 事情はよく分かんないんだけど、なんか悪いことやってたみたいだから、殺したんだけど?」
シレっと言うガイに対して俺は何だか面白くない気分になってくる。
こっちが人を殺さないように気を付けてるってのに、こいつはなんなんだろうね?
「俺はあんまり人殺しは好かないんだけどね。クソ野郎でも生かしておきたいタイプだって知ってるだろ?」
殺したらそれっきりなんだぜ?
生かしておいたら俺に復讐に来てくれるかもしれないってのにさ。
それとマー君の言い分を真似するわけじゃねぇけど、この世界の人間はこの世界の人間の手で罰するべきだと思ったりもするんだよね。
「人殺しって、これエルフだと思うよ? 人間じゃないんだし、人殺しじゃないと思うし、人殺しがどうとかいう話が出てくるのはおかしいと思うな。害獣駆除みたいなもんだと俺は思うんだけど──」
「あ、そのレベルで食い違いがあったわけね」
ヤベェな、話が通じねぇよ、コイツ。
ガイは使徒の中でも新入りだけど、ぶっちぎりで嫌われてるのが良く分かるぜ。
「一応、言っておくがそいつを簡単に殺すべきじゃないって理由は他にもあるぜ? 例えば、魔族の侵入を防ぐ結界はそいつが張ってるみたいだから、殺すと人間の不利益になるって知ってたか?」
俺は言いたくはないけど真っ当な理由で殺すのは良くないとガイに言ってみる。
ガイは人間が大事と言ってるが、結果的に人間を危険に晒したことは理解してんのかね。
理解してないだろうから、ちょっと反省しろと意地悪で言ってみたんだが、しかしガイは──
「知ってる。それもあって俺はコイツを殺したからね」
ガイは先程までセシアリウスの体があった場所を見る。
すると、その場所に青い靄が集まり、形を成し、青神の姿が顕現する。
セシアリウスの中に入り込むことで力を与えていたが、セシアリウスが死んだことで、外に出てきたんだろう。
「でもって、その結界を生み出す力の大元はそいつなわけだから、そいつも始末しなきゃね」
ガイは青神にゆっくりと歩いて近づく。
青神は言葉を発しはしないが、表情からガイに対して憎しみを抱いているのが明らかだった。
セシアリウスには思う所はあったんだろうが、長い付き合いだったんだろうね。自分をこき使ってるからと言って死んで喜ぶような単純な関係じゃなかったんだろう。
だから、セシアリウスを殺したガイに対して憎しみを抱いている。
「もしかして怒ってる? 変だな。俺が聞いた話だと、アンタは俺が始末したエルフに無理やり従わされてるって話なんだけど? 大昔に白神教の連中に滅ぼされかけた時、弱ったアンタをエルフが見つけて下僕にしたとか、そういう話を聞いたんだけどね」
「誰から聞いたんだよ」
俺は横から訊ねる。
「俺を召喚した魔族の連中」
は?
「いやね、俺って実は魔族連中に召喚されてたんだ。嘘ついててゴメンね」
「いやいや、正気かよ、この世界の魔族とかいう奴ら」
いろいろな情報をすっ飛ばしてそんな感想しか出ねぇよ。
ガイをいわゆる人間以外の種族が召喚する?
遠回しな自殺としか思えないんだが。
「俺も人間に召喚されたかったんだけど、召喚者は選べないってのが辛い。神様なんだから、こういうシステムなんとかして欲しいよ」
ガイが俺に話しかけていると、その隙を突いて青神が水の槍を生み出して攻撃を繰り出す。
だが、ガイは気にも留めることなく俺の方を向いたまま水の槍の直撃を受ける。だが──
「ま、召喚された以上は最低限の仕事はしようと思うんだ」
水の槍の直撃を受けてもガイには傷一つ無い。
「その仕事が結界の破壊ってか?」
「そ、結界を壊して魔族が人間の住む領域に侵攻できるようにするのが俺の仕事。そのために、この街に潜入したって感じだね」
まぁ、最初に会った時からなんか裏がありそうな気がしたんだけどね。
ただ、そういう仕事だとは思わなかったぜ。
「俺としては人間を守るために結界を維持してきた青神にはシンパシーを感じるし、殺したくも無いんだけど、悲しいことに仕事なんだよね」
「生まれてこの方、仕事と言われる事柄に情熱を注いだことのねぇ俺には分からねぇ話だな」
俺の物言いに対し、ガイはドン引きした顔になる。
傷つくぜ、イカレ野郎に引かれるとかさ。
「俺としては、テメェに仕事を達成させたくはねぇな」
俺はガイと青神の間に立ち、青神をかばうようにガイと向かい合う。
青神に関しては、正直なんの感情も無いんだけどね。
ぶっちゃけ、セシアリウスのおまけ程度にしか思わないんだけど、それでもまぁ正気を保ってる神なら、問答無用で殺すのはどうかと思うんで、今この瞬間だけは守ってやろうかと思う。
「うーん、どういうつもりか分かんないんだけど」
「テメェに殺させないつもりだって言ったら、どうする?」
「そりゃ困る」
ガイは俺の返答に肩を竦めると、俺に向かって指を突きつけ──
「この世界の神を殺して力を奪い、この世界から脱出するって言ってたじゃないか? どうせ殺すだから、アンタが殺すのも俺が殺すのも一緒だろ? 邪魔はしないで欲しいんだけど」
それに関して言えば、協力が得られなければって前提があるんだけどね。
俺に協力して力や神としての権能や権限を分け与えてくれるなら、問題無かったりするんだぜ?
それに青神を殺すと結界を失うらしいし、この街の水の循環に問題が出るとかで普通に生きてる奴らの生活が困るみたいじゃないか。
俺はそういうのがあんまり好かないんだよね。
戦う意思が無くて弱い奴らは守られるべきだって俺は思うんだよね。
戦う意思があって強い奴はドンドンひどい目に遭っても良いと思う。
戦う意思が無くて強い奴は戦うしかないような状況に追い込まれるてくれると楽しい。
戦う意思があっても弱い奴が結果として酷い目に遭うのは可哀想だけど仕方ない。弱くても舞台に上がってしまった以上は対等に扱われるのが当然だ。
けれど、俺は戦う意思も何もない上に弱い連中の平穏な日々が脅かされるのは好きじゃないんだよ。
「邪魔をしないでって言われると邪魔をしたくなるんだよなぁ」
色々と思う所はあるけれど、俺は俺の行動をガイに対する意地悪として片付け、ガイの前に立ちはだかる。
「参ったなぁ。俺って結構、アンタのためになることしてると思うんだけど、アンタは俺の苦労に報いてくれないのかな?」
「テメェが俺のために何を苦労したって言うんだよ?」
「黒神を始末した」
は?
「アンタが倒す予定だった神の内の一匹は既に俺が始末してやってたってわけ。感謝して欲しいね」
「いつの話だよ」
「この世界に召喚された日。魔族の崇める神だったらしいけど、ザコ神の癖に俺に生意気な態度をとったから殺した。良かったね、アンタの後ろの青神を始末すれば残りの神は三匹だろ?」
「結果的に俺のためになってただけじゃねぇか。自分の都合で勝手やらかしておいて、その礼をしろってのは厚かましくねぇかい?」
それはそうと、三匹って表現は面白くねぇな。
俺の後ろにいる青神を俺の守りを突破してぶち殺せるって思ってんのかい?
「退く気は?」
「あると思うのかい?」
「今のアンタで俺に勝てると思ってんの?」
「俺が勝てないとでも思ってのかい?」
俺とのやり取りの果てにガイは大きく溜息を吐く。
「俺が殺したら、アッスに青神の力はやるから、それで良いじゃないか。青神の力を使って結界を張ったり、この街の水の浄化なりをすれば済む話だろ? こっちは一瞬だけでも結界が無くなればいいだけなんだしさ」
「俺が青神の力を得た所で、その力を上手く使えるとは限らねぇだろ? 現状で上手く行く方法があるなら、それを継続させたいし、その仕組みを守るべきだと思うのはおかしいことかい?」
「おかしくはないけど、俺に都合が悪い」
「その程度の理由じゃテメェに殺させるわけにはいかねぇな」
俺は後ろにいる青神を振り向き──
「というわけで、キミはとりあえず今は守ってやるから、協力してくれよ?」
「そんなザコ神が一匹、味方になったところで俺には勝てないと思うけどなぁ」
ガイは余裕をぶっこいた台詞を吐きつつも、俺を見据えると──
「アスラカーズ七十二使徒、序列三位ガイ・ブラックウッド」
戦いの前の名乗り。
どうやら、ガイは戦る気になったようだ。
問答をしてるより、さっさと戦ってケリをつけようって結論に達したんだろうね。
「『闘獄』のアスラカーズ」
それならこっちも望む所だと名乗りを返す。
神とそれに仕える使徒が平気でタイマンをはるような関係性は滅多にないよなぁ。
俺としてはガイに関しては話し合いで済ませたかったんだけどね。まぁ、こうなったら仕方ない。
セシアリウス戦じゃなくて、ガイとの戦いが本番になるとは思わなかったけど、やれるだけやろうじゃないか。
「来いよ」
俺はそう言った瞬間、ガイが構えを取るより先に攻撃に移る。
要するに先手を打っての不意打ちだ。そして不意打ちで放つのは──
「プロミネンス・ブロゥ!」
俺は深紅の内力を帯びた必殺の拳をガイに叩き込んだ。
その結果は──
一方その頃、塔の外では──
「生きてるか?」
「ギリギリな」
ゼルティウスとマークは学院の庭にへたり込んでいた。
『展開』が解けたことで、無限大の力を与えられ続けていた人々は力を失い、その反動で意識を失っていた。辺りを見回すと『展開』の最中に倒れて排出された者たちも意識を失って横たわっている。
「今回は随分と優しいな」
アスラカーズの『展開』は、アスラカーズの気分次第で酷い結果になる。
今回は倒された者も膨れ上がった力に耐えきれずに崩壊した者も『展開』が終わった時点で元通りに生き返っている。
これはアスラカーズが『展開』の中にいる人々を殺すつもりが無かったからで、少しでも殺意があれば『展開』の最中にその中で死んだ者は生き返ることはない。
「ひどい目あった」
ボロボロの姿のセレシアがゼルティウスとマークのもとにやってくる。
他の者が意識が無い中で流石に使徒だけはあってセレシアはしっかりと意識を保っていた。
「良くあることだ」
そう言うゼルティウスも流石にウンザリしていた。
『展開』の度にこういう目に遭う。
アスラカーズは敵が強くなって楽しいかもしれないが、それに付き合わされる身としては文句の一つや二つは言いたくなる。
「……あっちはまだ戦ってるみたいだな」
マークが塔を見るとゼルティウスとセレシアもそちらに視線を向ける。
「この気配はガイか……」
「どっちが喧嘩を売ったと思う?」
マークの問いにゼルティウスは答えを返すことはしない。
おそらく喧嘩ではなく、もっと重大な何かがあったんだろうと思ったからだ。
「そのガイという輩は何者なんだ?」
セレシアは塔の最上階から感じる気配に震えていた。
二つの気配の内、片方から感じる怪物的な量の内力。
セレシアは魔力しか感知できないのだが、その魔力だけでも軽くセレシアの数百倍はある。
「勝てる相手なのか?」
セレシアはアスラカーズの使徒の立場でアスラカーズが勝てるのか聞く。
「無理だな」
「今の奴では勝てないな」
迷いなく答えるマークとゼルティウス。
その答えにセレシアは逆に興味を惹かれ、更に訊ねる。
「強いのか?」
「強い。洒落にならないくらいな」
そう答えてマークは続ける。
「俺が勝負したとしたら万に一つも勝ち目がない」
セレシアは自分に勝ったマークにそこまで言わせるガイの強さに俄然興味がわく。
アスラカーズの使徒だけあって、セレシアもまた好戦的な人格であり、強い存在への興味は抑えきれない。
「どういう強さなんだ?」
「どういうと言われても色々とあるから難しいけどな。ただ、まず最初に言えるのは……」
塔の最上階に目を向け、マークは戦いの様子を想像する。
「ガイ・ブラックウッド──奴は使徒の中で『最も硬い』」
──プロミネンス・ブロゥ。内力を帯びた拳で殴りつけるだけの技だ。
それでも今までの戦いから分かるようにその拳を受けた奴は蒸発し消し飛んだ。
それだけの威力があるわけだけど、そんな俺の一撃はしかし──
「やっぱり効かねぇか」
俺の必殺を受けてもガイは微動だにしない。
今の俺の全力、手加減も何もなしの攻撃だったわけだが、その一撃はガイの体を揺らすこともできなかった。
「そりゃそうでしょ。アンタが言ったんだぜ? 『使徒の中で最高の防御力』ってな。そして──」
俺の拳を受けたガイは何事も無い様子で動く。
目の前に俺がいるわけで、当然、俺へと攻撃をするかと思った瞬間、ガイの姿は音もなく俺の前から消え、次の瞬間、俺の背後にいた筈の青神の気配が霧散する。
「テメェ……」
俺を躱して一瞬で俺の背後へと走り抜け、そのまま一発で青神を殴り殺した。
俺は即座に振り向きガイの姿を見つけるが、その瞬間、ガイは俺の頭を鷲掴みにし、俺の頭を床へと叩きつける。もっとも、俺は衝撃でようやく、そのことに気づけたわけだが。
「確か、これもアンタが言ったんだよな。俺が『使徒の中で最強の身体能力の持ち主』だって」
ガイは俺の頭を鷲掴みにしたまま、俺自身がガイに与えた評価を思い出させてくる。
使徒の中で『最高の防御力』と『最強の身体能力』。
それが使徒序列三位ガイ・ブラックウッド。
さぁ、どうしたもんか。
どうやって、このとびきりの怪物の相手をしようかね。




